山口二郎・中北浩爾編著『日本政治、再建の条件』を読んで、自維政権にどう立ち向かうか(4)、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その80)

11月15日刊行の山口二郎・中北浩爾編著『日本政治、再建の条件――失われた30年を超えて』(筑摩選書)を早速読んでみた。山口二郎(法政大学教授、政治学)は市民と野党共闘を推進してきたキーパーソンであり、中北浩爾(中央大学教授、現代日本政治論)は日本共産党史を書いた政治学者とあって、興味をそそられたからである。全体の基調は、「第1章 日本政治の失われた30年と野党の蹉跌――なぜオルタナティブは生まれなかったか」(山口)とのタイトルにもあるように、20世紀末に行き詰っていた日本政治において、民主党を初めとする野党が、政治主体、政策の両面で有効な「別の選択肢=オルタナティブ」を作れなかった原因を解明するもので、自公政権のイニシアティブと野党の離合集散の模様が詳しく解説されている。執筆者4人の主張を紹介することは、拙ブログの範囲をはるかに超えるので、本書の結論を記した「終章 2025年参議院選挙と政党政治の再編」(山口)に絞って感想を記したい。山口仮説は以下の4点に集約される。

 

(1)2025年7月の参議院選挙で自民党が大敗を喫し、自公連立政権の与党は衆参両院で過半数を失うという、未曽有の政治的混乱が始まった。政治学の観点からこの危機を読み解くには、①なぜ急速に自民党支持が減少したのか、②自民党支持が低下する中でなぜ新興政党に支持が分散し、政権交代を求める民意が収斂しなかったのか、という2つの問いに答えなければならない。

 

(2)第1の問いに関しては、1990年代の政治改革以来、清新で統治能力のある政党が求められてきたが、自民党は裏金問題を解決できず、反共の旗印さえあれば旧統一教会など反社会勢力とも手を結ぶという思想的腐敗体質を払拭できなかった。90年代後半から構造改革が唱えられたが、雇用を劣化させ、賃金を切り下げて企業利益を確保し、株価を上げることでしかなかった。2010年代のアベノミクスによる金融緩和と円安は、日本国民に生活苦をもたらす一方、外国人には格安の投資と消費の場を提供し、外国人に対する反感の原因となった。生活苦の中で少子高齢化と人口減少に歯止めがかからなくなり、日本社会の持続可能性が失われた。自民党が30年間にわたって日本が直面する大きな政策課題に対して解決策を示せなかったことが、国民の不満・不安が爆発する構造的原因となったのである。

 

(3)第2の問いについては、民主党が政権を下野した後、維新との合同や希望の党の結成などで揺れ動き、立憲民主党と国民民主党に分裂するなど、自民党に対抗する大きな野党を作る試みは挫折の連続だった。安保法制改定に反対する野党共闘を一時推進したが、このような野党結集は、政権交代を目指すと言う目標に照らすと大きな限界をはらんでいた。野党協力は改憲阻止のためにはある程度有効であったが、政権交代の手段とはなり得なかった。共産党の持論である自衛隊違憲、日米安保条約破棄という路線と政権参加の整合性について、国民を納得させる論理が提示されなかった。安保法制成立後は国民の関心が薄れ、野党(共産党)は支持を広げるための魅力的な政策を提示できなかった。2024年1月の衆院選は、社会経済的停滞と政策的矛盾に対する若い世代の不満が政治的に表現された最初の機会になった。自民党や立憲民主党が大胆な救済策を打ち出せない中で、大規模な支出、減税を訴える左右のポピュリズム政党が支持を広げた。右派のポピュリズム政党は国民民主党、参政党、日本保守党、左派のポピュリズム政党はれいわ新選組である。

 

(4)日本政治の次の構図にはいろんなシナリオがあるが、右派ポピュリズム政党の進出という最悪のシナリオを防ぐためには、自民党が穏健派と右派に分裂し、穏健派が現在の立憲民主党などと連携して政権を担うというシナリオが考えられる。穏健連合の任務は、財政制約の中でできるだけ再分配を進め、社会、経済の持続可能性を維持すること、国力相応の防衛力整備を進めつつ戦争を回避することである。穏健中道と右派ポピュリストという対立構図ができれば、国民民主党の中には穏健連合に参加する勢力が出てくる。共産党とれいわ新選組は存在し続けるであろうが、少数左派の立場から政権批判をするという役割を担うだろう。

 

 山口氏の「穏健連合による政権交代」のシナリオは、氏が「革新連合による政権交代」を目指す市民と野党共闘の中心メンバーであっただけに、その影響は大きい。「変節」といった言葉で批判することはたやすいが、政治学者としての主張であれば、そこに至った情勢分析の妥当性を考えてみなければならない。私の感想は以下のようなものである。

 

山口氏が、政権交代の主役を「革新連合」から「穏健連合」に変えた主たる理由は、このままでは政権交代を実現できないと考えたからであろう。その背景には、①共産党の組織力が低下している、②自衛隊及び日米安保条約に関する立憲民主党と共産党の政策の溝が埋まらない、③ポピュリズム政党の台頭という新たな政治危機が出現している、の3点が挙げられる。そこには、高市右派政権に対抗するには「革新連合」だけでは国民世論を結集できず、より幅の広い自民党穏健派までを巻き込んだ「穏健連合」を作らなければならない、との政治判断が横たわっている。

 

自維連立政権は今のところ「少数与党」であるが、これに国民民主党、参政党、日本保守党の右派ポピュリズム政党が加わると、本格的な右派政権が誕生する。このような最悪の事態を避けるためには、自民党を分裂させて勢いを削ぎ、立憲民主党と合同して「穏健連合」を成立させ、そこに国民民主党の一部や公明党を参加させて政権交代を実現することが意図されている。ただしこの場合、共産党とれいわ新選組は参加せず、「少数左派」として批判勢力にとどまることが想定されている。

 

山口仮説は山口個人だけではなく、執筆者4人(ヨーロッパのポピュリズム政党研究者、ジェンダー研究者も含めて)にも共有されているだけに、次の段階の政治構図の1つの選択肢として、またその実現可能性をめぐる論争のタネを提供する。ただし、自民党の分裂という事態は財界の動きと一体不可分の関係にあるだけに、この30年間、労働分配率を下げ続けて企業利潤を極大化させてきた財界の「強欲資本主義」の体質が変わらなければ不可能だと言える。要は、アメリカ言いなりトランプ言いなりにならず、山口氏の言う「国民所得の再分配」と「国力相応の防衛力整備」を進める財界グループが生まれてくるかどうかがカギとなるのである。

 

高市政権が中国との「経済摩擦」を激化させつつある現在、それが「経済危機」に発展していくかどうかは、今後の中国の出方次第にかかっている。しかし、トランプ大統領の腕にすがってハシャギまくる高市首相に対して事態の打開を求めることは難しい。高市政権が「短命内閣」に終わり、自維連立政権が崩壊して次の政変が起こるとき、それが自民党分裂の引き金になるか、それともより強力な右派政権が誕生するかは、財界主流派の判断にかかっている。山口仮説の検証はこれからである。

 

