墓穴を掘り始めた菅政権、学術会議人事介入への責任回避のために弄した言い訳が裏目に、菅内閣と野党共闘の行方(3)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その228)

 

10月11日(日)、朝7時のNHKニュースを観て驚いた。NHKが菅政権の日本学術会議への人事介入問題について初めて真面(まとも)な報道をしたのである。これまでは政府側の言い分を長々と述べ、最後に反対意見を申し訳程度に付け加えるだけだった。「ご飯論法」「チャーハン論法」との比喩で言えば、「刺身のツマ論法」ともいうべき姑息な報道姿勢であり、国民の視聴料で支えられている公共放送としての責任を端から放棄したのも同然の態度だった。ところが、ここにきて(多少なりとも)変化があらわれたのだ。

 

事は、菅首相が10月9日、内閣府記者会のインタビューに答えて、学術会議が提出した会員候補105人のうち6人を除外する前の名簿は「見ていない」と言明したことに発している。自分自身が確認した名簿は99人分で、105人分の名簿は「見ていない」というのである。それでいて誰が6人分を除外したかは明らかにせず、「総合的・俯瞰的な立場」から6人を任命しなかったというのだから滅茶苦茶だ。これでは6人を確認しないまま首相が任命しなかったことになり、6人はまるで〝幽霊〟のような扱い方をされている。菅首相は、自分が直接手を下したのではないと言わんばかりの「責任逃れ」の発言をしたのだろうが、これが裏目に出たのである。

 

NHKニュースは、NHKに直接寄せられた岡田正則早稲田大学教授(行政法学、任命されなかった6人のうちの1人)の意見を詳しく紹介し、ことの是非が明らかになることを促した。岡田教授の意見は、「市民社会フォーラム」のメーリングリストでも紹介されており、ご本人の了解を得ているとのことで広く拡散することが呼びかけられている。間違うといけないので、岡田教授の意見をそのまま再録しよう。

――昨日、学術会議が推薦した105人のリストを首相自身が見ていないということが、首相発言で明らかになりました。その意味は、菅首相の「任命行為の違法性」がますます明確になった、ということです。総理大臣が推薦段階の105人の名簿を見ることなく任命行為を行った、ということであれば、法的には当然、次のようなことになります。

 

(1)「推薦段階の105人の名簿については『見ていない』」、「自身が決裁する直前に会員候補のリストを見た段階で99人だった」ということは、日本学術会議からの推薦リストに基づかずに任命した、ということです。これは、明らかに、日本学術会議法7条2項「会員は、第17条の規定による推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する。」という規定に反する行為です。

(2)6人の名前を見ることなく決裁した、ということは、学術会議からの6人の推薦が内閣総理大臣に到達していなかった、ということですから、改めて6人について「推薦に基づいて、内閣総理大臣が任命する」という行為を、内閣総理大臣は行わなければなりません。任命権者に推薦が到達していないのですから、任命拒否はありえないし、なしえないことです。

(3)任命権を有する内閣総理大臣に推薦リストが到達する前に何者かがリスト上の名前を105人から99人に削除した、ということであれば、総理大臣の任命権に対する重大な侵害であり、日本学術会議の選考権に対する重大な侵害です。リストを改ざんした者は、虚偽公文書作成罪(刑法156条)の犯罪人です。

(4)推薦のあった6人を選ぶことなく、放置して「今回の任命について、変更することは考えていない」という態度をとることは、憲法15条に違反します。なぜなら、国民固有の権利である「公務員を選定する行為」を内閣総理大臣は放棄できないところ、その職務を行わないことは、憲法と法律によって命じられた職務上の義務に違反するからです。

    このようなあからさまな首相の違法行為と職務怠慢は、即座に是正されなければなりません。10月10日(土)  岡田正則(早稲田大学)

 

 誠に行政法学者らしい理路整然とした意見であり、誰が読んでみても菅首相の側に分があるとは思えない。だからこそ、さすがのNHKも無視できなくなり、日曜日の早朝ニュースに取り上げることになったのだろう。本来ならば、日曜討論でも本格的に取り上げるべき論題であり、今後の更なる展開に期待したい。

 

 ところで、今回の菅政権による学術会議への人事介入は体制側にとっても予想外の痛手となったらしく、それをカバーするための「あの手この手」の情報操作が繰り出されている。最も醜悪なのは、テレビ番組やネット番組で学術会議や同会員を誹謗する〝ニセ情報〟を流して事態を「泥仕合」化させ、菅政権の責任をあいまいにしようとする策謀だろう。

 

10月5日のフジテレビ番組「バイキングMORE」では、同局の平井文夫上席解説委員が、日本学術会議のように公金で運営している学術団体は、「欧米では全部民間。日本だけが税金でやっている」と発言した上で、「民営化して、自分たちで会費を払って提言すればいいんじゃないんですか。だってこの人たち6年、ここで働いたら、その後、学士院というところへ行って、年間250万円年金をもらえるんですよ。死ぬまで。みなさんの税金から。そういうルールになっているんです」と続け、スタジオから「えーっ」と驚きの声が上がったという。いずれも事実に反した「真っ赤なウソ」だ。

 

この平井氏の発言を安倍前政権や菅政権の支持者が次々にツイート。自民党の長尾敬衆院議員は「同じ立命館大学出身の平井先輩! よくぞ番組で言ってくださいました! ありがとうございます。この既得権益の在り方、しっかりと是正してまいります」とまで投稿するなど、広く拡散したという(毎日10月10日)。また、その2日前の10月3日には、自民党の長島昭久衆院議員が「(日本学術会議の)ОBが所属する日本学士院へ年間6億円も支出」「その3分の2を財源に終身年金が給付されている」とツイッターに投稿していた(朝日10月11日)。

 

 これを知った学者たちがカンカンに怒ったことは言うまでもない。自民党政権が推し進めてきたF35戦闘機105機1兆2000億円、イージス・アショア2基4500億円などといったアメリカ兵器の「爆買い」には一切触れず、2400億円(5年工事)の沖縄辺野古基地埋立が2兆5000億円(13年工事)に膨張したことも棚に上げ、その一方で「涙金」のような学術会議の運営費10億円(職員人件費を含む)を殊更に取り上げ、あたかも無駄遣いしているようなニセ情報を振りまいたのである。予算不足の中で交通費さえ自弁で賄うことも多い学術会議会員たちがこれらの発言を知って、この政権が学問研究の意味や存在意義が分からない「たたき上げ内閣」であることを痛感したことは言うまでもない。

 

 京都では、立命館大学関係者たちも猛烈に怒っている。同大学が誇る松宮教授(刑事法学)の名誉が、こともあろうに同大学出身のテレビ番組解説委員や国会議員のニセ情報によって中傷され、一方的に誹謗されたのである。同教授とは思想信条を異にする人たちも「こんなことは許せない!」「大学の恥だ!」と言っている。一片の謝罪で言い逃れすることはもはや不可能だ。ニセ情報によって人を傷つけた責任は追及されなければならない。それがマスメディアの倫理であり、国会議員としての最低の政治責任である。そして、それらを誘導した菅政権は厳しい国民の審判を受けることになるだろう。(つづく)