緒方論文「日本共産党の社会変革の路線――理論と実践に関する若干の経験と考察」(『前衛』2026年8月号)への疑問(上)、民主集中制(分派禁止)は党内民主主義と両立するか、共産党の再生は可能か(その27)

日本共産党中央委員会理論政治誌『前衛』2026年8月号の巻頭論文に、緒方靖夫副委員長(国際委員会責任者、78歳)の「日本共産党の社会変革の路線――理論と実践に関する若干の経験と考察――」(緒方論文という)が掲載されている。緒方論文は、フランス共産党政治行動誌『コーズ・コミューン(共同の大義)』編集部の要請に応じて執筆されたもので、各国(幾つかの)共産党・左翼党の路線を紹介する特集の一環として、同誌の「社会主義?議論の中の共産主義の展望」と題する特集号に掲載された。

 

緒方副委員長はまた7月7日、フランス東部ストラスブールの欧州議会で開かれた欧州左翼会派総会に招かれ、同じ論点から日本共産党の歴史や政治方針を紹介した上で、欧州左翼会派や欧州左翼同盟の代表らと会談している(赤旗、7月11日)。これら一連の行動は、志位議長の北米訪問に引き続く欧米左翼進歩勢力との連携を深める国際活動の一環であり、ソ連共産党や中国共産党との関係が深かった日本共産党の「負のイメージ」を払拭するための新たな活動と位置付けられているのであろう。

 

今回の拙ブログは、まず緒方論文の主旨と構成に関する疑問を述べ、次に後房雄名大名誉教授(政治学)の著書を紹介する形で、日本共産党の40年にわたる党勢後退の原因と背景について考えてみたい。なお、拙ブログは長文にわたるため、上下2回に分けて掲載することをお許しいただきたい。

 

日本共産党の社会変革の「理論と実践」に関する緒方論文は、綱領の「民主主義革命」と「社会主義的変革」を中心に構成され、その要点が解説されている。以下は、その中から抜粋した幾つかの箇所の要旨である。

(1)党活動の核心は国民との対話であり、身近な要求に応えることである。

(2)国民の持っている身近な要求は民主主義的な諸課題であり、「資本主義の枠内で可能な民主的改革」は国民的共感を得やすい。

(3)国民は、日本の国力低下のもとで「資本主義の限界」に気付いており、党の政策にそれほどの異論を持っていない。しかし、旧ソ連、中国の否定的影響から社会主義への疑問が多く、党への支持を阻んでいる大きな要因となっている。

(4)綱領は、資本主義時代の価値ある成果をすべて受け継ぎ、市民の思想・信条の自由、反対政党を含む政治活動の自由を保障している。革命のどの段階でも社会の多数の人びとの納得と支持を基礎にすることが根本方針であり、国民への誓約である。

(5)社会主義・共産主義の社会への過渡期は長期にわたる過程となり、全ての段階で国民の合意を前提とする。社会主義的変革は、①国民の合意のもと、一歩一歩段階的に発展させる、②多数者革命の見地から、どの段階でも選挙で示された国民多数の意思にもとづく、③単独で社会変革を進めるのではなく、統一戦線の結集により各界各層の利益を尊重しつつ、思想・信条の違いを越えて一致点で社会変革を進める。

(6)米国だけでなく欧州においても、資本主義は永遠でなく乗り越えられると認識されており、資本主義に代わる新しいシステムが展望されている。日本共産党が欧米左翼進歩勢力との関係を重視するのは、共通した課題について互いに学び合えるからである。

 

緒方論文を読んで不思議に思うのは、当該論文はいわば綱領の「理論的考察」ともいうべきものであって、規約に基づく党組織や党活動の「実践的経験」にはほとんど触れていないことである。理論と実践は表裏一体のものである以上、理論だけを取り上げて実践経験に触れないのは副題の趣旨にも反するし、タテマエと実態が異なることにもなりかねない。唯一の実践例として取り上げられているのは、ソ連共産党と中国共産党による干渉を受けて党が分裂し、分裂を克服する過程で自主独立路線を確立した経験である。この実践経験から「党内に派閥・分派はつくらない」「党の内部問題は党内で解決する」ことが鉄則となり、「党内民主主義」の重要性が確認されたとしている。

 

周知の如く、統一を回復してからの党勢は、1960年代から80年代初頭にかけての20年間で党員は9万人から48万人へ、赤旗読者は34万人から355万人へと大きく躍進した。しかし、それ以降の40年間は逆に後退の一途を辿り、2026年現在、党員は24万人、赤旗読者は77万人にまで落ち込んでいる。緒方論文が「理論と実践に関する経験と考察」を語るのであれば、日本共産党が国民の共感を得やすい「民主主義革命=資本主義の枠内で可能な民主的改革」を掲げ、社会主義的変革は「資本主義時代の価値ある成果をすべて受け継ぎ、市民の思想・信条の自由、反対政党を含む政治活動の自由を保障し、革命のどの段階でも社会の多数の人びとの納得と支持を基礎にする」と国民に誓約しているにもかかわらず、なぜかくも党勢が後退し続けるのか、その経験を語らなければならない。党勢後退の「外部要因」として旧ソ連、中国の否定的影響を強調するだけでなく、「内部要因」である党組織や党活動の問題点を実践経験に即して明らかにしなければならない。そうでなければ、論文が完結しないからである。

 

後房雄名大名誉教授(政治学)の注目すべき著書に、『日・伊共産党の「民主集中制」格闘史――「分派の禁止」のもとで党内民主主義は可能か』(かもがわ出版、2025年)がある。膨大な内容なので、序章「党内民主主義と党内グループ」と「あとがき」から骨子を要約しよう。

 

【序章】

(1)共産党の「原型」は、①暴力革命による既存国家の打倒とソビエト型国家の創設という革命思想、②民主集中制という党の組織原則、③社会主義の祖国としてのソ連を防衛し、ソ連共産党の指導のもとに団結するというプロレタリア国際主義、④無謬の理論的基礎としてのマルクス・レーニン主義、の4点を主要な特徴とする。

(2)1919年3月創立のコミンテルン(共産主義インタナショナル)の支部として、その後数年間に創立された各国共産党は、分派の禁止を核心とする「民主主義的中央集権制」(民主集中制という)を絶対的な組織原則として創立されたゆえに、その枠内でいかに党内民主主義を実質化するかについて、深刻な模索と格闘を続けなければならなかった。

(3)1943年5月のコミンテルン解散を経て第二次大戦後は、ソ連共産党から一定の自律性を獲得した資本主義諸国の共産党は、自由民主主義の価値と制度を尊重しながら革命を目指す路線に徐々に転換していった。内部が民主主義的でない政党が主導して建設する社会主義が民主主義的になる、というのは説得力がないからである。

(4)特に、1956年2月のソ連共産党第20回大会において、フルシチョフ書記長がスターリンによる大量殺人を含む独裁的なソ連国家の実態の一部を暴露したことで、各国共産党としても既存社会主義国家の深刻な問題、そうした問題を生み出したスターリンの独裁、それを許した共産党のあり方(特に党内民主主義の欠如)などから目を背けることができなくなった。

(5)自由民主主義社会の共産党の歴史は、共産党という独特の政党のアイデンティティの一部であり、党の統一と団結の保障とされていた民主集中制を維持しようとする力と、党内民主主義を実質化しようとする力との葛藤、せめぎ合いの歴史として捉えることができる。党指導部が最も恐れたのは、党内に分派が形成されてしまうと、党の団結が破壊され、革命を遂行する力が失われてしまうということである。それゆえ、党内民主主義を実質化させることは重要であっても、分派の形成に至らない範囲で行うことが必須となった。

(6)民主主義の通常の理解では、国家においても政党においても最高指導者を選挙によって選び、交代させる可能性がその核心である。その選挙が実質的なものになるためには、それぞれのリーダーとその立場を支持する複数のグループが存在し、それらが思想・信条の自由、表現・出版の自由、集会・結社の自由などが保障され、対等な条件で競争できることが不可欠である。

