総選挙後は、報道各社から選挙戦全般についての論評や講評が出るのが通例となっている。だが、今回の場合は、自公与党の過半数割れもあって次期首班指名をめぐる話題がホットテーマになり、総選挙そのものについてはまとまった論評が見当たらない。その所為か、赤旗が〝2千万円スクープ〟をものにしたことは知られているが、共産党の動向についてはほとんど言及がない。
その中で、3人の政治学者(遠藤乾東大教授、中北浩爾中大教授、谷口尚子慶大教授)が討論した毎日新聞の座談会「どうなる日本政治」(10月29日)は比較的読みごたえのある内容だった。座談会の主題が総選挙の結果とその後の政権の行方であり、必ずしも政党論そのものではなかったが、政党名では自民、公明、立憲民主党、国民民主党、日本維新の会、参政党、日本保守党、れいわ新選組が上がり、政治家名では石破茂、岸田文雄、野田佳彦、安倍晋三が話題に出た。しかし、共産党がまったく話題にならずに話が進んだことには強い印象を受けた。このことは、今回の総選挙で共産党の存在が、政治学者の意識に上らない程度のものになってしまったことを示している。
今回の総選挙の帰趨は、前回(2021年)衆院選と今回衆院選の比例代表得票数を比較すると一目瞭然になる。毎日新聞(10月30日)の各党比例代表得票数の増減率をみると、与党側では自民26.8%減、公明16.2%減と自公両党ともに大きく票を減らしたことが特徴だ。しかし、野党側では明暗が分かれて見事に2極化した。国民138%増、れいわ71.7%増、立憲0.6%増に対して、維新36.6%減、共産19.3%減、社民8.3%減である。ただ、立憲は議席数では大きく躍進したが、比例代表得票数では1156万票で前回とほとんど変わらない。大きく票を伸ばしたのは国民とれいわで、国民は前回の259万票から617万票へ2.4倍、れいわは221万票から380万票へ1.7倍になり、両党は共産を上回った。維新の凋落については有り余るほどの報道が溢れているので省略するが、共産と社民が歩調をそろえて後退しているのは深刻な現象だと言える。
直接的ではないが、その回答に示唆を与える記事に山本健太郎氏(北海学園教授、政治学)のコメントがある(日経新聞10月31日、「有権者の実像、識者に聞く」)。コメント(骨子)は以下のようなものだ。
(1)今回の衆院選で比例代表の得票数を見ると、自民党は過去最少の1458万票に落ち込んだ。有権者の怒りがはじけ、自民からはがれた分の票は棄権に回ったか、国民民主党に入ったのだろう。
(2)小選挙区は自民よりは「まし」だとの考えで、立憲民主党に一定程度の票が集まったと見ている。有権者の戸惑いが感じられ、立民への好感度が高かったために公示前の1.5倍の148議席になったわけではない。期待がもっと高まっていれば、今回1156万票を獲得した比例票はもっと伸びてもよかったはずだ。
(3)第2次安倍政権以降の10~30歳代の若年層の自民支持が他世代に比べて分厚いという特徴は、今回の総選挙では見事なまでに崩れた。若年世代が政治に期待しているのは実行力であり、安倍政権に対してはいろいろ批判があったが、アベノミクスを掲げて好景気をもたらしたことで支持を得ていた。反対に旧民主党の勢力は批判に傾きすぎて、実行力に欠けると受け止められていた。
(4)若年層の自民支持がはがれた要因は、長期的には岸田政権も石破政権も明確なメッセージが若者には感じられず、短期的には石破首相が就任直後に解散・総選挙に踏み切った点が信頼感を著しく損ねたことがある。若年層の票を吸収したのは国民民主やれいわ新選組とみている。
(5)特に国民民主が議席を伸ばした要因は大きく3つある。①SNSの露出度の高さ、②対決よりも解決という姿勢、③手取りを増やすとうたった経済政策だ。既存の政治勢力は、若年層からすると距離が遠い存在になっている。学生からは少しでも将来に希望が持てる経済状況を求める声を聞く。国民民主のスローガンは若者にとって手の届くと感じられる表現で、従来とは異なる新しさのようなもの、付加価値があったのではないか。