それにしても、前回の拙ブログで紹介した中島氏の「リベラル保守と社会民主主義の連帯」と、今回の山口氏の自民党穏健派と立憲民主党の「穏健連合」の主張には重なる部分が多い。中島氏の主張には共産党の居場所はない(無視されている)。山口仮説では、共産党は政権交代には無関係の「少数左派」に位置づけられている。共産党が「取るに足らない少数政党」「政権交代には無関係の少数左派」だと見なされている現在、この状況を「反動ブロック」と対決する国民的共同の力で打開できるのか、中島氏や山口氏の主張に対する反論も含めて共産党の見解を聞きたい。(つづく)

毎日新聞「多党化ニッポン」、中島岳志「リベラル保守と社会民主主義 連帯を」を読んで、自維政権にどう立ち向かうか(3)、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その79)

毎日新聞の「多党化ニッポン」にはいろんな論者が登場する。11月14日の中島岳志(東科大教授、近代日本政治思想)の「リベラル保守と社会民主主義の連帯を」は、多党化時代の複雑な政治構図を読み解くうえで参考になる一つの仮説だろう。中島氏は政治家や政党のスタンスを「リスク」と「価値」という二つの軸で四つに分類し、「政治のマトリクス」という図を用いて説明する。縦軸の「リスク」はリスクの「個人化」と「社会化」、横軸の「価値」は「リベラル」と「パターナル」の二つの方向性に分かれる。縦軸は、人が生活する上でのさまざまなリスクに対して政府がどの程度責任を持つかを示すもので、個人化は「小さな政府」、社会化は「大きな政府」を意味する。横軸は、個人の価値観の問題に政府がどの程度介入するかを示すもので、リベラルは個人の自由や権利を重視し、パターナル(父権的)は権力的な介入を強めるとされる。

 

この二つの軸を掛け合わせると、①第1象限:リスクの社会化・パターナル、②第2象限:リスクの社会化・リベラル、③第3象限:リスクの個人化・リベラル、④第4象限:リスクの個人化・パターナルというマトリクスができる。これに各政党のポジションを当てはめると、参政と維新・自民はパターナル側の①④、共産・社民・れいわ・立憲・公明はリベラル側の②、国民は②と③の境界線上に位置することになる。中島氏の区分は「保守・革新」といった単線軸ではなく、「リベラル・パターナル」と「大きな政府・小さな政府」を掛け合わせた複線軸で政党の立ち位置を区分するところに特色がある。共産の区分では、自民との関係を重視する視点から公明・国民も「反動ブロック」に入っているが、ここでは公明・国民はリベラル側に区分されている。

 

中島氏は、日本人の意識調査をすると基本的には②のゾーンが最も多い。それなのに、②に位置する野党はバラバラでうまく集約できていないと指摘する。10月の宮城県知事選では、自民が支える現職と参政が支援する新人との対決になり、立憲や共産が推す候補は勝敗の枠外に置かれた。今後、衆院選では自民と参政の戦いになり、立憲などはないものと見なされる選挙区が出てくると予測する。そして、②に位置する政党が「リベラルな保守」と「社会民主主義」の連帯という立場でまとまっていくことが、有権者に選択肢を示す道だと結論づけるのである。

 

これまでの政治的対決は、「保守・革新」を主軸にして戦われてきた。「保守合同」や「革新統一」がキーワードになり、各政党は主流にせよ傍流にせよ二大潮流の一翼に位置していた。しかし保守と革新の間に「中道」が生まれ、保革の境界線があいまいになると、保守本流・革新本流の中にもさまざまな分流が生まれてくる。「革新的中道」「穏健中道」「保守的中道」といった多種多様な潮流が生まれ、しかも相互の出入りも甚だしい。「多党化時代」というのは、このような状態を指している。

 

多党化時代の政治潮流に対する各政党の態度も分散している。共産は多党化を自民の劣化にともなう新興勢力の勃興であり、補完勢力の再編過程だと見ている。だから、参政はもとより公明・国民・維新も「反動ブロック」の一翼と位置付け、保革対決の視点から打倒の対象としている。その背景には中道勢力を資本主義体制の延命を図る修正主義だとする根強い革命理論の伝統がある。これに対して中島氏は、自民・維新に対する政治的対抗軸を「リベラルな保守+社会民主主義」だと見ている。極右・排外主義に対抗するには、日本人多数が共有している「リスクの社会化・リベラル」のゾーンを重視し、そこに属する諸政党がまとまることにしか政権交代の可能性はないと見ているのである。

 

共産の「反動ブロック」に対決する国民的共同の可能性が見えない現在、中島氏の指摘は検討すべき一つの課題であるかもしれない。共産が現在の苦境から脱して「革新的国民政党」に成長していくためには、公明や国民がどのような態度を取るかは別にして、当面の危機に対応する大胆な政治方針の転換が求められているのではないか。従来の「保革対決」の発想から抜けられない党指導部を刷新し、多党化時代にふさわしい政治方針を打ち出すことがいま希求されているのである。(つづく)

NHK日曜討論を観ての奇妙な違和感、野党席には「反動ブロック」各党が並び、末席に共産党が座っている、自維政権にどう立ち向かうか(2)、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その78)

11月9日のNHK日曜討論を観て奇妙な違和感にとらわれた。いつも与党席にいた公明と維新が入れ替わり、野党席には共産が「反動ブロック」と位置づける国民・公明・参政が上席に座っている。共産は末席から2番目、山添政策委員長がこじんまりと座っていた。保革入り乱れての多党化時代が織りなす複雑な光景だ。討論も与党側と野党側が対決するというわけではなく、テーマごとに与野党関係なく対立する意見が飛び交った。この状態が今後も続いていくのか、それとも一時的かつ過渡的な現象なのかは、政治学者ではない私には分からない。

 

国会では、自維連立政権の合意項目「衆院議員1割削減」をめぐる激しい論戦が続いている。野田立憲代表は、議員定数削減には賛成だが、「比例区と小選挙区のバランス」を取るべき」と公明に秋波を送り、玉木国民代表は定数削減に賛成する立場を表明しながら実現性に疑問を呈している。また、自民・維新を含む衆院選挙制度の抜本改革を目指す超党派議員連盟のメンバーは11月6日、額賀衆院議長に自維連立政権合意書に盛り込まれた「衆院議員定数1割削減」について、議長の下で全党派の代表者が参加する衆院選挙制度協議会で議論を進めるよう申し入れた。額賀議長は、議長の下に設けた与野党各会派による「衆院選挙制度に関する協議会」での議論を優先すべきだとの考えを示したという。

 

議連の共同代表を務める自民の古川禎久氏は面会後、定数1割削減について、記者団に「政権を支えている党が決めたことが、立法のルールまで変えられるという国の建て付けになっていない」「勢いでルールを変更するということであってはならない。民主主義の根幹を支える選挙制度を一勢力が決めてはいけない」と強調した。議長への申し入れ書には、自民・維新をはじめ与野党10党派の代表者が名前を連ねている(毎日新聞、11月7日)。

 

間の悪いことにこの間、藤田文武維新共同代表の「政治とカネ」の問題が発覚した。「身を切る改革」を掲げる維新共同代表の藤田氏が、公設第1秘書が代表の身内企業に8年間で約2千万円の公金を支出し、その会社が公設第1秘書に年720万円の報酬を支払っていたことが、赤旗日曜版(11月2日)で報じられたのである。藤田共同代表は11月4日、国会内で会見して公金還流の事実を認め、「今後は発注しない」と表明したが、手続きは全て「適正・適法」だと強弁している。しかし、公設第1秘書の会社から藤田氏側へ出された売上代金が、5万円以上の手書きの領収証17枚のすべてに収入印紙が貼り付けられていないという新たな事実が、赤旗日曜版(11月9・16日合併号)で明らかにされ、藤田氏は抜き差しならぬ窮地に追い詰められている。

