大阪府議会、大阪市議会でも維新旋風の煽りを喰って野党各派は激減した、大阪維新はなぜかくも強いのか(2)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その150)

 

 

 2019年4月7日の大阪ダブル選挙投開票日から1週間、選挙の全貌が次第に明らかになってきた。統一地方選の後半が控えているので各党の選挙総括はこれからだが、野党各派は総括作業に苦しむのではないか。それほど見事な負けっぷりであり、単なる負け惜しみのコメントだけではすまされないからだ。まずは、知事選と大阪市長選の結果を地域別に見よう。以下は、その概要である。

 

(1)知事選では、政令市(大阪市、堺市)、府下31市、同10町村のいずれを取って見ても吉村候補(維新)が小西候補(自公、他)をほぼ6:4の割合で圧倒した。大都市から町村に至るまで維新票が平均して6割(強)を占めたことは、維新が浮動票の「風」に乗っているのではなく、安定した固定票によって支えられていることを示している【表1】。

(2)大阪市長選では、衆院選挙区別に見ると若干の差はみられるもの、いずれの選挙区においても松井候補(維新)が過半数の得票で柳本候補(自公、他)を大きく引き離した。また、大阪市における維新票は、知事選70万票(6割強)、市長選66万票(6割弱)でその差がきわめて少ない。「入れ替え出馬」という奇策が「知事・市長セット投票」という有権者の選択行動に結びつき、事前に不利が予想されていた市長選情勢を覆す結果となったのである【表2】。

 

【表1.大阪府知事選、市町村別得票数・得票率】

       吉村洋文(維新)     小西禎一(自公)    投票者数(含無効票)

大阪市     703,329(60.9%)   436,195(37.8%)   1,155,316(100%)

堺市      203,620(59.5%)   133,252(39.0%)    342,102(100%)

31市    1,309,216(65.6%)    660,218(33.1%)   1,996,038(100%)

10町村     49,938(65.3%)    24,535(32.1%)      76,451(100%)

計      2,266,103(60.9%)   1,254,200(37.8%)    3,569,907(100%)

 

【表2.大阪市長選、衆院選挙区別得票数・得票率】

                         松井一郎(維新) 柳本顕(自公) 投票者数

衆院1区(中央・西・港・天王寺・浪速)122,685(59.1%) 81,927(39.5%) 207,537(100%)

衆院2区(阿倍野・東住吉区・平野)   106,605(53.9%) 88,803(44.9%) 197,897(100%)

衆院3区(大正・住之江・住吉・西成) 106,301(53.2%) 90,710(45.4%) 199,902(100%)

衆院4区(北・都島・福島・東成・城東)149,947(61.1%) 91,876(37.5%) 245,240(100%)

衆院5区(此花・西淀川・淀川・東淀川)124,583(58.4%) 85,321(40.0%) 213,204(100%)

衆院6区(旭・鶴見)               50,698(56.1%) 38,214(42.2%) 90,372(100%)

計                           660,819(57.2%) 476,351(41.3%) 1,154,152(100%)

 

 

次に、府議選、市議選の結果の傾向についてである。前回統一地方選における両選挙の党派別得票数をまだ入手していないので詳細な比較はできないが、総じて大阪は府議選、市議選ともに革新・リベラル勢力が(著しく)後退しており、かっての支持層であった無党派層の大半が維新に流れているとみられる。

 

(1)府議選、市議選の党派別得票数は、維新が府議選では過半数、市議選ではそれに近い比重を占めて圧倒的な存在を示した。これに対して自民は両選挙とも2割前後、共産はその半分の1割前後、公明は府議選では1割、市議選では1.5割強であり、立民は影が薄い。【表3】。

(2)府議選は、定数1の選挙区が全53選挙区の6割近い31選挙区を占め、第1党派が議席を独占する傾向が強い(いわゆる「小選挙区制」の影響)。維新は、前回選挙の1人区で自民から議席を奪って躍進したが、今回は31選挙区で26議席(8割強)の議席を獲得し、また定数2以上の選挙区でも第1党の位置を譲らなかった。その結果、維新は前回の40議席に対して51議席を獲得し、過半数を制したのである。これに対して公明は現状を維持したものの、自民は9議席を失って15議席に後退した【表4】。

(3)大阪市議選は定数1の選挙区がなく、定数2が5選挙区(2割)、定数3以上が19選挙区(8割)と事実上の中選挙区制である。その影響で府議選のように大きな議席変動が起こることは少ないとされていたが、それでも今回は維新の躍進で共産が9議席から4議席へ半減(以上)するという激変が生じた。共産は市議会運営においてもこれまで無視できない影響力を発揮してきただけに、今回の大幅減によって議会運営に構造的な変化が起こることも予想される【表5】。

 

【表3.大阪府議選、大阪市議選、党派別得票数・得票率】

      維新   自民   公明  共産   立民  無所属    計

府議選 1,530,336 698,403 311,332 243,270 58,695 173,507 3,017,349

(%)         50.7          23.1          10.3           8.0          1.9           5.7           100.0

市議選  499,275 190,951 173,045 111,462 38,367  43,976 1,058,685

(%)         47.1         18.0           16.3          10.5          3.6          4.1           100.0

 

