安部政治のコピーでは日本は救われない、自民党総裁選の候補者は「拡大コピー」(高市早苗)と「縮小コピー」(岸田文雄、河野太郎)ばかりだ、菅内閣と野党共闘の行方(42)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(267)

 「菅おろし」が一段落したと思ったら、今度は自民党総裁選の前宣伝が始まった。テレビ各社は総裁選に名乗りを上げた候補者を連日露出させ、これでもかこれでもかとばかり退屈な画像を流し続けている。最近ではもう言うことがなくなったのか、同じことを二度三度繰り返すようになった。そのうち飽きられて視聴率も激減することだろう。

 

 それにしても一から十まで安倍前首相のお膳立てで出馬した高市氏は、「国の究極の使命は国民の生命と財産を守り抜くこと。領土、領海、領空、資源を守り抜くこと。そして国家の主権と名誉を守り抜くことだ」と(戦闘)右翼丸出しの勇ましい決意表明となった。安部政治の「拡大コピー」を標榜することで、自民右派票を総ざらえする魂胆だ。掲げた政策も、軍事予算拡大、敵基地攻撃を可能にするための法改正など、憲法9条などまるで眼中にない進撃ぶりだ。無人機や極超音速兵器の登場に危機感を示し、「迅速に敵基地を無力化するということを早くできた国が、自分の国を守れると思う。安倍内閣では敵基地先制攻撃と呼ばれていたが、私は迅速な敵基地の無力化と呼ぶ。これをするためにも法整備が必要だ」とまで踏み込んでいる(各紙9月9日)。

 

勇ましい安保・防衛政策に比べて、高市氏の経済政策は貧弱の一言に尽きる。実態は失敗続きのアベノミクスの名前を変えただけで(サナエノミクス?)、表紙を変えれば景気浮揚が図れるとでも思っているらしい。経済音痴もいいところだが、豪華政策はズラリと並んでいる「選択制夫婦別姓制度反対」「男系天皇制死守」「靖国神社参拝」など戦前復古型の保守政策だ。一方では、国際情勢の変化を強調して軍事費増大や兵器近代化などを叫びながら、他方では世界的なジェンダーフリーの流れなどは無視して戦前からの家族制度を死守するというのだから、ご都合主義も甚だしい。要するに、この人物は安倍前首相の影響力を維持するためのマシーンの1つに過ぎないのである。

 

 高市氏の出馬で慌てたのが岸田氏だ。安倍前首相にただひたすら従うことで政権移譲を期待してきた岸田氏は、「トンビに油揚げをさらわれる」事態に直面して目下右往左往している。当初は「新自由主義経済政策の再検討」などと耳障りのいいことを言っていたが、アベノミクスのどこをどう変えるのか――具体的なことは何一つ言わないのでいっこうに人気が出ない。それに、安部政治のアキレス腱である「森友・桜の会」については、当初は国民が求めれば説明が必要だと言明していたにもかかわらず、安倍前首相が高市氏を担ぎ出すと、今度は「再調査はしない」と突如態度を豹変させた。国民の声には耳を傾けず、権力欲しさに安倍前首相にゴマをするだけの小心者ではないか――、岸田氏にはいま、こんな風評が広まっている。

 

これまでの政治経験によれば、新政権は前政権の批判の上に成り立つものと相場が決まっている。前政権に問題がなければ政権交代の必要もなければ、新政権の出番もない。菅首相が退陣表明をしたのは、自らも片棒を担いできた安部政治に対する国民の批判に耐えられなくなったためであり、コロナ対策の不備だけではないだろう。安倍前首相が「持病」を理由に政権を投げ出し、後始末をまかされた菅暫定政権は安倍政権とは一心同体であり、安部政治を批判することは「天に唾(つば)する」ことになるので不可能だった。菅政権は安倍政権を継承するだけで一切の批判を許されず、退場する以外に道がなかったのである。

 

