中国新型コロナウイルス肺炎の拡大でインバウンド観光に黄信号、京都市内の宿泊施設過剰問題の破綻が一段と早まるおそれ、安倍内閣支持率下落と野党共闘の行方(16)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その193)

 

 政府観光庁が1月17日に発表した2019年の訪日外国人旅行者数(推計)は3188万人(対前年比69万人増、2.2%増)だった。2018年は3119万人(対前年比250万人増、8.7%増)だから、これまでの伸びに比べて大幅な下落となった。訪日客数は辛うじて前年を上回ったものの、当初の2020年4000万人の目標達成は難しいとされている。最大の要因は、日韓関係の悪化にともなう韓国人客の激減だ。2019年の韓国からの訪日客は196万人減、25.9%減の558万人となり、僅か1年で4分の1が消えたことになる。

 

 一方、中国人客は959万人(対前年比121万人増、14.5%増、全体に占める割合30.0%)と絶好調だ。JTBは韓国人客の減少にもかかわらず、2020年の訪日客数を3450万人(262万人増、8.2%増)と強気の予測をしている。これは、中国人客の増加がこれからも続くと見なしているからだ。

 

京都市の観光統計は、2018年までの数字が『京都観光総合調査』(市産業観光局)で公表されている。2016年から2018年までの最近3年間の外国人宿泊客数(延べ人数)は631万5千人から961万5千人へ1.5倍の伸びとなっており、うち韓国人客は30万人(全体の4.8%)から57.7万人(同6.0%)へ1.9倍、中国人客は146万人(同23.1%)から246万5千人(同25.6%)へ1.7倍と伸びが大きい。

 

訪日外国客の国・地域別割合を2018年で比較すると、中国人客は全国26.5%、京都25.6%とほとんど変わらないが、韓国人客は全国14.2%に対して京都6.0%と半分以下になる(全国では九州の比率が高い)。したがって、たとえ韓国人客が4分の1減ったとしても、京都では比較的影響が少ないと思われているようだ。

 

問題は中国人客の動向だろう。2109年の全国数字をそのまま京都市にスライドして宿泊客数を推計すると、京都市内の中国人客の延べ宿泊客数は246万人の1.15倍、283万人になる。京都市全体の外国人延べ宿泊客数は961万人の1.02倍、980万人だから、中国人客が宿泊客全体の3割近くを占めることになる。京都中が中国人客で溢れかえっていると感じるはそのためで、もし中国人客に異変が生じると京都の宿泊施設は大打撃を受けることになる。

 

心配なのは、中国の湖北省武漢市で発生した新型コロナウイルスによる肺炎の感染が急速に広がってきていることだ。2003年のSARS(重症急性呼吸器症候群)ウイルスの発生時には情報が隠蔽され、そのことが事態の拡大と深刻化を招いたことがよく知られている。今回は中国政府が情報公開を徹底して対応に当たることを表明しているものの、イギリス・ロンドン大学の研究チームは1月12日までの感染者数が1700名を上回るのではないかと指摘している(中国政府発表は数十人だった)。

 

中国では間もなく30億人が大移動する旧正月(春節)が始まる。海外旅行もSARSが流行した2003年の年間2000万人から2018年には8倍の1億6000万人に急増しており、春節の海外旅行のトップは日本になっている。もし、中国で新型コロナウイルス肺炎が拡大するような事態になれば、旅行先の日本に影響が及ぶことは避けられないだろう。

 

 インバウンド偏重の観光政策は、災害や感染症の発生、国際経済や国際関係の悪化、テロや戦争などによる変動が大きく、極めて脆弱な体質であることを指摘しなければならない。災害列島日本では東日本大震災、大型台風・西日本豪雨などの自然災害が間断なく発生し、その度に外国人旅行者は大きく減少した。最近の日韓関係の悪化にともなう韓国人観光客の激減もその典型の1つであり、これに中国人客の感染症拡大が加わると「観光立国日本」はパニック状態に陥るかもしれない。

 

これに対して菅官房長官は、昨年9月の記者会見で「韓国は大幅減になったが、中国が16%、欧米や東南アジアは13%の大幅増となっている。1月から8月までの総数も3.9%増だ」と述べ依然として強気の姿勢を崩さず、政府が掲げる「2020年外国人旅行者4000万人」目標は達成可能であり、そのための環境整備に取り組むことが政府の役割だと重ねて強調していた(各紙9月20日)。だが、このような強気発言はもはや通用しない。

 

京都の宿泊施設急増問題は、もはや〝宿泊施設過剰問題〟に転化しているのではないか。門川候補は「急増問題」に取り組むと言っているが、「過剰問題」には目を瞑っている。京都の「オーバーホテル問題」は、2020年東京オリンピック後を待たずして遠からず本格化するかもしれないのである。(つづく)

京都市長選始まる、子育て問題と観光公害対策が2大争点に浮上、安倍内閣支持率下落と野党共闘の行方(15)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その192)

 

