“橋下人事に赤信号”、維新・大阪市議会議長辞職表明、市教委セクハラ前校長に退職要求、大阪市職員公募制見直し、ポスト堺市長選の政治分析(3)、『リベラル21』の再録(その8)

 戦国時代の武将・武田信玄の戦略・戦術を記した軍学書(甲陽軍鑑)のなかに「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇(あだ)は敵なり」という有名な言葉がある。堅固な城を築かなかったにもかかわらず、戦国最強の軍団を育て上げたこの名将の格言は、勝敗を決する決め手は堅固な城ではなく、人の組織・集団の力にあることを強調するものだ。だから、将たる者は誠実な態度で人に臨み、相手に恐怖や不信感を与えるようなことがあってはならないと戒めるのである。

 どうやら橋下大阪市長はこの軍学書の存在を知らないらしい。やることなすこと全てがその逆であるところをみると、(今さらでは遅いが)一度ぐらい勉強してもよかったのではないかと思う。一般職員・教員にはあくまでも厳しく、自ら登用した民間人校長・区長には限りなく甘いという「ダブルスタンダード行政」(二枚舌処遇)が完全に破綻し、いまや毎日の如く新聞紙上を賑わせているからだ。

 その一例を挙げるだけでも、「維新議長、12月に辞職、大阪市議会 公・自・民に意向」(朝日新聞2013年10月22日)、「議長問題ツイッター「悪意ある」、大阪市議会、区長を糾弾、橋下市長「続投」表明」(産経新聞10月22日)、「セクハラ前校長に退職要求、「不適格」大阪市教委が方針」(毎日新聞10月25日)、「職員公募制見直し支持、橋下市長不祥事を受け」(日経新聞10月26日)などなど、各紙記者も連日大忙しといった有様なのである。

 役所は言うに及ばず民間企業においても、人事の破綻は組織崩壊の前兆だといわれる。まして市長直轄人事が破綻したとなれば、その政治的責任は限りなく重い。こんな事態をレビューしたのが『リベラル21』の拙文である。

【再録】橋下大阪市政の“崩壊過程”が目に見える形で進行している、橋下市長に対する市当局幹部の造反が始まった(1)、ポスト堺市長選の政治分析(その3)〜関西から(118)〜

 一般的に言って、企業であれ役所であれ軍隊であれ、組織体が崩壊するプロセスには共通点が多い。現場のモチベーションが低下して職場の規律が乱れ、不祥事が発生して離脱者が続発する。中間管理組織に面従腹背の空気が広がり、現場への指揮命令系統が機能しなくなる。幹部組織の意思疎通が疎かになり、執行・統治能力が低下する。ブレーンや参謀が離反して政策・企画能力が劣化するなど、一連の組織崩壊過程が陰に陽に進行するのである。

 橋下大阪市政の崩壊過程はすでに堺市長選の前から始まっていたが(だからこそ、橋下市長は堺市長選の勝利に起死回生を懸けた)、堺市長選後はそれが目に見える形で公然とあらわれるようになった。選挙に当選さえすれば、民意はすべて自分に「白紙状態」で預けられたものと見なし、その「民意」を実現するには、市長は職員や教員に対して「独裁」的権限を振るう存在でなければならないとする橋下流手法が、いよいよ崩壊寸前の段階に到達したのである。

 橋下流独裁は、まず職員の思想調査や入れ墨調査、教員に対する君が代強制など組織全体を対象とする“恐怖政治”からスタートした。次にそれを恒常化するため職員・教員基本条例の制定を強行し、課長・係長や校長・教頭など中間管理職を締め上げることで管理統制を強化した。校長による君が代斉唱の「口パク調査」と教育委員会への通報強制など、聞くもおぞましい実例がその典型だ。

 だが中間管理職が思うように動かないのに業を煮やした橋下市長は、今度は自分好みの「人材」を民間人から登用することによって“橋下モデル”の導入に踏み切り、民間人校長や民間人区長の鳴り物入りの公募採用が始まった。だが悲しいかな、この「人材」の性質(たち)が悪くしかもレベルが恐ろしいほど低かった。セックススキャンダルで名を馳せた上司に見習ったのか、自分たちもセクハラ・パワハラを連発し、“逆モデル”(反面教師)のシンボルになってしまったのである。