(7)こうした二律背反のなかで、各国すべての共産党はあくまでも民主集中制(分派の禁止)の範囲内で党内民主主義を実質化させるという形で、民主集中制を優先させる選択を行ってきた。問題は、分派を禁止しながら党内民主主義を実質化することが一定限度以上は不可能だということである。実際、党首選挙において、複数の候補者の実質的競争を経て党首を選出した共産党は存在しない。基本的には、前指導者ないし指導部が事実上指名した唯一の候補者がほぼ満場一致で信任させるのが慣例であった。

(8)各国共産党が「原型」から自由民主主義社会(先進資本主義社会)へ適応していく過程は、①議会制民主主義の枠内での平和的な革命構想、②党内民主主義の実質化、③ソ連型社会主義への批判、ソ連共産党からの自律化、④マルクス・レーニン主義、さらにはマルクス主義の相対化、を伴っていた。

(9)イタリア共産党、フランス共産党、日本共産党のこれら4点における変容の到達点を比較すると、①イタリア共産党は、1989年に規約から民主集中制を削除、党内グループを容認し、1991年に社会民主主義政党(左翼民主党)へ転換した。現在は、民主党として中道左派勢力の中軸政党の地位を確立している。②フランス共産党は、党内民主主義の実質化とソ連共産党からの自律化が遅れ、1994年に民主集中制規約から削除し、現在では党内グループを公認しているものの、得票率3パーセント前後の少数勢力に低迷している。③日本共産党は、フランス共産党と同程度の変容を示しているが、民主集中制についてはフランス共産党以上の固執を続けてきたが、日本社会党の事実上の壊滅もあって6.2パーセントの得票率(2024年10月総選挙)を維持している(筆者註、2026年2月総選挙は得票率4.4パーセントに縮小した)。

(つづく)。

「集団で一本の道を登る」、団塊的・高度成長的価値観と行動様式から脱却できない共産党の悲劇、共産党の再生は可能か(その26)

志位議長をトップとする共産党の体質が容易に変わらない(変わる兆しも見えない)。このままでは党組織が疲弊し、為す術(すべ)もなく自滅していく可能性が高い。5月の党勢拡大の結果が入党者251人と振るわず、赤旗読者は電子版で日刊紙120人増、日曜版287人増だったものの、紙は日刊紙300人減、日曜版1464人減となって、依然として後退が止まらない。こうした事態を打開するため、党中央は例によって「集中期間」を設定して党勢拡大(回復)に躍起になっている。

 

〇6月4日:党中央委員会幹部会決議「党創立104周年、党員拡大・手紙と返事、集中期間(6~7月)をよびかける」採択、①2万人に働きかけ、2000人の新規入党者を迎える、②すべての支部・グループが「手紙」を討議し「返事」を寄せる。

〇6月5日:全国都道府県委員長会議開催、心一つに「集中期間」成功へ、田村委員長報告。

〇6月14日:全国学生支部・党員交流会がオンラインで開催、志位議長出席。

〇6月17日:集中期間推進本部が「働きかけのテンポを6倍にし、党員拡大6月目標の達成を」赤旗で呼びかけ、15日現在の入党の働きかけ1300人、入党申し込み112人。

〇6月18日:全国学生支部・党員交流会における志位議長発言「どうやって党員拡大を前進させるか」を赤旗1頁を使って掲載。

〇6月19日:全国都道府県労働部長・職場支部援助担当者会議委員長会議がオンラインで開催、山下副委員長が問題提起。

 

党幹部会が、6、7月の2カ月で「2万人に働きかけ、2000人の新規入党者を迎える」という途方もない目標を提起し、その後、全国都道府県委員長会議、労働部長会議、学生支部・党員交流会などが相次いで招集された。それにもかかわらず、6月15日現在の成果は「入党の働きかけ1300人、入党申し込み112人」で目標の1割強にすぎない。この現状に対して集中期間推進本部は、目標設定が「過大」であったことには一言も触れず、月前半の毎日の働きかけは平均100人なので、今月1万人に入党を働きかけるには日々のテンポを平均600人、つまり「6倍に引き上げる」ことが必要だとしてあくまでも目標達成の旗を降ろさない。

 

それでは、拡大運動のテンポを「6倍」にするにはどうするのか。それは「党員拡大を正面から議論する」「幹部会決議どおりに実践する」「特別の推進体制を確立する」ことだという。幹部会の言うとおりに党機関が正面から党員拡大に取り組めば、「道は自ずと拓ける」というのである。この論法がそのまま通用するのなら、党機関は何も苦労することはないだろうし、党員拡大の成果も挙がるはずである。だが、拙ブログでも繰り返し指摘してきたように、この論法は党内外の状況を無視した観念的主張であり、現実条件を欠いた精神主義でしかない。党を取り巻く世論は冷え切っており、どの世論調査をとってみても共産党支持率は2~3%に低迷している。一方、党組織の主体的状況と言えば、党員の大半が高齢者で占められ、党支部の多くが活動停止状態にある。このような状況を無視して「働きかけのテンポを6倍にする」「幹部会決議どおりに実践する」など言うのは、党指導部の高圧的姿勢と傲慢さを示す以外の何物でもないだろう。

 

客観的・主体的条件がない情勢のもとで、このまま見込みのない党員拡大を続ければ、最終的には「玉砕戦法」に行きつかざるを得ない。玉砕戦法とは「進退窮まった部隊が最後の戦術として行う自殺的な突撃」のことであり、太平洋戦争中に実行された日本陸軍の「バンザイ突撃」に象徴される自爆戦法のことである。自動火器や火砲の充実したアメリカ軍に対し、武器弾薬の補給や増援を望めず撤退も不可能な状況の日本兵が「天皇陛下万歳」「大日本帝国万歳」などの雄叫びを上げて突撃し、全滅していった絶望的な状況を指している。勝ち目のない戦況のもとで降伏や撤退を許されず、ただ「玉砕」するしかなかった日本兵の無念さは如何ばかりだったかと思うが、それと似たようなことが、今後、共産党にも起こらないとは限らない。見込みのない党員拡大を強要され、批判をすることも異議申し立てをすることも許されない状況のなかで、支部や党機関が疲弊して自滅していく事態がそれである。

 

このような共産党の体質はいったいどのようにして形成されてきたのであろうか。最近読んだ広井良義典著『日本の未来像――地球定常文明のデザイン』(岩波新書、2026年)には、次のような一節がある(要旨)。

――日本にいま求められるのは、「集団で一本の道を登る」ようにひたすら「拡大・成長」を求めた高度成長期とは異なる「成熟社会の豊かさ」の構想とその実現だろう。現在の日本は「団塊的・高度成長期的」な価値観からの大きな移行期を経験しつつある。

――団塊世代の価値観や行動様式には強い「拡大・成長」志向がある。この価値観や行動様式は、団塊世代が生きた高度成長期の日本の姿をそのまま反映するもので、経済や人口が「限りない拡大・成長」を続け、物質的な豊かさが着実に増大し、それを通じて人々の幸福が比例的に増加していくのが自明であるような時代状況に対応するものだった。これらの傾向は「団塊世代がもともと持っていた属性」というものではなく、「時代が作った」ものである。これらの傾向は、高度成長期あるいは急速な工業化の時代という、当時の日本の状況における「適応的な行動パターン」として進化したものである。

――団塊的価値観や行動様式は、工業化が急速に進む高度成長期の日本に〝適応的〟だった一つのモデルであり、それは全体として〝国を挙げての経済成長〟という単一のゴールを目指して「集団で一本の道を登る」社会のありようと呼応していた。いま日本に求められているのは、そうした高度成長期的な枠組みから脱却し、これまでよりも個人が自由度の高い形で多様な働き方や生き方をデザインし、集団を超えて他者とゆるくつながりながら、自らの創造性を伸ばしていくという社会のありようである。そうした方向は持続可能性とともにイノベーションや経済活力にもつながり、また個人の幸福(ウェルビーイング)にも寄与する。