 京都市長選が始まった。人口150万人近い大都市でありながら、選挙期間は僅か2週間の短期決戦だ。3人の候補者が掲げた膨大な選挙公約も市民の関心に沿って急速に絞られていく。選挙告示日前後の各陣営の様子を伝える新聞報道を見ると、程度の差はあれ「子育て問題」と「観光公害対策」が2大争点として浮上している。両争点は、直ちに取り組まねばならない喫緊の課題であると同時に、京都の将来にかかわる中長期的な戦略課題でもあるからだ。子育て問題を解決しなければ人口減少を防ぐことはできないし、観光公害に適切に対処しなければ京都の「まち」が壊れてしまうからである。

 

 地元紙・京都新聞は、この点に関して目覚ましい働きをしてきた。約3年前の2017年4月から「暮らしと京都観光」というテーマで、非日常を楽しむ観光客と市民の日常の調和を考えるキャンペーン報道をスタートさせ、この間の記事は300本近くに達するという(京都新聞2020年1月19日)。門川候補が「観光公害」という言葉を避けながらも、「観光先進都市から観光課題解決先進都市へ変えていく」と言わざるを得なくなったのは、地元メディアの功績だろう。

 

 しかし、門川候補の上記の公約は論理的にも実際的にも矛盾に満ちている。本来の観光先進都市というのは、国連世界観光機関(UNWTO)がいうように〝持続可能な観光〟を追求している都市のことであり、京都が「観光先進都市」であれば、「解決課題=観光公害」など発生するはずがない。観光公害の発生を可能な限り防止し、その拡大を抑える観光政策を計画的に実践している都市が〝観光先進都市〟なのであり、「観光課題解決先進都市?」なんていう怪しげな造語は聞いたこともなければ見たこともないのである。世界中でそのような目標を掲げている観光都市が果たして存在するのか、世界中の観光都市のいったいどこか「観光課題解決先進都市」なのか、門川候補の公約は世界の観光都市に通用する観光政策コンセプト(考え方)なのか、門川候補は確かなエビデンス(証拠)を示してほしい。

 

 これは偶然でも何でもないが、私が寄稿している京都の月刊誌『ねっとわーく京都』においても、京都の観光政策のあり方が以前から大きなテーマになっていた。そこで京都新聞と同じ頃、2017年4月号から京都観光をテーマにした連載を始めることになり、第1回は「インバウンド旋風が吹き荒れている~このままでは京都は危ない~」とのタイトルでスタートした。この連載は約10年前から連載している拙稿コラム、『広原盛明の聞知見考』の第72回目に当たるが、それ以降2020年2月号「本物の観光都市、いわゆる観光都市、いま市民の選択が問われている」(第103回)に至るまで、系統的に京都の観光政策を取り上げてきた。

 

 京都新聞と拙稿の視点に少し違いがあるとすれば、同紙が身近な問題の発掘に重点を置いているのに対して、(1)拙稿は京都の観光政策と安倍政権の「観光立国政策」との関係に分析の重点を置いていること、つまり門川観光政策は京都独自の政策というよりも国の影響が強い点に注目していること。(2)観光政策と人口減少の因果関係に注目していることである。拙稿が京都市の中でも人口減少が最も深刻化している東山区に焦点を当ててきたのはそのためだ。東山区の現状は、京都市全体の先行現象でもある。「今日の東山は明日の京都」なのである。いか、私の趣旨を簡単に紹介しよう。

 

(1)東山区の観光客の増加は基本的にいいことだ。でも、受け入れ可能なキャパシティ(環境容量)を超えて増えすぎるのは困る。環境を損なわない「程よい量」の観光客を持続的に受け入れ、観光客のニーズと地元の人たちの生活を両立させることが地域の末永い繁栄につながる。これは、京都観光全体についても言えることで、東山区だけの問題ではない。

 

(2)しかし、現在の状況はもはや「観光ブーム」(実体のある観光需要の増大)を超えて「観光バブル」(投機絡みの仮需要の爆発)に転化しているのではないか。政府や京都市の掲げる数値目標(観光客数、観光消費額など)は、この際一儲けをしようとする「観光ビジネス」のために役立っても、それをそのまま受け入れることは歴史的に形成・蓄積されてきた京都の貴重な地域資源(自然、景観、文化、生活など)を損なう恐れがある。

 

(3)京都観光の魅力の根源は、京都という都市の「品格」の高さにあると思う。京都はどこかの都市のように「爆買い」に来る街ではないのである。高度成長時代には全国でも同じように開発の嵐が吹き荒れたが、京都は市民の努力によって辛うじて都市の品格が守られてきた。大阪が「壊しながらの開発」、神戸が「埋めながらの開発」、京都が「守りながらの開発」(木津川計、元立命館大学教授)といわれるのはそれゆえだ。

 

(4)京都という都市の品格は、京都市民のライフスタイル(暮らし方、生活文化)の反映であって、社寺や文化財が沢山あるから(だけ)ではない。だから、市民の生活が「観光バブル」のために脅かされ、市民が地元に住めなくなれば、社寺や文化財もやがては「遺跡=廃墟」になる。京都は清水寺と門前町の関係がそうであるように、両者が共存共栄することで、京都という都市の品格を長年にわたってともに支えてきたのである。

 

(5)東山山麓から鴨川にかけて広がる東山区は、京都の中でも最も「京都らしい」地域である。東山区は京都の品格と魅力が凝縮されている地域なのだ。東山区が廃(すた)れれば京都も廃(すた)れる。東山区の地元住民の生活を守り、観光客を程よく受け入れる(適度にコントロールする)ことは、京都全体の品格を維持することにつながると言える。

