野党共闘、最大の障害は枝野立憲民主党代表ではないのか、相次ぐ共闘否定の発言の裏にあるもの、菅内閣と野党共闘の行方(35)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その260)

 2021年7月4日投開票の東京都議選では、定数1~2人の選挙区を中心に立憲、共産両党が候補者をすみ分けし、野党共闘の成果を挙げた。一方、自民党は議席を伸ばしたものの、自公で過半数という目標には届かず、事実上敗北した。ところが、枝野立憲代表は7月6日の党執行役員会で、「自民党に代わる選択肢は我々しかないんだ、ということが十分に届ききっていない選挙になってしまった」と述べただけで、野党共闘については何ら触れなかった(朝日7月6日)。背景には、立憲は共産党と1~3人区で候補者を一本化して7議席伸ばしたものの、都民ファースト(31議席)や共産(19議席)などに及ばず、政権批判票の受け皿として存在感が発揮できなかったことがあるとみられる。

 

 枝野代表の野党共闘に対する否定的発言はこれにとどまらない。都議選最中の6月30日、枝野代表は記者会見で「わが党の公認・推薦候補の当選のために全力で仕事をするのが当然。それをやっていない議員らがいるとすれば信じられないし、許されない」と述べ、立民候補がいる選挙区への応援入りを求めた。その一方、立民候補不在の選挙区での共産候補への応援については、「そうはいっても都内各地で仲間が必死の戦いをしている」と否定的な考えを示す有様(産経6月30日)。要するに、枝野代表の本音は、表向きは野党共闘と言っていても、実質的には共産党との選挙協力はしないということだろう。

 

 決定的なのは、枝野代表が6月17日、連合中央執行委員会に出席し、次期衆院選に向けた共産党との協力について「理念で違う部分があるので共産党との連立政権は考えていない。共有政策でのパーシャル(部分的)な連携や候補者一本化に努力したい」と述べたことだ。会合は非公開だったが、枝野代表は終了後記者団にわざわざ発言内容を明らかにし、「私は従来、神津(里季生)会長などには話をしていたが、改めて連合の皆さんにお伝えをした」と説明した(毎日6月18日)。

 

 これを受けた連合の神津会長は6月17日、記者会見で「理念の違う共産との連立政権はないということを枝野代表が踏み込んで明確に言ったことは積極的に受け止めたい」と応じ、「立憲と国民民主が連立して、政権構想を打ち出すのは、多くの有権者の期待に応えるものだ」と評価した。また、中央執行委員会に同席した国民民主党の玉木雄一郎代表は、記者団に「共産党と連立政権を組まないと(枝野氏が)おっしゃったのは一歩前進だ。ほっとした」と歓迎した(同上)。

 

 一方、コケにされた共産党は枝野発言については「だんまり」を決め込んでいる。枝野発言は赤旗しんぶんでは一切報道されないし、紙面に溢れているのは楽観的な「野党共闘賛歌」一点張りだ。これでは赤旗だけを読んでいる読者は、今すぐにでも野党共闘が実現するかのような印象を抱くだろうし、一般紙を読んでいる読者は「先行き不透明」「五里霧中」との感を一層深くするだろう。自民党議員や閣僚がこれだけ「政治とカネ」の問題で腐敗しきっているというのに、政党支持率で立憲や共産の支持率が依然として低迷しているのは、野党共闘の行く先が見えないためだ。

 

 この動きに右からの一石を投じたのは、国民民主党の榛葉幹事長(参院議員)だ。国民民主党は7月7日、役員会で次期衆院選に向けて連合が求めていた立憲民主党との政策協定を拒否する方針を決めた。連合は当初、連合、立憲、国民民主の3者で結ぶ形を求めてきたが、榛葉幹事長は終了後の記者会見で、立憲とは「主義主張、政策、運動論が異なる」としてこれを拒否、むしろ都民ファーストとの連携に期待を示した。2017年の衆院選では、玉木代表を含む国民民主の多くの議員が、小池氏の率いる「希望の党」の候補として選挙戦に臨んだ。都民ファーストには連合東京の組織内議員もいて、親和性は高いという(朝日7月8日)。

 

 私は国民民主のこの動きを見て、2017年衆院選における前原民進党代表、小池知事、神津連合会長の3者共謀による「民進党解体劇」を思い出した。自民党と希望の党による保守2大政党制を形成して政権を安定させるため、前原氏と小池氏が神津連合会長の後押しで(おそらくは政権中枢幹部の承認のもとに)、野党第一党の民進党を解体してリベラル派を追い出すという〝クーデター〟が決行されたのである。この時、枝野氏はただ単に前原氏との権力闘争に敗れただけで、特に思想上の対決や政策上の違いがあったわけではない。小池氏の手法が余りにも強引で有権者の反発を招き、その結果として枝野氏が「少数派=リベラル派」と見なされたにすぎない。枝野氏はもともと「保守」を自認する政治家であって、民主党政権時代の官房長官としての言動を見れば、その主義主張の所在は明らかだ。

 

 ところが、その後の事の成り行きで、いつの間にか枝野氏が立憲民主党代表となり、野党共闘論議が盛んになる中で、共産党までが首班指名選挙で枝野氏に投票するという事態に発展した。こうして、枝野氏には「野党共闘の要=リベラルの星」というイメージが作られ、野党共闘の行方があたかも枝野代表の手中にあるかのような幻想が広がったのである。しかし、私は枝野氏が立憲民主党を代表しているとも思わないし、枝野代表が「野党共闘の要」だとも思っていない。むしろ、枝野氏が立憲民主代表の座にある限り、野党共闘は永遠に進まないと考えている。野党共闘の最大の障害は枝野氏自身であり、枝野氏が代表の座から降りない限り野党共闘は実現しない。立憲民主党や共産党がそのことに気付くのはいったい何時の日であろうか。(つづく)