京都市は京都弁護士会の意見書を尊重しなければならない、理を尽くした意見書を無視すれば、さらに市民の反発を招くだろう(その1)、コロナ禍でも突き進む京都観光(番外編6)

 

2021年6月25日付けの京都弁護士会意見書、「仁和寺門前の『(仮称)京都御室花伝抄計画』についての意見書」(以下「意見書」という)を読んで、改めて京都弁護士会は立派な仕事をしていると思った。京都弁護士会は、これまでも京都のまちや景観を守るうえで数多くの意見書を提出し、また個々の弁護士たちが市民のまちづくり運動を積極的に支援するなど、その存在感には目を見張るものがある。

 

京都市の審議会や委員会には数多くの専門家が名を連ねているが、弁護士の数はそれほど多くない。法律上どうしても意見を求めなければならない場合を除いて(建築審査会など)、市当局が弁護士を起用するケースが少ないからである。学者の中には専門領域を超えてまで多数の審議会・委員会を渡り歩く人物が見られるが、市の顧問弁護士ならともかく、弁護士の場合はそのようなケースは見られない。

 

 意見書の内容について入る前に、京都市から公開されている「広報資料、上質宿泊施設候補の選定について」(2021年4月19日)を見よう。まず第1に注目されるのは、「上質宿泊施設候補選定のための有識者会議」5人の顔ぶれである。座長は市観光振興審議会常連の大学教授、副座長はホテルプロジェクトアドバイザー、その他は市観光協会幹部などすべてが業界関連メンバーで占められている。当然のことだが、「上質宿泊施設」は旅館業法に基づく宿泊施設の一種であり、それを建築基準法などにより宿泊施設の立地や建設が規制(禁止)されている地域にも広げようとする〝規制緩和〟の産物にすぎないからだ。

 

この選定会議は「有識者会議」などという尤もらしい名前が付けられているが、は、その中身は、宿泊施設の立地規制や建築規制などを緩和するための御用会議にすぎない。要するに、市民には学術的検討をしたように見せかけるため「有識者会議」などと称して会議を開催するが、結局はあれこれ理屈を並べて「ゴーサイン」を出すための仕組みなのである。つまり「有識者会議」が組織される段階で、すでに市当局の方針は決まっており、それをオウム返しに追認する「有識者」を揃えれば、それでことは終わりなのである。

 

 「京都市上質宿泊施設誘致制度要綱」には、もっぱら観光振興の視点から次のような要件が記されている(要約)。

 (1)市は、宿泊施設の立地が制限されている区域(住居専用地域、工業地域、市街化調整区域)において、地域活性化、京都経済の発展に貢献する宿泊施設を「上質宿泊施設」として誘致する。

 (2)上質宿泊施設候補要件(共通要件)は以下の通り。

・山間地域など周辺地域の魅力を最大限に活用した計画であること

・長期の事業計画であり,安定した雇用の創出など地域経済や活性化に寄与するものであること

・地域住民との意見交換・合意形成がなされた地域と調和した計画であること

・市内産品・サービス(伝統産業製品,市場流通・市内産食材,市内産木材等)を活用した計画であること

・その他市の方針や政策(防災,福祉,環境対策)に寄与する計画であること

(3)各施設タイプの主な要件

・ラグジュアリータイプ、上質な宿泊体験やサービスを提供し,京都の奥深い魅力や文化を堪能できる宿泊施設

・MICEタイプ、MICE機能をはじめ,地域産業活性化に寄与する機能を持った宿泊施設

・地域資源活用タイプ(オーベルジュタイプ,歴史的建築物タイプ)、特にその場所や建物の特性などの地域資源を活用したサービスを提供する施設

 

ここには、「上質宿泊施設」が歴史的文化財や世界文化遺産の保護政策に抵触することはまったく想定されていない。関連する市の方針や政策として取り上げられているのは、防災、福祉、環境対策だけであって、歴史的文化財や世界文化遺産との関係については一切触れていないのである。このことは、「上質宿泊施設」が文化財保護政策には抵触しないことを条件に、規制緩和される宿泊施設であることを意味している。