 

だが、門川市政によって引き起こされたオーバツーリズム(観光公害)の弊害は、東山区の激しい人口減少に直結している。京都市選挙管理委員会から発表された2020年1月18日現在の選挙人名簿登録者数(有権者数)は117万2521人、前回の市長選から1万9098人(1.7%)増えている。これは18歳以上の市民が有権者になったことの影響だが、唯一減少しているのが東山区だ。前回3万1653人の有権者が18歳以上を加えても3万50人に1603人減少(▼5.1%)しているのである。

 

ちなみに、東山区の合計特殊出生率(1人の女性が産む生涯平均子ども数)がどれほど低いかというと、厚生労働省の『平成20年~24年、人口動態保健所・市区町村別統計の概況』(2014年2月発表)によれば、全国1888市区町村の中で東山区の合計特殊出生率は「全国最下位=ワースト1位」の0.77であり、東山区は唯一0.7台を記録した全国切っての「子育て困難地域」なのである。人口を世代にわたって安定的に維持するためには、1人の女性が2.07人(以上)の子どもを産むことが必要であり、それを「人口置き換え水準」と云うが、東山区の合計特殊出生率0.77は僅かその3分の1程度の水準でしかない。1世代を30年サイクルとすると、このままでは世代が変るごとに(30年間で)人口の3分の1近くが減っていくのだから、事態は極めて深刻だと云わなければならないだろう。(つづく)

山盛りの公約を並べるのもいいが、政策の一貫性が求められる、安倍内閣支持率下落と野党共闘の行方(14)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その191)

 

 京都市長選告示日を明日1月19日に控え、各陣営の選挙公約が出そろった。京都新聞(1月15日)は、「3候補予定者 公約巡り批判や修正」「村山氏、『まね』警戒 最後に発表」「門川氏、争点意識し 新事業次々」「福山氏、3回発表 最多の176項目」との見出しで、激しい公約合戦の模様を伝えている。朝日新聞(1月17日)もまた、「マニフェスト出そろう、アピール合戦 批判や指摘飛び交う」と、選挙公約を巡る各陣営間の攻防や駆け引きの様子を伝えている。

 

 だが、両紙記事に引用された村山氏のコメントには驚いた。同氏は逸早く立候補を表明しながら、公約の発表が他の2人よりも遅かった理由を聞かれ、「まねされてはかなわない」「パクられてはかなわんですし。みなさんの後に出そうかなと思った」などと答えたと言うのである。村山氏は、選挙公約を「アイデア勝負」とでも考えているのだろうか。それとも「特許案件」だと思っているのだろうか。

 

 選挙公約は決して思い付きやアイデアなどではない。当選した暁には、それが単なる口約束なのか、政治生命を賭けて実現すべき課題なのかが市民から厳しく問われることになる。選挙公約は、候補者と有権者との間で交わされる厳粛な約束であり、思い付きやアイデアとは縁の遠い存在なのだ。市会議員の経験を持つ村山氏がこんなことを知らないわけがないと思うが、それでも強調するところをみると、公約発表の後先はかなりの重大事であるらしい。

 

 おそらくその背景には、目新しい思い付きやアイデアを繰り出すことが選挙戦術上有利だとの判断があるのだろう。支持基盤がそれほど大きくない村山氏が広報戦術に頼る事情はよくわかるし、有権者の心をつかむキレのいいキャッチコピーを打ち出せればそれに越したことはない。だが、市長選の難しいところは、それだけで有権者の判断や選択が決まるわけではないことだ。公約の「リアリティ=現実性」が鋭く問われることに加えて、何よりも候補者自身に対する信頼性がカギになるからだ。その意味で新しい公約を繰り出す前に、村山氏が結成した地域政党「京都党」がこの間どんな実績を挙げてきたのか、まず語らなければならないだろう。

 

 選挙公約の信頼性がひときわ問われるのは、現職候補の門川氏の場合だ。門川選対は、候補者間の公約論争に関して「同じことを言っていても、実現できるのは国や京都府と連携できる門川さんしかいない」(京都新聞1月15日)と広言しているらしいが、今回打ち出した選挙公約がこれまでの門川氏の主張に果たして裏付けられたものかどうかが検証しなければ、そう簡単に信じることはできない。例えば観光政策について、門川氏は「市民生活が何より大事だ。混雑やマナー、宿泊施設の急増にしっかりと対処していく」(京都新聞同上)と述べたというが、これなどは今まで言い続けてきたことと180度違う。

 

門川氏は今から僅か2カ月前の昨年11月20日、「市民の安心安全と地域文化の継承を重要視しない宿泊施設の参入はお断りしたい」とこれまでの誘致政策を突如として翻した。だが、それまでは「宿泊施設は足りない」と一貫して言い続けてきたのである。2016年に打ち出した「京都宿泊施設誘致・拡充方針」では2020年に想定した市内宿泊施設客数は4万室。それが2年後の2018年には早くも5万室を超える勢いになっていたのに、宿泊施設が過剰との現実を頑として認めなかった。しかも、市中心部での宿泊施設の抑制は、「市場原理と個人の権利を最大限尊重する政治経済や現在の法律では困難」として一切の政治責任を放棄していたのである。

