オバマ大統領が広島を訪問するのであれば、安倍首相も731部隊遺跡を訪問すべきではないか、日本が生物兵器禁止条約に署名(1972年)し、批准(1982年)した以上、安倍首相はその歴史的責任を果たさなければならない、731部隊訪問記PARTⅡ(その4)

オバマ米大統領が、伊勢志摩サミットが閉幕する5月27日に広島を訪問することが決まった。オバマ氏は「核兵器なき世界」を実現するため、原爆投下を「謝罪しない」ことを前提に、広島の平和記念資料館(原爆資料館)を訪れて記帳し、慰霊碑にも献花する予定だという。注目されるのはそれだけではない。日経新聞の大型特集記事、「検証 オバマ氏広島訪問」(2016年5月13日)によれば、その「返礼」として安倍首相が真珠湾を訪問する構想が急浮上しているのだという。すでに訪問時期も絞られてきており、今年11月にペルーで開催されるアジア太平洋経済協力会議(APEC)の機会が、その有力候補として挙げられているそうだ。

こんな情報に接すると、安倍首相がなぜ15年戦争の犠牲になった中国に対して哀悼の意を行動で表さないのか、不思議でならない。15年戦争による中国の犠牲者数は2千万人を下らないとも言われており、日本はアメリカへの真珠湾攻撃とは桁違いの被害を中国に与えたことになる。それでいて安倍首相は、2015年4月の訪米時に米議会上下両院合同会議で「対米開戦の誤り」について演説し(日経、同上)、さらには真珠湾訪問までするというのだから、中国への態度に比べてアメリカには至れり尽くせりの対応なのだ。

外交関係が専門でもない私がこのようなことを言うのは、安倍首相の訪中とりわけ731部隊遺跡への訪問は膠着した日中関係に改善をもたらし、また731部隊遺跡の世界文化遺産登録にとっても少なくない影響を与えると思うからだ。周知の如く、ナチスアウシュビッツ強制収容所(1979年登録)や広島原爆ドーム(1996年登録)の例にもあるように、「負の世界遺産」ともいうべき一群の世界遺産がすでに存在する。「負の世界遺産」とは、世界遺産のなかでも「人類が犯した悲惨な出来事を伝え、そうした悲劇を二度と起こさないための戒めとなる物件」を指すとされ、アウシュビッツ強制収容所世界遺産登録がはじまった翌年に早くも登録されている。

広島原爆ドーム世界遺産登録時に問題になったのは、アウシュビッツ強制収容所の登録に際して、「この遺跡は唯一のものであって、類似の遺跡は今後制限する」との付帯決議が盛り込まれたことだ。なぜこんな付帯決議がわざわざ盛り込まれたかについて敢えて推測するとすれば、「人類の叡智を表現する傑作」「人類の価値の重要な交流を示すもの」「文化的伝統または文明の稀な証拠」などの登録基準にもみられるように、世界遺産登録の趣旨はもともと人類の創造的発展の側面に光を当てようとするものであって、負の側面については必ずしも考慮していなかった。しかし、アウシュビッツ強制収容所のような「負の遺産」の存在を無視することができなかったために、これを例外的な事例として認めざるを得なかったということであろう。

広島原爆ドームの場合は、アメリカが戦争遺跡を世界遺産に含めること自体に反対し、委員会が紛糾した。これは、広島原爆ドームをもし「人類が犯した悲惨な出来事を伝え、そうした悲劇を二度と起こさないための戒めとなる物件」だと認定すれば、第2次世界大戦を終結させるためには原爆投下が必要であり、原爆投下は正当行為だとするアメリカの立場を公式に否定することになる。したがって、このときの妥協的な措置として、広島原爆ドームの価値はあくまでも平和希求の象徴としての「文化遺産」であり、「戦争遺跡」とはみなされないことになった。いわば「広島平和公園」の中核施設としての原爆ドームの位置づけである。

731研究センターは、最近『広島原爆ドーム世界遺産登録成功経験に関する参考研究』(2011年6月)をまとめた。731陳列館と731研究センターの共同編集で発行された『学術通信』第1号(2011年7月)によれば、その要旨は「日本の広島原爆ドームは1996年に世界遺産に登録され、その世界遺産化への成功経験は参考にする価値がある。七三一部隊遺跡は、広島原爆ドームと共に第二次世界大戦の重要な歴史遺跡であり、後世への戒めとして平和を愛する精神を永く伝える重要な意義を持っている」というものだ。

中国は広島原爆ドームの登録に際しては棄権しており、その理由は「第2次世界大戦において日本はアジア諸国に多大の人命・財産の損害を与えたにもかかわらず、日本国内にはこの事実を否定しようとする人びとがおり、広島原爆ド―ムの世界遺産登録はこれらの人びとに悪用される恐れがある。よって、世界平和と安全に寄与することにならない」というものだった。しかしその後、731研究センターが広島原爆ドーム世界遺産登録を成功例だと評価し、その線に沿って731部隊遺跡跡地を「世界文化遺産」としての登録を目指すのであれば、これは日中関係においても注目すべき歴史認識の変化であり、731部隊遺跡跡地の保存整備計画にも大きな影響を与えることになる。この点でも安倍首相の731部隊遺跡への訪問は、世界文化遺産登録への追い風になることは間違いない。

日本政府は731部隊の存在を一貫して隠蔽してきたし、現在に至るもその犯罪事実を認めようとしていない。731部隊に関する教科書への記述も削除されるなど、ままならない状態が続いている。また被害者の賠償請求に対しては、「1972年の日中共同声明で中国は戦争賠償の請求を放棄した」と一貫して主張し、一切の賠償請求に応じてこなかった。最高裁判決も731被害者の賠償請求訴訟を棄却した。こうした状況下において、もし安倍首相が731部隊遺跡を訪問することになれば、日中国交回復を果たした田中角栄元首相に比すべき歴史的業績になるに違いない。

日本は国連で決議された生物兵器禁止条約に署名(1972年)し、批准(1982年)した。安倍首相がその精神を尊重するのであれば、過去に犯した誤りを糺す歴史的責任を負っているはずだ。安倍首相に提言したい。靖国参拝はほどほどにして731部隊遺跡を訪問し、この際思い切って風向きを変えてみませんか。