 

そう言えば、高度成長期に躍進した共産党は「集団で一本の道を登る」典型的な拡大・成長時代の産物だった。共産党は、上意下達の「民主集中制」の党規約で強固な「集団」を形成し、党中央の指導で拡大・成長の「一本の道を登る」という、高度成長期の日本に適合した〝政党モデル〟だった。1982年7月の第16回党大会報告で、不破委員長は1960年代から80年代に至る党勢拡大の成果を次のように誇っている(「前衛」1982年9月臨時増刊号、要旨)。

――わが党の党勢は、1960年代初頭に党員8万6000人、赤旗読者34万人、国会議員6名、地方議員818名からスタートし、70年代初頭には党員28万人、赤旗読者176万人、国会議員21名、地方議員1680名、80年代初頭には党員48万人、赤旗読者355万人、国会議員41名、地方議員3653名と飛躍的発展を遂げてきた。80年代には「50万の党、400万の読者」を早期に実現し、「100万の党、500万の読者」を目指す。

 

だが、不破構想は実現しなかった。1980年代に入ってバブル経済が崩壊し、出生率が激減して日本は一転して低成長と人口減少に直面する「ポスト高度成長期」に入った。1990年代にはソ連・東欧の社会主義体制の崩壊も相まって若者世代が一斉に離党し、党勢の急落が始まった。志位氏が委員長(2000年)に就任した頃には、高度成長期に全盛を誇った拡大・成長型の〝政党モデル〟はすでに崩壊しており、次のモデルが求められていた。本来なら、党内から「新しいモデル」への動きが起こり、指導部の交代によって党改革を進めなくてはならなかった。しかし、そのための党員・支部間の自由な意見交換は「民主集中制」の規約によって封じられ、「党首公選制」による指導部の交代も実現しなかった。深刻な閉鎖的状況が続く中で、今度は党の前途に悲観した中堅世代の離党が相次ぎ、残された党組織では高齢化が急速に進行した。そして、多くの支部で活動が事実上停止するという事態に陥ったのである。

 

それでも、志位議長は意気軒昂そのものだ。志位氏が党幹部要職に就いてから既に40年近くも経っているというのに、未だ自分が第一線で活躍しなければならないという使命感に燃えている。自分の孫世代にあたる全国学生支部・党員交流会に出席し、家庭教師よろしく「どうやって党員拡大を前進させるのか」を教え諭す有様だ。ポスト高度成長期に入って党員や赤旗読者を激減させてきた党中央のトップが、あろうことか未来を担う学生・青年に党員拡大のノウハウを伝授しようというのだから、これはもはや「喜劇」(パロディ)を通り越して「悲劇」という他ない。

 

7月2日に公表された6月の党員拡大の成果は、入党申し込み381人、赤旗読者は日刊紙612人減、日曜版3252人減、日刊紙電子版87人増、日曜版電子版74人増に終わった。入党の働きかけに足を踏み出した支部は全体の1割強、「返事」を出した支部は3割弱だった。党幹部会決議「6,7月で2000人の新規入党者を迎える」「すべての支部・グループが「手紙」を討議し「返事」を寄せる」は、最初の1カ月で早くも破綻している。しかも「党員拡大」に集中した所為か、発行危機に瀕している赤旗が(紙と電子版を合わせて)3703人減となった。

 

党組織の多くは、もはや「乾いた雑巾を絞っても水一滴も出ない」状況にあるのではないか。集中期間推進本部は「7月は、6月の3倍の働きかけで、5倍以上の入党申し込みを実現する」と𠮟咤激励するが、こんな状況が続けば、乾いた雑巾は擦り切れて破断してしまう。それでも志位議長は、なお党組織に対して「集団で一本の道を登る」方策を強要するのだろうか(つづく)。

「マスメディアの時代」から「ソーシャルメディアの時代」への移行期に対応できない赤旗の桎梏、共産党の再生は可能か(その25)

日経新聞の社会欄「Analysis」(6月10~12日)に、3人のメディア研究者による「新しい大衆の姿」が3回連続して掲載された。主題は、戦後の大量生産・大量消費時代に成立した「マスメディアの時代」における〝大衆〟と、現在の「ソーシャルメディアの時代」における〝新しい大衆〟の違いについて論じるものだ。いろんな角度からの分析が示されていて、社会とメディアの関係の変化がよくわかる。山腰修三慶大教授(政治社会学、第1回)は、その違いを次のように整理する(要旨)。

――大衆社会は、同一のメッセージを不特定多数に向けて伝達するラジオやテレビなどのマスメディアが発達・普及したことによって形成された。大量生産・大量消費の資本主義体制下で産業化したマスメディアが伝達するメッセージは、人々の価値観や行動様式を画一化させるだけでなく、自律的、批判的な思考力や判断力を奪うものと考えられた。その結果、マスメディアの消費者は、メッセージによって操作・動因される受動的な大衆になると理解された。

――インターネットの発達やデジタル化の進展によるメディア環境の変化すなわちソーシャルメディアは、利用者の情報環境を個々の関心や属性に基づいて多様化、断片化させていく。マスメディアからソーシャルメディアへの移行は、同一の情報を国民国家単位で伝達・共有するという、大衆社会を成り立たせてきたマスコミュニケーションの前提そのものを終わらせつつある。

――現代のメディア環境は、データ収集を最優先する新たな資本主義が生み出したものであり、「現代的な大衆=マス」はその産物である。データ資本主義の原理によって国民の行動や態度は予測され、判断や思考に先回りして干渉され、変容が促される。

 

田辺俊介早大教授(計量社会学、第2回)は、メディア環境の変化を主として経済的不平等や社会格差の背景から説明する(要旨)。

――マスメディアが隆盛を見たのは、第2次世界大戦後の成長を経た先進諸国であり、安定した職業を持つ「中間層」が増加し、一国内の経済的平等がある程度達成されたように考えられ時代だった。中間層の情報手段となった新聞やテレビは共通の話題を提供し、一定程度均質で平等な存在としての「大衆」を生み出した。マスメディア時代の先進諸国では、貧困や不平等に対処する福祉国家を前提として、既存政党から投票先を選び、政権交代させる政治過程が基本モデルとされていた。

――最近数十年の間に、インターネットの普及を背景としてソーシャルメディアが急速に浸透した結果、誰もが発信者になりうる情報環境へと変化した。経済階層の不平等化の一方、情報発信の平等化が進む。先進諸国における政治過程も大きく変容し、既存主要政党は職業階層に基づく支持層の多くを失っていく。アウトサイダー的なポピュリスト政治家は、ソーシャルメディアを通じてメッセージを伝え、直接支持を調達する。ソーシャルメディアで情報を得ている人びとは、事実と異なる社会認識を持ちやすい。そこで可視化された同意や注目を「世論」と見なす。「新たな大衆」はそこにいると考えられる。

――経済的な不平等化や各種のセキュリティ不安など、大衆が感じる違和感に既存の政党・政治家、マスメディアは適切に応えることができずにいた。人びとは解答を求めてソーシャルメディアで情報を集め、問題の解決策を声高に主張するポピュリスト政治家に期待してしまう。広がる一方の認知バイアス利用に対峙して、事実を伝えていけるのか、大衆の不安に真摯に向き合っていけるのか、いまマスメディアは問われている。

 

伊藤昌亮成蹊大教授(デジタルメディア論、第3回)は、TikTokに投稿された「切り抜き高市動画」の調査を基に、それらの動画を人々がどのように受容したかを分析している(要旨)。

