次期京大総長候補者への学内諸団体の公開質問状を通して考えること、山極壽一京大総長の虚像と実像(その2)

 7月2日に拙ブログ「山極壽一京大総長の虚像と実像(その1)」を書いてから半月が経過した。この間、幾つかの論点を提示するつもりだったが、『月刊ねっとわーく京都』への寄稿、京都の観光問題を論じた出版原稿の校正作業などが重なり、思うように時間が取れなかった。そうこうしているうちに、学内関係者から次期総長選挙に関する公開質問状および回答一覧が送られてきて、学内では活発な動きがあることがわかった。

 

 そこで7月20日には第2次投票が行われ、次期総長が決まるということなので、その前に一言だけでもと思って拙ブログを書くことにした。結論から言えば、7月3日の第1次候補者選考投票で選ばれた6人のうち、山極執行部メンバーであった3人は(京大職組への対応を除いて)公開質問状の受け取りすら拒否するという高圧的な姿勢を示している。このこと自体が山極体制の実像の一端を表すものと言え、学内諸団体との対話を拒否する体質をこれからも引き継ぐと宣言しているようなものだ。

 

 今さらの如く思うが、このようなメンバーによって組織され、学内外の諸課題が専決的に執行されてきた山極体制は、当初から厳しく批判され、指弾されるべきであった。しかし、山極氏が「アンチ体制派候補」として学内リベラル派から支援されたこともあって期待感が大きく、それが「幻想」に変わってからもなお批判に躊躇するという空気を打ち破れなかった。それだけ、学内外の批判勢力が後退しているということでもあろう。

 

 だが、次期総長選挙は対決点が明確だ。山極体制を継承するのか、刷新するのかが問われているのであり、選択肢はこれまでになくはっきりしている。どれだけ刷新派の勢力を結集できるか、どれだけ山極体制派への批判票を集めることができるか、その結果は今後の京大の方向を大きく左右する。送られてきた学内諸団体の公開質問状および回答の中から、全体状況がよくわかる「自由の学風にふさわしい京大総長を求める会」の資料を再掲したい。

 

【参考資料】

自由の学風にふさわしい京大総長を求める会

私たち「自由の学風にふさわしい京大総長を求める会」の発した公開質問状への回答を掲載しています。

2020-07-15

 

京大総長選考の意向投票を前に有権者の皆さんへ

自由の学風にふさわしい京大総長を求める会

 

 7月3日に第一次選考候補者6名が決定し、所信表明とビデオメッセージが発表されました。また、自由の学風にふさわしい京大総長を求める会(以下、求める会)、京都大学職員組合(以下、職組)等から各候補者に公開質問状が発せられ、それに対する回答も寄せられました。各候補者の大学運営に対する考え方が明らかになりつつあります。  求める会は、総長選考を前に「理想の総長像」を発表しました。その内容は「「自由の学風」を堅持する」「対話に基づいて問題解決をはかる」「多様な意見を尊重する」「研究を広く深く耕し、未来に向けて発信する」「権利と雇用、安心した生活を保障する」「平和の実現に貢献する」「地域社会とともに大学文化を守り育てる」です。では、第一次選考候補者が「理想の総長像」にどれほど近く、また遠いのかを考えてみたいと思います。

 

 各候補者の略歴を見ると、山極現体制の運営に執行部として関わった人々(湊氏はプロボスト・理事、北野氏は現理事、村中氏は前副学長)とそうでない人々(時任氏、大嶋氏)、宇治地区の研究所代表として6ヶ月間副理事を務めた寶氏に分かれます。現体制を構成したグループは大学運営の経験が豊富ですが、その分、湊氏、北野氏は他候補よりも年齢が高くなっています。また、現体制に関わってきた以上、これまでの運営方針と所信の内容との整合性をどのように考えるかは検討すべき項目でしょう。

 

 「所信表明」や公開質問状への回答を見ると、多くの候補者が京大の伝統である「自由の学風」に基づいた運営や、教育・研究・国際化の充実を訴えていて、この点では大きな違いはありません。しかし、山極現体制のもとで、吉田寮裁判や立て看板の撤去など、これまでになく「自由の学風」が危機に瀕していることはご存知の通りです。求める会はこの点を深く憂慮しており、各候補者がこれらの問題を実際どのように認識し、改善に取り組もうとしているのかが重要だと考えます。  

そこで、求める会としては、質問1で学生との対話、質問2で吉田寮裁判、質問3で立て看板、質問4で学生処分、質問5で修学支援、質問6で京大に必要なものにつき各候補者に尋ねました。大嶋氏、寶氏、時任氏からは回答がありましたが、山極現体制を担ってきた3氏からは残念ながらこれまでのところ回答がありません。そのことは、教職員、学生との対話を拒否する現体制の姿勢を象徴するものと評さざるをえません。

 

質問1の学生との対話について大嶋氏は対話の必要を認めながらも、『キャンパスライフ』の配信や意見箱設置によって学生との対話は保たれているという見解を示しています。これに対して、寶氏は「学生との定期的な対話のチャネルを復活」させるべきと記し、時任氏は「平和な雰囲気での情報公開連絡ができる環境や仕組みを再構築」すべきと論じています。  