 

それから1年、別に事態が劇的に変わったわけではないにもかかわらず、「これ以上増え続けると劣化や過当競争を引き起こす恐れがある。あらゆる手段を用いて取り組む」と突然これまでの認識を改め、「京都は観光都市ではなく、市民の暮らしの美学が観光面で評価されているので、基本は市民生活だ。観光の前進と同時に生じた問題に適切に対応していくことで『観光課題解決先進都市』を目指したい」(毎日新聞19年11月21日)と臆面もなく語ったのだ。

 

京都市政のリーダーには、京都が京都であるための確固たる政治哲学と政策の一貫性が求められる。そうでなければ、千年の古都・京都を「品格のある持続可能な観光都市」に導くことは難しい。門川市長はこれまで3期12年間にわたってひたすら「京都のインバウンド観光都市化」を進めてきたのだから、いまさら方針転換して変節するのはおかしい。4選出馬するのであれば、これまでの方針を市民に正面から堂々と問うのが筋というものであり、それが与党会派の支持が得られないのであれば、支持政党なしで立候補するか、それとも引退するかを選ぶべきなのだ。(つづく)

〝自公国立社オール5党〟が今回の京都市長選を「かってないほど厳しい選挙」という理由、安倍内閣支持率下落と野党共闘の行方(13)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その190)

 1月12日の「未来の京都をつくる会・総決起大会」(自公国立社5党・門川選挙母体)において、各党代表が異口同音に「今回の市長選は厳しい!」と叫んだことは既に述べた。なかでも西田自民府連会長と竹内公明府連代表の語気が凄まじく、両党の危機感が相当大きいことをうかがわせた。直接的な理由は、従来のオール5党と共産が対決する「2極構造」が、地域政党の参入で「3極構造」に変化したことがある。しかし、それだけではない。自公両党の支持基盤が高齢化し、選挙活動や投票動員が思うようにならなくなってきているという構造的な背景もあるのである。

 

 西田氏は「951票」という数字を大声で連呼した。門川氏が初出馬した2008年市長選のことだ。この時は門川(オール5党)、中村(共産+市民派)、村山(第3極)の三つ巴の戦いとなり、村山氏が8万4750票(得票率19.6%)を獲得した結果、門川氏15万8472票(同36.7%)、中村氏15万7521票(36.5%)と、その差は僅か951票(同0.2%)となった。まさに〝薄氷の勝利〟だったのである。

 

 この時のことは肝に銘じているとして、西田氏は会場の参加者に「投票率を上げなければ勝てない」と何度も念を押した。「40%台」に乗せれば勝てるが、「30%台半ば」では危ないと言うのである。そうでなくても過去3回の市長選投票率は、2008年37.8%、2012年36.7%、2016年35.8%とじりじりと下がってきた。このままの調子で投票率が下がると革新系固定票の比重が増し、ひょっとするとひょっとするかもしれないと言うのである。

 

 だが、この「投票率が上がれば門川氏が勝てる」という西田氏の情勢分析は誤っているのではないか。私は逆に、「投票率が上がれば福山氏が勝てる」と考えている。問題は投票率がどれだけ上がるかだろう。理由は、立憲支持者など革新系市民の中に「門川離れ」の兆候が見られることであり、これに無党派層の流れが加わると一挙に形勢が変わる可能性があるからだ。

 

この点で、「れいわ」が福山氏を推薦した影響が大きいと思う。れいわは山本代表が福山氏の応援演説に入り、大型宣伝車を走らせるなどすでに選挙活動を開始している。これに福山陣営の労組や団体の活動が本格化すると、思いがけない相乗効果を発揮することも考えられる。投票率が40%台に乗るようであれば、これは保守派の動員の影響によるというよりは、むしろ革新系の動きによるものと考えるべきだろう。どれだけ革新系市民の浮動票を掘り起こせるか、ここに福山氏の勝利が懸かっていると言っていい。

 

 一方、竹内公明府連代表の演説は顔をそむけるような内容だった。「私は対立候補を名前では呼ばない。共産党候補だという。みなさんもそう言ってほしい」、「相手が勝てば市役所に赤旗が立つ。こんなことを許してはならない」など、半世紀前の反共演説を性懲りもなく繰り返したのである。まるで「化石」のようなこの反共演説にはさすがの会場参加者も白ける一方だったが、竹内氏には会場の空気が読めなかったようだ。公明党や創価学会の内部ではおそらくこんな調子で煽っているのだろうが、一般市民を反共演説で動員できる時代がもうとっくの昔に終わっていることに気が付いていないのだ。

 

 それに、創価学会会員の高齢化も無視できない。総決起大会の会場に学会婦人部の姿がないことは既に述べたが、市内の様子もこのところ大きく変化している。選挙前になると、学会会員は候補者のポスターを自宅や公営住宅の周辺に張り出すのがこれまでの恒例なのに、今回の市長選の門川ポスターは市営住宅の周辺でも恐ろしく少ない。公明市議が叱咤激励しても学会会員がなかなか動かなくなるような状態が生まれており、それがまた、竹内氏の反共演説にますます磨きをかけているのだろう。