 

周知の如く藤田氏は、公明の連立離脱を受けて高市首相と連立工作を進めた立役者であり、自民・維新連立政権を支えるキーパーソンである。また、衆院議員定数1割削減が実現できなければ、「自維連立を解消する」とまで公言している強硬派でもある。その藤田氏が(皮肉なことに)「政治とカネ」問題で維新創業者の橋下氏に激しく批判され、メディアでも「退陣Xデー」さえが囁かれる状況になってきている。政局が藤田氏の共同代表辞任といった事態に発展しれば、議員定数1割減の連立合意はおろか、自維連立政権そのものがゆらぐことにもなりかねない。

 

この事態は、共産が政党・会派、議員個人に対して議会定数削減反対の「一点共同」を呼びかけた動きに呼応するものであり、自維連立政権に対する緒戦の勝利になるかもしれない。しかし、問題は自維連立政権に代わる政権交代のシナリオが描けていないことである。野田立憲代表が「右でも左でもない中道政党」をことさらに強調し、斎藤公明代表が「中道改革勢力」を表明する状況の下では、共産が提唱する「極右・排外主義の反動ブロックの危険に正面から対決する新しい国民的・民主的共同」の実現は難しい。「数は力」の政治力学が貫徹する政界では、弱小政党の方針提起は単なる「政治スローガン」で終わる公算が大きい。共産の党勢が刻々と衰え、取るに足らない弱小政党に転落しているからである。

 

今まで通りの党勢拡大方針で、党勢拡大を実現することはきわめて難しい。このところ、党勢拡大の結果が公表される毎月冒頭の赤旗では、決まったように党幹部の「訴え」が掲載される。10月4日には小池書記局長(「集中期間」推進本部長)の「政治的・理論的確信広げ10月こそ目標達成を」、11月8日には山下副委員長の全国都道府県委員長会議の「幹部会報告」がそれである。小池書記局長の訴えは、党勢拡大の9月目標が未達成に終わり(著しく後退し)、党活動が停滞している状況を次のように報告している。

――9月は、党員拡大は218人の入党の申し込みとなりました。赤旗読者拡大は日刊紙電子版28人増でしたが、紙の読者は日刊紙851人減、日曜版3943人減となりました。『Q&A いま「資本論」がおもしろい』(赤本)の学習を開始した支部は8.2%、第6回中央委員会総会決定の徹底は討議・具体化開始支部が56.7%、読了・視聴した党員21.6です。

――9月、1人の入党者も迎えられなかった地区委員会が189地区となっています。いま全党的には、党員拡大の運動が多くのところで「止まった状態」から抜け出せておらず、これを打開するには、支部に「やろう」というだけでなく、党機関から具体化をはからないと運動化できない現状にあります。

 

山下副委員長の幹部会報告は、「集中期間」の目標総達成、とりわけ世代的継承を中軸とした党員拡大を全党運動にするための意思統一を図るためのものである。

――12月末までの「集中期間」は折り返し点に立っていますが、党建設の根幹の党員拡大は、9月218人、10月277人でした。目標は全国で5千人の党員を迎え、党員現勢で毎月前進することですが、現状は大きな乖離(かいり)があります。入党を働きかけた支部は1割に届いていません。党員拡大がほとんど「止まった状態」から脱していないことに、現在の運動の最大の問題点があります。

――読者拡大は、日曜版電子版が新しい可能性を示すとりくみになっていることは大きな希望です。同時に、紙の日刊紙・日曜版は連続後退を脱していません。紙の電子版も、どちらも安定的前進の軌道にいかにしてのせるかが大きな課題になっています。紙の安定的な前進があってこそ、「しんぶん赤旗」の安定的な再発行が可能となります。だから「紙も、電子版も」なのです。

――党員拡大は、70年代年平均3万人、80年代1万5千人、90年代6千人、2000年代1万人1千人、2010年代8千人、2024年5千人、2025年2300人(3千人に届くかどうか)です。

 

山下副委員長の幹部会報告は全紙2頁に亘る長文であるが、言わんとすることは百年一日の如く変わらない。

(1)自公過半数割れに追い込んだのは、共産党のがんばりにある。6中総が明らかにした「日本の政治をめぐる歴史的岐路の情勢」は、その後の2カ月でさらに劇的に展開している。

(2)欧州の左翼・進歩勢力も新自由主義的な政策に反対し、草の根で党をつくるための努力をしている。ニューヨーク市長選では、民主的社会主義者を名乗る候補が歴史的勝利を果たした。わが国でもその条件は十分にある。党建設の教訓と可能性をつかみ、党大会で決めた目標への展望を切り開く「集中期間」にしよう。

(3)6中総は、参議院選挙の後退の最大の原因は、「党の自力」の問題であることを銘記した。しかし、中間選挙での議席と得票の後退が続いている。この「集中期間」を総選挙での躍進、再来年の統一地方選挙での躍進をかちとる自力をつけ、党勢と選挙の後退の悪循環を断ち切り、好循環をつくりだす出発点にしよう。そのため、党機関が「実践で突破する」というイニシアチブを発揮し、支部、党機関、地方議員が臨戦態勢をとり、現状打開の道を切り開こう。

 

一言で言えば、山下副委員長の幹部会報告は、70年代年平均3万人の党員拡大が今や10分の1に落ち込んでいる党の現状を分析せず、党員や党機関、地方議員のがんばりで「やればやれる!」と発破をかけているにすぎない。また、多党化時代の複雑な政治情勢を分析せず、諸勢力を「反動ブロック」と「進歩ブロック」に二分し、その対決を呼びかけているにすぎない。こんな粗雑な方針では党の再生は望むべくもないが、その結果は「集中期間」が終わる来年年頭の明らかになるだろう。そのとき、党中央はどのような総括と方針を示すのであろうか。(つづく)

自公政権が崩壊した現在、「反動ブロック対決」と「議員定数削減阻止一点共闘」は両立するか、自維政権にどう立ち向かうか(1)、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その77)

  「政治は一寸先が闇」と言うが、この1、2週間は「驚天動地」ともいうべき大波乱が相次いで発生した時期だった。第1が自公政権の崩壊、第2が自維政権の成立である。自民総裁選で高市早苗氏が新総裁に選出されてから僅か1週間足らず、26年間続いてきた自公政権が崩壊し、それから1週間も経たないうちに自民・維新の連立協議が始まり、数日後に自維政権が発足したのである。

〇10月4日 自民新総裁に高市早苗氏選出。

〇10月7日 「裏金議員」萩生田氏を幹事長代行に充てた新執行部発足。

〇10月10日 自民の企業・団体献金問題の対応に同意できない公明が高市氏に連立離脱伝達。

〇10月16日 自民と維新が連立政権樹立に向けて初会合。

〇10月20日 「議員定数1割削減」を含む連立協議成立。

〇10月21日 臨時国会で高市氏が首相に指名、高市内閣発足。

 

 共産党の機関紙「しんぶん赤旗」(10月12日)は、自公政権の崩壊を「検証・自公連立、最悪の26年」を特集した。そこでは「自公連立政権の26年間、『数の力』を背景に、安保法制=戦争法をはじめとした『戦争する国』づくりや年金改革、消費税増税など、数々の悪政が強行されました」と総括している。この総括は、6中総決議における「自民・公明、維新、国民民主、参政党などによる〝反動ブロック〟が形成された」との認識に基づいている(赤旗9月5日)。