【表4.大阪府議選、定数別、党派別議席】

          維新   自民   公明   共産   立民 無所属    計

定数1(31選挙区)       26       3       ―    ―    ―    2         31

定数2(15選挙区)    15       7        8     ―    ―     ―      30

定数3(2選挙区)     2     2        2     ―    ―     ―      6

定数4(4選挙区)     7   2       4         1      1       1       16

定数5(1選挙区)     1     1     1         1        ―      1      5

計(53選挙区)       51   15      15        2         1          4      88

改選前                        40      24      15        2        ―       3   88(欠員4)

 

【表5.大阪市議選、定数別、党派別議席】

          維新    自民   公明   共産 無所属    計

定数2(5選挙区)       5         2        2   ―   1   10

定数3(9選挙区)     15      6        5    ―   1   27

定数4(5選挙区)     10   3         5         ―     2   20

定数5(4選挙区)    8      4      4          4        ―   20

定数6(1選挙区)    2      2      2          ―       ―    6

計(24選挙区)     40  17    18          4         4        83

改選前                       33       21      19           9   2     86(欠員2)

 

 今回の大阪ダブル選挙(知事、大阪市長選)の結果については、各紙とも大きな紙面を割いて分析しているのであまり付け加えることもないのだが、府議選・市議選の結果はそれに劣らず重大な影響を与えるものと思われる。そのことに言及した数少ない解説記事に、毎日新聞(4月11日)の分析がある。以下、抜粋して紹介しよう。

 「7日投開票の大阪市議選(定数83)で共産党大阪市議団が9議席から4議席に半減し、56年ぶりに本会議で代表質問できない『非交渉会派』になる可能性が浮上している。大阪維新の会の大勝で立憲民主党は議席を得られず、議会の総保守化が進行している。大阪市議会では、代表質問権などを持つ『交渉会派』になるには内規で5議席が必要だ。共産党市議団が非交渉会派になれば、1963年以来。共産は今回、22人を擁立したが、瀬戸一正団長ら現職4人と元職2人を含む18人が落選。このままでは議会運営委員会に入れず、本会議での一般質問もできなくなる」 

 選挙結果を受けて、すでに公明には大きな変化が生まれている。大阪都構想の住民投票に向けての協議に公明が入らなければ、次期衆院選で公明現職がいる関西6選挙区で対抗馬を立てる―と維新から恫喝されているからだ。既得権益を何よりも大事にする「常勝関西・公明」のこと、「虎の子」の衆院6議席を失うことなど想像もできないだろう。いかなる犠牲を払っても取引に応じることは容易に予想されることから、遠からず大阪都構想法定協議会での議論が始まるだろう。そのとき、「反維新」各会派はいかなる行動をとるのか、これからの新たな戦略なしには事態に対応できない。今回の選挙総括はそのことと密接に結びついている。(つづく)

大阪ダブル選挙で維新が圧勝、大阪維新はなぜかくも強いのか(1)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その149)

2019年4月7日投開票の大阪ダブル選挙で維新が圧勝した。それも知事選では約100万票、大阪市長選でも20万票近い大差をつけての圧勝だった。おまけに府議選では過半数を制し、大阪市議選でも過半数までにあと一歩に迫った。これで、大阪都構想に関する住民再投票の可能性が一気に現実味を帯びてきたといっても過言ではないだろう。なぜかくも大差がついたのか、なぜかくも大阪維新は強いのか、表面的な観察ではわからないことばかりだ。この間にヒアリングした大阪自治体関係者の意見も含めて、私の見解を以下に述べてみたい。

 

第1は、維新支持層と自民支持層の投票行動の違いについてである。大阪府民と大阪市民を対象とした共同通信社調査(3月29~31日実施)によれば、自民支持率は大阪府31.3%と大阪市30.7%、維新支持率は18.8%と21.9%だった。ところが、朝日新聞の出口調査によると、大阪市長選では維新支持層が全投票者の44%を占めたのに対して、自民支持層は21%にとどまった。今回市長選の投票率は52%だから、維新支持層のほとんどが投票に行ったのに対して、自民支持層の3分の1は投票に行かなかったことになる。このことは、維新支持層が今回のダブル選挙で積極的に投票行動に参加し、自民支持層に無関心派が多かったことを示している。

 

第2は、維新支持層と自民支持層の投票先の違いである。維新支持層は圧倒的多数(97%)が維新候補に投票しているのに対して、自民支持層が自民候補に投票したのは67%にとどまり、33%が維新候補に流れた。(共同通信社の出口調査ではさらにこの傾向が激しく、自民支持層の50%が維新候補に投票している)。これは、自民党大阪府連のダブル選挙に関する態度や方針が最後までバラバラなので(首相官邸と通じている国会議員がそれぞれ勝手な情報を発信している)、自民支持層の票固めが出来ず、選挙は事実上の「自由投票」と化していたからである。

 

第3は、選挙中に大阪都構想や入れ替わり選挙に対する有権者の態度に変化が生じたことである。選挙前の共同通信社調査では、大阪府民は大阪都構想賛成46.5%、反対34.3%、大阪市民は賛成44.2%、反対41.4%だったが、これが出口調査では大阪府民賛成60.5%、反対34.8%、大阪市民賛成57.6%、反対40.2%に変化していた(自民支持層でも48.7%が賛成)。反対の割合はほとんど変わらなかったが、賛成の割合が増えたのは都構想賛成派がより多く投票に行ったからであろう。

 

また選挙前、入れ替わり選挙については、大阪府民の場合「理解できる」46.3%、「理解できない」44.2%と賛否が拮抗し、大阪市民の場合は「理解できる」38.5%、「理解できない」51.7%とむしろ拒否姿勢が強かった。ところが、これも出口調査では、大阪府民「理解できる」55.7%、「理解できない」40.2%、大阪市民「理解できる」54.0%、「理解できない」43.6%に変わった。これは選挙中の維新候補の主張が浸透したことに加えて、理解派がより多く投票に行ったためと思われる。

