山盛りの公約を並べるのもいいが、政策の一貫性が求められる、安倍内閣支持率下落と野党共闘の行方(14)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その191)

 

 京都市長選告示日を明日1月19日に控え、各陣営の選挙公約が出そろった。京都新聞(1月15日)は、「3候補予定者 公約巡り批判や修正」「村山氏、『まね』警戒 最後に発表」「門川氏、争点意識し 新事業次々」「福山氏、3回発表 最多の176項目」との見出しで、激しい公約合戦の模様を伝えている。朝日新聞(1月17日)もまた、「マニフェスト出そろう、アピール合戦 批判や指摘飛び交う」と、選挙公約を巡る各陣営間の攻防や駆け引きの様子を伝えている。

 

 だが、両紙記事に引用された村山氏のコメントには驚いた。同氏は逸早く立候補を表明しながら、公約の発表が他の2人よりも遅かった理由を聞かれ、「まねされてはかなわない」「パクられてはかなわんですし。みなさんの後に出そうかなと思った」などと答えたと言うのである。村山氏は、選挙公約を「アイデア勝負」とでも考えているのだろうか。それとも「特許案件」だと思っているのだろうか。

 

 選挙公約は決して思い付きやアイデアなどではない。当選した暁には、それが単なる口約束なのか、政治生命を賭けて実現すべき課題なのかが市民から厳しく問われることになる。選挙公約は、候補者と有権者との間で交わされる厳粛な約束であり、思い付きやアイデアとは縁の遠い存在なのだ。市会議員の経験を持つ村山氏がこんなことを知らないわけがないと思うが、それでも強調するところをみると、公約発表の後先はかなりの重大事であるらしい。

 

 おそらくその背景には、目新しい思い付きやアイデアを繰り出すことが選挙戦術上有利だとの判断があるのだろう。支持基盤がそれほど大きくない村山氏が広報戦術に頼る事情はよくわかるし、有権者の心をつかむキレのいいキャッチコピーを打ち出せればそれに越したことはない。だが、市長選の難しいところは、それだけで有権者の判断や選択が決まるわけではないことだ。公約の「リアリティ=現実性」が鋭く問われることに加えて、何よりも候補者自身に対する信頼性がカギになるからだ。その意味で新しい公約を繰り出す前に、村山氏が結成した地域政党「京都党」がこの間どんな実績を挙げてきたのか、まず語らなければならないだろう。

 

 選挙公約の信頼性がひときわ問われるのは、現職候補の門川氏の場合だ。門川選対は、候補者間の公約論争に関して「同じことを言っていても、実現できるのは国や京都府と連携できる門川さんしかいない」(京都新聞1月15日)と広言しているらしいが、今回打ち出した選挙公約がこれまでの門川氏の主張に果たして裏付けられたものかどうかが検証しなければ、そう簡単に信じることはできない。例えば観光政策について、門川氏は「市民生活が何より大事だ。混雑やマナー、宿泊施設の急増にしっかりと対処していく」(京都新聞同上)と述べたというが、これなどは今まで言い続けてきたことと180度違う。

 

門川氏は今から僅か2カ月前の昨年11月20日、「市民の安心安全と地域文化の継承を重要視しない宿泊施設の参入はお断りしたい」とこれまでの誘致政策を突如として翻した。だが、それまでは「宿泊施設は足りない」と一貫して言い続けてきたのである。2016年に打ち出した「京都宿泊施設誘致・拡充方針」では2020年に想定した市内宿泊施設客数は4万室。それが2年後の2018年には早くも5万室を超える勢いになっていたのに、宿泊施設が過剰との現実を頑として認めなかった。しかも、市中心部での宿泊施設の抑制は、「市場原理と個人の権利を最大限尊重する政治経済や現在の法律では困難」として一切の政治責任を放棄していたのである。

 

それから1年、別に事態が劇的に変わったわけではないにもかかわらず、「これ以上増え続けると劣化や過当競争を引き起こす恐れがある。あらゆる手段を用いて取り組む」と突然これまでの認識を改め、「京都は観光都市ではなく、市民の暮らしの美学が観光面で評価されているので、基本は市民生活だ。観光の前進と同時に生じた問題に適切に対応していくことで『観光課題解決先進都市』を目指したい」(毎日新聞19年11月21日)と臆面もなく語ったのだ。

 

京都市政のリーダーには、京都が京都であるための確固たる政治哲学と政策の一貫性が求められる。そうでなければ、千年の古都・京都を「品格のある持続可能な観光都市」に導くことは難しい。門川市長はこれまで3期12年間にわたってひたすら「京都のインバウンド観光都市化」を進めてきたのだから、いまさら方針転換して変節するのはおかしい。4選出馬するのであれば、これまでの方針を市民に正面から堂々と問うのが筋というものであり、それが与党会派の支持が得られないのであれば、支持政党なしで立候補するか、それとも引退するかを選ぶべきなのだ。(つづく)