 

 ところが、「上質宿泊施設候補選定のための有識者会議」は、京都市上質宿泊施設誘致制度要綱の規定に反して、世界文化遺産緩衝地における「上質宿泊施設候補選定」の協議を行った。歴史的文化財や世界文化遺産に関して協議する資格のない「有識者会議」が、世界文化遺産緩衝地における上質宿泊施設選定に関する協議を行い、あまつさえゴーサインを出したことは、越権行為そのものであって行政上の正統性は何ら担保されていない。以下、その不当極まる協議内容を紹介しよう(要約)。

 

 (1)今回の計画は、周辺住民の理解と協力を得るため、事業者が2017年10月に仁和寺門前まちづくり協議会と協議を始め、2018年5月の協議会総会で承認された。事業者は、周辺住民から示された住環境や景観等の保全に関する意見に対して計画を変更するなどの意見調整を重ねた。

(2)一方、世界文化遺産仁和寺の環境を考える会から京都市長宛に「世界文化遺産仁和寺周辺地域の景観と住民の生活環境を守る要望書」が2019年9月に提出された。また、2019年12月には京都・まちづくり市民会議から市長宛に「世界文化遺産仁和寺門前のホテル計画に関する公開質問書」が出される等,ホテル計画の中止への賛同を募る活動が続けられた。

(3)懸案だった計画地の利用を巡って長年活動してきた仁和寺門前まちづくり協議会の努力を思うと、今回,計画中止を求める意見がでていることはたいへん残念である。事業者の努力だけでは乗り越えるのは難しいが,周辺住民に対して説明と意見調整を粘り強く重ねてきたこれまでの努力と、上質宿泊施設候補の選定後も説明を続け、意見を聴き、地域貢献に取り組んでいくと宣言した姿勢は評価できる。

(4)事業者は、この計画において真言宗御室派総本山仁和寺門前に建つがゆえに総本山への敬意を払うとともに、御寺の支援の下、参拝等を通じて宿泊客の崇仏の念に応える取組を提案している。京都、御室仁和寺門前に固有の伝統と文化を理解し、その門前に立地することをよく理解した上で、地域の伝統的特質の継承を目指す姿勢は上質な宿泊施設として期待できる。

(5)この計画では,事業者と設計者が京都市の定める「京都市優良デザイン促進制度」による専門家のアドバイスを受け,「事前協議(景観デザインレビュー)制度」の歴史的景観アドバイザーと協議し,建物デザインを検証し,世界文化遺産・仁和寺とその周辺への影響を抑え,優れた景観を創出する努力を続けてきた。これらの制度は,1994年の世界文化遺産登録後,京都市が1995年の市街地景観整備条例制定,2007年の新しい景観政策として,全国で初となる眺望景観創生条例を制定し,2018年に同条例を改正するなど発展させ,市民・関連事業者と協議を重ね,進化させた制度であり,世界遺産の緩衝地帯にふさわしい建築デザインを実現する制度である。この計画の事業者は,その点を理解し,再三にわたり計画変更を重ねている。

(6)とは言え,この計画建物は3階建ながら,用途地域の制限の3千㎡を上回る,建築基準法の用途の許可が必要となる建築物であり,周辺に長く住む住民に懸念があることは確かである。また,市内では,この間急激に増加した観光客が,新型コロナウイルス感染症の拡大により急減し,ホテル建設の是非を巡る意見がでている。しかしながら,世界文化遺産・古都京都の文化財は,適切に保存しつつも,周辺住民と京都市民が独占すべきではなく,日本人はもとより世界人類にも広く公開すべきものである。古都京都の文化財の公開を通じて,世界の人々が京都に集い,文化や習慣の多様性を認め合いながら自由に交流することは,世界人類の相互理解,ひいては世界平和につながる。このことは十分理解されていると考える。

 

 まるで、事業者の「お抱え有識者会議」ともいうべきズブズブの内容であるが、これに対して京都弁護士会は如何なる意見表明をしたか、次回はその内容を紹介しよう。(つづく)