 

 一方、「第3極」の村山氏がどれだけ得票するかについて神経を尖らせているのは、門川氏はもとより前原氏もその1人だ。門川陣営は目下、村山氏の勢いを削ぐための地下工作を精力的に進めているが、その先頭に立っているのは前原氏だといわれる。前原氏は立憲・国民の合流協議を表向き歓迎しているが、国民が立憲に吸収されるようであれば、「自分は参加しない」と明言している。前原氏は野党合流が不調に終わることを見通した上で、京都市長選を最大限利用して自分の影響力を拡げようとしているのである。市長選は二の次で自分の選挙地盤を固めることが第一であり、左京区を選挙地盤とする村山氏を潰すことが前原氏の市長選の主たる目的なのである。

 

 その意味で「第3極」の村山氏は、前回のように2割近い票を獲得することは難しいと思われる。となると、市長選は門川氏と福山氏の「ガチンコ勝負」になる。自民党は当初、門川氏への多選批判が大きく候補者擁立に消極的だった。しかし、市長選が福山氏との正面対決になると新人候補では危ないとして、やむを得ず門川氏の推薦に踏み切った。この消極的候補者選択がどのような結果を導くのか、告示後の情勢を注意していきたい。(つづく)

京都市長選における福山立憲民主党幹事長の二律背反的な振る舞い、国政における野党共闘と京都市長選における〝自公国立社オール5党体制〟は両立するのか、安倍内閣支持率下落と野党共闘の行方(12)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その189)

 

 今日の「赤旗」には、昨日1月14日から始まった第28回党大会の記事が大きく出ている。とりわけ大会第1目の3野党代表などの挨拶が全紙を使って掲載されるなど、野党共闘に懸ける共産党の期待が滲み出ているようだ。その中で私が注目したのは、国民民主党は平野幹事長、社民党は吉川幹事長が挨拶しているのに、立憲民主党は福山幹事長ではなく安住国対委員長が挨拶していることである。

 

 それはそうだろう。福山幹事長はその2日前の京都市長選の〝自公国立社オール5党〟総決起大会に立憲民主党を代表して参加し、自民党国会議員と並んで現職候補に檄を飛ばしていたのだから、いくら何でも共産党大会に出られるはずがない。国政では自公与党と「対決」しながら、京都では自公両党と手を組むなどの芸当が平気なこの政党は、いったいどこに立ち位置があるのか疑わしいこと限りない。

 

 立憲民主党京都府連は昨年12月8日、国民民主党京都府連に続いて現職候補の推薦を決めたが、福山氏は同日、京都府連会長を辞任している。各紙は「党務に専念するため」とその辞任理由を伝えているが、実のところは国政では野党共闘を進めているのに、京都では自公両党の推薦する現職候補を応援することへの支持者の反発が強いので(立憲民主の市議の1人がすでに離党している)、京都から「逃げた」のではないかと言われている。

 

それでいて、立憲民主党幹事長という党務に専念すべき要職にありながら、福山氏は京都市長選の〝自公国立社オール5党〟の総決起大会には「党務」を放棄して駆け付けるのだから、こちらの方の絆がよほど太いのだろう。京都ではこのように国政と地方政治のねじれが普通になっているが、国政と京都府市政のねじれのどちらが本筋なのか分からない。権謀術数の渦巻く古都京都では、その「ねじれ」を見抜く市民でなければ政治の先行きはなかなか見通せないのである。

 

話を前回の続きに戻そう。1月12日の「未来の京都をつくる会・総決起集会」(門川候補の選挙母体)で参加者に配布された選挙資料は、(1)A4版43頁の分厚い選挙公約、『市民のみなさまとの141のお約束~確かな実行力!「くらしに安心、まちに活力、みらいに責任」~』、(2)折り畳み式の選挙公約ダイジェスト版(総合編)、(3)『市民のみなさん、「本当のこと」を知っておいてください』のビラ、(4)『京都市創造都市圏・環状ネットワーク』のビラの4種類である。

 

 『141のお約束』は市政資料集ともいえるもので、3期12年の門川市政の実績を強調する編集になっている。でも、これほどの分厚い資料を読みこなす市民はそう多くないと思われるので、ここではダイジェスト版を中心に内容を見てみたい。まず目につくのは、冒頭の「私の決意と基本政策」における次の一節だ。

 「私は次の4年間、これまでの3期12年の延長線上で仕事をする考えはありません。人口減少や少子化の克服、長寿社会への対応、地球温暖化、相次ぐ自然災害、貧困・格差・孤立の克服、更には、市民生活を最重要視した市民の豊かさに繋げる持続可能な観光、しなやかで強靭なレジエント・シティの推進、誰ひとり取り残さないSDGsへの貢献、そして、持続可能な財政の確立。これらの大きな課題に市民の皆様と共に挑戦したい」

 

 人口減少や少子化の克服、地球温暖化といった国家的レベルの課題までを掲げた門川候補の決意に対して、「その意気たるや壮とすべし!」と感嘆するか、「大言壮語にすぎない!」と一蹴するかはそれぞれの自由だが、私はあからさまな「争点ぼかし」だと受け取った。141項目もの膨大な公約を並べれば、一体何が重点政策なのかが分からなくなる。京都ではいま、押し寄せるインバウンド観光客によるオーバツーリズム(観光公害)が大問題になっているのに、この公約集にはこの2つのキーワードが全く出てこない。各種の公約が並列的に並べられているだけなのである。