 ――選挙戦で、自民党の補完勢力である国民民主党と、極右・排外主義の立場に立つ参政党などが伸長したことは、日本の政治の前途にとってきわめて重大な結果となった。自民党・公明党と維新の会、国民民主党、参政党などによる〝反動ブロック〟が形成され、社会保障など国民生活の破壊、大軍拡の暴走、憲法と民主主義の蹂躙、ジェンダー平等への逆流など、日本の政治に深刻な逆行をもたらす危険が生まれている。

 ――日本共産党は呼びかける。思想・信条の違い、政党支持の違いを超えて、自民・公明、補完勢力、極右・排外主義勢力による〝反動ブロック〟の危険に正面から対決し、暮らし、平和、民主主義を擁護・発展させる〝新しい国民的・民主的共同〟をつくろうではないか。

 

 拙ブログは、共産が〝弱小政党〟に転落した情勢の下で、圧倒的多数を占める〝反動ブロック〟に対決する国民運動が果たして実現可能なのか――、との疑問を呈したが、その後の政局は予想をはるかに超える展開となった。公明が自民連立から離脱したのを機に、自民との連立を画策していた国民民主が見放され、その間隙を縫って「国会議員定数の1割削減」を絶対条件とする維新と、これを受け入れた自民との間で連立が成立したのである。立憲・国民・維新の3党協議は破棄され、共産から〝反動ブロック〟の一翼と名指しされた公明や国民は、いまや(立憲も含めて)一斉に「中道勢力」を名乗るようになった。

 

 維新が国会議員定数の削減とりわけ衆議院比例区の1割削減を連立条件にしたのは、小選挙区での当選の可能性が少なく、比例区で辛うじて当選者を確保している少数政党を追い落とすためであり、維新が「第2保守党」に伸し上がるための政略に基づくものであろう。また自民がこの条件を受け入れたのは、一方では参政党や日本保守党の議席増に歯止めをかけて保守票を取り戻し、他方ではれいわ、共産、社民などの議席を根絶やしにして革新勢力の伸長を阻止するためであり、比例区定数の削減はそのための「一石二鳥」の手段として利用できる、と判断したからであろう。自維政権は比例区定数削減によって衆議院の絶対多数を確保し、専制支配を敷くための体制を整えようと意図しているのである。

 

 日経新聞(10月18日)は、次期衆院選で定数465のおよそ1割に当たる50議席を比例区で削減した場合、2024年衆院選の結果に基づく各党議席数の変化は、自民17減(-9%)、立憲9減(-6%)、公明6減(-25%)、維新5減(-13%)、国民4減(-14%)、れいわ3減(-33%)、共産2減(-25%)、参政2減(-67%)、日本保守2減(-67%)になると試算している。自民・維新・立憲・国民がせいぜい1割前後の議席減に止まるのに対して、公明・共産は4分の1、れいわは3分の1、参政・保守は3分の2の大幅な議席減となり、少数政党ほど大きな打撃を受けることになる。社民は掲載されていないが、恐らく「議席ゼロ」になることは間違いない。

 

 議員定数削減は、維新の「身を切る改革」のトレードマークになっている。しかしその実態は「敵の身を切る政略」そのものであって、維新の牙城・大阪での実績がそのことを赤裸々に物語っている。維新が過半数を占める大阪府議会・大阪市議会では、容赦ない議員定数の削減が次から次へと行われ、対抗勢力を少数派に追い込んできた。

 

 大阪府議会では、維新が過半数を握った2011年統一地方選から現在まで、議員定数が109から79へ実に3割近くも削減されている。その方法は、複数の当選者がいる選挙区を定員1人の選挙区にして、維新以外の競合する政党を締め出す(落選させる)というあくどいものである。その結果、53選挙区のうち36選挙区が「1人区」となり、維新への批判票の多くが死票となっている。大阪府議会(人口約884万人)の定数は、人口規模が近い神奈川県議会(定数105)や愛知県議会(定数102)と比べると格段に少なく、人口あたりの議員数は都道府県議会では最少となっている。

 

 大阪市議会では、維新が2011年に市長の座を押さえて以降、2017年に3減、2022年に2減の定数削減が行われ、議会過半数を握った2023年には、さらに81から70へ2桁の定員を減らす条例改正案が可決された(自民・公明も賛成)。議員定数の削減は、民意を切り捨て、議会から行政機関に対するチェック機能を形骸化させ、住民自治を後退させる。自治体の首長と地方議会は自治を支える「車の両輪」であり、議員定数を一方的に削減することは、そのバランスを崩すことにつながる。議員定数削減は、多様な住民の意思をくみ取り、首長をチェックする議会の機能が衰退させ、住民自治を破壊するのである。大阪市の人口あたりの議員数は現状でも少ないが、新定数では20政令指定市の中で大阪市より少ないのは横浜市だけになる。

 

 維新の府議会・市議会の定数削減による影響をもろに受けたのは共産だった。大阪府議会では、2007年統一地方選挙(定数112)時に共産は10議席を有していたが、定数削減が始まった2011年統一地方選(定数109)では一気に4議席に減少し、2015年(定数88)3議席、2019年(同)2議席、2023年(定数79)1議席となり、次回は「議席ゼロ」の危機が迫っている。大阪市議会では、2015年統一地方選挙(定数86)時に共産は10議席だったが、定数削減後の2019年(定数83)には4議席に減少し、2023年(定数81)には2議席となった。次回は定数70となるので、「議席ゼロ」になる可能性が限りなく大きい。

 

 大阪で議会定数削減の「実績」を挙げてきた維新が自民と連立を組んだことは、今後の政局に多大な影響を及ぼすことが予想される。とりわけ党勢後退が深刻化し、国政選挙の得票数が毎回2割前後も減っている共産にとっては、衆議院比例区定数の削減が「命取り」になることは火を見るよりも明らかである。その所為か、維新と自民の間で「1割を目標に衆院議員定数を削減するため、臨時国会で議員立法で法案を提出し、成立を目指す」との合意内容が明らかになった時点から、赤旗の紙面が一変した。「議員定数削減容認できない、民主主義の根幹を揺るがす」(10月19日)、「自維連立 悪政推進許さない、比例定数削減阻止に全力」(10月21日)が1面トップで掲げられ、総合面では「民主主義への〝宣戦布告〟定数削減 自維が合意」「少ない日本の国会議員、企業・団体献金は温存、弾圧立法狙い福祉削る」の特集が組まれた。

 

 注目されるのは、臨時国会開会党議員総会における田村委員長の「あいさつ」である(赤旗10月22日)。田村氏は、自民・維新の連立政権は「悪政推進の〝反動ブロック〟そのものであり、戦後の自民党政権の歴史のなかでも、国民にとって最悪の政権となる危険をもつ政権」だとした上で、今国会の緊急の課題として、議会定数削減を断固阻止する広範な共同を呼びかけた。

 ――そもそも議員定数を含め、選挙制度は民主主義の土台であり、そのあり方は全ての政党による国民的な議論が不可欠です。一部の政党、まして政権与党が数の力で、しかも悪政推進の突破口として定数削減を強行するなど、断じて許されません。この場から、議会定数削減反対の一点で緊急の共同を呼びかけるものです。政党・会派、議員個人と「議会定数削減反対」の一点で国会内の共同、また国会の外でも民主主義破壊に反対する広範な世論を結集すること心から呼びかけます。