質問2の吉田寮裁判について、時任氏は情報がないとしてコメントを控えています。大嶋氏は学生を訴えたことは「衝撃」であったとしながら「速やかな解消」のために裁判についても議論すべきと記しています。ただし、清掃・点検のための現棟立ち入りが「寮生の安全性の確保にならない」など現執行部と同様の認識を示しています。寶氏もまた「告訴」の解消を示唆し、「吉田寮の課題に尽力されてきた学生・教職員の対話の蓄積」をふまえた解決を図るべきという論点を提示しています。  

質問3の立て看板問題については現状からの転換を明確に訴えた候補者はありませんが、時任氏は現状の学内規程の下で不都合な点を解消すべきと論じています。寶氏は京都市側とも再交渉しつつ、現実的な範囲で学内規程の改正に向けて努力したいとしています。大嶋氏は「大学が京都市の中に作り出す景観とはなにか」ということも含めて議論すべきと述べています。  

質問4の学生処分については、大嶋氏と時任氏が停学(無期)処分はやむをえなかったという認識を示しています。寶氏は「過度に懲罰主義的な対応」への疑問を提示し、学部自治の観点から学部の判断を尊重すべきとしていますが、有期停学と無期停学の量定案に大きな乖離があったわけではないという認識も示しています。  

質問5では、政府が設定した修学支援要件(実務教員、産業界からの外部理事採用)に大嶋氏、寶氏、時任氏ともに疑問を呈し、大嶋氏は「政府や文科省に物申す必要がある」、寶氏は「是々非々の立場で意見の表明と交渉」を行う、時任氏は「政府施策に迎合する形にとらわれないことが重要」と記しています。なお、寶氏は学生の成績や出席率をも修学支援のための「厚生的条件」とみなすことは「やむをえない」としています。

 

 「自由の学風にふさわしい総長」は誰かを総合的に判断するためには、各候補者の所信表明や職組の公開質問状への回答もふまえて、以上の3氏の回答を未回答の3氏の見解と対比することが必要です。未回答の3氏の所信表明に照らして寶、時任、大嶋の各氏に共通しているのは、昨今の京大の変化を受けて現状からの転換を訴えていることです。寶氏は「大胆な転換」が必要と述べ(求める会質問1)、時任氏は「京大再起動」と書いています(所信表明)。大嶋氏は2人ほど強い言葉を用いていませんが、現状が「外部から押し付けられたものに従わざるを得ない状況」(求める会質問6)にあるとの認識を明らかにしています。つまり、3氏とも、文科省など外部からの圧力に対する違和感とともに、現状からの変化の必要を綴っています。

 寶、時任、大嶋各氏の方針が、湊、北野、村中各氏の方針と明確に異なる点は、「対話」を掲げていることです。寶氏は、多様性と対話と合意形成が重要だと述べて、具体的には定期的な記者会見と若手教職員や学生との対話を掲げています(所信表明、求める会質問1・6)。大嶋氏も対話を基本とした運営体制を掲げて、部局長、事務職員、学生との直接の対話を掲げています(所信表明)。時任氏も構成員との真摯な対話が必要と述べるので(所信表明)、その重要性を認識しておられるようです。

 他方で、湊氏と村中氏は組織問題について気になる発言をしています。湊氏は自己目的化しない組織改革(所信表明)、村中氏は大学運営の効率化が必要と述べています(所信表明)。村中氏は部局自治も掲げていますが、他方で大学本部機能の強化を論じています。よって、二人とも、「対話」を他候補ほどは重視していないと評さざるをえません。従来以上に強力なトップダウンで組織改革を実施していくことが予想されます。つまり、トップダウンで強力に組織改革を推し進める大学運営のあり方と、大学内外の対話に基づいたボトムアップ式で進める大学運営のあり方の好対照が生まれています。時任氏と寶氏は吉田寮自治会からの公開質問状、大嶋氏と寶氏は「学問と植民地主義について考える会」からの公開質問状にも回答しているのに対して、湊氏と村中氏はこれらの公開質問状には回答せず、北野氏にいたっては職組からの公開質問状を含めて一切、回答していません。

 

 以上から考えると、今回の総長選挙は、どの候補を選ぶかという個別具体的な問題であるだけではなく、政府・文科省が推し進めている、トップダウン式で、強力なガバナンスのもとで大学運営を目指すのか、ボトムアップ式で、各組織・学問分野の自律性や自由を尊重し「対話」しながら意思決定を積み上げる大学運営を目指すのかを選択する問題でもあると言えます。京都大学の理念や伝統に立つのであれば、今一度後者に立ち戻りながら、日本の大学の未来を描いていく必要があると思います。

 投票する資格のある教職員は構成員のごく一部に限られていますが、学生の立ち上げたサイト「京大総長選学生情報局」ではバーチャル「意向投票」として学生・市民を含めて様々な立場からの意見を集めています(https://sites.google.com/view/ku-sochosen-gakusei-johokyoku/)。投票権のある者は、こうした学内外の声も受けとめながら、京都大学の未来を形作るための一票を投じる責務があります。