稲田防衛相の起用が安倍政権崩壊の導火線になるかもしれない、安倍首相は挑発人事のツケを早晩支払わなければならないだろう、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その4)

東京都知事選と安倍内閣の改造が終わったいま、次の国会を前にして政局は奇妙な静寂感に包まれている。なにしろテレビは連日、リオ・オリンピックと高校野球の中継で独占されているので、安倍政権の動向などどこかに霞んでしまった感じなのだ。通常なら、内閣改造人事をめぐって掘り下げた解説記事が出る頃なのだが、今回はそれが皆無状態なので国民は知るすべがない。第3次安倍再改造内閣とはいったいどんな内閣なのだろう。私には新聞・テレビなどマスメディアしか情報源がないので、まずは直近(8月上旬)の各紙世論調査の分析から始めよう。

 第1に眼が行くのは、安倍内閣の支持率が極めて安定していることだ。50%台が読売・産経55%、共同通信・NHK53%、40%台が朝日48%、毎日47%だから、ほぼ国民の半分が安倍内閣を支持している勘定になる。細かいことを言えば、支持の強弱や支持理由の偏りなど検討すべき点は多々あるものの、とにかくこれだけの数字をたたき出しているのだから、安倍政権にとっては盤石の体制だというほかはない。

 第2は、今回の内閣改造に関する評価だ。こちらの方は質問内容が各紙違うので一概には言えないが、全体としては「評価する」が「評価しない」をやや上回っている。評価の有無を直接尋ねているのは朝日、共同通信、NHK、産経の4社であるが、共同通信は(党人事も含めて)「評価する」41%、「評価しない」34%、朝日は(稲田人事を含めて)「評価する」37%、「評価しない」34%、NHKは「大いに」と「ある程度」を合わせて「評価する」48%、「あまり」と「全く」を合わせて「評価しない」43%と評価する声が多かった。ただ、産経は不思議なことに「評価する」40%、「評価しない」42%と否定側の評価が上回った。

 第3は、今回の閣僚人事の目玉ともいうべき稲田朋美氏の防衛相起用に関する評価である。稲田氏の起用に関しては各紙とも注目しているのか、ほとんどのメディアが取り上げた。この点、稲田氏の起用については内閣改造全体の肯定的評価に比べて否定的な評価が多く、稲田氏に対する警戒心が国民の間に根強いことをうかがわせる。否定側の傾向が強いものから並べると、NHK「大いに」と「ある程度」を合わせて「評価する」35%、「あまり」と「全く」を合わせて「評価しない」54%、産経「評価する」32%、「評価しない」50%、共同通信「評価する」32%、「評価しない」43%、読売「評価する」32%、「評価しない」41%などである。

これに対して、海外メディアの反応を積極的に紹介しているのが、共産党の機関紙「しんぶん赤旗」だ。8月6日の同紙によると、英紙フィナンシャル・タイムズ(電子版)は3日、「安倍首相、防衛相に強硬派の国粋主義者を任命」との見出しで、稲田氏が首相の緊密なイデオロギー上の味方であり、日本の歴史と憲法についてタカ派的見解を有していると報じた。米紙ウォールストリート・ジャーナル(電子版)は4日、稲田氏が安倍氏の弟子であり、第2次内閣の閣僚時に靖国神社に参拝したと伝えている。この他、米軍準機関紙「星条旗」(電子版)は3日、稲田氏が今年、裁判で「在特会」とのかかわりが認定されたこと、旧ナチス・ドイツを信奉する極右団体代表と写真撮影したことを紹介している。米ABCテレビ(電子版)も4日、稲田氏が防衛相就任後の記者会見で、第2次大戦時の日本の戦争が侵略か自衛かを問われたのに対し、「この場で表明する立場にない」と明言しなかったことを伝えた。ロイター通信も同じ記者会見で、稲田氏が靖国神社に参拝するかどうかを問われ、明言を避けたことを配信している。