 

 問題なのは、立憲の野田代表がメディアのインタビューに答えて、「議員定数削減は大賛成。吉村さんが突破口を開いてくれた」と賛意を示しており、公明の斎藤代表は臨時国会で成立させるのは反対だが、「議論自体は反対しない」と述べ、削減するなら「小選挙区20,比例代表30が妥当だ」との述べていることである(赤旗同上)。このように立憲や公明が「絶対反対」を表明していない情勢の下で、共産が提起する「一点共同」が果たして成立する可能性があるのか、またその場合〝反動ブロック〟の一翼と指弾している公明に対して「一点共同」を呼びかけるのか、といった点が明確にされないと「一点共同」は進まない。社民や「沖縄の風」との共同だけでは、自維政権には歯が立たないからである。

 

 私は〝反動ブロック〟の対象を、臨時国会で自維政権の「議員定数削減」に同調する政党・会派に限定し、それ以外は全て「一点共同」を呼びかける対象とすることを提案したい。〝反動ブロック〟に対決する〝新しい国民的・民主的共同〟は「議員定数削減反対」の一点に絞ることが成功への道だと考えるからである。偶然ではあるが、日経新聞「中外時評」(10月22日)にこんな論説が出ていた(要旨)。

 ――よく知られた逸話がある。1964年7月、毛沢東は後に日本社会党の委員長になる佐々木更三と北京で面会し、次のように語った。「日本軍国主義は中国に大きな利益をもたらし、中国人民に権力を奪取させてくれました」。何を言いたかったのか。1930年代半ば、国民党軍に追い詰められていた毛沢東の共産党は、日中戦争の勃発で九死に一生を得る。抗日を旗印に国民党と手を組む「国共合作」が成立したからだ。日本の敗戦後、共産党は蒋介石が率いる国民党との内戦に勝利し、中華人民共和国の建国にこぎ着けた。

 

 窮地に追い詰められている弱小政党の共産が自維政権に対決しようとすれば、「議員定数削減阻止=抗日戦争」に見立て、国民民主や公明とも「一点共同=国共合作」する以外に方法はない。「自民党政治を根本から変える改革を推進し、極右・排外主義とのたたかいを断固として進めることができるのは、日本共産党を措いて他にない」といった前衛党ばりの大言壮語を続けていれば、共産は他党から孤立して滅んでいくしかない。自らの力量を謙虚に振り返り、それにふさわしい態度と行動を打ち出すことが、この危機を乗り切る唯一の道であることを銘記したい。(つづく)

「保守と革新」「反動と進歩」の空中戦型発想では多党化時代に対応できない、共産党は野党最下位グループに沈んだ、2025年参院選の結果から(番外編3)、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その76)

2025年参院選の最大の特徴は、野党が「躍進組」「停滞組」「凋落組」の3グループに分かれたことだった。躍進組は国民、参政、れいわ、日本保守の4党、停滞組は立憲、維新の2党、凋落組は共産、社民の2党である。3年前の2022年参院選と比較すると、国民は比例得票数315万票(5.9%)から762万票(12.8%)、議席数は公示前4議席から17議席へ躍進し、参政も176万票(3.3%)から742万票(12.5%)、1議席から14議席へ躍進した。れいわは231万票(4.3%)から387万票(6.5%)、2議席から3議席へ前進し、日本保守は298万票(5.0%)、2議席を獲得した。

 

これに対して、立憲は677万票(12.7%)から739万票(12.5%)に増えたものの、国民、参政の後塵を拝して「野党第3党」になった(議席数では野党第1党)。維新は784万票(14.8%)から437万票(7.3%)へ激減したが、議席数は(大阪を中心に)6議席から7議席に増えた。悲惨なのは、共産と社民である。共産は361万票(6.8%)から286万票(4.8%)と75万票(2割)を失い、7議席から3議席に半減した。社民は125万票(2.3%)から121万票(2.0%)と辛うじて1議席を死守したが、危機的状態にあることには変わりない。

 

保革対決時代の革新勢力の主力だった立憲、共産、社民が停滞・凋落し、国民、参政などのポピュリズム政党が躍進しているところに、多党化時代の変化が見て取れる。世論の多様化と政党離れを背景に、その時々の有権者の気分やニーズを掬い取るポピュリズム政党が躍進する一方、体制批判やイデオロギー批判を前面に出して戦う革新政党は敬遠されるようになった。共産は「時流に流されず正論を貫く政党」だと強調しているが、このことは「時流=有権者のニーズ」を軽視し、「正論=体制批判」を重視するイデオロギー政党の特質をよくあらわしている。

 

今回の参院選で一段と明らかになったことは、前年の衆院選と同じく、共産が無党派層と若者世代からもはや「投票先と見なされていない」という冷厳な事実である。民放NNN系30局と読売新聞、NHKが合同で投票日当日に全国47都道府県で行った約20万人の出口調査によると、その傾向は前年よりもますます顕著になってきている。無党派層と若者世代の野党投票先(%)は以下の通りである。

①無党派層、参政15.6、国民15.1,立憲12.6,れいわ7.8,維新7.2,日本保守6.5,チーム未来5.2,共産4.0,社民2.4

②20代、国民24.7,参政24.2,立憲7.2,日本保守6.6,れいわ6.4,維新4.8,チーム未来3.8,共産3.1,社民0.9

③30代、参政23.2,国民18.7,れいわ8.6,立憲7.4,日本保守6.8,維新5.8,チーム未来5.0,共産2.5,社民1.0

④40代、参政18.7,国民14.2,れいわ11.6,立憲9.2,維新7.4,日本保守5.8,チーム未来3.0,共産3.0,社民1.1

 

これらのデータをみると、野党9党のうち共産と社民は、無党派層はもとより若者世代のいずれの年代をとってみても最下位(8位、9位)に位置している。左派・右派の違いを問わず、既成政党・新興政党の違いを超えて、共産と社民は最下位に位置しているのである。多党化時代とはいえ、政治動向に敏感な無党派層や未來を担う若者世代から両党が忌避されていることは、今後の革新勢力の発展に暗い影を投げかけずにはおかない。

 

しかし、こんなデータが赤旗に掲載されることは滅多にない。1人、2人の若者の入党がクローズアップされる一方、マクロな出口調査(20万人)の結果が完全にネグレクトされている。これでは、党員や支持者が共産の置かれている状況を客観的に把握することもできなければ、党再生の手がかりを掴むこともできない。世の中の動向を正確に伝えるのがジャーナリズムの役割だとすれば、党にとって都合の悪い事実を伝えない赤旗は、本来のジャーナリズムの使命を果たしているとは言えない。これでは、政治的プロパガンダの手段だと言われても仕方がない。

 

こうした中で打ち出された新しい方針が、極右・排外主義の〝反動ブロック〟の危険に正面から対決する〝新しい国民的・民主的共同〟の呼びかけだった。保革対決を担った革新勢力が雲散霧消する中で、今度はそれよりもはるかに大規模な「反動対決」に立ち向かう国民的共同を結成するという〝空中戦型発想〟の戦法である。国語辞典を引くと、「保守=今までの状態・考え方・習慣などを根本から変えようとしない態度」であるのに対して、「反動=歴史の流れに逆らい、進歩を阻もうとする保守的な傾向」とある。保革対決が主として政策上の対決であったとすれば、反動対決は歴史観を含むイデオロギー対決の様相が格段に濃くなることは間違いない。凋落一途の少数政党の共産が、果たしてこんな大それた国民運動を起こせることができるのだろうか。また、物価高など目の前の生活困窮に日々直面している国民に、このような雲の上からの訴えは届くのだろうか。

