「改憲隠し」を最大争点にしたことが却って「改憲勢力3分の2超」を導いた、「改憲勢力3分の2」の罠にはまったのは民進党と共産党だ、2016年参院選を迎えて(その38)

 猛暑の最中の参院選だったのに、心の中では寒々とした風が吹きすさぶ選挙だった。選挙前も選挙中もそして選挙後も、埋めることのできない空虚感に襲われた選挙だった。国中が嘘とでたらめを振りまく安倍首相の演説に席巻され、あの得意げな表情が連日テレビ報道を通して全国に拡散された。

山口公明党代表の野党攻撃も日毎にエスカレートしていった。憲法9条を廃止して国防軍の創設を謳う自民党憲法草案には一切触れず、また権力と利権欲しさの自民党との連立(野合)も棚に上げ、したり顔で野党共闘は「政策なき野合」だと非難する――。こんな厚顔無恥な人物には「政治家よ、恥を知れ!」との言葉は通じないのだろう。

日本を支配する自公連立政権のもとで行われた2016年参院選は、両党党首の品性を疑う選挙演説で始まり、そして野党共闘に悪罵を投げつけるだけの絶叫で終わった。日本中が反知性と虚構に満ちた下卑な雰囲気に包まれ、「こんな選挙には行きたくない」との空気が広がった。政治不信と政治家不信が一層強まり、政治に背を向ける人たちの列がさらに長くなった。

良識ある有権者を選挙から遠ざけ、自らが囲い込んだ勢力で組織戦を展開し、有権者の半数近くが棄権する選挙を組織して自公両党で日本を支配する――、こんな選挙戦略が目に見える形で進行したのが今回の参院選だった。そのためには嘘とでたらめに満ちた安倍首相の演説も、厚顔無恥の山口代表の演説も必要だったのだろう。否、そんな政治効果を確信しているからこそ、あんな恥ずかしい下卑な言葉を口にできるのだ。

そんなことで参院選の結果について論評する気持ちを失っていたところへ、『リベラル21』(東京を中心とするジャーナリストの同人ブログ)の編集デスクから、「何でもいいから書け」との指令が下った。書いても書かなくても現状は変わらない、書くだけ無駄だと嫌がる自分を叱咤激励してとにかく一文をまとめた。この拙文は、本日7月12日の『リベラル21』に掲載されている。通常なら、同じ文章を異なる場所で発表することは慎むべきとは思うが、もはや気力が残っていない以上、拙文を再掲することをお許し願いたい。

改憲勢力3分の2」の罠にはまった2016年参院選挙、改憲勢力が序盤戦から終盤戦まで野党を圧倒した、改憲勢力の動向を中心に(その2)
〜関西から(187)〜
                広原盛明(都市計画・まちづくり研究者)

 今回の参院選は、最初から最後までほとんど流れ(情勢)が変わらなかった点が大きな特徴だ。まず序盤戦で「改憲勢力3分の2うかがう」との選挙情勢が一斉に報道されて、世論の大きな流れがつくられた。次に、終盤戦には「改憲勢力3分の2強まる」の大合唱が起り、形勢逆転の動きが封じられて大勢が固まった。そして、選挙結果は文字通り「改憲勢力3分の2超」となり、改憲勢力が予定通り粛々と勝利したのである。

選挙戦は、最初から最後までいっこうに盛り上がることなく、選挙が行われているかどうかもわからないほど街頭は静かだった(大都市中心部ではそうでなかったかもしれないが)。自公両党の間では「改憲隠し」が徹底され、候補者が連呼したのは安定政権による「アベノミクス」の続行と、野党共闘に対する口汚い中傷と悪罵だけだった。組織力に勝る自公両党は、選挙争点を徹底的に避けて選挙戦を無風状態に持ち込み、陣地戦に持ち込んで圧勝したのである。

 ここでは、選挙結果全般についての解説はもう繰り返さない。各紙とも選挙結果自体はこと細かく報道しているので、詳細はそちらの方に譲りたいと思う。私に求められているのは、その中から幾つかの注目点を見つけ出し、今後の戦いに備えるためだと思うからだ。以下、幾つかの論点を提起したい。

 第1は、自公両党の「改憲隠し」に対して、岡田民進党代表や志位共産党委員長が、彼らが「3分の2」を取れば必ず改憲を実行すると批判した戦法についてである。両氏は「改憲隠し」こそが最大の選挙争点だとして、オーソドックスな安倍政権批判を展開した。これは、改憲問題を重視する知識層や大都市リベラル層にアピールしたことは間違いない。東京で民進小川氏が辛うじて最下位当選したのは、この戦法が効を奏したからだと聞いている。

