731部隊検証の新たな展開(1)、「満洲第731部隊軍医将校の学位授与の検証を京大に求める会」が結成された、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その131)

 2011年9月、「15年戦争と日本の医学医療研究会」(以下、「戦医研」という)の第9次訪中調査団に同行して、中国黒竜江省ハルビン市の731部隊遺跡調査に参加してからもう8年余の月日が流れた。この間、戦医研の会誌(第12巻第1号、2011年12月)に2つの論文、「731部隊を建設した日本の建設業者」「中国東北部ハルビン731部隊遺跡訪問記〜731部隊世界遺産登録をめぐって〜」を投稿したことが切っ掛けで、私はその後、幾つかのイベントやプロジェクトに参加することになった。

 ひとつは、上記論文がハルビン市社会科学院731研究所の手で翻訳され、70冊を超える文献シリーズ、『七三一問題国際研究中心文集(上下)』(中国和平出版社、2015年7月)の「国外研究」の1編として収録されたことだ。もう一つは当該論文を読んだ吉林省長春市の偽満州皇宮博物院から今年10月に招聘状が届き、関東軍100部隊(731部隊支部の馬畜防疫部隊)の遺跡調査をめぐって研究員の方々と突っ込んだ議論を交わすことになったことである(後日詳述)。

 国内では、一昨年あたりから安倍政権の下で防衛省の軍事研究(委託研究)が大学・研究機関に波及するに及んで、日本学術会議で議論が始まり、軍事研究への警戒感が急速に高まった。日本学術会議は2017年3月24日、「軍事的安全保障研究に関する声明」を発表し、「戦争を目的とする科学の研究は絶対にこれを行わない」旨の1950年声明、及びこれを確認した「軍事目的のための科学研究を行わない」旨の1967年声明を継承すると発表した。

このような危機意識を共有する京都の研究者間においても、戦医研の中心メンバーである西山勝夫氏(滋賀医大名誉教授)を中心に、軍事研究の極致ともいうべき731部隊での人体実験を担った京都大学(医学部)に対して、二度とこのような事態を引き起こさないためにも軍事研究の検証を求めるべきとの声が高まり、「満洲731部隊軍医将校の学位授与の検証を京大に求める会」(以下「検証求める会」という)が今年1月20日に結成された。ハルビン市生まれの私も、その共同代表の1員として参加することになったのである。

 731部隊京都帝国大学医学部との関係は極めて深い。部隊長の石井四郎軍医中将をはじめ、その「片腕」と言われた増田知貞軍医大佐と内藤良一軍医中佐はいずれも京都帝国大学医学部出身であり、731部隊の創設と運営に直接関わった中心人物である。そして、当時の医学部教授の指示により多くの若手教官が「技師」として731部隊に派遣され、彼らは731部隊の中核メンバーとして人体実験に従事している。

西山氏が京都大学図書館で調べた学位授与記録によると、京都帝国大学医学部出身の731部隊関係学位授与者は戦前戦後(1927〜1960年)を通して34人に上り、これらのほとんどが(石井部隊長が人体実験結果を全てアメリカに提供したことの見返りに)戦争責任の追及を免れて帰国を果たしていた。またその後、731部隊当時の研究成果を基にして、京都大学医学部教授や医学部長をはじめ、全国各大学の医学部教授、学部長、病院長、学長などに昇進している。本人はもとより当該大学においても731部隊との関係には一切触れることなく、また医学医療界も彼らの戦争責任に関しては完全に沈黙を守って戦後の20世紀をやり過ごしてきたのである。

したがって「検証求める会」が発足した時、このような医学医療界の総無責任体制が蔓延する中で、しかも70年前の731部隊関係者の学位授与に関する検証を京都大学に求めることは極めて困難との見方が支配的だった。有体に言えば、検証を求めても門前払いされるのが関の山だと思われていたのである。ところが2018年3月28日、偶然とはいえ京都大学が「軍事研究は行わない」とする方針を公式サイトで発表したのである。聞くところによれば、京都大学は2017年3月の日本学術会議の声明を受けて学内のワーキンググループを立ち上げ、その議論を経て基本方針を発表したという。

 「京都大学における軍事研究に関する基本方針」の題で公式サイトに掲載された文章は、次のようなものだ。「本学は、創立以来築いてきた自由の学風を継承し、地球社会の調和ある共存に貢献するため、研究の自由と自主を基礎に高い倫理性を備えた研究活動により、世界に卓越した知の創造を行うことを基本理念に掲げています」、「本学における研究活動は、社会の安寧と人類の幸福、平和へ貢献することを目的とするものであり、それらを脅かすことに繋がる軍事研究は、これを行わないこととします」、「個別の事案について判断が必要な場合は、総長が設置する常置の委員会において審議することとします」。

 京都大学の新しい風を感じ取った「検証求める会」は4月14日、京都大学時計台ホールで常石敬一氏(神奈川大学名誉教授、731部隊研究の先駆者)を招いて講演会を開催した。会場には200人近くの市民が詰めかけ、熱気あふれる講演会となった。共同代表の鰺坂真氏(関西大学名誉教授)、池内了氏(名古屋大学名誉教授)なども発言し、西山事務局長が山極寿一京都大学総長と上本伸二医学系研究科長宛の学位授与の検証を求める要請書を読み上げて大きな賛同を得た。こうして7月には、京都大学への要請を行うことが決定された。(つづく)