 

以上、主として政党支持率で半数を占める保守層(自民支持層、維新支持層)の動向を分析したが、総じて維新が候補者・支持層ともに積極的であり、自民は府議・市議候補者の覇気のなさと支持層の無関心が重なって歴史的な敗北を喫したと言える。大阪の保守層が維新支持層と自民支持層に分裂し、その中でも自民支持層が劣化していく様子が典型的にあらわれたのが今回のダブル選挙だったのである。

 

しかし、それ以上に注目すべきは、大阪における革新勢力の弱体ぶりと不甲斐なさであろう。まず選挙前の共同通信社調査の政党支持率(カッコ内は大阪市)は、自民31.3%(30.7%)維新18.8%(21.9%)でほぼ半数を占め、これに公明7.1%(8.6%)を加えると6割前後の比重を持つことになる。残りの4割のうち「支持政党なし」の無党派層が30.9%(30.3%)を占めるので、野党各派は寄せ集めても10%にも満たない。内訳は、立民3.5%(2.2%)、共産3.3%(3.5%)、国民1.1%(0.4%)、社民0.7%(0.6%)、自由0.4%(0.3%)というものだ。これでは大阪維新に対抗できるわけがない。

 

加えて今回のダブル選挙では、無党派層の過半数と革新勢力やリベラル野党の少なくない部分が維新候補に投票しているのだから、その理解に苦しむ。共同通信社の出口調査によると、無党派層の維新候補への投票割合は知事選61.5%、市長選56.5%(以下同じ)の過半数に達し、立民は30.4%と32.2%、共産は29.5%と27.8%と3割前後が維新候補に投票しているのである。この現象は大阪都構想反対一本やりでは野党支持層をも引き付けることができないことを示しており、政策面での抜本的な革新が求められているのではないか。(つづく)

維新候補が知事選・大阪市長選ともに先行、大阪ダブル選挙での維新敗退は安倍政権崩壊の引き金になるか(4)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その148)

 

 

 新元号が発表される予定の2019年4月1日、各紙朝刊(大阪本社版)は、読売新聞を除いて大阪ダブル選挙情勢調査(大阪府民・大阪市民対象、3月29~31日実施)の結果を大きく報じた。朝日・毎日両紙は一面トップで、府知事選・大阪市長選のいずれにおいても維新候補が先行していることを伝えたのである。一瞬目を疑ったが、朝日の見出しは「松井氏 やや先行、大阪市長選、柳本氏激しく追う」「知事選 吉村氏一歩リード、追う小西氏」、毎日は「大阪知事選 吉村氏リード、市長選 松井氏やや優位、3割近く態度未定」というもの。驚くと同時に、大阪維新の浸透力にいささかの不安を覚えたことは否定できない。朝日は単独調査、毎日は共同通信・日経・産経など5社との共同調査(分析は独自)なので、ここでは基本的に2種類の世論調査について分析することにしよう。

 

朝日の情勢調査は「質問と回答」を掲載していないので、記事本文から調査結果を要約する。

〇府知事選、前大阪市長の吉村氏が維新支持層を固め、無党派層からも6割近い支持を得ている。元副知事の小西氏は、公明支持層を固め、立憲や共産支持層から一定の支持を得ているが、自民支持層の支持は5割弱にとどまる。

〇大阪市長選、前府知事の松井氏が維新支持層を固め、自民支持層の支持も取り込んでいる。元自民大阪市議の柳本氏は、自民支持層を固められず、無党派層の支持は松井氏と分け合う。

〇一方、情勢調査と合わせて行った世論調査では、維新が実現を目指す大阪都構想の賛否に関しては、大阪府民「賛成36%、反対28%」、大阪市民「賛成43%、反対36%」。入れ替わりダブル選挙に関しては、大阪府民「評価する27%、評価しない49%」、大阪市民「評価する33%、評価しない51%」だった。

 

毎日他の調査は、各紙によって「質問と回答」の項目が一部省略されているものの大略を知ることができる(※カッコ内は大阪市の有権者)。

〇大阪ダブル選に関心がありますか。「大いにある33.7%(38.6%)」「ある程度ある49.1%(44.3%)」「あまりない13.4%(13.4%)」「まったくない3.7%(3.6%)」

〇府議選で投票する候補者の政党・政治団体は。「大阪維新の会38.4%(36.7%)」「自民党17.6%(18.3%)」「公明党5.7%(5.0%)」「共産党3.1%(3.0%)」「立憲民主党2.7%(2.7%)」「国民民主党0.6%(0.9%)」

〇大阪都構想に賛成か反対か。「賛成46.5%(44.2%)」「反対34.3%(41.4%)」

〇入れ替わり選挙についてどう思うか。「理解できる46.3%(38.5%)」「理解できない44.2%(51.7%)」

〇大阪府市が目指すカジノを含む統合型リゾート(IR)の大阪湾人工島への誘致に賛成か反対か。「賛否45.0%(46.9%)」「反対41.7%(40.2%)」

〇どの政策に最も力を入れてほしいか。「景気、雇用対策17.6%(15.9%)」医長、福祉22.9%(21.0%)」「財政再建11.9%(12.9%)」「二重行政の解消15.0%(14.2%)」「教育、子育て20.7%(20.6%)」「治安、防災4.7%(7.8%)」「環境、エネルギー4.0%(5.4%)」

