「新市まちづくり計画」と「財政計画」における“理想と現実”の恐るべき乖離、平成大合併がもたらした石巻市の悲劇(4)、(震災1周年の東北地方を訪ねて、その38)

1市6町の石巻地域合併協議会によって、合併後の新市「石巻市」を建設していくための基本方針を示す「新市まちづくり計画」(2004年)が策定された。計画は「序論」にはじまり、「新市の概要」、「主要指標の見通し」、「新市建設の基本方針」、「新市の施策」、「県事業の推進」、「公共的施設の総合整備」と続き、まさに“合併天国”にふさわしい願望的施策が数十頁にわたって掲げられている。

施策の見出しも美辞麗句で彩られ、「個性あふれる人と文化をはぐくむまち(教育・文化)」、「健康で安心を実感できるまち(健康・福祉)」、「活力と創造に満ちた産業のまち(産業・雇用)」、「安全で便利に暮らせるまち(生活環境)」、「環境と共生する快適なまち(自然環境との共生)」、「市民が主役の創造のまち(市民活動・人材)」、「パートナーシップで創るまち(効率の高い行財政)」など申し分のないものだ。

だが文面をみると、全ての施策は「進めます」、「推進します」、「図ります」、「支援します」、「充実します」、「努めます」、「展開します」、「取り組みます」、「検討します」といった抽象的(空虚な)記述でしかなく、実現性に裏打ちされた計画は何ひとつない。いわば、石巻市の「新市まちづくり計画」は単なる要望事項の羅列にすぎず、「計画」という名には到底値しない存在だといわなければならない。

しかし、「新市まちづくり計画」のなかで唯一現実的と言える部分があるとすれば、それは最後の「財政計画」の数頁だろう。そこでは、新市が発足する2005年度の歳出予算額603億5千万円が10年後の2014年度には580億4千万円に削減されるという見通しが立てられ、それにしたがって一般職員数が1696人から1136人へ560人削減されるという計画になっている。

行政サービスの担い手である職員を10年間で1/3も削減しながら、その一方で「個性と文化」「健康で安心」「活力と創造」「安全で便利」「環境と共生」「市民が主役」「パートナーシップ」などの施策を充実させるというのだから、これほどのアクロバット的な「新市まちづくり計画」はないだろう。

しかも、市域が720平方キロ(大阪市域の3倍強)にも及ぶ広域大合併になるわけだから、少ない職員数で効率的な行財政運営をしようとすれば、早晩、旧町役場を統廃合せざるを得なくなる。合併協議会の協定において、「当分の間、行政組織の一部を分散する。現在の各町役場の位置に支所を置く。支所の方式は、当分の間、総合支所方式とする」として“当分の間”を強調しているのはそのためだ。

宮城県における市町村合併は、石巻地域にとどまらず他の合併地域においても「経費削減効果」がきわめて高い。『信金中金月報』(2006年9月号)の「都道府県別合併効果(経費削減効果)ランキング」によれば、宮城県合併市町村の職員削減比率は22.7%で全国47都道府県の第4位(全国平均13.0%)、歳出規模削減比率は27.7%で第4位(全国平均13.7%)といずれもトップランクに位置する。これは、宮城県では構成市町村数が多い大型合併が多いためで、それだけ小規模自治体の淘汰が進んでいるためだ。

したがって、合併市町村別の「合併効果(歳出削減額)ランキング」においても、全国606合併市町村のなかで栗原市(9町1村合併)が第3位、登米市(9町合併)が第6位、大崎市(1市6町合併)が第32位、石巻市(1市6町合併)が第38位というように、宮城県の大型合併4市が上位を占めている。歳出削減額の「上位ランキング」ということは、それだけ合併市町村にとっては厳しい財政運営を迫られることを意味し、この点でも浅野県政の“面目躍如”たるものがあるといわなければならない。

また、合併後の周辺地域に対する配慮事項が石巻市の場合は際立って弱く、中心市偏重の性格が強い。たとえば議員定数では、栗原市登米市の場合は初回の選挙に限り定数特例を適用し、旧町村単位の選挙区を設けて周辺町村の議席確保に配慮しているのに対して、石巻市の場合は議員定数を34(法定上限)にして合併特例は適用せず、かつ選挙区も設置せずに全市1区としている。

このことによって石巻地域の議員定数は合併前の146から34に激減し、議員1人当たり住民数は1200人から4倍強の5100人に増加した。また旧町単位の選挙区が設けられなかったことで、議員分布が人口の多い中心市に偏在することが避けられなくなった。人件費を減らすという名目(だけ)で議員定数が大幅に削減され、とりわけ周辺地域の住民の意見や要求を議会に反映させるパイプラインが狭められたことは、結果として地域民主主義を侵害し、住民自治を著しく損なうことになった。

この他、合併特例法の改正で定められた首長の諮問機関の「地域審議会」が栗原市大崎市では全ての旧町村単位で設けられ、新市建設計画の計画変更や執行状況について審議することになっているが、石巻市の場合は条例にもとづく「地域まちづくり委員会」の設置にとどまっている。石巻市はこうして周辺地域の住民自治と地域力を削ぎながら、東日本大震災を迎えたのである。(つづく)