 

門川氏は、昨年末に開かれた京都新聞の討論会では、「市民生活の快適さなき観光振興はない。政策の総点検を行い、混雑、マナー、宿泊施設の急増という三つのテーマに50の取組を打ち出した」との姿勢を強調していた。しかし、公約ダイジェスト版ではオーバツーリズム(観光公害)の現状を認めたくないのか、「オーバツーリズム」や「観光公害」という言葉は一言も出てこない。混雑、マナー、宿泊施設の急増という三つのテーマは、「観光の今日的課題」と表現されているだけだ。

 

上記の三つのテーマが「観光の今日的課題」すなわち「一時的課題」というのであれば、これらの問題はいずれ消えてなくなるような一時的問題だということになる。だが、市が当初予測した4万室をはるかに上回る6万室近い宿泊施設が建設されつつある現在、2020年以後は空部屋が蔓延してホテル経営が立ち行かなくなり、「宿泊施設急増問題=宿泊施設過剰問題」として、京都観光・京都市政の足かせになること間違いなしだろう。

 

景観政策に関しても言っていることとやっていることが違う。討論会では、「戦後、景観論争が京都の最大のテーマだった。国に対し景観法の制定を求め、10年間は絶対この景観政策が変わることがいけないと理念を守ってきた」、「景観政策は百年の計で評価は50年、100年後に出る。景観政策を変えますとは言っていない」と言いながら、実際はオフィスや若い人の住宅が足りないといった理由で景観規制や都市計画規制を緩和するというのである。公約ダイジェスト版ではこれらの規制緩和には一切触れず、「都市計画の手法を活用し、子育て世代・若者の居住環境・オフィス空間を創出」と書いているだけだ。

 

選挙公約は口ではなく行動で担保されなければならない。「理念」は遵守するが「実際」は規制緩和するというのでは、市民に対して噓をつくことになる。門川氏は、市民生活のための喫緊の対策として「三つのテーマ」を設定した。だがよく考えてみると、混雑対策やマナー対策と宿泊施設急増問題は全く次元の異なる課題ではないかと思う。前者は目先の応急対策の一環であるが、後者は京都の「都市構造=都市の性格」に関わる基本問題なのである。目先の問題を一定解決しても、宿泊施設の急増によって市民の働く場所と住む場所がなくなれば、京都の人口減少が加速し、ゴーストタウン化を阻止することが困難になる。宿泊施設の急増によって「住んでよし、訪れてよし」の観光理念が空文化すれば、国際文化観光都市としての京都の性格が一変する恐れもある。

 

オーバツーリズム(観光公害)への市民の批判が急浮上する中で、門川氏が「三つのテーマ」の1つとして宿泊施設急増問題を取り上げたまではよかったが、それが混雑・マナー対策と同列に論じられるようでは一片の選挙ビラの見出し程度と変わらない。選挙が終わればまた、何事もなかったかのような元の木阿弥状態に戻るだけだ。(つづく)

京都市長選で自民・公明・立憲・国民・社民5党が〝オール共闘体制〟国政と地方政治は違うという究極のご都合主義、安倍内閣支持率下落と野党共闘の行方(11)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その188)

 新春早々、残念なブログから始めなければならない。国政では立憲・国民間の合流協議がいまや破綻寸前だというが、京都市長選では国政では烈しく対決しているはずの自民・公明(与党)と立憲・国民・社民(野党)が、与野党を超えた〝オール共闘体制〟を組むという全国でも珍しい光景が展開している。1月19日の京都市長選告示日を1週間後に控えた一昨日の12日、国立京都国際会館のホールで門川氏(現職候補)の4期目当選を目指す「未来の京都をつくる会・総決起大会」が開かれた。私は後学のため門川陣営の選挙資料の収集もかねて見学に出かけたが、そこで見た光景は想像を遥かに超えるものだった。

 

 会場に入ってまず驚いたのは、2000人を超える参加者のほとんどが中高年男性で占められ(黒一色の光景!)、女性が1割にも満たなかったことだ。有権者の過半数(京都市では53.3%)が女性なのに、それが1割にも満たない選挙集会なんて今まで見たことも聞いたこともない。考えられる理由は2つだ。1つは自民党の支持基盤である地域婦人連合会(現在は地域女性連合会)が高齢化し、若い女性たちが会に入らなくなったのでもはや動員が利かなくなったこと。もう1つは、公明党選挙部隊の中核である創価学会婦人部の姿が見られなかったことだ。

 

 会場の空気の盛り上がりもいま一つだった。壇上の弁士たちは熱弁をふるうのに拍手は少なめで、掛け声は前方に陣取った選挙要員だけで後が続かない。選挙戦が本格化していないこともあるが、これでは門川選挙本部も少し不安を覚えたのではないか。そうでなくてもここ3回の市長選投票率が40%を切っているというのに、この調子では支持者たちが投票に行ってくれないかもしれないからだ。

