安倍首相が遂に憲法改正の最後の賭けに出た、「自衛隊明記」という曲球(くせだま)で国民世論を分断する戦略だ、国民世論は「脱安倍」へと着実に向かい始めた(24)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その55)

 安倍首相は5月3日の憲法記念日当日、「憲法改正を主張するフォーラム」にビデオメッセージを寄せ、「自衛隊の存在を憲法上に位置づける」など憲法改正の具体的内容に初めて触れ、しかも時間を区切って2020年の施行を目指す方針を表明した。

読売新聞3日朝刊は当日、ほぼ全紙を使って安倍首相の単独インタビュー記事を掲載し、その内容を詳しく伝えている。安倍首相のビデオメッセージと読売新聞のインタビュー記事の内容は全く同じものなので、国民は誰しも、安倍政権が右翼ジャーナリズムと共謀して大掛かりな憲法改正キャンペーンの火蓋をいよいよ切った...との思いを深くしただろう。憲法施行70年を狙い撃ちした、国民への挑発的な宣戦布告だと云ってもいい。

読売新聞が伝える首相インタビュー(5月2日)のポイントは次の3点だ。
(1)憲法改正を実現し、東京五輪パラリンピックが開かれる2020年の施行を目指す。
(2)自民党の改正案を衆参両院の憲法審査会に速やかに提案できるよう、党内の検討を急がせたい。
(3)9条の1項、2項を残したまま、新たに自衛隊の存在を明記するよう議論を求める。
(4)憲法において教育は極めて重要なテーマで、(教育無償化に関する)日本維新の会の提案を歓迎する。

表明された内容は、首相の持論である9条2項(戦力不保持条項)の改正を封印したものであり、かつ自民党憲法改正草案とも180度異なるものだ。その内容は、憲法の核心である9条1項、2項をそのまま残しながら、新しく設けた3項に「自衛隊」を盛り込むというもので、これまでの主張からすれば右翼陣営からブーイングが起ってもおかしくない代物だ。なのに、なぜ読売新聞はキャンペーンの先頭に立ち、安倍首相はこの戦略を選択したのか。

理由は唯一つ、安倍首相は国民の揺るがない憲法9条を守る意志を前にして9条改正は当面断念し、自衛隊憲法上の存在(合憲)にすることによって、1項、2項を残しながら(空文化しながら)、安保法制の全面展開を図ることに戦略を変えたのである。また戦術面としては、一方では「加憲」を唱える公明党を3項設置で巻き込み、他方では「教育無償化」を餌に日本維新の会を釣り上げるなど、露骨でありながら巧妙な手法が目に付く。

加えてもう一つの重要な狙いは、憲法改正論議で統一が取れない民進党をこの際一挙に分断し(分裂させ)、野党共闘路線を自滅させることも目標に設定されているのだろう。すでに民進党内部では右派議員の離党や執行部からの離脱が相次いでおり、憲法改正論議が始まればこれに輪を掛けた内紛騒動が激化することは必定だ。その時は軍事力強化論の前原氏はもとより、自衛隊員を父に持つ野田氏などが先頭に立って「新民進党」の結党に動くかもしれない。安倍首相の投げた「曲球」(くせだま)は、二重三重のカーブを描いて民進党バッターの眼を眩ます「釣り球」なのである。

一方、国民世論の方はどうか。自衛隊が災害救助活動で存在感を発揮し、国民世論の中に自衛隊が肯定的に受け入れられていることは各種の世論調査によっても確かめられている。加えて北朝鮮の暴走が国民に恐怖感を抱かせ、自衛隊の軍事力強化や日米軍事同盟強化を肯定する世論が高まっていることも事実だ。安倍政権がオリンピックでのテロ対策を口実にして共謀法案の強行しようとしているように、安倍首相がオリンピック開催を契機に日本を一挙に軍事国家に変えてしまおうと考えてもおかしくない。ヒトラーベルリンオリンピックを舞台にして、ナチス政権を盤石にした前例もある。

それに、安倍首相にはどんなヘマをしても内閣支持率が下がらないと云う変な思い込みもあるのだろう。お粗末極まる閣僚たちの失言・暴言が引きも切らず、議員辞職もしないでのさばっていても、首相は任命責任すら取らない。それでいて内閣支持率が下がらないのだから、国民は舐められているとしか思えない。この程度の国民であれば、9条1項、2項は残るから安心してください、自衛隊員が陽の目を見るようにするだけです...と云えば、憲法改正賛成の世論が多数派となり、国民投票もいけると高を括っているのだろう。

私は、憲法9条の会をはじめ様々な護憲活動に身を投じてきたが、今回の安倍首相の表明は「曲球」(くせだま)そのものであり、最も危険な「釣り球」だと感じている。果たして国民世論はこの新しい情勢に的確に対応できるのか、護憲陣営は新たな戦略と戦術を以てこの事態に臨まなければならないと思う。と同時に、安倍首相の「搦手」(からめて)ともいうべき「森友疑惑」への追及の手を緩めてはならないと思う。早稲田大学の水島教授(憲法)も次のように指摘している(毎日新聞2017年5月4日)。
―これまでと矛盾する改憲主張を前のめりに言い出した背景には、森友学園の問題があるように感じる。首相には、国民の関心が高い問題で説明責任を果たしていないのに、そもそも会見を言い出す資格があるのかと問いたい。

連休明けには国会で「森友疑惑」に関する質疑が再開される。「改憲表明」という大掛かりな安倍政権の謀略に惑わされないで、野党は「財務省録音」などの「ファクト」(捏造できない事実)をもとに愚直に追及してほしいと思う。(つづく)