このコメントは若年層の動向が中心なので、維新、共産、社民の各党がそもそも対象になっていない。このことは、とりもなおさず上記各党が若年層にアピールできず「反自民票」の受け皿にならなかったことを物語っている。また立民の躍進は「よりまし」程度のことであって、期待が高かったからではない(比例票が伸びていない)という指摘も興味深い。要するに、自民党の敗北が予想外に大きかったために、「反自民票」が小選挙区では立民に、比例代表では国民民主とれいわに流れたにすぎないとの分析である。野党側に政権交代させるだけの実力がなく、むしろ自公与党の敵失によって「よりまし」な野党が浮かび上がったとの冷静な分析である。
世上では自公両党が過半数割れした選挙結果について、「政治とカネ」の問題が大きいことは間違いないが、それが導火線となって日本社会に充満している憤りと不満に火が付いたと考えるべきだ。その不満とは、物価上昇など生活の苦しさに対して政府与党が確たる見通し策を提示できなかったからだ――との声が溢れている。ならば、政府与党に対して最も厳しい批判を展開してきたはずの共産がなぜ「反自民票」の受け皿にならなかったのか。そして、共産はこの事態をいったいどう見ているのだろうか。
それを解明するカギになるのは、「自公両党が『与党過半数割れ』の歴史的大敗を喫したことは、国民が自民党政治に代わる新しい政治を模索し、探求する、新しい政治プロセスが始まったことを示しています。この点に関して決定的な役割を果たしたのは、自民党の政治資金パーティーによる裏金づくりを暴露し、さらに選挙の最中に裏金非公認への2千万円支給をスクープした赤旗と共産党の論戦でした」とする常任幹部会声明の中にある(赤旗10月29日)。赤旗の紙面は、共産の比例代表得票数・得票率の減少にはほとんど触れず、「与党過半数割れに追い込んだ〝МVP(最優秀選手)〟は赤旗と共産党だ」との一色で染められている。〝裏金スクープ〟という場外ホームランを放った赤旗を称えることで、党組織が抱える構造的問題(党員高齢化と党員数減少)と比例代表得票数の減少という事実には触れないように編集されているのである。
言うまでもないが、〝МVP(最優秀選手)〟は勝利したチームの中から選出されるのであって、敗れたチームから選ばれることは(絶対に)ない。赤旗が健闘したことは事実であるが、共産は比例得票数・得票率の減少によって議席を失ったことは明々白々たる事実であり、「試合に負けた」という厳粛な事態を覆い隠すことはできない。たとえ1人のホームランバッターがいても、残るメンバーに貧打で実力がなく、監督やコーチに差配能力がなければ、試合に勝利することは難しいからである。この点で、赤旗と共産が〝МVP(最優秀選手)〟だと称える記事や見出しは明らかに「ゴマカシ」であって、これらは即刻削除して訂正されなければならない。
最後に、京都の選挙結果についても簡単に触れておきたい。2019年参院選、2021年衆院選、2022年参院選、2024年衆院選の過去4回の国政選挙における共産党の比例代表得票数・得票率の推移は、16万7千票・17.5%、15万2千票・13.1%、13万票・12.5%、12万7千票・11.8%と確実に減少の一途をたどっている。だが、先日開かれた総選挙報告集会での京都府委員会書記長の報告は、選挙結果については簡単に触れただけで、「自公過半数割れで『自民党政治の終わりの始まり』を切り開いた日本共産党の役割に確信を持ち、公約実現に力を尽くす」という決意をもっぱら強調するものだった。
最後には申し訳程度に「自力の問題、選挙方針、いずれの問題でも、なぜチャンスを得票増に実らせることができなかったのか、多くの党員、後援会員、支持者の皆さんの忌憚ないご意見をいただきながら、しっかりと自己分析を深め、次の躍進に力を尽くします」(京都民報11月3日)と述べたが、これは党組織自体に自己分析能力がないことを告白しているようなもので、集会参加者の中には絶句した人たちも数多くいたという。集会の参加した人たちからは、共産党は京都においても〝国政プレイヤー〟としての存在感を失くしつつあるとの声が上がったというが、それも当然のことだろう。(つづく)