 

 壇上の面々の陣容にも驚いた。数十人の支持政党や業界団体の代表がズラリと並び(ここでも女性ゼロ)、最前列には西田自民党府連会長(参院議員)、竹内公明党府本部代表(衆院議員)、前原国民民主党府連会長(衆院議員)、福山立憲民主党幹事長(参院議員)、伊吹元衆院議長(自民、衆院議員)などが勢揃いなのだ(社民党は国会議員がいない)。この5人と連合京都会長が代表して決意表明したが、それぞれの立ち位置と関心事があらわれていて面白かった。以下、私のメモをもとに簡単に紹介しよう。

 

 西田氏(自民)や竹内氏(公明)をはじめ、前原氏(国民)や福山氏(立憲)も異口同音に強調したのは、投票率の低下によって現職候補の票が減ることの危険性だった。その背景には、門川氏が当選した過去3回の市長選はいずれも市長与党会派である自民・公明・(旧)民主・社民4党が財界や業界団体、町内会団体などと共に「オール京都体制=市役所利益共同体」の選挙母体を組み、連合京都の組合員や創価学会会員などを総動員して戦われてきたことがある。

 

一言で言えば、彼らが勢揃いして市長選を戦うのは、投票率が低下して門川氏が落選すれば与党会派の連合軍が「市役所利益共同体」のうまい汁をいつまでも吸い続けることができなくなるからである。だから、彼らにとって現職候補の多選は弊害どころなどではなく、「多選」は利益確保のための不可欠の条件なのである。市役所利益共同体を維持するために「多選=従来体制の維持」にこだわり、勢揃いで選挙戦を戦うのはそのためだ。しかし、有権者を前にこんなことを有体に言うわけにはいかないので、表向きは各党各様の発言となる。

 

竹内公明府本部代表は、与野党を超えて市長選を戦う理由を次のように言う。「地方分権の時代に中央のイデオロギー抗争を持ち込む方がおかしい。地方政治は住民の福祉向上のためにある」(京都新聞2020年1月13日)。しかし、こんな子供だましの言い分を信じているのは創価学会信者ぐらいのものだ(最近は少なくない信者が離反していると聞く)。目下、国政の争点となっている原発再稼働、消費税増税、オーバツーリズムや観光公害、沖縄軍事基地拡充などは、全てが安倍政権の中央イデオロギーがそのまま地方政治に持ち込まれた結果であり、地方自治・地方分権を踏みにじっている政治現象そのものではないか。

 

 前原国民民主党府連会長は別の理由を上げる。「門川市長に立候補を要請したのは旧民主党で、製造者責任がある。安定のため一部の党を除きオール与党化するのはどの自治体でもあり、批判には丁寧に説明していく。ポイントは多選の是非だが、党の市議の評価を尊重する」(同上、1月12日)というものだ。だが、旧民主党が門川市長を推薦した本当の理由は、長年にわたって京都市政を蝕んできた同和行政をめぐる利権を維持するためだったのではないか。旧民主党や連合京都が部落解放同盟の要求実現団体として終始活動してきたことは紛れもない事実であり、そのことが旧民主党が国民民主党と立憲民主党に分裂したいまでも、彼らが「オール与党」の1員として活動している最大の理由でもある。

 

京都市の有権者数は、2019年12月現在117万2千人(男性54万7千人、女性62万5千人)、投票率35%だと41万票、40%だと46万9千票になる。過去3回の門川氏の得票数・得票率は、2008年15万8472票(36.7%)、2012年18万9971票(45.3%)、2018年25万4545票(62.5%)と回を重ねるごとに票を伸ばしてきた。この調子だと今回も大丈夫だと考えても不思議ではないのに、今回の市長選は「かってないほど厳しい」としきりに言うのはなぜか。選挙告示日が間近にせまっているので、次回以降は毎日掲載する。(つづく)

安倍政権終焉の時が間近に迫った、安倍内閣支持率下落と野党共闘の行方(10)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その187)

憲政史上最長の首相在任期間を記録し、第2次安倍内閣の発足から8年目を迎えた安倍政権が、遂にその終焉を迎えるときががやってきたようだ。後世の歴史家は「平成最後の首相は令和の訪れとともに去った」と書くに違いない。そしてまた、「史上最長の首相は史上最悪の首相だった」とも書き添えるだろう。

 

安倍政権を直撃している「桜を見る会」疑惑と「IR・カジノリゾート汚職」は、この政権の終幕を飾るにふさわしい見苦しい事件だ。身内政治による国政私物化の象徴ともいうべき「桜を見る会」、そして成長戦略の中軸となる「カジノリゾート」がその舞台であり、主役はもちろん安倍首相と菅官房長官の二人である。しかし、これまで「言い訳」と「言い逃れ」を繰り返し、その場を切り抜けてきた二人のセリフも最近はだんだんロレツが回らなくなってきた。発音不明瞭、意味不明の発言があまりにも目立つようになってきたのである。

 

「桜を見る会」疑惑がもはや首相案件であることは周知の事実となっているが、「カジノリゾート汚職事件」の方はいよいよこれから幕を開ける。東京地検特捜部が安倍首相に忖度して「泰山鳴動してネズミ一匹」程度に収めるのか、それとも「疑獄事件」に至るまでの全容を視野に入れて追及するのか、国民全体がその一挙手一投足に注視している。