〇どの政党を支持していますか。「自民党31.3%(30.7%)」「立憲民主党3.5%(2.2%)」「国民民主党1.1%(0.4%)」「公明党7.1%(8.6%)」「共産党3.3%(3.5%)」「大阪維新の会18.8%(21.9%)」

 

世論調査結果についての解説は、毎日新聞が詳しいので以下その内容を紹介する。

〇政党支持率では、府全体では自民が3割を超えてトップで2割の維新を上回っていたが、両選挙ともに自民の擁立候補が自民支持層を固めきれず、維新側に流れている傾向が顕著に表れた。

〇府知事選、現段階での投票先は、吉村氏が維新支持層をほぼ固めたほか、自民支持層の5割程度を取り込み、無党派層の4割近くからも支持を得た。また、都構想に賛成する人の大半が、吉村氏を投票先に選んでいた。

〇小西氏は、都構想に反対する人の6割程度が投票先に選び、公明支持層の7割程度をまとめた。一方、自民支持層は3割程度、国民民主支持層は2割弱にとどまり固めきれていない。

〇大阪市長選、都構想に賛成する大半が松井氏を投票先とし、反対の人は柳本氏を選んだ。

〇松井氏は維新支持層の9割を固めたほか、自民支持層の4割近く、共産からも4割以上の支持を得ている。年代別でも40~50代の中年層の男性や30代以下の若年層の女性などに浸透。無党派層も3割が投票先に選んだ。

〇柳本氏は、投票先に反対する7割以上の人が投票先に選んだ。自民支持層は5割、公明支持層は6割にとどまっている。

 

以上が、大阪ダブル選に関する選挙情勢(中盤戦)と世論調査の概要であるが、その結果が前回の拙ブログで紹介した京阪神自治体ОBの意見と余りにも合致していることに驚く。最大のポイントは「とにかく自民党がアカン!」ことであり、小西・柳本両候補は政策的に大阪維新と対決してはいるものの、その手足となる個々の自民党府議・市議候補になると、大阪都構想に関しても、今回のダブル選挙に関してもはっきりした政策的対決軸を示していないのだ。したがって、自民支持層の多くはこれまでの人間関係や地縁関係を通して投票先(大阪維新)を選ぶことになり、ドブ板選挙に強い大阪維新に票が流れることになるのである。

 

「自民党がアカン」ことは、選挙態勢の組み方にも表れている。立憲民主党や共産党が自主的に小西・柳本両候補を応援していることに、大阪維新が「野合だ」「自共共闘だ」と批判していることに対して、自民大阪府連は3月30日、府連のホームページに「仮に自公以外の政党より、両候補に対し推薦等行いたい旨申し出のあった場合はこれを完全に放棄する」との基本方針を「特に共産党とは一切の関係は無(な)く」との一文も入れて、安倍晋三首相(党総裁)や二階俊博幹事長ら党幹部の連名で掲載したのである(産経ディジタルニュース、2019年3月31日)

 

本来「オール大阪」で戦わなければ勝てない首長ダブル選挙を、大阪自民党が自らの前近代的体質を棚に上げて共闘体制を拒否し、あまつさえ非力な「自公与党」だけで選挙戦を戦おうとするなど「勝つ気がない」と思われても仕方がないが、案外これが今回のダブル選挙の内実(本質)なのかもしれない。安倍首相が維新を改憲勢力の一翼に止め、トランプ大統領とのアメリカ大手の「カジノ企業誘致」の約束を果たすためには、ここで大阪維新を負けさせるわけにはいかないからだ。選挙戦中盤になって出された自民党大阪府連の「オール大阪拒否宣言」は、菅官房長官と創価学会幹部による第2の「大阪都構想住民投票」の布石と見てもおかしくないからである。(つづく)

〝トランプ票〟と似ている〝大阪維新票〟、大阪ダブル選挙での維新敗退は安倍政権崩壊の引き金になるか(3)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その147)

 

 3月29日夜、大阪でたまたま研究会があった。京阪神の自治体OBが集まる研究会だ。折しも折、話題は自ずと大阪の「入れ替わりダブル選」に集中することになり、各方面から意見や情報が飛び交った。だが、「今度の選挙は情勢が混沌としていてなかなか形勢が読めない」「人によって情勢の見方が違う」「メディアからも情報が入ってこない」などなど、凡そ決め手になる情報が少ないのである。それでも議論を続けているうちに浮かび上がってきたのは、大阪維新票は「浮動票」から「固定票」に変わってきているという共通認識だった。

 

 話はこうである。橋下氏が登場した頃の大阪維新は、彼一人のカリスマ的人気で浮動票を根こそぎかっさらう勢いだった。橋下氏の個人的人気を利用することでポピュリスト的手法を駆使し、手を変え品を変えて浮動票を引き寄せる選挙戦術で乗り切ってきたのがこれまでの維新選挙だった。しかし、今度は少し様子が違うのではないか――というのである。最大の変化は、ここ数年間で大阪維新票は「浮動票」から「固定票」に変化してきていると言うことだ。

 

 「大阪都構想」という自分たちの政策(野望)を実現するためには「手段を択ばない」、これが大阪維新のやり方だ。「なんでもあり」ということなので、だから大抵のことでは大阪人は驚かない。それでも、今回の知事と市長が入れ替わりでダブル選に打って出るという「奇策」にはさすがに驚いたらしい。当然だろう。知事と市長という職責の違いや重さを何一つ考慮することなく任期途中で突然投げ出し、首長選挙を府議会・市議会選挙を有利に導くための手段として利用するという前代未聞の暴挙に打って出たからだ。

