イタリアのベネチアがオーバツーリズム(観光公害)で「世界危機遺産」に登録勧告、京都の世界文化遺産も仁和寺前ホテル建設計画で同様の運命に、コロナ禍でも突き進む京都観光(番外編5)

 1987年に世界文化遺産に登録されたイタリアの「ベネチアとその潟」に対し、ユネスコ(国連教育科学文化機関)の諮問委員会は2021年6月21日、同地域を危機にさらされている世界遺産「危機遺産」のリストへの登録を勧告した。危機遺産とは、武力紛争、自然災害、観光開発などにより「普遍的価値を損なう重大な危機」にさらされている世界遺産のことを指すが、イタリアの「ベネチアとその潟」が遂にその仲間入りをしたのである(TBSニュース、6月23日)。

 

ベネチアは、かねてから観光目的のための建物改造や大規模なインフラ整備など、「人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例」(世界文化遺産登録基準4)の破壊が急速に進んでいた。住宅を宿泊施設に改築するいわゆる「民泊ホテル」の激増、大型クルーズ船の就航にともなうレジャー施設の開発、潟一帯の生態環境の破壊など、往年のベネチアの面影が日に日に壊されていくと多くの市民は嘆いていたのである。

 

この状態に対してユネスコの諮問委員会は、ベネチアはもはやその限界に達したと判断し、今回「危機遺産リスト」(現状が改善されなければ世界文化遺産登録が取り消される)に加えることを勧告した。諮問委員会は、調査報告書の中でその理由を「極度に多い数の観光客が街の収容力や住民の生活の質と密接に関係し(その容量を超え)、この土地の『普遍的価値』を脅かす主な要因となっている」と指摘し、「いくつかの問題は改善されてきたが、重大な問題が未解決のままだ」として勧告に踏み切った。「危機遺産リスト」への登録は、来月の世界遺産委員会で議論される予定になっている。

 

私がこのニュースを知ったのは、中京区の登録会館で開かれたシンポジウム「京都の歴史遺産、過去・現在・未来―京都にはもうホテルはいらない」の翌日のことだった。6月27日朝8時からのテレビ番組「サンデーモーニング」を見ていると、その中でベネチアの世界危機遺産入りのニュースが紹介され、あまりの偶然に驚いたのだった。なぜかというと、前日のシンポジウムでは仁和寺前ホテル建設計画に関連して、数多くの世界危機遺産の事例が報告されていたからである。

 

当日のシンポジウムの様子をもう少し詳しく紹介しよう。「歴史的文化財と観光公害―仁和寺前ホテル計画の中止を―」と題して講演されたのは、環境政策の泰斗であり学士院会員の宮本憲一先生。宮本先生は91歳のご高齢でありながら、京都の現状と未来を案ずるあまり、「仁和寺前ホテル計画の見直しを求めるアピール」の呼びかけ人になられ、今回のシンポジウムでも講演を引き受けられた。

 

講演の中で、宮本先生は「歴史的文化遺産は現状維持保存が原則」とする視点からこう訴えられた。

「歴史的文化遺産は保蔵文化財・建築物の歴史的な文化財としての価値によって決まるだけでなく、緩衝地の自然・景観・周辺のたたずまい・町並みとの調和=原風景によって選定されている。歴史的文化遺産の環境アセスメントは緩衝地の価値が中心である。文化遺産の本体と緩衝地域は一体となって選定されている。したがって、原則として、建造物などの文化財の保存と同時に緩衝地の重大な変更を禁じ、原則は選定時の形状維持である。例えば彦根城が歴史的遺産に選定されなかったのは、緩衝地が城下町の街並みを破壊していたためである。それほど歴史的文化遺産にとっては緩衝地と一体化した原風景が貴重なのである」

 

「今回の門前ホテルの建設計画は後述のように歴史的文化遺産とは全くかかわりのない現代的宿泊施設であり、仁和寺が選定された時の原風景維持にそぐわないものである。後述のように京都市の「上質宿泊施設候補の選定について」などの市当局の審議過程は、歴史的文化遺産の保持を主とした理念ではなく、京都市の観光宿泊客増加、富裕層観光客の優先誘致、外国観光客の増加誘導という観光収入増大の目的を主体として、これまでの規制を緩和したのである。このためにこの門前ホテル計画は千年の古都を保存し、歴史的文化遺産を世界に誇るという崇高な政策理念ではなく、経済主義の観光事業に偏していると言わざるを得ない」

 

短い文章ながら、ここには世界文化遺産における緩衝地の重大な役割が端的に指摘されており、その緩衝地を破壊して建設計画を強行しようとする民間業者及びこれと結託している市当局の不当性が余すところなく暴露されている。いわば、世界文化遺産を食い物にして観光事業を展開しようとする民間業者の企みを「上質宿泊施設誘致制度」という政策で覆い隠し、市当局が率先して緩衝地の破壊に手を貸している有様がここでは鋭く告発されている。

 

加えて、注目すべきはシンポジウムの前日(6月25日)、京都弁護士会の機関決定として、弁護士会長名で「仁和寺門前の『(仮称)京都御室花伝抄計画』についての意見書」が出されたことである。宛先は京都市長、京都市建築審査会会長、京都市美観風致地区審議会会長の3人である。次回は、その内容を報告する。(つづく)