――高市動画に対する「いいね率=好感度」は、「言説=言っていること」よりも「振る舞い=やっていること」の方がはるかに高い。つまり人々がより強く好感を示しているのは、高市氏の政策に関する発言内容よりも政治に対する取り組み姿勢、とりわけに疲れるまで仕事に打ち込むといった「政治的振る舞い」への好感度が最も高い。

――このことは、人々が「切り抜き高市動画」を政治家としての高市氏から政策を聞くために見ていたのではなく、高市氏を一種のモチベーターあるいはロールモデルと見なし、「元気をもらう」自己啓発の手段として見ていたことを示している。このため、高市氏の発言は政策としては薄いものだったにもかかわらず、「あなたの人生を守る」といった強いメッセージとして受け入れられた。

――理性的な討議よりも感情的な反応が優先される「新たな大衆」の行動は、民主主義にとってはネガティブな要素とされる一方、人々はそうしたやり方で政治を「自分ごと」化し、主体的な政治参加を試みていると見ることもできる。大切なのは、大衆の中にある個々の生の次元にまで立ち返りながら、実際に何が行われているのかを内在的に見ていくことであろう。

 

3人のメディア研究者の分析から感じることは、赤旗は典型的な「マスメディアの時代」の産物だということだ。赤旗は、大量生産・大量消費の資本主義体制下でマスメディアが伝達するメッセージに対しては批判的視点を提供し、人々の自律的、批判的な思考力や判断力を養うメディアとして評価された。党中央の指導の下に編集される政治方針や論説は、その時代の「均質化された大衆=党員や支持者」などの読者にはアピールすることができた。革新自治体が全国的に広がる中で福祉国家が現実の目標と化し、政権交代を担う革新政党への支持と期待が高まっていたこともあった。

 

だが、今は違う。新自由主義経済の下で福祉国家体制が崩壊し、経済格差と社会分断が進んで革新政党の支持基盤だった中間層は没落しつつある。それとともに「均質化された大衆=党員や支持者」などの読者が激減し、赤旗は効果的なメッセージを発することができなくなった。加えて、インターネットの普及を通してソーシャルメディアが急速に浸透し、利用者は個々の関心や属性に基づいて多様な情報を発信するようになった。党中央の政治方針によって編集される赤旗は読者の多様化に対応できず、「新たな大衆=新しい読者」を獲得できなくなったのである。

 

赤旗の最大の欠陥は、党員や支部の自由な意見交換を禁じる「民主集中制」の規約によって紙面が恐ろしく画一化していることだ。外部識者による紙面刷新の検討組織もなければ、編集方針に対する読者からの意見や異論も許されない。その一方、「志位しんぶん赤旗」と称されるほど、志位議長の発言は一字一句掲載される。これでは、赤旗の読者は高齢化した「かっての大衆」だけとなり、日が経つにつれて(確実に)減っていくことになる。また、赤旗の配達・集金は党員のボランティア活動に大きく依存しているが、党員の高齢化と減少により担い手不足が深刻化し、配達・集金活動の維持が困難になっている。このことは単に新聞を届けるという物理的な問題だけでなく、党と地域社会・支持者とを結ぶ重要な接点が失われつつあることを意味する。

 

例によって、党中央委員会幹部会は6月4日、「党創立104周年、党員拡大・手紙と返事、集中期間をよびかける」との幹部会決議を採択した(赤旗、6月5日)。趣旨は、第30回党大会の成功と国政選挙・統一地方選挙勝利に向けて、6~7月を「党創立104周年、党員拡大・手紙と返事集中期間」とし、①党員の拡大で必ず現勢での前進に転じる(2万人に働きかけ、2000人の新規入党者を迎える)、②すべての支部・グループが「手紙」を討議し、「返事」を寄せるという「二つの課題」を重点課題として取り組み、やり抜くことをよびかける――、というものである。

 

党員拡大と読者拡大はこれまで党勢拡大の「二つの柱」とされてきたが、もはやそれも不可能になったのか、今回は赤旗読者拡大の指示は出されていない。しかし、「手紙」と「返事」の取り組みは、8中総決定(2026年3月)が全支部・党員が参加する運動をつくるための最大の力点として提起したにもかかわらず、僅か16.2%からしか「返事」が寄せられていない。今年3~5月の3カ月で「2割足らず」しか寄せられていない「返事」を、残る「8割余り」を6,7月の2カ月で達成するというのはいくら考えても無理だと思うが、そうでも言わない限り組織が動かなくなっているのかもしれない(つづく)。

「キグチコヘイハ シンデモ ラッパヲ クチカラ ハナシマセンデシタ」(戦前戦中の修身教科書)を想起させる赤旗党活動欄、88歳支部長の手記、共産党の再生は可能か(その24)

赤旗編集局が6月1日から減ページすると告知した翌日(5月23日)、8中総決定推進本部は、第30回党大会(来年1月)の党勢拡大目標達成のため、「いま党内を『明るく』『楽しく』『元気がみなぎる』状況にしていく政治的・理論的援助が大切です」「日本と世界の情勢との関係で、わが党の政治的、路線的、理論的立場への深い確信をもち、『語りたい』『広げたい』というエネルギーが沸き立つところまで深めてこそ、党づくりの飛躍をつくることができます」と地方党機関に指示している。

 

その一方、赤旗党活動欄には「明るく」「楽しく」「元気がみなぎる」状況とは真逆の(絶望的な)手記が相次いでいる。「絶望から希望に変える時、手紙を5回読んで入党の原点を思い出す」と題する手記は、88歳の支部長が「もう限界」と悩みながら、党中央からの「手紙」を5回も読んで「返事」を書いたというのである(5月27日、要旨)。

――支部会議を開くと、いつも「高齢者ばかりで支部が消滅するのではないか」「党員の病気、体調不良の現状のもと、地区がもっと足を運んで支部員の苦しみ、悩みを共有して一緒に解決の方向に寄り添ってほしい」との声が出る。党中央からの「手紙」も読んだが、「言っていることはわかるが、やろうという気になれない」「不安を抱えながら配達・集金だけで精一杯」の声で終わる。

――それでも「手紙」を5回読んで、(みんな)入党した時のことを思い出した。ある同志は「長兄がニューギニアで戦死し、石ころしか入っていない遺骨箱が帰ってきた国民学校2年生の時から、戦争だけは絶対反対だと思い続けて生きてきた。戦前の治安維持法下にも侵略戦争に命がけで絶対反対と言い続けてきた日本共産党があったことを知った時の感動で入党した自分を思い出し、今こそ信念を貫き通す時だと『手紙』から感じることができた」と発言した。

――しょぼくれて足がすくんでいた自分も「絶望から希望に変える時だ」と「手紙」から教えられた。「こんな支部になりたい」と、配達・集金の助け合いや来年の県議選で議席回復に力を尽くすことを「返事」に記した。

 

88歳と言えば、終戦を国民学校(尋常小学校)1,2年生で迎え、戦後の飢餓状態を何とか生き抜いてきた苦難の世代である。身内の悲惨な戦争体験から「反戦平和」の旗を掲げた政党活動に参加し、平和運動や労働運動に身を捧げて日本の民主化に貢献してきた戦後世代の中核的存在でもある。本来ならば、これらの人々が高齢に達した段階では身体を酷使するような党活動を避け、穏やかな老後生活を送れるように配慮するのが政党の責務というものであろう。

 

共産党には1万7000の支部があるという。その多くが高齢者支部であるにもかかわらず、党中央は党勢拡大目標を「1支部当たり党員1人、日刊紙1部、日曜版5部」などと機械的に割り当て、しかも「双方向・循環型」活動などと称して党中央からの「手紙」に対する「返事」を求めている。体調不良者や病人が続出している高齢者支部に対しても、地区委員会から日夜「返事」を書くようにと矢の催促がくる。88歳の支部長が「手紙」を5回も読んで漸く「返事」を書いたという手記は、その苦境を余すところなく物語っている。

 