 

 地方自治を足蹴にするこのような行為は、良識ある有権者にとっては呆れるほかなく「許せない!」と思うのだが、ところが必ずしもその通りに行かないのが大阪の選挙の怖いところだ。松井氏や吉村氏が手を振るだけで喜ぶ府民市民が大勢いて、大阪維新というだけで集まる人たちがいるのである。しかしこの雰囲気は、どこかトランプ大統領の集会や街頭演説の光景と似ているのではないか。トランプ大統領が一言喋れば観衆が大歓声を上げる、内容などは二の次三の次で大袈裟なゼスチャーと大声さえあれば満足する――アメリカほどではないが、そんな雰囲気が大阪には結構充満しているのである。

 

おそらくその背景には、維新であれば無条件で支持する有権者がすでに一定割合に達していることがあるのだろう。昨夜の会合では「3割方いる」というのがみんなの一致した意見だった。アメリカではトランプ大統領が40%台の支持率を維持しているというが、支持層はフェイクニュースであろうとプロパガンダであろうとそんなことは気にしない。とにかく自分たちの気分に合うことを言ってくれればいい、少しでも現状を変えてくれればいいと思っているだけだ。

 

 大阪でも同様の空気がある。「何をやってもうまくいかない」「とにかくむしゃくしゃする」「上にいる奴らが悪い...」、こんな気持ちが充満しているところへ、大阪維新が「大阪都構想を実現すればすべてうまくいく!」「既得権をぶっ壊せ!」と煽るのだから、そんな演説を聞けばとにかく気持ちがスッキリするのだろう。だから、これらの大阪維新支持層には松井氏や吉村氏が何を言おうと何をしでかそうとそんなことにはあまり関心がない。とにかく派手なことをやって息詰まるような現状に風穴を開けてくれればいい、と思っているだけだ。また、大阪維新支持層には女性や若者が多いのが特徴だ。彼・彼女たちにとっては選挙になれば街頭演説や集会で顔が見られ、あわよくば握手したりツーショット写真も撮れる。これが大阪維新固定票の実態なのかもしれない。だが、3割方もいるとなればその影響力は大きく無視することはできない。

 

 この日の会合の結論は、大阪維新支持層を切りくずことは困難だが(理屈や政策では彼らを説得できず、現状をすぐに変えることも困難だから)、それを上回る反維新票を結集する以外に方法がない、問題はそれがどれだけ可能かということになった。興味深いのは、多くの意見が「大阪の自民党はアカン!」と言うことで一致したことだ。大阪維新はもともと自民党が分裂してできた地域政党であり、生きのいいのはみんな出ていったので、ロクでもない連中しか残っていないのだという。そんな連中に選挙の主導権を任すとトンデモナイことになる、というわけだ。

 

 しかし、別の意見もあった。大阪維新が府議会・市議会選挙に首長選挙をぶっつけたのは、都構想実現のためには両議会で大阪維新が過半数を獲得するためだが、これが実際は「逆効果」になっているという意見である。アカン自民党でも自分の議席を守るためには頑張らざるを得ない。首長選挙単独の時は日和見を決め込んでも、府議会・市議会との同時選挙となれば、結果として小西・柳本両候補の得票が増えるのではないかという分析だ。

 

 加えて、前回の首長選挙では自主投票だった公明党が今度は「本気」で反維新陣営に参加していると事情もある。公明党のことだから内部事情は複雑で、「最後はどう転ぶかわからない」という意見も出たが、もしいい加減なことをしたら「公明党はもう終わりや」という意見が多かった。間もなく世論調査の結果も出るだろうが、昨夜の情勢分析がどの程度通用するか、今後の推移を見守りたい。(つづく)

2025大阪万博誘致は安倍首相と維新の〝共同作戦〟だった、大阪ダブル選挙での維新敗退は安倍政権崩壊の引き金になるか(2)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その146)

 

 

松井知事が府議会で万博誘致を表明した頃(2014年9月)、大阪万博はまだ「夢物語」だった。ところが、都構想が住民投票で否決され(2015年5月)、橋下市長が辞任して維新が政治危機に陥ってからは、万博誘致は大阪維新が生き延びるための最大の政治懸案となった。松井・吉村両氏が都構想再挑戦を掲げてダブル選挙に当選した直後から万博誘致活動が本格化し、恒例の安倍首相や菅官房長官との年末会談(会食)の中で具体化の話が始まった(2015年12月)。この時から、大阪万博は事実上の国家事業としてスタートすることになったのである。

 

 安倍首相と菅官房長官が一地方首長にすぎない松井氏ら維新幹部と異例の会談を重ねる背景には、(1)維新を改憲勢力の一翼に組み入れる、(2)安倍政権の成長戦略である「観光立国政策」にカジノ産業を導入するため、大阪万博誘致を「隠し玉」として利用する―との意図が見え隠れする。安倍政権が大阪維新の要請に対して渡りに船とばかり乗ったのは、大阪万博が「カジノ誘致」の千載一遇の機会になると見込んだからだ。万博会場となる大阪湾の埋立地は、市街地から隔離された無人島なのでカジノ誘致反対運動も起こりにくい、開発主義の「負の遺産」である使い道のない不良資産を処理するとあれば世論の賛成も得られる―と踏んだのである。そして維新との会合からわずか1年半、異例中の異例ともいうべきスピードで万博誘致が閣議了解されたのである(2017年4月)。

