京都ジャーナリスト9条の会、発足の集いに参加して、(麻生解散辞任劇、その5)

 こんなに真摯で言動が一致したジャーナリストがいまどきいるのか、と身体が震えるほど感動した1日だった。3月14日の「京都ジャーナリスト9条の会」の発足の集いに参加して、長谷川千秋氏(元朝日新聞大阪本社編集局長)の記念講演を聞いてのことだ。

 私はジャーナリストでも何でもないのだが、知人のマスメディア関係者から「ジャーナリズムに興味のある人なら誰でも参加できる」と声を掛けられて、恐る恐る会場に行ってみた。それに一度、長谷川氏の「生の話」を聞いてみたいという野次馬根性もあった。だが話を聞いて、自分のミーハー的体質を深く反省した。

 氏の話には、マスメディアのジャーナリストによくありがちな奢りや権威臭がまったくない。自分のやってきたこと、考えてきたことを淡々と話されただけのことだ。しかしそれが「本物」であるがゆえに、他人には真似のできない真実味と感動を与えるのである。

 会場で配られた氏の「選挙報道は国民の知る権利にこたえているか」という演題には、こんな解説が付けられていた。「選挙報道に一番大切なことは、「民意の公正な反映」という視点だと思います。日本のマスコミはかってその観点から、小選挙区導入の企みを阻止する上で力を発揮したことがありました。では、いま大合唱となっている「2大政党」論はどうでしょうか。選挙報道とマスコミの立ち位置を歴史的に振り返りながら、ジャーナリズムがいま必要なことはなにか、を考えてみたいと思います」。

 イントロとして最初に、京都支局に勤務していたことなど京都と氏の関わりついても話された。そこで出てきたのは懐かしい蜷川知事の名前である。氏は70年代から京都南部に住んだが、蜷川知事の高校3原則に共鳴して、3人のお嬢さんを全て(いわゆる受験校ではない)地元の府立高校に進学させたのだという。

 ここまでの話だったら、「自分も同じだ」と言うことができた。だがその次の話の展開には、「まいったなあ」と思うしかなかった。氏は3人のお嬢さんの高校卒業時のはなむけとして、京都府が当時発行していた「ポケット憲法」を贈ったというのである。

 当時、私は京都府立大学に勤務していて、蜷川知事には比較的近い位置にあった。高校3原則を掲げて頑張っていた教育委員会の社会教育にも参加していて、全国的に有名だった「ろばた懇談会」の助言者をしていたのである。「憲法を暮らしのなかに」をスローガンにして府下各地で開催された「ろばた懇談会」では、この「ポケット憲法」が大活躍していた。しかし、私はそれを自分の子どもたちに贈るということを思いつかなかった。言動が一致していなかったのだ。

 本題に入ろう。氏の話はマスメディア関係者の多くが政府審議会や世論誘導団体に取り込まれ、偏向した選挙報道によって「国民の知る権利」が侵されていることを深く憂うものだった。レジュメの見出しを並べただけでも、それがわかる。なかでも「21世紀臨調と二大政党論」、「臨調へのメディア参加と不見識報道」がその中核部分だ。結論はいうまでもなく、報道の自由と公正さを守るためにはメディアは権力から独立した存在でなければならず、21世紀臨調などから即刻脱退すべしというものだった。

 「新しい日本をつくる国民会議」いわゆる「21世紀臨調」は、「政治を変え、日本を変える」ために活動している「民間団体」である。だがその構成メンバーを見れば、国家権力丸抱えの「大政翼賛会」組織であることが一目で分かる。いわば日本の世論を操作する司令塔の役割を果たしている「管制高地」ともいうべき組織である。役員は名前を公表しているだけでも170名を超え、ざっと数えてみただけでも経営団体・経営者30数名、大学・研究者30数名、メディア・ジャーナリスト約50名、自治体首長約30名、労働団体約10名、弁護士他20数名という錚々たる陣容で、メディア関係者が突出している。

 ちなみにメディア関係者の内訳は、朝日新聞主筆・編集局長・政治部長・コラムニストなど6名、読売新聞が大阪本社社長・編集局次長・政治部長・論説副委員長など7名、日経新聞が編集局次長・政治部長・論説副主幹など4名、毎日新聞論説委員長・政治部長など4名、産経新聞が会長・編集長・論説委員長・政治部長など6名、共同通信が論説副委員長・政治部長など4名、この他東京新聞中日新聞読売テレビ日本テレビテレビ東京、フジテレビ、テレビ朝日などの幹部も軒並み名前を連ねている。

 これだけのメンバーが「日本はいま、数世紀に一度の歴史的な転換期を迎えています。この数年のあり方が日本の行く末を決める大きな分かれ道になるかもしれません。政治を変えなければ、いかなる種類の構造改革も実現することはできません。わたしたちは、改革を求める多くの人々の思いを集め、後に続く世代のために、国民が主役となる「新しい日本」をめざします」と宣言して、自民・民主2大政党論を日々キャンペーンしているのだから、日本の世論が右傾化するはずだ。また「9条の会」が紙面で取り上げられない理由もよくわかる。

 朝日新聞は政府審議会の委員になることを自粛しているというが、主筆以下これだけの幹部が「21世紀臨調」に首を突っ込んでいるとしたら、社説や論説で小泉構造改革と2大政党論を援護する論調になることは避けがたい。どうしてこんなことになってしまったのだろう。現場で取材をしている記者たちは、派遣切りや政治資金問題で奮闘しているにもかかわらずである。

 長谷川氏の話は1月31日朝日新聞夕刊のインタビュー記事、「益川氏覚悟の反戦、9条危機なら運動に軸足、ノーベル賞受賞講演、触れた戦争体験」に関する感想で終わった。大阪本社記者が益川氏の平和反戦にかける思いを聞き出し、一面トップの記事になったことについてである。氏は大方のマスメディアが作り出した「ひょうきんなオジサン」、「英語のできない学者」といった益川氏のイメージを変えたこの記事を高く評価し、そのジャーナリズム感覚を讃えた。

 会場の参加者には、「長谷川組」と称される朝日新聞OBの姿が目立った。現役時代の尊敬する上司の姿を久し振りで見ようと集まったのであろう。またジャーナリスト以外の参加者には朝日新聞の読者が多くて(なかにはニュースキャスターの追っかけオバサンまでいて)、会場はさながら「朝日一色」の雰囲気になった。しかし会場には毎日新聞京都新聞共同通信、KBSなどの現役、OBの姿もあった。京都ジャーナリスト9条の会は、これら多様なジャーナリストによって支えられるのであれば、その運営にはもっと気遣いがあって然るべきだったのではないか。会場の参加者の発言と司会運営をみて、そう感じた人が多かったはずだ。