 

また、自民、公明、国民、維新、参政などを一括りにして〝反動ブロック〟と決めつけているが、政局が流動化する多党化時代においては、その時々の政治情勢に応じて与野党間の組み合わせが多様に変化するのが常となる。消費税減税一つをとってみても、国民の切実な生活要求に応えるためには、主義主張を異にする政党間の協力が必要になるかもしれない。そんな時に〝反動ブロック〟の政党とは手を組めないことになると、共産はますます孤立を深めることになる。

 

共産の衆参両院選挙における比例得票数は、2014年衆院選606万2962票(11.3%)、2016年参院選601万6194票(10.7%)をピークに、その後構造的に縮小している。2017年衆院選440万4081票(7.9%)、2019年参院選448万3411票(8.9%)、2021年衆院選416万6076票(7.2%)、2022年参院選361万8343票(6.8%)、2024年衆院選336万2966票(6.1%)、2025年参院選286万票(4.8%)と、僅か10年の間に半減した。原因は言うまでもなく、共産の権威主義的体質に拒否感を示す無党派層や若者世代の「共産離れ」にある。「普通の人」が「エリート支配」に異議を唱えるポピュリズム運動の高まりが、共産の「寡頭的支配=エリート支配」にも向けられるようになったのである。このような傾向に歯止めをかけるためには、党の閉鎖的・権威主義的体質とイメージを刷新するしかない。このことはまた、若者世代の比率が極端に低く、「縮小再生産」に陥っている党組織の凋落に歯止めをかける必要最小限の条件でもある。

 

然るに6中総決議は、現在の党体制を維持したまま2025年9月~12月末までの4カ月を「世代的継承を中軸に質量ともに強大な党をつくる集中期間」と位置づけ、①5千人の新しい党員を迎える、②日刊紙1万人、日曜版5.7万人(紙2.7万人、電子版3万人)を増やす、③第30回党大会(2026年1月)までに党員27万人、赤旗読者100万人を回復させる、と決定している。1カ月平均にすれば、党員1250人、日刊紙読者2500人、日曜版読者1万4250人を増やさなければならない。だが、出だし1カ月(9月)の実績は惨憺たるものだった。入党者は目標の2割にも満たない218人にとどまり、機関紙読者は日刊紙851人減、日曜版3943人減、電子版28人増と逆に後退している。

 

赤旗訃報欄に掲載された9月の党員死亡数は135人、掲載率4割とすると死亡数は約350人になり、これだけでも入党者218人を大きく上回ることになる(公表されない離党者を加えるとその数はもっと大きくなる)。ところが、10月2日の赤旗は「9月実績」を小さく伝えただけで、その数倍もの大紙面を使って志位議長の活動を大々的に報じている。1面トップには「労働者階級の自覚と誇りつちかう学習運動とともに、志位議長 全労連役員と懇談」、政治総合面トップには「綱領、党大会決定、『赤本』『青本』を広く国民のものに、志位議長の講義から」といった具合である。志位議長の本を読めば、まるで世の中が変わるかのような大宣伝が連日行われ、足元の厳しい現実は無視されている。

 

「集中期間」推進本部長の小池書記局長は10月3日、「政治的・理論的確信広げ、10月こそ目標達成を」との訴えを行った(赤旗10月4日)。この中で小池書記局長は「9月、1人の入党者も迎えられなかった地区委員会が189地区となっています(略)。いま全党的には、党員拡大の動きが多くのところで止まった状態から抜け出せておらず、これを打開するには、支部に『やろう』というだけでなく、党機関から具体化を図らないと、運動化できない現状にあります」と実情を明らかにしている。この訴えを読めば、地区委員会の人材枯渇と支部の高齢化が相まって、党勢拡大運動がとっくに限界を超えていることが分かる。

 

だが、共産はこのような党組織の実態(窮状)に真正面から向き合うのではなく、外部に向かっては「参政党批判」をクローズアップし、内部に対しては「志位本」の大学習運動を中心に動いている。赤旗の紙面も参政党批判と志位本の大学習運動を軸に編集されている。参政党批判は、「主張」に加えて政治部長による7回の連載「参政党 新憲法『構想案』を読む」(9月28日~10月5日)が掲載され、志位本の大学習運動は、志位議長が国会内で党国会議員団と事務局を対象とした講義内容(9月26日)を大紙面(10月2日、6~10日)で5回も連載するという熱の入れようである。

 

これらの編集方針は、外部に攻撃対象を設定することで党員や支持者の目を内部矛盾(党勢後退・凋落の原因)から逸らすことにつながり、志位本の大学習運動は志位議長を祭り上げ、党指導部の衆参両院選挙における敗北責任を棚上げしようとするデモンストレーション効果を狙ったもの――としか思われない。だが、資本論を「錦の御旗」にして党の正統性を主張し、党組織の後退・凋落という現実に向き合わない空中戦型戦法は、いずれ雲散霧消する運命を辿るほかない。志位議長を頂点とする「寡頭的支配=エリート支配」がこのまま維持されれば、これを拒否する無党派層や若者世代の共感は得られない。今必要なのは「足元を掘れ、そこに泉が湧く」との言葉があるように、足元を見つめ直す指導部なのである。(つづく)

自公政権が〝少数与党〟になった多党化時代に共産が後退する理由、共産はなぜ80万票(2割弱)もの票を失ったのか、2025年参院選の結果から(番外編2)、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その75)

2024年衆院選は、自民が単独過半数を割ると同時に、自公連立政権が過半数を割るという「地殻変動」が起こった歴史的総選挙だった。2021年衆院選と比較した議席数は、自民70議席減(261議席→191議席)、公明8議席減(32議席→24議席)、合わせて78議席減(293議席→215議席)となり、過半数の233議席を割って〝少数与党〟となった。比例得票数は、自公合わせて2702万票(47.0%)から2054万票(37.6%)へ激減し、648万票(4分の1)もの票を失ったのである。

 

革新勢力の後退の上に胡坐(あぐら)をかいてきた自公政権は、共産党の機関紙・赤旗の「裏金問題スクープ」をきっかけに利権体質を暴露され、国民の厳しい批判に曝された。その背景には、実質賃金が30年間にわたって上がらず、物価高の中で生活困窮が進んでいることへの国民の爆発的な怒りがあった。自公政権は与党の奢りで、その怒りに気付いていなかったのである。一方、「身を切る改革」を掲げて躍進した維新は、政策の実効性に疑問を持たれて41議席から38議席へ3議席後退した。

 

裏金問題にまみれた自公政権の批判票の受け皿として、立憲、国民、れいわの野党3党が浮上した。保守岩盤層からも「自民離れ」が起こり、新興政党に票が流れて参政党と日本保守党が各々3議席を得た。この地殻変動は、革新勢力の再結集によって引き起こされというよりも、自公政権に見切りを告げた保守支持層の「与党離れ」によるものだった。自公政権が統治能力を失うことによって、多党化時代が始まったのである。

 