 

 カジノ産業の合法化は、関係業界にとって長年の悲願だった。その道筋をたどると、民主党政権時代に自民・民主・公明など超党派議員による「国際観光振興議員連盟」(以下、「IR連盟=カジノ連盟」という)が結成され(2010年)、安倍政権登場後はその勢いが一気に加速した。まず、維新が先陣を切って「IR推進法案」を提出し(2013年6月、審議未了)、続いて安倍政権の『日本再興戦略改定2014』の中に「統合型リゾート(IR)の検討」を明記されて政府の基本方針となった(2014年6月)。これを受けて自民・維新などによる「IR推進法案」が再提出され(2015年4月)、与党公明の反対を押し切って同法案が可決された(2016年12月)。それから1年半後、今度は大阪万博誘致に間に合わせるため、安倍政権は国会審議で満足な答弁もせず、強行に次ぐ強行日程で「IR整備法」を成立させた(2018年7月)。これは、2018年11月の博覧会国際事務局総会(パリ)を目前に控え、大阪万博誘致を実現するには、「カジノ・シンジゲート」の国際的後押しを得る必要があったからである。

 

 こうした国会審議の経緯をみると、維新と安倍政権が共同作戦で「カジノ産業合法化」と「統合型リゾート(IR)実現」を追求してきたことがわかる。しかし、それが「絵に描いた餅」にならないためには、具体的な候補地が準備されなければならず、しかも国民世論と当該地域の支持を得なければならない。IR推進法の成立直後に閣議了解された2025大阪万博誘致は、まさにカジノ産業合法化のための「隠し玉」であり、「いのち輝く未来社会のデザイン・大阪構想」という耳障りのいいキャッチコピーで地域世論を包絡しようとする維新の政治戦略でもあった。

 

 だが、大阪万博誘致にはもう一つの顔がある。大阪万博は、東京オリンピック後の景気浮揚策の切り札であり、地盤沈下を続ける関西経済を復活させる決め手だなどと喧伝されているが、その素顔があらわになったのは、アメリカの独立系非営利報道機関『プロパブリカ』の報道がきっかけだった。東京新聞はその模様を次のように詳しく伝えている(2018年10月12日)。

 

 「トランプ米大統領が2017年2月に安倍晋三首相と米南部フロリダ州で会談した際、自身の有力支援者が経営する米カジノ大手『ラスベガス・サンズ』に日本参入の免許を与えるよう検討を求めた、と米メディアが報じた。首相は直前の首都ワシントンでの日米首脳会談ではカジノに関する話はしていないと国会で答弁しているが、フロリダでのやりとりは説明していない。今月下旬召集の臨時国会で論点に浮上する可能性がある」

 「首相は17年2月10日、ワシントンのホワイトハウスでトランプ氏と初の首脳会談を行った後、一緒にフロリダ州パームビーチに移動。翌11日にかけて、トランプ氏と再度の会談や夕食会、ゴルフを行った。調査報道専門で信頼性が高いニュースサイト『プロパブリカ』によると、トランプ氏はパームビーチの別荘で首相と会った際、大口献金者のシェルドン・アデルソン氏が会長を務めるラスベガス・サンズの日本へのカジノ進出に関する話題を提起。首相は『情報を提供してくれてありがとう』と謝意を示したという。首相はフロリダ訪問前のワシントンでの米国商業会議所主催の朝食会で、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)整備推進法が施行されたと紹介。その席にはアデルソン氏もいた。首相は今年7月の参院内閣委員会で、ワシントンでの首脳会談に関し『トランプ氏との間で(カジノを巡る)やりとりは一切なかった』と明言した。6月の衆院内閣委では『外国首脳の推薦に従って事業者を採用することはあり得ない』とも語っている」

 「アデルソン氏は17年9月、カジノ誘致を目指す大阪府庁を訪問した際、日本のカジノ事業で厳しい面積規制を導入しないよう記者団に訴えた。7月に成立したIR整備法には、政府案に当初盛り込まれていた面積上限の数値は含まれず、結果的に米側の要望に沿う内容になった。菅義偉(すがよしひで)官房長官は11日の記者会見で米国で報道された内容について『首相が国会で答弁した通りだ』と繰り返した」

 

 これらの報道からすると、安倍首相と維新の共同作戦は一見着々と進んでいるかのように見える(見えた)。だが、そこに降って湧いたのが維新の「入れ替わりダブル選挙」である。維新が敗退すれば「カジノ誘致」が頓挫しかねない、安倍首相のトランプ大統領との約束が反故になる。こんなことを憂慮した菅官房長官は、了解を求めに訪れた松井知事に対して翻意を促したと言うが、松井氏は聞き入れなかった。公明との「子どもの喧嘩」が「大人の喧嘩」になり、維新はもはや引くに引けない状況に追い込まれていたからだ。

 

 維新と対決する小西・柳本両候補の選挙公約をまだ見ていないのではっきりしたことは言えないが、どうやら「カジノ誘致」の項目は取り下げないらしい。これに対して野党陣営はどう出るか。明確な「カジノ誘致反対」の公約を迫るのか、勝手連的に支援する形で触れないでおくか、まだ態度が決まっていないと言う。また、安倍首相が小西・柳本両候補と会って激励したのは、「カジノ誘致」が条件だったのか、それとも形式的な会見だったのか、本当のところは分からない。いずれにしても選挙戦が始まれば真相は見えてくる。次の機会に報告したい。(つづく)