安倍政権を正面から批判できない岸田氏は、今後どのような戦略で総裁選に臨むのか見当がつかない。保守右派の高市氏には付いていけない保守層をまとめるだけでは当選の道はおぼつかない。安部政治の「縮小コピー」路線では、自民保守派の支持を得ることもできないし、国民世論の支持を得ることもできない。安倍前首相に対して果たして「反旗」を翻すことができるのか、それともこのまま野垂れ死にするのか、岸田氏の選択肢は限られている。

 

一方、何に対しての「実行力」か「突破力」かわからないが、それが〝持ち前〟だとされてきた河野氏はどうか。河野氏は9月10日、総裁選への出馬を表明した記者会見の席上で、「脱原発」や「女性・女系天皇の検討」などこれまでの持論を封印して次のように述べた。エネルギー政策については、「将来原発ゼロにするにしてもカーボンニュートラル政策を実行するためには、安全が確認された原発の再稼働が現実的だ」との認識を示し、皇位継承問題に関しては「日本を日本たらしめているのは、長い歴史と文化に裏付けられた皇室と日本語だ。そういうものに何かを加えるのが保守主義だ」とわけのわからない言葉を並べ、「現皇室で男系を維持していくにはかなりのリスクがあると言わざるを得ない(女性・女系天皇の検討が必要)」(2020年8月)との考えを撤回した。おまけに、森友学園を巡る財務省の決裁文書改ざん問題の再調査に関しては、「必要ない」と否定するサービスぶりだ(毎日9月11日)。

 

どうやら、「原発再稼働容認」「女性・女系天皇否定」「森友問題再調査拒否」が安倍前首相の支持を得るための三本柱らしい。河野氏がこれまで「改革者」としての実行力や突破力を売り物にしてきたのは、これらの問題について(多少なりとも)改革方向の発言をしてきたからだ。だが今となっては、それらは総裁選に勝つ見込みのない時代のデモンストレーションでありパフォーマンスに過ぎなかったことが明らかになった。河野氏にとっては、それらは権力の座が近くなればいとも簡単に投げ捨ててしまう「キャッチコピー」の類にすぎないのだろう。河野氏もまた、安部政治の「縮小コピー」(現実主義者)となったのである。

 

日経新聞は菅首相の退陣表明を受けて9月9~11日、緊急世論調査を実施した。自民党総裁に「ふさわしい人」(自民党の政治家10人から1人だけの選択)は、河野27%、石破17%、岸田14%、高市7%の順番だった。次の自民党総裁に求める資質(8つの選択肢から複数回答)は、「国民への説明能力がある」51%、「指導力がある」49%、「国際感覚がある」32%、「人柄が信頼できる」「政策に理解がある」が26%だった。上位2回答はいずれも菅首相に欠けていたものであり、国民世論は次の指導者に菅首相とは対照的な資質を求めていることがわかる。高市、岸田、河野3候補がいずれも安部政治のコピーにすぎないことが分かったとき、国民世論はいったいどんな反応を示すのだろうか。

 

日経世論調査のなかで、私が最も注目したのは次期衆院選で投票したい政党についての結果だった。首位は自民党53%(前回8月調査から10ポイント上昇)、2位は立憲民主党12%(2ポイント減)、3位は共産党5%(1ポイント減)、4位は日本維新の会4%(2ポイント減)だった。自民党総裁選の前宣伝は次期衆院選の「事前運動」として着実に効果を挙げている。これに対して立憲民主党など野党各党の方は悲惨だ(日経9月12日)。

 

枝野立憲民主党代表は9月9日、市民と野党共闘の政策協定を結んだばかりの翌日、日経新聞の単独インタビューに応じ、次期衆院選で勝利した場合、共産党との関係について「連立政権は考えられない。この点は共産党も理解いただいていると思う。最終的には選挙までに説明する」と明確に否定した(日経9月11日)。共産党の方は政策協定を「本物の政権協力」につなげると息巻いているが、その谷間は底知れず深い。枝野氏の思惑はいったいどこにあるのか、次回はその意図について考えてみたい。(つづく)