かってない情勢が展開する中で、選挙前に立憲代表となった野田佳彦氏は、これまでの「野党共闘」に見切りをつけ、日米同盟の継続、共産との政権協力拒否、維新との協力追求など「中道シフト=中道路線」に舵を切った。裏金問題で自民から離反した「穏健保守層」を取り込み、多党化した政局に対応できる体制を整えようとしたのである。立憲はこうして、自公政権に対置する「野党第1党」として無党派層からも一定程度の支持を取り戻し、96議席から148議席へ52議席増加させた。国民とれいわは所得政策を重点に選挙戦をたたかい、国民は11議席(公示前は7議席)から28議席へ2.5倍増、れいわは3議席から9議席へ3倍増と躍進した。

 

不思議なことは、裏金問題をスクープした共産が10議席から8議席へ後退したことである。共産は立憲が「野党共闘」を破棄したことから、小選挙区に最大限の候補者を擁立することを決定し、前回総選挙の2倍に当たる213名を擁立した。小選挙区で多くの候補者が選挙活動を繰り広げれば、比例得票数の拡大が期待できると判断したからである。ところが案に相違して、比例得票数は逆に前回の416万票(7.2%)から336万票(6.1%)へ80万票(2割弱)もの大幅な減少となり、議席数も10議席から8議席へ2議席減となった。共産党は全国都道府県委員長会議(2024年11月15日)で中間的な選挙総括を行い、「党の政治論戦は全体として的確なものだったが、問題はその内容を多くの国民に伝えることができなかったことであり、その根本に党に自力が足りないことがある」と、いつも通りの無意味な総括をしただけだった(『前衛』2025年3月臨時増刊号)。

 

だが、このような通り一遍の選挙総括では、裏金問題に火をつけた共産が逆に「2割弱」もの票を失ったことの説明にはならない。そこには政治情勢が激変しているにもかかわらず、従来通りの方法でしか選挙活動を展開ができなかった共産が、無党派層や若者世代から見放されるという事態が進んでいたのである。読売新聞と日本テレビの出口調査によると、野党への無党派層の比例投票先は、立憲25%、国民17%、れいわ11%に対して共産6%と段違いに少ない。また年代別の比例投票先は、20代は国民26%、立憲14%、れいわ11%に対して共産5%。30代は国民22%、立憲13%、れいわ12%に対して共産5%。40代は立憲17%、国民15%、れいわ12%に対して共産4%と、共産はいずれも底辺に沈んでいる。なぜ、かくも共産の投票先が少ないのか。そこには、共産の閉鎖的・権威主義的体質に対して違和感を示す無党派層や若者世代の気分がはっきりと読み取れる。

 

志位議長の演説に典型的にみられるように、前衛エリート然とした「上から目線」の言動や態度には「付いていけない」と感じる人たちが少なくない。「普通の人」感覚の無党派層や若者世代にとっては、革新の大義や共産主義と自由を声高に叫ぶ志位議長は、自分たちの切実な要求を置き去りにしてどこか「遠い世界」のことを論じているようにしか聞こえない。演説を聞いて理解しようとする前に「肌合いが合わない」として寄り付かない――、こんな気分が無党派層や若者世代の間では大きく広がっていた。共産が案に相違して大敗したのは、赤旗が「裏金問題スクープ」したことへの共感よりも、共産の体質に嫌気を指す気分の方がはるかに大きかったからである。

 

碓井氏は前著で、「人に対する評価が、その人の言葉でなく行為によって決まるように、いかに良い政策や路線を示しても、組織の実態が市民社会の文化にそぐわない場合には、政党は信用されず、したがってその支持は限られることになる」「民主集中制自体はそれなりの根拠を有する組織原則であるが、組織の疎外状態においては、それはむしろ寡頭的支配を強化し、組織の矛盾を拡大し、党のあり方と国民の意識との間に大きな乖離を生む。共産党にとって、一般市民目線に立った改革が今ほど求められている時はない」と述べている(第4章、民主集中制と組織の疎外)。

 

この指摘はズバリ志位氏その人に当てはまる。志位委員長は2021年総選挙の敗退で記者団からその責任を問われたとき、「政策や政治方針が間違ったときは責任を取るが、今回の総選挙はそうではないので責任を取る必要がない」と堂々と言い放った。そこには、民意として現れた選挙結果よりも党の政策や方針を上位に置く典型的な「前衛エリート意識」が露呈されており、市民意識との乖離をものともしない傲慢さが溢れている。2024年衆院選における共産の大敗は、起こるべくして起こった結果だったのである。

 

志位氏が共産党の最高幹部に就任してから既に四半世紀を経過している。碓井氏が指摘するように、民主集中制に基づく共産の「寡頭的支配」は、これ以上の形が考えられないまでに完成している。志位新著を本人が講師となって常任幹部会メンバー全員が学習する、中央委員会総会では〝全会一致〟で志位議長の「中間発言」を含む決議案を決定する、日本共産党創立103周年記念講演会では田村委員長が志位議長の「中間発言」を忠実に解説するなどなど、党全体がまるで志位議長にひれ伏しているかのような印象を与える。

 

自公政権が「少数与党」に転落した2024年衆院選の翌年、自公両党は参院選においても少数与党となった。自民は公示前52議席から39議席へ13議席減、公明は14議席から8議席へ6議席減、合わせて66議席から47議席へ19議席減となった。議席数は3年前の前回参院選と比較して、自民が114議席から101議席、公明が27議席から21議席、合わせて141議席から122議席となり、過半数の125議席を割った。自公両党の比例得票数が、前回参院選の2443万票(46.0%)から1801万票(30.4%)へ642万票(4分の1)もの大量得票を失ったのがその原因だった。しかし、前年の衆院選と違うのは、野党陣営にも大きな「地殻変動」が生じたことである。(つづく)

〝保革対決時代〟の終焉と〝多党化時代〟の幕開け、2025年参院選の結果から(番外編1)、共産党はいま存亡の岐路に立っている(その74)

戦後日本の政治構造を貫く太い糸は、「保守と革新の二極対決=保革対決」だった。国政においても地方においても「自民・無所属」の保守勢力と「社会・共産」の革新勢力が対決し、憲法9条、軍備・自衛隊、外交・安全保障、国土・都市開発、税制・社会保障などの基本政策をめぐって激しい攻防が繰り広げられた。しかし、社会党の消滅を機に革新勢力が後退する一方、自民党は公明を巻き込んで勢力を拡大し、保守支配体制が確立した。民進党の分裂後、立憲と共産が「市民と野党の共闘」を通して革新勢力の命脈をつないできたものの、それも立憲の中道路線化によって消えようとしている。

 

「市民と野党の共闘」に基づく保革対決がピークに達したのは、2021年10月の総選挙だった。枝野代表と志位委員長が党首会談で、①次の総選挙において自公政権を倒し、新しい政治を実現する。②立憲民主党と日本共産党は、「新政権」において、市民連合と合意した政策を着実に推進するために協力する。その際、日本共産党は、合意した政策を実現する範囲での限定的な閣外からの協力とする。③次の総選挙において、両党で候補者を一本化した選挙区については、双方の立場や事情の違いを互いに理解・尊重しながら、小選挙区での勝利を目指す――の3点について合意した。志位委員長はその喜びを次のような言葉であらわしている(『前衛』2022年2月臨時増刊号)。

 

――今回の党首合意は、全体として市民と野党の共闘を大きく発展させる画期的な内容になったと思います。とくに「新政権」において両党が協力していくことが合意されたことは、きわめて重要な前進です。こうした合意を得たことを心からうれしく思っています。

