「トリック」(騙し)と「ブロウ」(嚇し)が通じなかった菅マヌ―バー参院選挙、(菅政権は「新ファシズム」のまえぶれか、その5)

 今日7月12日の朝刊各紙は、挙って参院選における「民主敗北」、「民主大敗」の報道を一面トップで伝えている。各紙の解説や論評の視点はさまざまだが、共通しているのは、選挙政策としての消費税問題の「扱い方」がまずかった、しかし「消費税論議」はこれからも必要だ、そして今後も「ぶれず、ひるまず、丁寧」に消費税問題の議論を続けていくことが重要だ、というものだ。
 
 このようなマスメディアの論調に呼応するかのように、菅首相は記者会見において、敗北の原因のひとつとして消費税問題の提起が「唐突」だった、そのため「説明不足」になった、結果として国民の理解が「十分に得られなかった」と述べ、一応は反省したポーズをとってみせた。しかし、消費税問題を取り上げたこと自体は「間違っていなかった」として、首相続投表明との抱き合わせで、「消費税(増税)問題」はこれからも議論していくと言明した。

 たしかに「消費税(増税)問題」が、今回の参院選の一大争点になったことは間違いない。だから「みんなの党」も「公明党」も、本音を隠して「(当面の)消費税増税反対」を叫ばざるを得なかった。また世論調査も、これまで拮抗していた消費税増税に関する賛否の比率が反対側に大きく傾いた。だがしかし、消費税増税反対だけが争点だったとしたら、「消費税10%増税」を選挙公約として掲げた「元祖自民党」が、なぜ大きく議席を伸ばしたかの説明がつかない。

 私の見方は、民主党敗北の本当の原因は、消費税増税という「政策の中身」もさることながら、むしろ「トリック」(騙し)と「ブロウ」(嚇し)を駆使した菅首相一流のマヌ―バー(謀略的)な「政策の扱い方」にあった、というものだ。国民はその「やり方」に「何となく嫌な感じ」と「ウサン臭さ」を感じ、菅政権の体質に「キナ臭い空気」と「油断のならない気配」を察知したからこそ、まだしも「マシな」自民党に投票したのである。

菅首相は、第1に、本当の狙いが自らの権力基盤を固めることにあるにもかかわらず、国民に対しては、消費税問題を「財政再建」のために取り上げるという「トリック」(騙しのテクニック)を用いた。消費税問題を財政再建問題として真面目に取り上げるのであれば、税収を大幅に減らす法人税率の引き下げなどが、同時に公約として出てくるはずがないのである

菅首相は、第2に、ギリシャと日本の経済・財政構造がまったく異なるにもかかわらず、消費税を上げなければギリシャのように日本の財政が破綻し、そのシワヨセは年金制度の破綻につながるといった、国民の不安を煽るあくどい「ブロウ」(嚇し)をかけた。ギリシャの経済・財政構造がきわめて脆弱でありながら、富裕層の減税や脱税の横行が野放しになってきた政治状況を一切伏せてである。

菅首相は、第3に、国民に対して消費税増税という負担をかけるためには、政治家もまた「身を切らなければならない」として、衆参両院の比例定数の削減を公約に掲げ、参院選後の国会で早速立法化するとの「マヌ―バー」(策略、謀略)を組み立てた。国会議員の定数は議会制民主主義の根幹であり、議員歳費はそのための必要経費であって、「無駄を省く」こととは全く無関係であるにもかかわらず、である。また国会議員の定数削減によって生み出される財源は僅か百億円単位でしかなく、消費税増税による10兆円を超える税収増とは「桁が違う」にもかかわらず、である。

 菅首相は、普通のサラリーマン家庭の出身であり、世襲議員でなく、市民活動家であることを売り物にして政界に出てきた。だがこの種の人物は、往々にして「庶民の代表」を装いながら、世襲議員や富裕層議員よりもはるかに権力には貪欲であり、「目的のためには手段を選ばない」手合いが多い。その点で菅首相は、私が以前に「トリックスター」と形容した、大阪府橋下知事と極めて似通った体質を持っている。

 谷垣自民党総裁は、自民党若手の間では「旧い」、「地味だ」「パッとしない」などと揶揄され、これまで「谷垣降ろし」の動きが絶えることがなかった。だが鳩山首相から菅首相に変わった段階で、野党の谷垣総裁の値打ちと役割はいくらか変化したのではないか。それは、参院選を通して「トリック」、「ブロウ」、「マヌ―バー」などの手練手管を駆使した菅首相と比較して、谷垣氏が「野暮だが真面目」な印象を有権者に与えることで、自民党に「よりマシ感」を演出することに成功したからである。

 菅首相を境にして、「国民の信頼に足る政治家像」が変わる可能性がある。事業仕分けに登場した民主党若手の「立て板に水を流すような能弁家」はかえって警戒され、地味で真面目な訥弁の政治家が信用される時代がくるかもしれない。その意味で目下絶好調の「みんなの党」渡辺代表などの政治生命は、菅首相と同じく意外に短命かもしれないのである。