問題は、赤旗党活動欄が上記の手記を「革命的精神の発露」であるかのような論調で紹介していることだろう。本来ならば、病人が続出しているような高齢者支部に対して画一的な拡大目標を押し付けることは、「人権侵害」「高齢者虐待」にも相当する〝非人道的行為〟にほかならない。ところが、赤旗はそれを党活動の「模範」と位置付け、他の高齢者支部も見習うべき事例として紹介している。これでは支部活動を「絶望から希望に変える」どころか、却って「絶望を深める」ことになりかねない。

 

私はこの手記を読んだ瞬間、自分が国民学校1年生だった頃の修身教科書を思い出した。日本は1945(昭和20)年に無条件降伏したが、当時の国民学校は「軍国主義教育」のカリキュラムで埋め尽くされ、「軍国少年」の養成機関と化していた。児童は、毎朝は旭日旗を掲げて「予科練の歌」を歌いながら集団登校、校門を入ると天皇の写真を祭った奉安殿に最敬礼、朝礼では直立不動の姿勢で皇居遥拝をするのが日課だった。放課後の遊びはもちろん「センソウゴッコ」「ヘイタイサンゴッコ」だった。国定教科書は「ヘイタイサン ススメススメ」で始まり、修身教科書には「キグチコヘイハ シンデモ ラッパヲ クチカラ ハナシマセンデシタ」の一文が「軍人精神の発露」として掲げられていた。

 

修身教科書の「シンデモ ラッパヲ クチカラ ハナシマセンデシタ」という有名な一節は、戦場で敵に撃たれて死亡したラッパ手が唇からラッパを離さなかったことが「軍人精神の発露」として美化され、すべての国民は「かくあらねばならぬ」として修身教科書の必読科目とされたものである。支部長の手記を読んでこの修身教科書を思い出したのは、当時の「軍人精神の発露」と手記の「革命的精神の発露」がよく似ていると思ったからだ。両者とも上部の命令には忠実に従う「滅私奉公」の精神で貫かれており、個人の意思や生活を犠牲にしてでも命令を遂行することを「美徳」とする点で驚くほど共通している。上意下達の「民主集中制」のもとで長年党活動をしてきた戦後世代は、「革命的精神の発露=滅私奉公」のマインドコントロール状態に置かれ、「ニホンキョウサントウトウインハ シヌマデ アカハタヲ ニギッテ ハナシマセンデシタ」といった「革命的精神」を叩き込まれてきたからであろう。

 

高齢者支部にまで過酷な拡大方針を一律的に強いる状況のもとでは、「革命的精神」を発揮できない支部は解散し、党員は離党するほかない。然るに、党大会報告や大会決定文書には「離党」という文字は一切なく、離党数も公表されたことがない。第28回党大会時の党勢(2020年1月)「党員27万人、赤旗読者100万人」及び第29回党大会時の党勢(2024年1月)「党員25万人、赤旗読者85万人」からわかることは、4年間の入党数1万6000人、死亡数1万9814人(≒2万人)だけである。とはいえ、そこから「27万人+入党1万6000人-死亡2万人-離党1万6000人=25万人」の計算式が導ける。つまり、4年間で入党数と同規模の離党が発生しているにもかかわらず、その実態も原因も明らかにされることなく、百年一日の如く党勢拡大方針が叫ばれているのである。

 

党勢拡大が思うように進まず、党勢後退が止まらないことから、2026年1月に予定されていた第30回党大会は2027年1月に延期され、拡大目標も「党員27万人、赤旗読者100万人」から「党員25万人、赤旗読者85万人」に下方修正された。このことは、もはや「拡大=増やす」ことが不可能になり、「回復=減らさない」ことさえが困難になっている状況を示している。こんな状況を「明るく」「楽しく」「元気がみなぎる」ものにするため、もっぱら〝精神論〟で乗り切ろうというのだから失敗は目に見えている。

 

『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』(中公文庫)は、旧日本軍の最大の特徴は極端な〝精神論〟の偏重であり、物質的な戦力差よりも「精神力」や「意志」を重視する考え方が軍の作戦立案の基礎になっていたことを明らかにしている。日本軍は下部組織からの様々な意見を「軍律・軍紀」で封じ、厳格な「戦闘序列体制」のもと、参謀本部や軍上層部が専決して無謀な太平洋戦争に突入した。日本軍は会戦中の不利な戦況を国民に知らせず「大本営発表」で偽りの報道を続け、致命的な敗北を喫して膨大な犠牲者を生み出し、国民を耐えがたい窮乏生活に陥れた。

 

日本軍の「失敗の本質」は、日本共産党の「失敗の本質」にも通じるものがあるのではないか。「反戦平和」を掲げて戦後の民主化運動を推進してきた日本共産党が日本軍と同じ組織的体質をもち、同じように破綻していく有様は「歴史の皮肉」としか言いようがない。とりわけ、以下の組織的体質は際立っている。

(1)高齢化で支部活動が疲弊しているにもかかわらず、「革命的精神」を発揮すれば党勢を立て直せるという「精神主義=党勢拡大方針」。

(2)党内の多様な意見を「民主集中制」の規約で封じて党首公選制を実施せず、党中央の政治方針を下部組織に押し付ける「官僚主義=専制体制」。

(3)入党数に匹敵する離党数の実態と原因を公表せず、党指導部体制の欠陥を覆い隠す(「大本営発表」にも比すべき)「秘密主義=赤旗報道体制」。

 

次期党大会(2027年1月)まであと7カ月を残すのみとなった。毎月報告される「党勢拡大の結果」を年ごとに積算すると、党勢後退が依然として止まらない状況が浮かび上がる。

〇2024年:入党4852人(月平均404人)、日刊紙7884人減(月平均657人減)、日曜版(紙3万6047人減、電子版970人増、月平均2923人減)、赤旗読者4万2961人減(月平均3580人減)

〇2025年:入党3281人(月平均273人)、日刊紙(紙6869人減、電子版562人増、月平均525人減)、日曜版(紙3万5066人減、電子版9303人増、月平均2146人減)、赤旗読者3万2070人減(月平均2672人減)

〇2026年2月~5月(1月は未公表):入党895人(月平均223人)、日刊紙(紙3864人減、電子版687人増、月平均794人減)、日曜版(紙2万1587人減、電子版1887人増、月平均4925人減)、赤旗読者2万2877人減(月平均5719人減)

 

2024年、25年、26年の月平均で比較すると、入党数は404人→273人→223人と年ごとに縮小し、赤旗読者数は3580人減→2627人減→5719人減と後退が止まらない。26年の月平均の数字が今後も継続するとなると、2026年は入党2676人、赤旗読者6万8628人減となり、2024年1月から26年12月までの3年間の合計は入党1万819人、赤旗読者14万3659人減となる。この間の党員死亡数及び離党数を2020年1月から23年12月までの年平均で算出すると、死亡数は1万5000人(2万人×3/4)、離党数は1万2000人(1万6000人×3/4)となり、2027年1月の党員現勢は「25万人+入党1万819人-死亡1万5000人-離党1万2000人=23万3819人≒23万4000人」、赤旗読者現勢は「85万人-14万3659人=70万6341人≒70万6000人」になる。いずれも「党員25万人、赤旗読者85万人」の目標を下回り、「党員23万人、赤旗読者70万人」に近づく。

 

2027年4月の統一地方選挙はこの党勢で迎えることになるが、前回に135人(11%)の現職議員を失い、その後の中間選挙においても議席減が続いている状況の下で、さらなる後退が予測される。志位議長はいつまで「北米訪問の成果」を吹聴し、日本共産党の「明るい未来」を語り続けるのであろうか(つづく)。

志位議長の北米訪問報告会は20ページに「増ページ」、6月以降は毎日12ページに「減ページ」、赤旗の編集・発行方針は読者離れを招き、発行危機を加速させる、共産党の再生は可能か(その23)