 

まさかそうならないと思うが、汚職摘発の結末が秋元容疑者のような「小物・尻尾切り」の終わるようであれば、日本政財界のモラルハザード(倫理規律崩壊)は野放し状態になり、収集がつかなくなること間違いなしだ。一方では、関西電力・日本郵政のような腐敗した経営陣が企業体質を根元から劣化・腐食させ、他方では跋扈する官邸官僚が官僚機構全体を機能不全に陥れるなど、国家統治機構の崩壊が拡大再生産されるだけだ。日本資本主義の支配体制と統治機構がいま音を立てて崩壊している――と言っていいほど事態は深刻なのだ。

 

今回のカジノリゾート汚職は、安倍政権の中枢部を直撃する重大事件だ。なかでも菅官房長官に与えた打撃は計り知れないほど大きなものがある。菅官房長官は内閣運営の要であると同時に、安倍政権の成長戦略すなわち「観光立国政策」の仕切り役としても知られる。菅官房長官は、安倍首相が議長を務める「明日の日本を支える観光ビジョン構想会議」を立ち上げ、「2020年外国人観光客4000万人、消費額8兆円」「2030年6000万人、15兆円」という途方もない目標を掲げた。その主たる舞台がカジノリゾートなのである。

 

菅官房長官は、政界では「観光大臣」と言われるほど観光関連業界との関係が深く、国内3カ所といわれるIR候補地の選定も全て「菅案件」とされている。菅官房長官は、安倍政権の観光立国政策のキーパーソンであり、トランプ大統領絡みのカジノリゾートの推進者でもある。今年9月に発行された『週刊東洋経済(爆熱・観光立国)』(2019年9月7日号)の「キーマン対談、菅義偉×デービッド・アトキンソン」での発言は次のようなものだ。相手は、菅官房長官のブレインとなり、国の観光ビジョン構想会議委員となったデービッド・アトキンソン氏(元国際金融資本ゴールドマンサックス・アナリストで『新・観光立国論』の著者)である。

 

――観光を国の政策として進めた背景には何があったのですか。

【菅】第2次安倍晋三内閣が2012年に発足して以降、政府は一貫して日本経済の再生を最優先課題として取り組んできた。その中で、地方の所得を引き上げ、日本全体の活力を上げることを目的とした「地方創生」を掲げた。(略)安倍首相は12年に政権復帰して最初の施政方針演説で、外国人を呼び込んで産業を振興する「観光立国」を宣言した。私も前から観光について勉強していたが、12年に韓国を訪れた旅行者が1100万人超だったのに対して、同じ東アジア圏の日本は836万人と後塵を拝していることがわかった。そこで、13年からビザ(査証)の発給要件を緩和していった。(略)昨年、安倍首相が国賓として中国を訪問し、来年の早い時期には習近平国家主席を日本に招く予定だ。こういった動きも追い風になり、今年に入っても中国人訪日客数は10数%程度の伸びを維持している。中国人訪日客はどんどん増えるだろう」、

――20年の東京五輪を終えてから、観光産業が持続成長するためのカギは何でしょうか。【菅】統合型リゾートやスキー場の整備がカギを握る。これを改善するだけで年間1000万人は訪日客が増えるとも言われている。

 

統合型リゾート施設(IR)とは、「カジノ」を中核とする超巨大エンターテインメント施設のことだ。今年9月4日に発表された政府の「統合型リゾート施設(IR)の整備に関する基本方針」は、「国内最大3カ所」とされるIRの立地区域選定基準として、「日本を代表する観光施設にふさわしいこれまでにないスケール」(前例のない規模)が明記された。この基本方針は、カジノリゾートを中核とする観光立国政策が「地方創生」とは縁もゆかりもない代物であることを物語っている。カジノリゾートの高収益を確保するには、立地地域を大都市に限定(3カ所)することが不可欠であり、「地方」など始めから問題外なのである。この時点で、東京都、横浜市、大阪市以外の地域は事実上候補地から外されたと言ってもいい。

 

菅官房長官は、おおさか維新の会を手なずける策略の手段として万博を口実とするIR誘致を唆したばかりか、自らの選挙地盤である横浜へは(林文子市長を屈服させて)トランプ大統領の最大支持者であるアメリカのカジノ企業最大手を誘致することでトランプ大統領と取引(ディール)し、「ポスト安倍」の地位さえ手に入れようとしている。IR担当の元副大臣が逮捕されているにもかかわらず、菅官房長官がカジノリゾートの立地手続きを予定通り進めると強弁しているのはそのためだ。

 

だが、利権と汚職にまみれたカジノリゾートの設置がこのまま進むなどと考えるのは見当違いも甚だしい。大阪市や横浜市では反対運動が勢いを増し、国民世論も今回の汚職事件をきっかけに風向きが変わった。安倍首相の「桜を見る会」疑惑に加えて「菅案件」のカジノリゾート立地が頓挫すれば、安倍政権の終焉は来年早々にも早まるかもしれない。「平成とともに安倍政権は去る」しかないのである。

 

みなさま、よいお年をお迎えください。広原 拝