2025大阪万博誘致の成功が維新の〝過大幻想〟を生んだ、大阪ダブル選挙での維新敗退は安倍政権崩壊の引き金になるか(1)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その145)

 

 

 昨年暮れまでの大阪は「2025大阪万博」一色だった。大阪府民や大阪市民が別に浮かれていたわけではない。維新代表の松井府知事や吉村大阪市長が政治生命を賭けて誘致活動に奔走し、それを支援するマスメディアが大々的にキャンペーン活動を繰り広げてきたからだ。そして2018年11月、パリで開かれた博覧会国際事務局の総会で大阪開催が決まった直後から、松井知事の(思い上がった)暴走が始まった。大阪万博誘致の成功が松井氏の自信を高め(過信を深め)、それを背景に都構想住民投票を早期に実施したいとの決意を固めさせたのだ。

 

 だが、維新は府議会・大阪市議会の両方で過半数を制していない。前回の都構想住民投票では、菅官房長官と創価学会最高幹部の画策により大阪公明はやむなく住民投票実施の賛成側に回ったが、学会員の反発が強くて選挙離れを招く結果となり、「百戦全勝」の陣営がその後大きな打撃を受けることになった。しかし、懲りない面々のこと、大阪公明は2017年4月に維新と水面下で「合意書=都構想住民投票実施に関する密約」を交わし、維新との関係を保つことで国政選挙での「選挙区棲み分け」を何とか維持したいとまだ考えていたのである。

 

 これに対して松井氏は、いつまでも煮え切らない公明に「これ以上待てない」と強硬姿勢に転じ、昨年末には合意書を暴露して住民投票の早期実施を迫った。公明が応じない場合には、松井知事と吉村大阪市長が今年3月に任期途中で辞任し、入れ替わって知事・市長選挙に出馬するという強硬策に打って出たのである。どこでどう食い違ったのか知らないが、あるいは振り上げた拳を降ろせなくなったのか、結果は図らずも「入れ替わりダブル選挙」が実施されることになった。

 

 これに対して自民は、府知事候補に小西元副知事、大阪市長候補に柳本元市議を擁立し、他党派を含めた「維新対決候補」として目下態勢を固めつつある。すでに公明と連合大阪が小西・柳本両氏の推薦を決め、立憲民主、国民民主、共産、社民などの各派もこれに続くと見られる。2015年大阪都構想住民投票では公明が自主投票の立場をとり、投票結果は僅差で否決される形に終わったが、今回の「入れ替わりダブル選挙」では公明が対決姿勢に転じたため、維新側の劣勢は否めない。それでもなお、松井維新代表が強気姿勢を崩さないのはなぜか、その裏に安倍首相や菅官房長官の「隠れ支援」があるからではないのか...などなど疑問は尽きない。

 

 それでも安倍首相は、自民大阪府連の要請に応じて小西・柳本両氏と一応会見して激励の言葉をかけたと言う。真意はともかく表向き自民党総裁としての対応だったのだろうが、この「入れ替わりダブル選挙」の及ぼす影響は単なる一地方首長選挙の域にはとどまらない。もし、維新両氏が敗北すればもちろんのこと、どちらかが敗れても政界に及ぼす影響は多大なものがある。これまでの安倍首相や菅官房長官の維新幹部との密接な人間関係からすれば、大阪ダブル選挙での維新敗北は安倍政権への打撃となり、政権崩壊の引き金にならないとも限らないからである。

 

 今から1年前、2018年3月に大阪府の18歳以上の男女を対象にして行われたNHK世論調査『大阪 万博誘致などに関する意識調査』では、まだ態度を決めかねている有権者が多かった。以下は、調査結果の概要である。

 

 〇政府や大阪府が2025年に万博を大阪に誘致することを目指していることについて――、「賛成」46%、「反対」11%、「どちらとも言えない」39%

 〇大阪府はカジノを含むIR・統合型リゾート施設を誘致することを目指していることについて――、「賛成」17%、「反対」42%、「どちらとも言えない」34%

 〇大阪府や大阪市の議会では、大阪府や大阪市の行政の仕組みを変える「大阪都構想」や「総合区」が議論されていることについて――、「とても関心がある」13%、「ある程度関心がある」25%、「あまり関心がない」31%、「まったく関心がない」11%

 〇「大阪都構想」は大阪市を無くして、今の24の区を4つの特別区に再編し、区長は選挙で選ぶというものです。一方「総合区」は大阪市を残したまま、今の24の区を8つの区に再編し、区長は大阪市長が選ぶというものです。これらの構想について貴方はどう考えるか、次の3つの中からお答えください――、「『大阪都構想』に賛成」27%、「『総合区』に賛成」18%、「どちらにも反対」33%、「わからない、無回答」23%

 

 「入れ替わりダブル選挙」が決まった現在、近く緊急世論調査が実施されるだろうが、その結果や如何に...最新の結果を知りたいと思う。(つづく)

京都大学学生寄宿舎「吉田寮」をめぐる存廃問題の経緯と今後の行方について(8)、「京大キャンパスマスタープラン2018」の抱える矛盾

 

 