5月21日の赤旗はいつも(14ページ)より分厚い感じがした。志位議長が5月16日に「大学人と日本共産党の集い」で行った講演(全文)が6ページにわたって掲載され、その分だけ「増ページ(20ページ)」となっていたからである。翌22日の紙面でも、「志位議長講演・北米訪問報告会への感想・反響」が特集され、「こんな政党、他にはない」「綱領の世界論、正しさを確信」「世界的視野、励まされた」「DASの活動、私たちも学び」「自由な時間、希望を感じた」などの賛辞が列挙されている。

 

ところがこの日、「日刊紙は6月1日から毎日12ページに減らします。購読料は現行の3497円(≒3500円)のまま据え置きます」との赤旗編集局の告知が突如出された。理由は、「赤旗が発行の危機に直面するもとで、発行継続のためには物価高騰で増大する発行経費を少しでも減らさなければならない」「購読料を値上げするわけにはいかず、減ページで経費節減せざるを得ない」というもの。もう一つは、赤旗編集局の人員体制の問題で、「現在の体制では14ページの日刊紙と32ページの日曜版の製作・発行を維持することが困難」「日刊紙の発行を維持するためには、人員に見合った製作面数を減らすしかない」とある。

 

私は赤旗日刊紙(3500円)に加えて、日曜版(990円)、京都民報(790円)も併読しているので、月々の購読料は5300円近くになる。朝日、毎日、日経各紙も購読しており、購読料(朝夕刊セット)は朝日・毎日は4900円、日経は5500円だから、全てを合わせると毎月2万円を超える出費になる(その他の新聞は月に2、3回、大学図書館で読んでいる)。情勢分析のために必要な支出だとは言え、相当な負担になっていることは間違いない。

 

日本新聞協会によれば、1997年ピーク時に5000万部(1世帯あたり1.26部)を超えていた新聞の総発行部数は、2025年10月時点で2486万部(1世帯当たり0.42部)に落ち込んで四半世紀余りでほぼ半減し、1世帯当たり部数では3分の1に激減した。私の自宅周辺でも新聞を取っている家はそれほど多くない。特に最近引っ越してきた若い家族の家は、ほとんどと言っていいほど新聞を取っていない。新聞配達のバイクが家の前を素通りするのでよくわかるのだ。全国紙といえども1社で年間20~40万部も減っていく時代だから、赤旗だけが減っているわけではない。「新聞」という通信媒体そのものがインターネット配信に押されて支配的位置から滑り落ち、サザエさんの漫画に出てくるような「チャブ台の前で新聞を開く」といった日常習慣が消えつつあるのかもしれない。こんな事態を新聞販売店の店主に聞くと、新聞だけでなく販売店自体が消えていくご時世なのだという。

 

赤旗日刊紙が12ページ3500円になると、全国紙や地方紙に比べてかなり割高になる。5月直近の1週間、1日の平均ページ数で比較すると、朝日新聞は朝夕刊で約32ページ(土日夕刊なし、広告面を除く、以下同じ)、毎日新聞(土日夕刊なし)は約25ページ、日経新聞(日曜夕刊なし)は約36ページとなり、1ページ当たりの月単価は、朝日153円、毎日196円、日経153円、赤旗292円となって、赤旗は全国紙の1.5~2倍の割高になる。それほど裕福でない家庭や高齢者世帯が多い赤旗読者層にとって、もともと3500円の購読料は大きな負担になっている(だから、購読料は上げられない)。その上、ページ数が少なくなると、割高感が一層増すことになって相当数の「読者離れ」が起こることは避けられない。

 

告知の末尾には、「ページ数は減りますが、紙面の魅力を増すよう全力をあげます」という一文がある(5月22日)。しかし、これは赤旗の編集方針がガラリと変わるという意味ではない。翌23日の赤旗には、いつものように「情勢と党の値打ちを生き生きと伝える政治的・理論的援助を」と題する長文の指示が出され、「問題は、政治的、理論的確信がまだ多くの党機関で議論されていないことにある」と記されている。言わんとするところは、志位議長の北米訪問報告会の成果として強調された、①日本共産党の野党外交の力が示され、国際的信頼を広げている、②日本共産党の綱領路線の生命力が、今日の世界の動きとの関係で光っている、③わが党が探求してきた科学的社会主義の理論的到達点が、世界でも新鮮な共感を広げている――、といった政治的、理論的確信をもっと深め、党機関が先頭に立って党づくりの飛躍をつくることを強調していることにある。

 

こうなると、赤旗の編集方針はこれまでとさほど変わらないことになり、少なくなったページで「紙面の魅力を増す」ことはさらに困難になる。今後も志位講演など関連記事が繰り返し特集されるとなると、赤旗は党中央から党機関に政治方針を伝える「政党機関紙」そのものの様相をますます強め、市民や有権者の多様な社会的、政治的関心を高める〝ジャーナリズム=社会の公器〟の性格を失っていく。

 

だが、こんな状況は長続きしないのではないか。赤旗の危機的状況を救済するための「10億円募金」がようやく終わった直後に「減ページ」が告知されるというのでは、いったい何のために募金活動が行われたかが分からなくなる。6月1日以降の「減ページ」告知は、赤旗の危機的状況が経費面でも人員面でももはや現行体制を維持することが不可能であり、10億円募金活動が「焼け石に水」だったことを示している。志位議長を祭り上げる編集方針を抜本的に刷新することなく、このまま発行を続ければ、遠くない時期に「減ページ」が「発行停止」に移行することは目に見えている。

 

 最後に、拙ブログに寄せられたコメントを紹介して結びにしたい。短い文章だが、そこには志位議長の実像と虚像が的確に描き出されていて興味深い(つづく)。

――志位氏は、日本共産党の崩壊が近いことを分かっていると思います。今の共産党を永らえさせることよりも、将来の自分の歴史的評価を上げることに関心が移ってもおかしくありません。宮本・不破と比較され、「共産党を潰した無能な三代目」と言われそうなところ、委員長を田村氏に交代したので党崩壊の責任を田村氏に押し付けられるかもしれません。 そのために外遊は最高です。「優れた理論家」「海外でも評価」という虚像を作れます。

2027年統一地方選挙が共産党の運命を決める、次期統一地方選挙で敗北すれば、2028年参院選は戦えない、共産党の再生は可能か(その22)

赤旗の紙面はこのところ、相変わらず志位議長の北米訪問記事で溢れている。5月15日には、シカゴ市内のカフェの一角で行われたイリノイ州立大学のハートマン教授の対談が、全紙2面にわたって掲載されるという特大記事扱い。5月17日の日曜版は、「日本共産党代表団が北米訪問、日米左翼熱く連帯、反戦、在外米軍基地撤去、核廃絶など縦横に議論」「マルクス研究の大学教授らと理論交流、『自由な時間』こそ未来社会の根幹、米イリノイ大学ハートマン教授『若い人も共感』、カナダ・ヨーク大学ムスト教授討論企画に60人」などなど、2面にわたって特集が組まれている。

 

党本部では5月16日、「大学人と日本共産党の集い」が開かれ、翌17日の赤旗は1~2面を通してその模様を大きく報じた。「核兵器廃絶、日米進歩勢力の連帯、理論交流――北米を訪問して」と題して講演を行った志位議長は、「重要な成果を挙げることができた」「日本共産党の綱領路線が、世界論でも、民主主義革命の路線でも、未来社会論でも、21世紀の世界で生命力を発揮している」と強調し、「確信をもって強く大きな党をつくろう」と訴えた。カナダ・ヨーク大学討論企画の参加者数は60人だったが、今回の参加者数は(少なかったからか)公表されていない。インターネット配信の視聴者は全国で約5000人、全党員の2%余りで予想外に少なかった。

 

