後房雄著『日・伊共産党の「民主集中制」格闘史』の序章「党内民主主義と党内グループ」には、歴史上最初の社会主義革命を成功させたロシア革命やロシア共産党(ソ連共産党)が唯一絶対のモデルであり、民主集中制は革命思想を実現するための不可欠な手段として位置付けられていた――、と指摘されている。共産党は、ブルジョア民主主義的国家機構(議会制民主主義)を粉砕して、ソビエト型国家を創設し、資本主義(市場経済)を廃止して生産手段の社会化(国有化)に基づく計画経済体制を構築することを目的とする政党であり、そのためには軍事的な集権的規律(民主集中制)が何よりも重視されていたからである。
同著の「あとがき」では、社会主義の崩壊から30年以上も経った現在、「共産党」という存在はもはや完全に歴史研究の対象であり、共産党が国の政治に現実的影響力をもつ時代は基本的に終わった――、との大胆な結論が導かれている。
(1)先進資本主義国の共産党は、自由民主主義社会への適応を進めるなかで議会制民主主義を受け入れ、自由や人権を尊重する将来社会像や移行過程を掲げるようになってきた。このような政治状況のもとでは、民主集中制を維持すべき理由はなく、また、現存した社会主義の崩壊と市場経済化によって、資本主義に代わる新しい経済体制像が描けなくなっている。
(2)「共産党」という存在の基礎にあった歴史的プロジェクトが完全に失敗に終わった以上、歴史的に固有の特徴をもつ共産党という政党の存在意義も消滅したと考えるべきである。ありうるのは、共産党ではない新しい左翼政党としての存続だけであろう。
(3)イギリスの歴史家ホブズボームが、1914年の第一次世界大戦(その中での1917年ロシア革命)から1991年のソ連崩壊までが20世紀だったと述べたように、共産党は20世紀を象徴する政党であった。その組織原則の核心に民主集中制(分派の禁止)が位置付けられていたことは、政党における党内民主主義のあり方という、今後も重要な意味をもつ問題を浮かび上がらせている。
(4)この問題を現代の政党として正面から受け止めているのが、イタリア共産党の後身である民主党である。民主党は2007年10月に「左翼民主主義者」と「マルゲリータ」(カトリック系の中道左派政党)の合同によって創立され、その規約は冒頭の第1章で「党内民主主義の原則と主体」を規定している。
(5)注目されるのは、党内民主主義の主体として党員と支持者を挙げていることである。支持者とは、党員であるかないかを問わず、「民主党の政治的提案を認めることを宣言し、選挙で民主党に投票する者」とされている。その上で支持者の権利として、「全国書記と全国評議会の直接選挙に参加することを通じて、党の政治方針の選択に参加すること」(以下略)などが規定されている。要するに、党内民主主義の要に、党員と支持者が党の政治方針の決定や党指導部の選出に直接参加できることが位置付けられているのである。
フランス共産党以上に民主集中制の維持に固執してきた、とされる日本共産党の規約に関しては、第4章「冷戦終結、社会主義の崩壊までとそれ以降」において、イタリア共産党との比較が詳細に行われている。ここでは、1970年代以降の日本共産党の綱領と規約の変遷についての見解を簡単に紹介しておきたい(要旨)。
(1)第13回臨時党大会(1976年7月)は、「自由と民主主義の宣言」を採択し、「ソ連や中国を含めいかなる外国の経験をモデルとせず、自由と民主主義の全面的な開花」を目指すことを宣言した。1972年にプロレタリアート「独裁」を「執権」に改めたのに引き続いて、労働者階級の「権力」と変える綱領改正を行い、規約ではマルクス・レーニン主義を「科学的社会主義」に変更した。1976年から78年にかけては、イタリア、フランス、スペインの共産党との間で活発な相互交流が行われ、ユーロコミュニズムへの接近が注目された時期であった。
(2)これらは、①革命思想、③モデルとしてのソ連社会主義、プロレタリア国際主義、④マルクス・レーニン主義の3点について大幅な変更を行い、自由民主主義社会への適応を示したものと言える。しかし、②民主集中制に関する適応すなわち党内民主主義の拡充に関しての変更は皆無であり、そうした趣旨での問題提起や規約改正が(その後も含めて)まったく行われていないことは、極めて不均衡な印象を与える。
(3)各党大会への中央委員会報告を読むと、「党内民主主義」への言及がほとんど見られないのに対して、「党建設」に関しては常に2~3割を占めるほど重視されている。党建設の量的側面(拡大数)だけでなく、質的側面も重視されているが、それは党員や支部の党の方針形成や決定への参加ではなく、党建設における意欲や規律意識を高めるという側面に集中されている。このことは、日本共産党の党組織がますます企業組織(日本的企業)に近づいている印象を与える。
(4)第22回党大会(2000年11月)では、長文の「前文」が削除され、共産党が「前衛政党」だとする規定が消えた。民主集中制についても「分派の禁止」を含めて前文の多くが第3条にまとめられた。不破委員長は「規約改定案が民主集中制の内容をまとめた五つの柱のうち、四つまでが全部前文にあることで肝心の本文にはないのです。それが弱点でしたが、改定案では根本から是正されたと思います」と述べている。民主集中制は、指導機関の選挙制や報告義務などに尽きるものではなく、「分派の禁止」を中心とする総合した制度だからである。
