【番外編】神戸開港150年記念『神戸百年の大計と未来』(晃洋書房、予価2800円、350頁、2017年7月刊行)出版のお知らせとご案内

拙ブログで自著の前宣伝をすることはいささか気が引けるが、阪神・淡路大震災20年記念シンポから2年有余、神戸在住の方々と協力して書き上げたのが本書である。詳しいことは「はしがき」と「あとがき」で述べているのでこれ以上繰り返さないが、神戸開港150年という歴史的節目において神戸の歴史を振り返り、神戸の未来を論じるのが本書の趣旨である。多くの方々に関心を持っていただければこれに勝る喜びはない。

○タイトル 『神戸百年の大計と未来』
○執筆者 広原盛明(元・京都府立大学学長)、川島龍一(前・兵庫県医師会会長)、郄田富三(行政書士)、出口俊一(兵庫県震災復興研究センター事務局長)
○出版社 晃洋書房、350頁、予価 2800円、2017年7月刊行

○はしがき
神戸は2017年1月1日、開港150 年の歴史的画期を迎えた。1868 年1月1日の開港以来、神戸港は世界的な国際貿易港へと発展し、神戸港を核とする「ミナト神戸」は日本を代表する近代的大都市として急成長を遂げてきた。神戸にとっての2010年代後半からの10年間は、神戸港開港150年(2017年)、市政施行130周年(2019年)、都市計画策定100周年(2022年)という歴史的画期を迎える時期であり、「神戸百年の大計」を語るにふさわしい歴史的節目であろう。
日本の都市形成史からみれば、神戸は近世都市の歴史的制約から免れた生粋の近代都市(新都市)であり、近世都市の系譜に連なる大阪、京都などとは異なる独自の都市社会構造、都市文化を有する大都市である。そのことが神戸の地域風土はもとより行政体質にも反映され、「輝ける都市・神戸」の骨格を形づくってきた。神戸は誕生以来、成長に次ぐ成長を遂げ、近代的大都市への道を駆け上がることによって日本の近代化を体現(先導)する代表的存在となった。神戸はその意味で生まれながらの高度成長都市であり、戦前・戦中・戦後を通して一貫して高度成長を目指した急進都市であった。
さはさりながら、戦後高度成長時代に花開いた「輝ける都市・神戸」はいま、低成長・人口縮小時代に直面して都市戦略の再構築に苦闘している。神戸が誕生以来歩んできた「拡大成長時代」はもはや終わりを告げ、時代は「縮小成熟時代」へと大きく転換しつつある。第1次マスタープラン(1965年計画)以来、神戸市政の基調となってきた開発主義はすでに歴史的役割を終え、次の時代に立ち向かう「神戸百年の大計」が求められている。
神戸の歴史を振り返るとき、「百年の大計」という言葉はそれほど珍しくないことに気づく。尼崎から明石に至る市町村を大合併し、神戸を東洋一の国際港湾都市に発展させようとする大正時代の「大神戸」構想は、神戸の離陸期にふさわしい「百年の大計」そのものであった。戦前の1938(昭和13)年に発生した阪神大水害に際しても、将来再びこのような災禍に襲われないための「神戸市百年ノ大計」が提唱された。また太平洋戦争の戦災で壊滅した神戸を復興するため、戦災復興計画が「百年ノ大計、最高ノ権威アルモノ」と位置づけられて戦後復興の礎を築いた。「百年の大計」は神戸が歴史の節目に生み出した時代戦略であり、将来を展望するための不可欠な座標軸なのである。
本書は「神戸再生の書」であって「神戸批判の書」ではない。本書は、神戸市民や市関係者と共にいま神戸市政が直面する課題を分析し、その打開方策を見出そうとる一つのささやかな試みである。本書が市民や市関係者の「神戸再生」を考える一助になれば、これに過ぎる喜びはない。執筆者を代表して、広原盛明

○目次
序章 神戸開港150年を迎えて(広原
2010年代が意味するもの、神戸 これまでの百年 これからの百年、神戸百年の大計、刊行の趣旨

第Ⅰ部 神戸が直面する3大プロジェクトの課題
第1章 神戸医療産業都市構想の推移、その背景(川島)
医療産業都市構想が発想された経緯、特区との結びつき、スーパー特区創設、国家戦略特区、中央市民病院移転問題、市民の医療情報利活用問題、iPS細胞による再生医療理化学研究所について、おわりに、附資料 神戸市医師会意見書、医療産業都市年表

第2章 神戸空港は再び離陸できるか(高田)
2017年3月までの進捗状況、民営化事業のスキーム、神戸空港を民営化する理由、神戸空港の現状、神戸空港は再び離陸できるか、神戸空港を再び離陸させるために、附資料 神戸空港財政計画と収支見通し、神戸空港年表

第3章 新長田南再開発に未来はあるか(出口)
災害便乗型巨大再開発、計画され過ぎた神戸の下町・新長田というまち、新長田のまちの二つの課題と施策、動き出した区分所有者、小括

