爆破された「ロ号棟」遺跡は何を物語るか、世界文化遺産登録のためには配置図や設計図、構造図や施工図など建築工事関係資料の発見が欠かせない、731部隊訪問記PARTⅡ(その2)

 731部隊遺跡の発掘はまだ始まったばかりだと言える。全容の解明は今後なお10年単位の時間が必要だと思われるが、中でも731部隊遺跡の「心臓部」ともいうべき「ロ号棟」の解明が最重要課題であり、地下構造(地下道)や室内設備も含めた完全な復元が望まれる。ロ号棟は細菌戦のための一大人体実験場であり、膨大な数の中国人や朝鮮人(3000人以上とも言われる)が「マルタ」として実験材料に供され、生還者は1人もいなかったという15年戦争における戦争犯罪・医学犯罪の中枢拠点だからである(哈爾浜市社会科学院七三一問題国際研究センター編、『関東軍七三一部隊罪証図録』、第3章「特別移送と人体実験」、70〜71頁、五州伝播出版社、2015年8月)。

ロ号棟は、近代医学が戦争犯罪に如何に加担したかを実証する「歴史の生き証人」というべき重要な位置を占める存在であり、ホロコーストユダヤ人の組織的大量虐殺)を目的としたナチスアウシュビッツ強制収容所の毒ガス室よりも遥かに高度に組織された殺戮(さつりく)施設だと言わなければならない。そこには人体実験に必要な施設や設備が組織的かつ集中的に整備され、実験材料となる「マルタ(人体)」の収容から実験を経て遺体焼却に至るまでのプロセスが、まるでベルトコンベアのように「流れ作業」で処理されていたのである。

ロ号棟の発掘作業が進んで基礎部分が露出してくると、どうしても上部構造がどうなっていたかを知りたくなるのが通常の感覚だろう。私自身も発掘現場を目前にして、改めてロ号棟の工事関係資料を何としても入手しなければと思った。しかし、このことはすでに拙論でも書いたように至難の業であり、海底に沈んだ難破船の中から貴重品を見つけ出すようなものか、あるいはそれ以上に困難な作業であるかもしれない。なぜなら、旧満州での軍関係の工事は徹底的に秘密保持が要求され、それに違反した場合は建設業者が厳罰に処せられたからである(拙稿「731部隊を建設した日本の建設業者」、前掲、160〜161頁)。

まして731部隊基地のような特別に秘匿された軍事施設は、設計から施工に至るまでの一切のプロセスが秘密に包まれており、工事完了後はもとより工事中においても関係書類は工事監督者によって厳しく管理されていた。731部隊基地の建築工事関係資料は、工事完了に伴って工事請負業者から関東軍司令部あるいはその出先機関である工事監督部門に一括返却され、731部隊が撤収を始めた段階で証拠隠滅のため一切の関係資料が焼却されたと考えるのが妥当であろう。

とはいえ、幾多の歴史が教えるように、どんな秘密資料であっても誰かの手で保持され、後世になって思わぬところから発見されることがないわけではない。まして731部隊基地は数多くの施設群から構成され、設計図など工事関係資料は全体で数千枚もの膨大な分量に上ると推測される。またロ号棟のような巨大建築物になるとそれだけで千枚近い設計図が必要とされるので、たとえ全容を把握するのは困難だとしても、部分的な図面や仕様書だけでも発見されれば、遺跡の解明は飛躍的に進むことが考えられる。

たとえば、通常の建築工事関係資料にはどんなものがあるか以下に挙げてみよう。
(1)敷地測量図 敷地の形状や寸法を測量し、面積を記した図面。
(2)地盤構造図 敷地のボーリング調査などによって敷地の地質構造や地盤強度を記した図面。寒地の基礎工事の場合は、地下何メートルまで凍結するかが重大な目安になる。
(3)配置図 敷地内の建物の配置、道路の位置や幅員、周辺との高低差、方位や寸法を記した図面。
(4)平面図 建物の各階平面図(間取り図)、室、柱、壁、建具、床の高低差、設備機器、階段などの位置、形状、寸法が記されている最も重要な図面。
(5)立面図 建物の外観である屋根、壁面、開口部などが四方から描かれている寸法入りの図面。
(6)断面図 建物の主要断面を切り取り、建物の高さ、軒高、天井高、床の高さ、室や階段の形状・寸法などを記した図面。
(7)矩計図(かなばかりず) 基礎や構造材の寸法や形状、床や天井裏など複雑な断面構造や寸法を記した断面詳細図。
(8)展開図 各部屋の四方の壁を展開して一列に並べ、設備、建具、家具の位置・形状・寸法を記した図面。
(9)構造図 基礎伏図、各階伏図、軸組図などの各種構造図。伏図(ふせず)とは基礎や各階の柱・梁など軸組を上から見て平面で表現したもの。軸組図とはある断面に沿って柱と梁の組み立て方を描いたもの。
(10)設備図 大きく分けて電気、給排水衛生、空調・換気等に分けられる。電気設備は電気配線や系統図、電気器具や照明器具の位置に関する図面、給排水衛生設備は水道やガスの配管、排水口や下水の配管、空調設備は換気扇や給湯器、空調機その他設備に関する図面
 この他、設計図や構造図には図面では表現できない事項を記した「仕様書」が添付され、施工工事に関する具体的な指示が出される。

 私がなぜこのような面倒くさい図面の種類を並べるかというと、拙ブログを読んだ読者の方からの情報を(たとえ断片的にせよ)期待しているからである。当時の関係者はすでに他界しておられると思うので、そのご家族や知人友人の方々からの情報があれば芋づる式に辿っていける可能性が開けると思うからだ。関東軍満州国や満鉄関係者のご家族はもとより、満州に進出していた当時の建設業者――大林組、大倉土木(大成建設)、清水組(清水建設)、松村組、竹中工務店、鹿島組(鹿島建設)、鴻池組(鴻池建設)、錢高組(銭高建設)、間組、藤田組(フジタ)など――の関係者の方からの情報を切に期待している。なお私への連絡は、拙ブログのコメント欄にその旨を記していただければ(一切公表することなく)、私の方から連絡を取りたい。(つづく)