各紙は今のところ、稲田人事について本格的な論評を避けている。僅かに、朝日が「防衛相には歴史認識などが近い稲田前政調会長を起用。自らの支持基盤への配慮もあっただろうが、韓国や中国のメディアが警戒感を示している」(社説、8月4日)、毎日が「防衛相に稲田朋美・前自民党政調会長経済産業相世耕弘成・前官房副長官をあてるなど、首相に近い議員の登用が目立つ。稲田氏の起用は安全保障政策を担当させることで、将来のリーダー候補として育てる狙いからとみられる」(社説、同)とまるで他人事のように論じている程度だ。もし、安倍首相が極右国粋主義者の稲田氏を本気で後継首相に考えているのだとしたら(考えていると思う)、こんな能天気な社説を書く論説委員は即刻お払い箱にしなければならない。海外メディアと違って、日本のマスメディアは安倍内閣の危険な体質をほとんど報道しないので、稲田人事の狙いについてもこの程度の観測記事しか書けないのだろう。

この点、私は日経が8月5日の2面で稲田防衛相とのインタビュー記事を大きく掲載したことに注目する。日経はこの中で「中国海軍の尖閣諸島周辺の行動に対する措置」、「8月15日の靖国神社参拝の可能性」、「中国、韓国メディアの『稲田氏=右翼政治家』との報道に関する考え」、「日朝戦争から第2次世界大戦に至るまでの戦争は侵略戦争か、自衛のための戦争か、アジア解放のための戦争か」、「北朝鮮のミサイル発射への対応」の5点にわたって詳細なインタビューを試みている。

稲田氏は、例によって日中戦争などの認識については「侵略か侵略でないかは評価の問題だ。一概には言えない。歴史認識で最も重要なのは客観的事実だ。個人的な見解を述べるべきではない。戦後70年談話は認識が一致している」と明言を避け、靖国神社参拝については「心の問題だ。安倍政権の一員なので適切に判断し行動したい。行政改革相時代も何度もおたずねを受け、『心の問題であり、申しあげない』と一貫して申し上げた」とはぐらかした。この回答に対して日経は、「靖国神社参拝を巡っては、行政改革相時代に記者会見で今回と同様の答弁をしたうえで、参拝した」、「戦後70年談話は『侵略』に言及したが、日本の行為だったかどうかは曖昧な表現になっている」、「稲田氏は今回、歴史認識問題について体系的に述べているわけではないが、今後議論を呼ぶ可能性がある」とコメントしている。

 日経のスタンスは、米国務省副報道官が3日の記者会見で述べた趣旨と共通するものだろう。副報道官は第3次安倍再改造内閣が発足したことに期待感を示したものの、稲田防衛相が8月15日の終戦記念日靖国神社を参拝するかどうかについて明言を避けていることを巡り、「癒やしと和解を進める方法で歴史の問題に取り組むことが重要だ。それが靖国神社に関する我々の立場だ」と述べ、自制を促した(読売新聞、2016年8月5日)。

 早くも経済週刊誌あたりからは、「稲田後継首相説」が流布され始めた。8月9日配信の「ダイアモンドオンライン」は、「安倍首相の任期が1期3年延びれば、首相の退陣は2021年9月となる。そうなると、かつての小泉元首相が麻生氏、谷垣氏、高村正彦現副総裁を『中二階』と呼んで使い捨てたように、岸田外相、石破前地方創生相を飛ばして、次の世代が後継候補に浮上するのではないだろうか。 ズバリ言えば、安倍首相の意中の後継首相候補は、稲田朋美氏だ。彼女を防衛相に起用したことから、首相独特のあまり『日本的』ではない人材育成の考え方が示されているからだ。日本的な人材育成の『常識』では、稲田氏が安倍首相の意中の後継候補なら、防衛相にすることはない。保守的な思想信条を持つ稲田氏の起用には、中国・韓国が早くも批判を展開している。また、その保守的な言動に対して、マスコミの鋭い突っ込みが既に始まっている。稲田氏にとって防衛相は難しいポストだ。だが、首相は稲田氏にとって難しいポストだからこそ、あえて起用したのだろう」との観測記事である。

 私は、安倍首相による今回の稲田人事は憲法9条を尊重する国民世論への挑発であり、軍国主義への地ならし以外の何もでもないと考える。真近に迫った8月15日の終戦記念日に稲田氏が靖国参拝を果たして強行するか(私は強行すると思う)どうか、安倍政権の改憲戦略の本気度が試されている。(つづく)