志位議長の講演は結構尽くめの話だったが、最大の問題は、現在、党を挙げて展開されている資本論の学習運動や欧米左翼進歩勢力との連携強化が、来年4月に迫っている次期統一地方選挙に対してどういう位置づけの下で行われているのか――、ということであろう。言うまでもなく、地方選挙は「住民の命と暮らしを守る」ための身近な地域政策が中軸になり、人口減少と少子高齢化に悩む地方市町村では「学校の統廃合」「地方交通網の廃止」「買物難民・医療難民の増加」など地域課題が山積している。そのための選挙準備や選挙政策をおざなりにして、欧米左翼進歩勢力との連帯や資本論の学習運動に「現(うつつ)を抜かしている」となると、何を「血迷っているのか!」ということになる。

 

そう言えば、2023年統一地方選は共産党が議席を大幅に後退させたにもかかわらず、直後の第29回党大会決議(2024年1月)での総活は(除名処分による議席減への言及を避けるためか)見事にスルーされた。総括抜きの方針は「現有議席の絶対確保」「空白自治体の克服」などの言葉を機械的に並べただけで、分量も全53頁の僅か1頁弱にすぎない(「日本共産党第29回大会特集」前衛2024年4月臨時増刊号)。

――地方議員選挙の目標は、現有議席を絶対確保し、議席増への挑戦、空白自治体の克服、得票目標の実現である。次の統一地方選挙では、5県の県議空白の克服、政令市の空白区の克服、現有議席の絶対確保、23年の選挙で失った議席の回復とともに、新たな議席に挑戦する。都道府県ごとに「議席占有率」「議案提案権」「空白克服」の目標を具体化し、早期に地方議員第1党をめざす(以下略)。

 

統一地方選敗北の影響は甚大だった。国政選挙の選挙活動は地方議員が中心になるので、統一地方選の敗北は国政選挙の後退に直結する。統一地方選の敗北は担い手(地方議員)の数を減らすばかりでなく、地方議員を中核とする活動集団を意気消沈させて活動力を低下させる。党員・支部の高齢化が活動力の低下に輪をかけることは言うまでもない。しかも、その後においても除名処分の影響で「アンチ共産」の風は吹き続け、選挙活動は逆風の中で行われるしかなかった。こうして、2023年統一地方選の敗北が導火線となり、引き続く衆参両院選挙の大敗を招くことになった。2024年衆院選の比例代表得票数は336万2千票・得票率6.1%、2025年参院選は286万4千票・4.8%、2026年衆院選は251万9千票・4.4%と、僅か1年半足らずの間に84万3千票(マイナス25%)もの得票が失われた。特徴的なことは、この低落傾向は大都市部においても地方部においても変わらず、全国共通の傾向だったことである。

 

来年4月に迫った統一地方選を共産党はいったいどのような態勢で臨むのだろうか。山下副委員長がオンラインで行った「地方議員・候補者への訴え」(赤旗、5月9日)及び中央委員会書記局の「地方議員は誇りとロマンある活動――転籍や移住・帰郷をも含め立候補の挑戦を」(同、5月16日)によると、「わが党の地方議員は現在2169人、党議席のある特別区・市町村議会は1279(71.5%)です。空白議会は76市428町村、計504あります。候補者擁立で困難に直面している党組織や高齢議員が1人で支えている市町村も少なくありません」とある。そして「党の議員候補者になることは、苦労も多いが住民と直接草の根で結びつき、地域から政治を変える夢とロマンにあふれた活動であり、誇りある生き方です」と候補者への挑戦を呼びかけている。また、空白議会克服に挑戦する予定候補者のための財政援助制度も紹介している。

 

だが、前回統一地方選で135人(11%)の現職議員を失い、その後の中間選挙においても前回比マイナス31議席、改選比マイナス23議席となって、依然として減少傾向に歯止めがかかっていない。山下副委員長はその原因をもっぱら党員・読者の減少に求めているが、地域の複雑な人間関係や候補者自身の人柄など多様な要因が絡み合う地方選挙では、「党勢拡大すれば当選できる」といった安直な方針は通用しない。それでも山下副委員長は、「統一地方選挙・中間選挙も『比例を軸に』党そのものの支持を日常的に増やしてこそ勝利への道は開かれる」と力説する。

 

地域の独自課題に向けての政策づくりや、地域の人間関係にマッチする候補者擁立への努力を傾けることなく、ただ比例得票数の拡大のために地方選挙に取り組むべきと号令する党中央の姿勢は、地方選挙を国政選挙の手段としか見ない官僚主義そのものであり、住民の命と暮らし守り、地方自治の本旨を実現するための地方選挙の精神を冒涜している。次期統一地方選が、このような「衆院比例ブロックごとの得票目標と議席目標」を達成するために行われるときは、前回をはるかに上回る議席を失い、続く2028年参院選での大敗は目に見えている。

 

赤旗「党活動」の頁は、党勢拡大に意欲を燃やす支部活動の報告で大半が占められているが、最近になって「支部崩壊」に直面する報告も少しずつ出てきている。なかでも赤旗5月16日の「金沢中央支部」からの4回目の「返事」は、その苦境が余すところなく記されている。

――支部には2桁の党員が在籍しています。3年ほど前まで毎週開いていた支部会議は、元支部長のAさんが車で送迎して半数以上が参加していましたが、Aさんが施設に入って送迎できなくなって以降、月2回になって参加者も減りました。赤旗日曜版三十数部は、歩くのが大変な全支部長のBさんが、バスを使って2日半かけて配達。この冬は大雪が続き、Bさんはタクシーを乗り継いで遅配・欠配することなく配達を続けました。しかし、ついに「続けられない」と支部に訴えざるを得なくなりました(以下略)。

 

志位議長が「党活動」の頁を読んでいるかどうかは知らないが、次期統一地方選での後退を防ぐためには、党本部で「大学人と日本共産党の集い」で日米進歩勢力の連帯を熱く語るよりも、まずは人口減少と少子高齢化に喘ぐ全国市町村を行脚し、支部活動の実態に向き合うことから始めるべきではないか。疲弊する支部活動を尻目に国際交流に精を出し、「アメリカの左翼・進歩勢力との本格的な協力関係をつくったのは、日本共産党の歴史でも初めてだ」と誇るのもよいが、足元の泉が枯れつつある現状から目を背けていては空文句としか聞こえない。

 

次期統一地方選の前に第30回党大会が開かれる。この時点で次期統一地方選の態勢が出来ていなければ、共産党は足元から崩れていくことになる。志位議長はそれでも「自由な時間と未来社会論」を語り、海外の左翼進歩勢力との連帯に熱を上げ続けるのであろうか(つづく)。

国際交流は国内活動の延長線上にある、国内活動の停滞と疲弊を尻目に展開される国際交流は〝逆噴射エンジン〟になりかねない、赤旗に見る志位歴訪記事と地方議員・候補者「訴え」の隔絶、共産党の再生は可能か(その21)

4月23日から5月6日まで、志位議長を団長とする日本共産党代表団は、(1)核不拡散条約(NPT)再検討会議に市民社会の一員として参加、(2)米国の民主的社会主義者(DSA)など米国の左翼進歩勢力と会談、(3)カナダ・ヨーク大学での討論企画をはじめ北米のマルクス研究者と『資本論』にかかわる理論交流、に取り組んだ。志位議長の北米訪問の報告は5月16日、「大学人と日本共産党のつどい」で行われるという(赤旗、5月9日)

 

赤旗は、5月4日に行われたカナダ・ヨーク大学討論企画・「今日の日本の左翼、マルクスの『資本論』に帰る」を大特集し、志位議長が国際政治の問題からマルクス『資本論』の理論問題まで〝縦横〟に語ったと紹介している。また、理論問題を主題とする志位議長の講演全文「自由に処分できる時間と未来社会論」と質疑も再録している(赤旗、5月6、9日)。並行して、笠井亮国際委員会副責任者が4月15~22日にベルギーを訪れて欧州左翼党の第8回大会に出席し、ベルギー労働党と交流したことも詳しく報じた(赤旗、5月8、9日)。