 顰蹙(ひんしゅく)を買ったのは民間人校長・区長だけではない。橋下市長の与党である維新市議のレベルもこれまた悲しいほど低かった。自分の裁量ひとつで市の予算付けなどどうでもなると地元選挙区で豪語して吹聴する。市民からのパブコメ資料をこともあろうにゴミ箱に捨て、それをわざわざ写真にしてホームページに掲載する。議会事務局の市職員を自分の手足のように使って私物化する――。こんな例には事欠かないが、その極めつきは市議会議長に就任した維新議員の議長就任パーティーにおける市立高校吹奏クラブの政治利用だった。議長の権威を振りかざして校長やクラブ顧問を屈服させ、高校生たちをパーティーの席上でアトラクション要員に使ったのである。

 さすがにこの事件は市議会でも大問題になり、大阪市議会始まって以来の議長不信任決議が可決されるという事態に発展したが、いまだ以て維新議長は居座ったままで辞任には至っていない。ただし議長席に登壇すると不信任決議をした会派が欠席して議事が進行しないので、議事は副議長が代理を務め、自らは「欠席」を重ねて今日まで恥を曝している。10月23〜24日に開催される本会議で辞任すると伝えられているが、無様なことこの上なしだ。

 こんな不祥事が相次ぐ中で、幹部職員の間でも「市長にはもうついていけない」との空気が広がり、前回でも書いたように、「大阪都構想」の具体化を議論する府市法定協議会の提出資料(財政試算レポート)に関する内部告発文書が、事前に関係者やマスメディアにリークされる事態にまで発展した。私が入手した当該文書は、財政局関係の幹部職員(ОBも含めて)の手で慌ててつくられたものであるらしく、文章名もなければ日付もなく書式も整っていない簡単なものだ。通常なら「怪文書」と見なされても仕方がないが、おそらく然るべきルートで送られてきたので確かなものとして扱われたのだろう。

 しかし告発文書のなかからは、2000件の事務について膨大な時間と労力をかけて作成した(させられた)財政試算レポートに対する彼らの憤りが手に取るように伝わってくる。
 「このレポートにおいては、都市計画権限、基幹道路の整備、港湾管理・整備、産業・集客観光、中央卸売市場、大学並びに各種試験研究機関に関わる事務が当初予定通りに府に移管、市が特別区に細分される府市制度の組み替え案が各事務について検討され、財政的試算が行われた。しかしこれほどの組み換えを行うことにより、大阪がどう活性化するのか、市民生活がどう豊かになるのか、このレポートでは明ら(か)となっていないのみならず、それを担保するための財源、組織が極めて恣意的な内容となっている。都構想の効果とは、要約すれば、府市再編により生じた財源(効果額)から再編に伴う経費(コスト)を控除し、なお生じた余剰を府市財政健全化と新たな施策の展開に充当し、大阪の活性化が図られるというものであり、それが時間軸上も保証されることが明らかにされていなければならない」

 この法定協議会(8月)での議論が発端になって、大阪府議会および大阪市議会では大阪都構想の財政効果に関する疑問点が(新たな内部告発によるものか)次から次へと浮かび上がってきた。以下、箇条書きに問題事項を列挙しよう。
(1)9月13日、府市統合法定協議会。自民市議が大阪市を7つの特別区に再編する場合、事務職員2200人の増員が一挙に必要になり、再編しない場合に比べて20年間で1690億円の人件費増になることを指摘。公明市議も2200人の事務職員を一挙に確保することは不可能と指摘(大阪市の年平均採用人数は120人前後)。
(2)10月2日、市議会決算特別委員会。自民市議が地下鉄民営化にともなう275億円の補助金削減効果を94億円少ない181億円と指摘。市交通局が「誤算」を認め、副市長が陳謝。
(3)10月11日、府議会総務常任委員会。公明府議が府市統合により国から地方自治体に交付される地方交付税が36億円減る可能性を指摘。府市は減額にならないよう総務省と調整すると言明。
(4)10月11日、市議会大都市・税財政制度特別委員会。共産市議が「二重行政をカットして生み出せるのは9億4千万円だけ」と指摘。

 このような事態を朝日新聞(10月19日夕刊)は、1面トップで「都構想、大揺れ皮算用」、「コスト減試算、1千億円? 9億円?」、「維新、にじむ焦り」との見出しで、「2015年春に大阪市大阪府の再編をめざす『大阪都構想』をめぐり、市議会と府議会が紛糾している。役所の組み替えで行政コストをどれだけ節約できるのか。飛び交う試算額は1千億円から数億円まで乱高下し、制度設計の議論は入り口で立ち往生している」と大々的に伝えた。

 だが、事態はこれだけで終わらなかった。それは地下鉄運賃の引き下げをめぐる橋下市長と民間から「地下鉄民営化の切り札」として起用した交通局長(元京福電鉄副社長)の対立である。(つづく)