 吉田寮の行方についてはメディア各社も終始注目してきた(いる)。マスメディアだけではなく、フリージャーナリスト、映画製作者・写真家など映像関係者もそうだ。NHKテレビでは「ワンダーウォール」としてドラマ化されたし、民放のドキュメント番組でも数多く取り上げられている。なぜこれほど吉田寮が注目されるのか。そこには昔の大学生活に対する郷愁もあるだろうが、それ以上に現在の大学キャンパスが管理主義的で面白くないことへの反発があるのではないか。「カオスの哲学」や「廃墟の美学」を積極的に肯定しないまでも、学生生活がもっと自由で伸びやかであってよいとの思いが強いのだ。

 

 そのことが一気に噴き出したのが、大学当局が京都市の景観条例を引き合いに大学周辺の「タテカン」を一斉に撤去しようとした時のことだった。タテカンは大学の風景に馴染んでいる、タテカンは表現の自由のひとつだ、タテカンは京大の自由な学風の象徴だ...などなど、百家争鳴ともいうべき論争が学内はもとより新聞紙上でも大々的に繰り広げられた。結局、大学側が強硬姿勢で押し切ったものの、その管理主義的手法への反発や批判は消えていない。

 

 吉田寮に対する大学当局の姿勢についてもこれを擁護する論調は少ない。多くのメディアは総じて批判的であり、大学の記者クラブの雰囲気もそうだ。問題は学内の世論が官僚機構に抑え込まれ、昔のような活発な議論や行動が起こらないことだ。だが、底流のマグマは決して衰えていないし、このままでいいとは誰もが思っていない。

 

 大学の抱える矛盾がもろに出たのは、2019年3月5日に発表された「京大キャンパスマスタープラン2018」(2018年12月策定、2018プランという)の内容だろう。山極総長の美辞麗句は別として、全体の基調は従来の施設拡張主義がキャンパス環境を破壊してきたとの反省が色濃く出ている。つまり、これまでの計画は「高密度の利点を積極的に取り入れ、キャンパスの活用のために建物の高層化なども含めて検討」、「許される範囲内での空間容積の効率化利用を工夫」、「主に容積率をいかにして確保するかということに固執した構想」であることから、「キャンパスにおける歴史と文化の蓄積、または美観地区の規制を『拘束』条件」と見なすような発想に陥ったと反省している(※「6・1 過去の将来構想」ダイジェスト版23頁)。

 

 したがって、今後の整備においては、「必要な施設機能を明確にしたうえで、これまで以上に既存建物の利活用を図るなどの検討が必要であり、安に容積率を増やすことを善とする考えは避けねばならない。また。高さ規制の緩和について検討するときには、『地域の良好な環境形成に京都大学自らが積極的に範を示すことを社会が期待している』ことを忘れてはならない」と念を押している(※「6・1これからのキャンパス整備」同上23頁)。

 

 その上で学内の歴史的建造物について触れ、「京都大学には、旧第三高等中学校時代から戦前までの明治・大正・昭和の各時代の歴史や伝統を継承する建造物や文化財が多数残存している。重要文化財に指定されている建造物が1件、国の登録有形文化財が11件、その他文化財等の指定はなされていないが、大学として保存建物と決定したものが15件あり、これらの歴史的建造物等は文化遺産として、さらには京都大学にとって極めて重要な部分であり、『変えてはいけない部分』として位置づけ、保存建物周辺や、京都大学らしさ、歴史を感じさせるエリアの保存に努める」と言明している(※「4・6 キャンパス資源(歴史的建造物等)」19頁)。

 

 ところがその一方で、「本学が現在保有する施設について、建築後の経年数について5段階(築後0~24年、25~49年、50~74年、75~99年、100年以上)で建物の老朽化度合いを把握するとして、吉田寮は単なる「築後100年以上の老朽建物」

として分類されているのである(※「4・5 施設計画」14頁)。そして、長期的目標として「学生宿舎の整備による安全・安心な学生生活環境の提供」が掲げられ、短期的目標では「老朽化した宿舎を廃止し、大学近傍の土地借用等により宿舎を整備する」方針が打ち出され、「老朽化が進行した宿舎は取り壊しを行い、民間等の土地・施設の土地の借用等による宿舎整備を実施し、保有面積の抑制を図る」と記述されている(※「5.アクションプラン、5・1優先的課題に対する短期的目標等」21頁)。

 これは、明らかに「京都大学には、旧第三高等中学校時代から戦前までの明治・大正・昭和の各時代の歴史や伝統を継承する建造物や文化財が多数残存している。これらの歴史的建造物等は文化遺産として、さらには京都大学にとって極めて重要な部分であり、『変えてはいけない部分』として位置づけ、保存建物周辺や、京都大学らしさ、歴史を感じさせるエリアの保存に努める」との方針と矛盾する。建築学会や建築史学会でも、吉田寮は明治・大正・昭和時代の高等教育施設を代表する歴史的建造物だと位置づけられているからである。

 

こうした矛盾に気付いたのか、それとも内外の批判の高まりが堪えたのか、大学側は「吉田寮の今後のあり方について」(2019年2月12日)と題する新たな方針を発表し、「吉田寮現棟(食堂を含む)については寮生の退去を前提に将来、安全確保に加えて収容人員の増加や設備の充実等を図りうる措置を講じた上で学生寄宿舎として供用する」「上記の措置を講じるにあたっては現棟(旧来の建物)の建築物としての歴史的経緯を配慮する」との新しい提案を行った。

 

ならば、公表したばかりであるが、「京都大学キャンパスマスタープラン2018」の内容は改定すべきだし、とりわけ「学生宿舎の整備」については全面的に書き直すべきであろう。今後の大学側の方針や行動の変化に注目していきたい(吉田寮シリーズは情勢の変化に応じて再開します)。