 

他方、党勢後退が容易に止まらない事態に直面して、赤旗は「党大会成功をめざす党建設は選挙勝利と一体不可分の課題」とする山下副委員長の地方議員・候補者への「訴え」(全紙)を掲載し、地方議員らの奮起を促している。第30回党大会(2027年1月)をめざす党勢拡大の目標を第29回党大会現勢(2024年1月)「25万人の党員、85万人の赤旗読者」の回復に置き、「この目標を達成するならば、前回統一地方選時の回復・突破に必要な、党員拡大の4分の3を、読者拡大の3分の2をやり遂げることになる」と言うのである(赤旗、5月9日)。

 

だが、山下副委員長の「訴え」は、第29回党大会現勢を回復しても前回統一地方選時の党勢には遠く及ばないことを(図らずも)示している。「訴え」の記述から前回統一地方選時(2023年4月)の党勢を逆算すると、党員33万3千人(25万人×4/3)、赤旗読者127万5千人(85万人×3/2)となり、2026年3月現在の党勢は前回統一地方選時から党員23万6千人(7割)、赤旗読者76万9千人(6割)に落ち込んでいることになる。

 

前回統一地方選挙とは、いったいどんな選挙だったのだろうか。朝日新聞(2023年4月28日)は、「共産党が統一地方選で大きく議席を減らし、退潮傾向が鮮明になっている。議員選で失ったのは計135議席にのぼり、有していた議席の1割超にあたる。党員減少などによる基盤の低下に加え、『野党共闘』路線の失敗、党員の異論を抑え込んだ『除名騒動』などが影響したとみられる」と解説している。議席減の内訳をみると、都道府県議99人→75人(25%減)、指定市議・特別区議218人→187人(14%減)、市議280人→255人(9%減)、町村議615人→560人(9%減)、合計1212人→1077人(11%減)となっている(総務省調)。

 

原因は言うまでもなく、選挙直前に発覚した「除名騒動」の影響が大きい。志位委員長が「党首公選制」を唱えた党員らの除名処分を問答無用で強行し、党内の異論を封じたのである。このことはメディア各紙にも大きく取り上げられ、党の閉鎖的専制的体質が明るみに出る大きなきっかけになった。除名処分は都市部とりわけ大都市部の有権者の反感を買い、都道府県議や政令市議・特別区議の大幅な減少を引き起こす原因になった。記者会見で選挙結果の責任を問われた志位委員長は、「当然、指導部の責任は痛感している。結果を出していないわけだから」と弁明したが(朝日新聞、同上)、その後、志位委員長が「然るべき責任」を取ったことは誰も知らない。

 

総選挙後の中間地方選挙の結果は、67市35町村に161人を擁立し141人が当選。議席の増減では前回比でマイナス31議席、改選比ではマイナス23議席となり、その後も依然として減少傾向に歯止めがかかっていない。山下副委員長は、議席マイナスの原因を「党員、読者とも前回選挙時の7割~8割の党勢でたたかわざるを得なかった」と説明しているが、このままだと前回統一地方選時の「6割~7割」の党勢で次回選挙(2027年4月)を迎えることになり、更なる党勢後退を引き起こすことになりかねない。

 

志位議長が党活動の停滞と疲弊を尻目に国際交流に精を出すのは、(一時的にせよ)党内の目を海外に向けさせることで、目先を変えて党内矛盾を少しでも緩和しようとする政治的意図のあらわれだろう。党勢拡大が遅々として進まない事態を打開するため、志位議長の北米訪問報告会を大々的に打ち出し、党勢拡大の場にしようとする目論みである。党員や支部の目を海外の左翼進歩勢力の前進に向けさせ、彼我の組織実態や活動方針の違いを無視して「日本でもやればできる!」といった空気を盛り上げることに主眼が置かれている。8中総決定推進本部は「志位議長の5・16北米訪問報告会を党勢拡大の場と位置づけ、入党・購読を働きかけよう」と檄を飛ばしている。志位議長の北米訪問があたかも「党勢拡大のカギ」であるかのように位置づけ、「すべての地区委員会が支部ごとに入党・購読の働きかけを具体化しましょう」「機関役員、議員と支部が力を合わせ、誰が誰に入党を働きかけるかを明確にしてとりくみましょう」などと指示している(赤旗、5月12日)。

 

だが、共産党の党内矛盾は、このような一時的キャンペーンで解決できるほど簡単なものではないのではないか。志位体制を維持したままでの党内キャンペーンには限界があり、党組織と党活動の抜本的刷新には結びつかないからである。志位議長は自らの進退のリスクに直結する「党首公選制」は(絶対に)認めないだろうし、「民主集中制」の規約を廃止して支部や党員間の自由な交流を実現すれば、党組織や党活動のあり方に対する異論・激論が沸騰し、党中央から県委員会・地区委員会・支部に至る上意下達システムが崩壊することを熟知しているからである。

 

傑作なのは、党員や支部の自由な交流を縛っておいて、志位議長が「共産主義と自由」「自由な時間と未来社会論」を論じていることであろう。カナダ・ヨーク大学での講演で、志位議長は「なぜこうした理論問題を重視しているのか」について次のように説明している(赤旗5月9日、要旨)。

――日本共産党がこうした理論問題を重視して取り組んでいるのは、何よりも日本の社会変革の事業を前進させるうえで政治的必要に迫られているからである。日本共産党は国政選挙で3回にわたって躍進してきたが、その度に支配勢力から「共産主義には自由がない」との激しい反共攻撃に曝され、後退を余儀なくされた。こうした反共攻撃は、ソ連・東欧の旧体制の崩壊によって増幅され、国民の中に広く影響力を持っており、党勢前進の最大の障害になっている。「共産主義と自由」についての真実を広く国民に伝えることは、日本の社会変革の事業に国民を結集するうえで、避けて通れない課題となっている。

 

ここで指摘しなければならないのは、志位議長のいう「支配勢力の反共攻撃」には、ソ連・東欧・中国の共産党に代表される「自由がない専制体制」への攻撃のみならず、党首公選制を拒否し、党員や支部の自由な交流を禁じている日本共産党の「民主集中制」規約に対する批判も含まれていることである。「共産主義に自由がない」という反共攻撃は、「日本共産党に自由がない」という市民感覚と重なることによって効果を発揮するのであって、日本共産党が真に「自由で開かれた政党」であれば、このような反共攻撃は通用しない。そのことを棚上げにして志位議長が「共産主義と自由」を論じることは、自己撞着以外の何物でもない。

 

志位議長は、来たる「大学人と日本共産党のつどい」においては、欧米左翼進歩勢力との国際交流が日本共産党のブラッシュアップにつながることを大々的に強調するに違いない。だが、冷静な学術的視点からすれば、志位議長が国際交流の成果を強調すればするほど日本共産党の前近代的な体質が浮き彫りになり、党勢前進を阻む〝逆噴射エンジン〟になるかもしれない。すでにその兆候は、党勢後退が止まらない現場で苦闘する地方議員や地区組織の間であらわれ始めている。

 

「外交は内政の延長」と言われる。内政の現状を反映しない外交が効力を持ち得ないのと同様に、党活動の現状とかけ離れた国際交流は、互いの実情が明らかになるにつれて次第に影響力を持たなくなる。志位議長は、カナダ・ヨーク大学の討論企画では「政治リーダーであるとともに、理論に通じているという点で、まれな政治家です」と紹介されたというが(赤旗、5月6日)、このような評価はいつまでも通用しないだろう。次回統一地方選挙で前回のような大幅な議席減が生じれば、「日本共産党後退の研究」が国際的に始まり、ソ連・東欧体制の残滓ともいうべき「民主集中制」の制約が、議席拡大の最大の障害物であることが明らかになるに違いない(つづく)。