(5)2000年規約全体をみると、党内民主主義を強化しようという志向性はほとんど見られず、それまでの規約に必ず用いられていた「党内民主主義」という言葉が削除され、伝統的な民主集中制(4項目定義+分派の禁止)をそのまま堅持していく強い決意が表明されている。この2000年規約は、四半世紀後の現在も現行規約となっており、日本共産党の規約の最終的到達点といってよい。
同著の「共産党が国の政治に現実的影響力をもつ時代は基本的に終わった」「共産党という存在の基礎にあった歴史的プロジェクトが完全に失敗に終わった以上、共産党という政党の存在意義も消滅したと考えるべき」「ありうるのは、共産党ではない新しい左翼政党としての存続だけ」といった結論については、政治史の知識に乏しい者が判断を示すことは難しい。ただ言えることは、先進資本主義国の共産党のなかでも民主集中制を強固に維持してきた日本共産党が、21世紀に入ってから急速に政治的影響力を失い、国政選挙ごとに得票率や議席数を減らしていることは否定し難い事実だ、ということである。
この事態は、共産党が「党活動の核心は国民との対話であり、身近な要求に応えること」をタテマエとしながらも、実態は党活動の力点を党建設(党勢拡大)に置いてきた政治方針が、21世紀に入って「歴史的限界」に突き当たったことを示している。国民の要求に応えられず、要求実現の成果を挙げられなくなった政党が支持を広げることは難しい。民主集中制の下での党内民主主義を欠如した党建設は、党員や支部のエネルギーを消耗させ、疲弊させる。さらに、現在のように党勢後退が常態化すると、党活動のすべてが党勢拡大(回復)に向けられる結果、国民との関係はますますズレが大きくなり、党勢後退と支持率低下の「負のサイクル=悪循環から抜け出せなくなる。
緒方論文は、「社会主義・共産主義の社会への過渡期は長期にわたる過程となり、全ての段階で国民の合意を前提とする」と述べている。社会主義・共産主義社会への過渡期が「長期」にわたることになれば、この間の国民意識や政治情勢がどれほど変化するか予測が付かない。党員や支部の間でも多様な意見や見解が生まれ、変化する国見意識や政治情勢への対応をめぐって自由な議論が行われなければ、変幻自在の事態には対応できない。党員や支部間の自由な議論を封じ、党首交代に不可欠な政治路線や政策を準備する政策グループを「分派」として禁ずる「民主集中制」は、自らの行動を縛る「足枷」(あしかせ)以外の何物でもない。
共産党の時代は終わったと見るか、再生できると見るかは、現時点では即断できない。しかし、志位議長をトップとする現行体制がこのまま継続すれば、「共産党の終わり」が加速することはまず間違いない。「党再生のカギ」はいったいどこにあるのだろうか。朝日新聞オピニオン&フォーラム欄の「自民党は強いのか?」(7月14日)に、斉藤健自民党衆院議員の「党に依存せず という逆説」という面白いインタビュー記事を読んだ(抜粋)。
――先の自民党大会で立党70年を機に発表した「新ビジョン」の策定本部長を拝命した時、私の関心は、他の多くの政党が生まれては消えるなか、我が党は何故70年にわたり支持され続けてきたのか、その一点でした。結論は、我が党の議員が党に過度に依存しなかったがゆえに党が続いたという、逆説でした。
――この間、自民党は政権を失ったり、スキャンダルで逆風が吹いたり、何度も危機的状況に陥っています。しかし、どんな逆境でも一定数の議員が党に頼らずに選挙に勝ち、そうした面々が党を再建している。彼らがどうして当選できたのか。党は気に入らなくても、この人は支持できるという関係を、有権者との間で築いてきたからです。具体的には、地元活動に取り組んだり、困りごとの相談に乗ったりして信用を得る。なにより大きいのは、幅の広さでしょう。
――分断が進む世の中だからこそ、国民の多様な声を全体の利益に結びつける、責任ある民主政治がますます大切です。地域に根差した国民政党であり続けられるかどうか。その一点に自民党の将来がかかっています。
もちろん斉藤議員の見解に対しては、「与党には配るものがある。予算編成や政策立案で利益誘導ができる。逆に、野党には与えるものがなく、イデオロギーや理想に走りがち」(同欄、小宮京青山学院大学教授・政治学)といった指摘があることを念頭に置いておかなければならない。それでも、そこには共産党に徹底的に欠けている「党に過度に依存しない」という党内民主主義が根付いていることには注目してよい。換言すれば、議員活動の全てが党中央の方針と指示によって決定される「民主集中制」が続く限り、共産党が「地域に根差した国民政党」に成長することは不可能だということである。
7月18日午後から、日本共産党創立104周年記念講演会が開かれる。田村委員長が「歴史の岐路 希望の明日を切り開く生き方を」というテーマで講演するというが、「明日を切り開く」ためにどんな話をするか、注目したい(つづく)。