――日本共産党にとっては、99年の歴史のなかでこうした合意を得て総選挙をたたかうのは初めてのことになります。2015年9月に国民連合政府を呼びかけてから6年間、野党が協力して新しい政権をと訴えてきましたが、それに向けて大きな一歩を踏み出す合意が得られたことを重ねて心から歓迎します。

――「限定的な閣外からの協力」という合意になりましたが、わが党は一貫して「閣内協力も、閣外協力もありうる」と言ってきました。ですから、こうした合意になったことにとても満足しています。(略)市民連合と合意した政策は、あれこれの部分的な政策ではありません。9年間の安倍・菅自公政権をチエンジする要となる政策がしっかりと盛り込まれています。「新政権」において、そうした政策を実現するために協力することが合意された意義はたいへん大きいと考えます。

 

しかし、歴史的成功を収めるはずの「市民と野党の共闘」は、「新政権」を樹立することができなかった。比例得票数でみると、自民1991万票(34.6%)、公明711万票(12.3%)、合わせて2702万票(47.0%)となり、自公はそれ以前の総選挙の2017年2553万票(45.7%)、2014年2497万票(46.8%)よりも多くの得票数を確保している。議席数も293(自民261、公明32)と3分の2近くを占め、2017年310(自民281,公明29)、2014年325(自民290,公明35)から若干後退したものの、依然として絶対的過半数を維持していることに変わりない。

 

これに対して野党共闘は、立憲1149万票(20.0%)、共産416万票(7.2%)、国民259万票(4.5%)、れいわ221万票(3.8%)、社民101万票(1.7%)、合わせて2148万票(37.3%)と振るわなかった。立憲、共産、国民、れいわ、社民の野党5党は、全289選挙区のうち217選挙区で候補者を一本化したが、当選した野党5党の候補は野党系無所属を含めても62人で、公示前の51人から大きく上積みできなかった。議席数も立憲96、共産10,国民11,れいわ3、社民1,計121議席となり、自公の4割強にとどまった。立憲は、小選挙区は公示前の48議席から57議席に増えたものの、比例代表は公示前62議席から39議席に大幅に減らし、110議席から96議席に落ち込んだ。共産は結党以来のチャンスを生かせず、2014年606万票(11.3%、21議席)、2017年440万票(7.9%、12議席)、2021年416万票(7.2%、10議席)と後退が止まらない。

 

「新政権」樹立を目指した「市民と野党の共闘」が、期待に反して敗北したことの意味することは大きい。共産が「保革対決」の総仕上げと位置づけた枝野代表と志位委員長の党首合意が全く機能せず、両党は比例得票数、得票率、議席数のいずれにおいても後退したのである。その一方、日本維新の会は、公示前の11議席を大きく上回る41議席を獲得し、比例得票数でも旧希望の党との競合で伸び悩んだ前回から500万票近く上積みして805万票(14.0%)を獲得した。思えば、この時が「保革対決時代」の終わりの始まりであり、「多党化時代」の幕開けではなかったか。

 

翌年の2022年参院選ではこの傾向がさらに明確にあらわれた。保革対決時代は終焉の時を迎え、自公にとって立憲・共産はもはや足元を脅かす相手ではなくなった。比例得票数を見ると、自公が2443万票(46.0%)、議席数は公示前の69議席から76議席へ増えた一方、立憲は前年衆院選1149万票(20.0%)から618万票(12.7%)へ激減(半減)し、公示前の23議席から6議席減の17議席となった。共産も416万票(7.2%)から361万票(6.8%)へ後退し、6議席から4議席への2議席減となった。それに比べて維新は勢いを持続し、784万票(14.8%)を得票して公示前を6議席上回る12議席を獲得した。

 

保革対決時代が終焉を迎えた背景には、支持層の構造的な変化があった。保守勢力の支持層が相対的に安定しているのに対して、革新勢力の支持層は大きく変貌していたのである。立憲支持層は労組の影響力が弱まって流動化し、無党派層の動向に大きく左右されるようになった。立憲の比例得票数が僅か1年で半減したのは、泉代表の「提案路線」が保守勢力に呑み込まれて成果を挙げることができず、これに失望した無党派層が一気に離反したからだとされている。一方、共産支持層は減る一方でしかも高齢化が著しい。共産党の閉鎖的・権威主義的体質が若者世代から嫌われ、支持層の再生産が進まず、高齢化と縮小の一途をたどっているからである。これでは、志位委員長がいくら「結党以来のチャンス」と力んでも、それに応えるだけの基礎体力(共産はこれを「自力」と呼んでいる)が失われているのだから仕方がない。

 

最近刊行された注目すべき本がある。碓井敏正著、『日本共産党、再生への条件――この組織を消滅させないために』(花伝社、2025年9月)である。「リベラル左派」を自称する哲学者の碓井氏は、これまで革新勢力の持続的発展を願って数多くの著作を発表してきた。その中でも今回の著作は、そのタイトルが示す如く危機感に溢れたものとなっている。「まえがき」の1節を紹介しよう。

 

――今回、日本共産党の問題を選んだのは、この間の各種選挙に現れた共産党の退潮が、日本の将来にとって好ましくないという危機感からである。このまま行けば、共産党は取るに足らない弱小政党へと後退する可能性が高い。そのことは日本の将来にとって好ましくないだけではなく、これまで自らの人生を革新運動に捧げ、共産党を支えてきた多くの人々の意思に背くことになるであろう。

――本書では、共産党の凋落を招いた要因を共産党という政党の性格、組織原則(民主集中制)、政策などにわたり多面的に分析した。中でも特に重視したのが組織のあり方である。その理由は、一般の市民が抱く違和感の大本が閉鎖的で権威主義的な組織のあり方にある、と思われるからである。

 

 碓井氏は、共産党凋落の根本原因である閉鎖的・権威主義的な組織のあり方、すなわち「民主集中制」の放棄を主張している。この主張は全編にわたって展開されているが、ここでは「第1章、求められる日本共産党の組織改革」の要旨を紹介したい。

 

 ――共産党の改組織改革を考えるための重要な前提は、近年における社会の変化、特に政党一般と市民との関係の変化である。この点でまず挙げるべきは、既成政党の党員減少や無党派層の拡大にあらわれているように、国民の政党離れが進んでいることである。このことは、国民が階級や職業またはそれに関わる組織や団体の一員としてよりも、一人の自立した個人として政治的選択をする傾向が強まったことを示している。

 ――このような市民意識の変化は、政党活動のあり方に変化を求める。党員や機関紙、支持母体などの勢力拡大は余り効果を持たなくなり、その時々の国民的課題に対して政策的に正確な対応をすることが重要になる。情報化が進む現代においては、その変化に敏感に反応するため、党組織の開放性が求められる。

 ――共産党の「民主集中制」は、少数の専従幹部による組織の「寡頭的支配」として体質化している。組織の重要事項が、自由で民主的な議論抜きに一部の幹部によって非公開で決められ、それがそのまま組織全体の決定事項になるといった専制主義に転化している。「民主集中制」を廃棄することは、専従幹部層の利害と直結しているだけに容易なことではないが、この「寡頭的支配」体制を打破しない限り、共産党の明日はない。

 これらの問題意識は筆者とも完全に一致する。「番外編2」では、自公が少数与党となった2024年総選挙と2025年参院選において、この戦後日本の歴史的変化に対応できなかった共産党の敗北の原因を碓井理論に基づいて分析したい。(つづく)