 だが、関西ではどうか。近畿2府4県(京都、大阪、兵庫、滋賀、奈良、和歌山)の選挙区では、自民6議席、公明2議席、おおさか維新3議席と全員が当選し、改憲勢力が12議席のうち実に11議席を独占した。僅か残る1議席を、京都の民進が確保したにすぎない。民進は大阪、兵庫、滋賀、奈良で現職4議席を失い、共産党も有力とされていた京都、大阪で議席を得ることができなかった(大きく水をあけられた)。改憲勢力がここまで民進、共産を圧倒したのは、全国広しといえども近畿地方だけではないのか。

 改憲勢力が圧勝した背景には、実利を尊ぶ(重視する)関西の政治風土がある。「身を切る改革」を叫んで3議席をもぎ取ったおおさか維新の戦法は、この点を鋭く衝いたものだ。政党交付金には一切触れず、議員・職員定数の削減や報酬・給与カットだけを力説する彼らの公約は、議会制民主主義や市民福祉サービスの足元を掘り崩す危険な主張にもかかわらず、「議員や役人は無駄遣いばかりしている」と思い込んでいる大阪人には受けるのだ。だが、この大衆心理を理解できずに「大所高所」の演説をぶつだけでは、大阪での勝利は難しい。

 私が言いたいことは、改憲勢力に対する「原理主義」的批判だけでは有権者の心を掴むことができないということだ。自公両党が徹底的な「改憲隠し」で臨んできているときに、その意図を暴露して批判することは一定程度必要だとしても、それ以上の深みにはまると「暖簾に腕押し」状態になって、有権者は関心を失ってしまう。なにしろ相手は土俵に上がらないのだから、喧嘩のし様がないのである。「国民の怒り」が泡沫政党並みの得票しかできなかったのは、そのためである。

 そんなことよりも若者の関心事である就職や奨学金の問題、主婦が日々直面している物価上昇や預金金利の問題、高齢者が不安にさいなまされている年金や介護の問題などを具体的に取り上げ、「アベノミクス」ですべてが解決できるとする安倍政権の虚構を徹底的に追求すべきだった。同時に具体的な対案を示し、財源と方法を詳しく説明して有権者の心を掴む戦法に逸早く切り替えるべきだった。ところが、「改憲勢力3分の2」の罠にはまった民進・共産両党は、最後の最後までその罠から抜け出すことができなかった。

 「西高東低」といわれるように、今回の選挙で野党共闘が成果を上げたのは、東北地方の選挙区だ。1人区では秋田を除いて、青森、岩手、宮城、山形、福島で野党統一候補が5勝1敗で自民候補に競り勝った。北海道(3人区)では、民進が3議席のうち2議席を確保して気勢を上げた。西日本、関西での野党共闘の惨敗にくらべて、北海道、東北で野党統一候補が勝利したのはなぜか。それはTPP問題など農業政策に的を絞り、復興問題や原発問題など具体的政策に重点を置いて選挙戦を戦ったからだ。安倍政権の政策では地域や家庭生活がなりたたなくなることを具体的に説明し、自分たちが生きていくためには野党統一候補の勝利がどうしても必要だと訴えたことが、有権者の心を強く掴んだのである。

 沖縄と福島で現職の大臣が落選したことも象徴的だった。もともと両大臣は国会答弁もままならないなど、政治家としての資質に欠けることは周知の事実だったが、それ以上に、安倍政権の閣僚である彼らでは沖縄の米軍基地問題福島原発問題も解決不可能であることが、選挙戦を通じて明らかになったのである。とりわけ沖縄選挙区の10万票以上大差をつけての野党統一候補の圧勝は、沖縄県民の意思の強靭さを示すもので、安倍政権ではもはや米軍基地問題の解決が不可能なことを全国に知らしめた。この勝利は、他選挙区での自民勝利を帳消しするほどの一大壮挙となった。

 だが、それ以上に私を驚かせたのは、選挙中には一瞥もされなかった鹿児島県知事選で、「脱原発」を掲げる新人候補が4期目の再選を目指す保守系現職知事を破ったというニュースだった。東京都知事選についてはあれほど騒ぎ立てたマスメディアが鹿児島知事選については一度も取り上げなかったのに、川内原発を抱える鹿児島では一部の保守も含めて革新系が結束し、「原発の再稼働審査など難しいことは一般の人には理解できない」とうそぶいた伊藤知事に痛撃を食らわせたのである。安倍政権が、福島原発事故などまるでなかったかのように原発再稼働を着々と進めている現在、鹿児島県知事選の勝利は、沖縄選挙区に勝るとも劣らない衝撃を安倍政権に与えるものとなった。

改憲問題が国政の基本問題であることは変わりない。立憲主義を否定して戦後体制を根本から変えようとする安倍政権に対して、断固たる批判を加え、改憲阻止の固い決意を示すことは今後とも変わらない原則だ。だが、そのことと「改憲勢力3分の2」も罠にはまって、それだけで選挙を戦うこととは別問題だ。選挙はいつも大衆とともにある。知識層や大都市リベラル層の価値観だけでは国政選挙は戦えない。そのことを示したのが2016年夏の参院選だった。