パンデミック宣言で東京五輪はどうなる? 安倍内閣支持率下落と野党共闘の行方(31)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その208)

 

 遅きに失したとはいえ3月11日、 世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長は漸くにして新型コロナウイルス感染拡大は「パンデミック(世界的な大流行)」に相当すると表明した。中国湖北省武漢が発生源とされる新型コロナ感染は、3月11日時点で114国・地域にすでに拡大しており、これまでに11万8000人超の感染が確認され、4291人が死亡したという。テドロス事務局長は感染者及び死者数は今後も増加する見通しと述べたが、その後、各国当局の発表に基づきAFPがまとめた統計によると3月16日現在、世界の新型コロナウイルス感染者数は141の国・地域で16万9390人に達し、うち6420人が亡くなったとされる。恐るべき勢いだ。

 

テドロス事務局長はまた3月13日、イタリア、スペイン、ドイツ、フランスなどヨーロッパ各国での新型コロナウイルスの感染者急増を念頭に、「今や欧州が新型コロナのパンデミック(世界的大流行)の中心地だ」という認識を示した。テドロス事務局長は「欧州では中国以外の世界の感染・死者数を合わせた数字を上回り、パンデミックの中心地となった」と述べた。テドロス氏によると、3月13日時点で感染は123カ国・地域に広がり、患者数は13万2000人を超えている。その後3月16日午前2時時点の地域別感染者数は、アジアが9万1973人(死者3320人)、欧州が5万2407人(死者2291人)、中東が1万5291人(死者738人)、米国・カナダが3201人(死者52人)、中南米・カリブ海諸国が448人(死者6人)、アフリカが315人(死者8人)、オセアニアが303人(死者5人)となっている。

 

テドロス事務局長は、これまで中国への過度の政治的配慮からパンデミック宣言に踏み切ることを躊躇してきたとされる。しかし、その結果が中国以外のヨーロッパ各国での急速な感染拡大につながったとしたら、責任は重大だと言わなければならない。緊急事態宣言やパンデミック宣言に時機を逸したことが、世界各国の警戒心を高めることの障害になったとしたら、テドロス事務局長の判断は許されるものではないし、責任を免れるわけにはいかないだろう。

 

 パンデミック宣言はまた、東京五輪の開催についても深刻な影響を及ぼさずにはおかない。これまで日本では、東京五輪開催のために国内での感染をいかに食い止めるかに最大の力点が置かれてきた。大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス号」への対応一つを見ても水際対策が極力重視されてきたのは、国内への感染拡大が東京五輪の開催の中止につながることを極度に恐れていたからだ。その背後には、東京五輪の開催に懸ける安倍首相の並々ならぬ強い執念がある。

 

そもそも安倍首相は、フクシマ原発の放射能汚染を警戒する世界各国の懸念を払拭するため、東京五輪の開催を決めるIOC総会において専門家の判断に基づくものでもなければ先の見通しもなく、「フクシマ原発の汚染水は完全にコントロールされている」と大見得を切った政治的前科がある。それ程にまで安倍首相が東京五輪に執着するのは、それが安倍内閣の政権浮揚にとって欠かすことのできない政治戦略の一環として位置付けられているためだ。しかし、原発汚染水の処理がその後も一向に進まず、最近に至っては「海に流すほかない」といった荒唐無稽な方針が出されるまでに事態は膠着しているのである。

 

だがパンデミック宣言は、東京五輪の開催が「国内マター」ではなく一挙に「世界マター」になったことを印象付けた。例え日本国内の感染が期限内に収束したとしても、選手団や役員そして応援団などを送り出す世界各国の感染が収束しなければ五輪開催は難しい。WHOが〝パンデミック終息宣言〟を出さない限り東京五輪は開催できないことは誰もが知っている。新型インフルエンザの場合も発生から終息宣言まで2度の山があり、1年有余の時間を要している。ヨーロッパがパンデミックの中心になった現在、今年7月に迫った東京五輪が開催できるなどと考えるのは、国際的感覚に欠ける自己中心的グループだけだ。

 

