菅首相と二階幹事長は〝一蓮托生〟の関係、二人が「GoTo事業」に固執するわけと背景、菅内閣と野党共闘の行方(13)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その238)

 

先日、大阪で開かれたある研究会の席上、菅首相と二階幹事長の関係が話題になった。この件について、二階幹事長の地元、和歌山から来たメンバー(複数)の生々しい発言が興味深かった。二階幹事長の権力基盤は観光と国土強靭化(土木公共事業)、菅首相と二階幹事長はこの両軸で固く結ばれている〝一蓮托生〟の関係だというのである。

 

二階氏は1992年以降、全国5500社の旅行業者を傘下に収める全国旅行業協会のトップを30年近くに亘って君臨している。二階氏は観光業界では〝ドン〟と呼ばれており、絶大な権力を振るっている。〝ドン〟とは首領・ボスのことであり、その人物の一声で全ての物事が決まる比類ない権力者のことだ。その二階氏が自民党幹事長の要職にあり、しかも「GoTo事業」推進者として旗を振っているのだから、観光業界にとってはこれほど頼もしい存在はない。

 

地元の和歌山県では、二階氏の意向は文字通り「天の声」として扱われているらしい。「赤字空港」として有名な南紀白浜空港から日航が撤退したくてもできないのは、運輸行政に目を光らしてきた二階氏が許さないからだと言われている。実現可能性の低い「統合リゾート」の申請に和歌山県が手を挙げたのも、二階氏の強い意向があったからだとされる。また、和歌山大学が国立大学の中で唯一「観光学部」の設置が認められたのも、二階氏の影響が大きかった。関係者の話によると、文部科学省がなかなかウンと言わない中で、二階氏が斡旋に乗り出した途端、即座に設置認可が下りたのだという。

 

 観光業界のドンである二階氏にとって、安倍政権の打ち出した観光立国政策は文字通り「渡りに船」だった。2016年に自民党幹事長に就任して以来、二階氏はあらゆる手を使って幹事長ポストにとどまり、観光立国政策を活用することで勢力を拡げてきた。コロナ禍によって危機に瀕している観光業界に対して今年7月からスタートした「GoTo事業」も、二階氏が最高顧問を務める自民党「観光立国調査会」が政府に観光業者の経営支援や観光需要の喚起策などを要望したことが切っ掛けになっている。二階幹事長は「政府に対して、ほとんど命令に近い形で要望したい」と応じ、ここから「GoTo事業」が始まったのだ。要望実現に尽力した菅官房長官と二階幹事長との間に「密接な関係」が生まれたのはこの時とされ、以降、両氏はことあるたびに会合を重ねるようになったという。

 

この事業を1895億円で受託したのは、「ツーリズム産業共同提案体」だ。同団体は、全国旅行業協会(ANTA)、日本旅行業協会(JATA)、日本観光振興協会という3つの社団法人とJTBなど大手旅行会社4社で構成され、全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会、日本旅館協会といった宿泊業の関連団体が協力団体として14団体が参加している。観光関連14団体からは、自民党「観光立国調査会」関係議員37名に対して、少なくとも約4200万円の献金が行われていることが、『週刊文春』(2020年7月30号)の取材で明らかになった。

 

一方、菅首相が観光立国政策に手を染めるようになったのは、2012年に政権復帰した第2次安倍内閣の中で官房長官に抜擢されたことに始まる。安倍内閣の「地方創生」戦略の中で、外国人を呼び込んで産業を振興する「観光立国政策」が重視され、菅氏が実質的な推進役となったことがその切っ掛けだった。インバウンド(外国人旅行者数)が年々増加する中、菅氏は観光立国政策を推進することが自らの政治的存在感を高め、権力の座を駆け上がる有力な道筋であることに確信を持ったからだろう。このときから「ポスト安倍」を狙う菅作戦がスタートしたのである。

 

しかし、菅氏には二階幹事長のように観光業界との「太いコネ」がなかった。そこで政策面で頼ったのが、後にブレーンとなるデービッド・アトキンソン氏(国際金融資本ゴールドマンサックス、元アナリスト)である。菅氏は「2013年から始めた観光立国の仕組みづくりに際して、アトキンソンさんの本を読み、感銘を受け、すぐに面会を申し入れた。その後何回も会っている」と語っている(『週刊東洋経済』(2019年9月7日号)。

 

アトキンソン氏は、菅官房長官によって安倍政権の「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」委員に起用され、2020年4000万人、2030年6000万人のインバウンド目標(外国人旅行者数)を主導するキーパーソンとなった。著書『新・観光立国論』(東洋経済新報社、2015年6月)の中では、インバウンド目標は「2020年5600万人、2030年8200万人」が可能だと主張し、観光ビジョン構想会議の第1回ワーキンググループ会議(2015年12月)においても、この数値目標を強力に主張している。

 

こうして、二階幹事長と菅官房長官(当時)は政治と事業の両面で「果実」を分け合う関係になったが、このことが「菅政権」の誕生に結びついたことはまず間違いない。有力な派閥の後ろ盾を持たない菅氏にとっては二階幹事長の支援が不可欠であり、観光業界のドンである二階氏にとっては観光立国政策を推進する菅氏の存在が不可欠だったからである。研究会の席上でも、両者は早くから「ポスト安倍」戦略を練っていたという説が(きわめて)有力だった。安倍政権はその内に終わる、問題はその時に誰がどのような形でイニシアティブを取るかが政権の行方を決める...。二階・菅両氏はその日に備えて周到な準備を重ね、綿密な作戦を立てていたのだろう。情勢を読めない岸田氏や石破氏が完敗したのも「むべなるかな」というべきではないか。

 

その後も菅首相は二階幹事長に対し、「恩返し」ともいうべき大盤振る舞いを続けている。首相は12月11日、自民党国土強靭化推進本部本部長を務める二階氏と首相官邸で会談し、二階氏が国土強靭化の予算拡充を求める党の緊急決議を「不退転の決意で実行し、国民を安心させてもらいたい」と要請したのに対し、首相は「しっかり応える」と述べ、その日のうちに強靭化計画を閣議決定した。もともと国土強靭化計画は、この数年、全国各地で発生した集中豪雨による水害などに対する緊急3か年計画として策定され、2020年度で終わることになっていた。それが菅政権では2021年度から新たな5か年計画として継続され、しかも総事業費は15兆円という超大規模の予算に膨れ上がったのである(時事ドットコム12月11日)。

 

 二階幹事長にとっては「わが世の春」ともいうべきご時勢だろうが、しかしこの事態は長く続きそうにもない。「GoTo事業」の強行によってコロナ感染状況はますます悪化しており、12月12日現在で1日あたり新規感染者数は全国で3000人を超え、東京で621人といずれも過去最多を記録した。それとともに、内閣支持率も確実に低下し、12月12日実施の毎日新聞世論調査では、菅内閣の支持率は40%となり、11月7日前回調査の57%から17ポイントも下落した。不支持率は49%(前回36%)となり、菅内閣発足後不支持率が支持率を初めて上回った。

 

 菅政権の新型コロナウイルス対策については「評価する」は14%、前回34%から20ポイント下がり、「評価しない」は62%(前回27%)に大幅上昇した。新型コロナ対策の評価が下がったことが、支持率の大幅減につながったと分析されている。この事態に菅政権はどう臨むのか。「GoTo事業と感染拡大との関係について明確なエビデンスはない」として、依然として事業継続に固執するのか、それとも撤回して判断の誤りを認めるのか、菅首相は「瀬戸際」に追い詰められている。(つづく)