第Ⅱ部 神戸の都市政策百年
第4章 高度成長都市・神戸の軌跡(広原
神戸の出自 純近代都市、近代都市計画のトップランナー、「大神戸」構想はいつ生まれたのか、「大神戸」構想のモデルになった大大阪大大阪の2つの側面、市域拡張と市民意識の昂揚、「大神戸」は大大阪にあらず、大正期都市計画の策定 その後、戦時体制に便乗した「大神戸」構想、戦災を奇貨とする戦災地復興計画、戦後高度成長の原点 神戸市戦災復興計画、豪放なカリスマリーダー・原口忠次郎、中枢部を歩いた神戸生え抜きの官僚・宮崎辰雄、テクノクラート市長に共通するもの、現代テクノクラートへの道 その都市思想、テクノクラシーの帰結、オール与党体制の成立

第5章 20世紀神戸を方向づけたマスタープラン哲学(広原
マスタープランとは一つの哲学である、ツウィンシティ型都市像とプランニングセオリー、原口市政から宮崎市政へ、マスタープラン哲学は変わったか、神戸型開発行政、公共デベロッパー方式の特徴、「巨大都市の限界」に直面した第2次マスタープラン、大都市抑制策に反旗をひるがえした「人間都市神戸」、三全総の大きな誤算、三全総から180度転換した四全総神戸空港を復活させた第3次マスタープラン、「宮崎ロス」でも走り続けた神戸市政、インナーシティ対策は効果を上げたか

第6章 阪神・淡路大震災に遭遇して(広原
幻に終わった第4次(暫定)マスタープラン、阪神・淡路大震災の衝撃 震災復興計画の舞台裏、焼け太り計画の競合 そして破綻、震災2カ月後の都市計画決定 その意図と背景、「復旧よりも復興」を掲げた第4次マスタープラン、過大な復興計画のツケ

第7章 人口縮小時代、神戸再生への視点(広原
はじめに 元気がない神戸、計画しすぎた都市 計画できないまち、ピラミッド都市のメリット デメリット、海上未来都市 ポートアイランドの栄光、沈んだ浮島は再びよみがえるか、郊外モダニズムへの傾斜、まちなか文化への無関心、阪神間モダニズムの光と影、グローバル時代の神戸文化=ハイカラ文化+郊外モダニズムコンパクトシティは神戸を救うか

○あとがき
 本書は、阪神・淡路大震災20年に際して開かれた市民シンポジウム(2014年)を契機にして生まれた。シンポジウムには多くの市民が参加して震災後20年の神戸の現実と課題について討議したが、時間と能力の制約から論点を十分に深めることができなかった。これは主催者側の準備不足にも一因があったが、基本的には神戸市政、延いては神戸そのものに関する理解が足りないことが原因だった。神戸を丸ごと理解しない限り改革の方向も見出せず、前向きの提案もできないことが明らかになり、そこから本格的な勉強会が始まった。
 長田区の路地裏長屋を改造した震災復興研究センターの狭い1室で、2年余り勉強会が延々と続けられた。そして、勉強会が終われば丸五市場のディープな居酒屋で議論を続けるといった会合を重ねる中で次第に論点が定まり、最終的には『神戸百年の大計と未来』という(大げさな)タイトルに決まった。2017年が神戸開港150年に当たり、多くの記念行事が行われるとのことで、これに合わせようということになったのである。
 タイトルが一旦決まるとテーマが整理され、論点もシャープになる。各人がこれまで書いてきた原稿を見直し、神戸市政が当面する巨大プロジェクト編(第1部)と都市政策編(第2部)に分けて編集することとした。第1部は、医療産業都市構想、神戸空港、長田南再開発事業の3テーマに絞ったが、神戸空港と長田南再開発事業は長年この問題に取り組んできた(取り組んでいる)高田と出口が担当することは当然だとしても、医学的な専門知識がなければ書けない医療産業都市構想については、前兵庫県医師会長の川島氏に依頼することとし快諾を得た。
 第2部の都市政策編は広原が担当することになり、通史的分析に心掛けた。生粋の近代都市・神戸の成長主義、開発主義、計画主義などの特質がどのように形成され、どのような人脈によって受け継がれてきたかを歴史的に解明しようと思ったからである。この点、神戸は実に分かりやすい対象だった。歴史資料は中央図書館で丁寧に所蔵されており、市政関係資料は神戸都市問題研究所の機関誌『都市政策』やその他の出版物で詳しく知ることができた。神戸市政が優れた情報発信体であることを改めて実感することになった。そして、この引用文だらけの面倒な文章を懇切丁寧に編集・校正してくれた石風呂春香さん(晃洋書房)には心から感謝したい。
 それからもう一つ心掛けたことがある。それは神戸市政の分析を神戸市自身の資料に基づいて行おうとしたことである。資料を共有することで市民や市関係者との議論が深まることを期待してのことである。とはいえ、本書が市民や市関係者の手に渡らなければ議論が始まらない。出版担当(晃洋書房)の丸井清泰氏には随分無理をお願いして定価を抑えてもらったが、それでも通常の市販本に比べればかなり高いことは否めない。晩酌のビール1本を節約して手元に置き読んでほしい―、これが執筆者一同の切なる願いである。