すでに国際オリンピック委員会(IOC)側からも日本側からも、東京五輪の可否に関して様々な観測気球が揚げられている。IOC側からは最古参のパウンド委員(カナダ)が2月25日、5月下旬が判断の期限になるとの考えを示し、「その時期になれば、東京に安心して行けるほど事態がコントロールされているか誰もが考えないといけないだろう」と語った(読売2月26日)。また日本側からは、大会組織委員会の高橋理事が3月10日付けの米紙ウォールストリート・ジャーナルのインタビューに対して、「ウイルスは世界中に蔓延している。選手が来られなければ五輪は成立しない。2年の延期が現実的だ」との見解を示した。

 

高橋理事は毎日新聞の取材にも応じ、(1)東京大会はIOCが巨額の放映権料を失うため中止できない、(2)無観客開催は組織委員会にとって重要な収入源である入場料を失うことになる、(3)年内延期は欧米のプロスポーツと時期が重なり、来年のスポーツ日程もすでに固まっている、(4)5月下旬に対応を決めるとの声があるが、多方面に迷惑が掛かるので今月下旬の組織委員会理事会に提言する―との見解を表明している(毎日3月12日)。

 

3月12日にはさらに重大な発言が相次いだ。IOCバッハ会長がドイツ公共放送のインタビューを受け、東京五輪の開催中止や延期について、「我々はWHOの助言に従う」との態度をはじめて明らかにした。また同日、トランプ米大統領は東京五輪の開催について、「観客がいない状態で競技を行うよりは、1年延期する方がよい代替案だと思う」との個人的意見を述べた(各紙3月13日)。驚いた安倍首相は13日午前、トランプ氏との電話会談で「五輪開催は予定通り」と力説して理解を求め、橋本五輪担当相や小池東京都知事なども延期話の打ち消しに躍起となった。

 

だが、事態は次第に延期論に傾きつつある。毎日新聞は日本オリンピック委員会(JOC)関係者の声として、「最終的には米国の動向がキャスティングボートを握る。強行開催は難しくなってきた」(3月13日)との意向を伝え、朝日新聞は「東京五輪、延期論が拡大」との見出しで、政権幹部の「新型インフルエンザでも流行に2度の山があり、収束までに1年かかった。夏ごろ下火になっていたとしても、IOCは予定通り開催と判断できるだろうか」との声や、東京都幹部の「延期は一番最悪な状況の中での最適な解だ」との意見を紹介している(3月14日)。

 

事態は極めて流動的であり予断を許さないが、東京五輪を目標にフル回転してきた安倍政権はここにきて最大の危機に直面することになったことは間違いない。東京都の試算によれば、東京五輪の経済効果は2013年から2030年までの18年間で32兆円に上る。32兆円の内訳は、五輪前8年間でインフラ整備等21兆円、五輪後の10年間で五輪関連イベント等11兆円となっており、うち都内が20兆円と約6割を占めるが、訪日客の観光需要拡大などにともない地方にも12兆円の波及効果があると試算している(日経17年3月7日)。

 

すでに膨大な公共投資・民間投資が注ぎ込まれている以上、万が一中止になれば経済面への打撃は大きく、訪日客の全面ストップはもとより関連イベントが軒並み中止に追い込まれ、その影響は全国に及ぶことになる。SMBC日興は3月6日、新型コロナウイルス感染が7月まで収束せず、東京五輪が開催中止に追い込まれた場合、約7.8兆円の経済損失が発生するとの試算を公表した。国内総生産(GDP)を1.4%程度押し下げ、日本経済は大打撃を被ることになるという(時事通信3月6日)。 

 

問題は、それが経済的打撃だけには止まらないことだ。東京五輪が延期・中止に追い込まれれば、東京五輪を契機として安倍政権の更なる延命と浮揚を図り、安倍一強体制を維持し続けようとする野望が一挙に崩れることになる。毎日新聞の次の指摘は鋭い(3月14日)。(つづく) 

「首相は経済優先の姿勢をアピールすることで長期安定政権を築いてきた。だが、ウイルスの感染拡大を受けた世界的な株安が日本を直撃する。2回先送りした10%への消費税率引き上げを19年10月に踏み切ったのは、翌年に控える『五輪特需』を見越し、増税による景気落ち込みが最小限になるタイミングと踏んだためだ。五輪を契機に政権浮揚を図る戦略から、首相は今年1月の施政方針演説で五輪開催に向け『国民一丸となって新しい時代へ共に踏み出そう』とアピールしたが、五輪が延期・中止に追い込まれれば政権が見込んだシナリオは崩れかねない」