北朝鮮の行方とその分岐点(2)、朝鮮族実業家との意見交換を通して、(近くて遠い国、北朝鮮への訪問、その12)

 I氏の話に対して、私の友人も同意見だった。北朝鮮が生き残るためには、現在の核開発を止めることが唯一の道だというのである。核開発と弾道ミサイル開発を止めれば、6カ国協議でもイニシャティブを取れるし、各国の経済制裁を解除して経済支援を期待することもできる。そうすれば「自力更生」とい名目の孤立した経済政策を続ける必要もなくなるし、軍事費のなかでも突出した比重を占める核開発経費を軽減して民生費にも回せるので国内も安定する。また北朝鮮の軍事的脅威を煽って、軍備増強や沖縄軍事基地継続の最大の口実にしている自民党民主党外交政策も崩れる。「八方目出度し」というわけだ。

 問題は、「なぜかくも自明のことが実行できないのか」ということだろう。それは、金正日が自らの権力を確立するためにあらゆるものを犠牲にして肥大化させてきた「先軍体制」、「先軍政治」をコントロールすることが困難になってきているからだ。換言すれば、「軍事独裁政権」を維持し続けなければ自らが失脚する恐れがある。だから金正日の選択肢は、自らの後見のもとに3男の金ジョンウンを世襲にして「先軍体制」を維持する他はない、とI氏はいうのである。

 私の疑問は、権力関係の面からみればそうであっても、国民生活が崩壊して国家体制が崩壊すれば、「先軍政治」もまた崩壊する。そうなると、金正日にとっては「元も子もなくなる」のではないかというものだ。たがI氏から返ってきた答えは意外なものだった。それは、金正日政権の動向を中心に考えると方向を見誤る。北朝鮮の運命を決するのは朝鮮民族自身であって、金正日ではない。たとえ北朝鮮が崩壊しても、内外の朝鮮族の結束によって、朝鮮半島の平和と国民生活の安定は必ず立て直せるという内容のものだった。

I氏の話は続く。韓国人口は4800万人、在外朝鮮人人口は1000万人を数える。この6000万人近い朝鮮民族が協力すれば、2200万人の北朝鮮を立ち直らせることは決して不可能ではない。南北朝鮮と在外朝鮮人との間には切っても切れない家族・親族のネットワークがあるのであって、現にそういう事態になれば、自分も含めて北朝鮮に移住して働きたいと考えている朝鮮族の実業家はたくさんいる。北朝鮮の崩壊は膨大な数の「国際難民」を生むとか、混乱を収拾するにあたって韓国・アメリカと中国が衝突して軍事的緊張が激化するとかいろんな憶測が流されているが、それは北朝鮮体制をこのまま存続させるためのプレスキャンペーンにすぎない、というのである。

確かにこの主張には一理あるように思う。それは、朝鮮民族の間に流れる「血のつながり」を意識した強い「家族主義・親族主義」に基づく主張であって、在日朝鮮人の粘り強い北朝鮮への支援活動を見ればよくわかるというものである。東西ドイツの場合は、統一するにあたって膨大な投資が行われたが、それにもかかわらず依然として東西の経済格差・社会格差のカベを克服できない。だが個人主義が発達している欧米各国などの場合とは違って、南北朝鮮の場合はそうはならないというのである。

そういえば、韓国政権においては与党・野党を問わず家族・親族間を横断する利権汚職が頻発している。大企業の利権を背負った政権だけではなく、ノムヒョン大統領のように清貧・公正・人権を掲げた革新政権でさえ身内の汚職を免れることができなかった。私は、これらの「ネポティズム汚職」は韓国政治の後進性をあらわす以外の何物でもないと考えてきたが、I氏の考えを聞いて、「近代政治学」の文脈だけで北朝鮮問題を分析することの落し穴にも気付いた。

話を元に戻そう。それでは北朝鮮体制を維持させるためのプレスキャンペーンを張ってきたのはいったい誰なのか。それは南北朝鮮の統一が「国益に反する」と考える国々だ。I氏の見解によれば、それはアメリカ・日本と中国という世界の覇権大国だということになる。対ソ連との冷戦体制が崩壊した後でも、アメリカはイランや北朝鮮などを「ならず者国家」と呼んで仮想敵国扱いをしてきた。そして現在も北朝鮮を「ダシ」にしてその後見役である中国の軍事的脅威を強調し、アメリカ国内の産軍共同体の利益を確保している。南北朝鮮の統一によって東アジアの軍事的緊張がなくなることは、アメリカの「国益に反する」のである。

一方、中国はどうか。南北朝鮮が統一して中国の隣国に強大な資本主義国が誕生すれば、北朝鮮という「緩衝地帯」を失うことになる。ましてこの統一朝鮮国家とアメリカが緊密な同盟関係を維持すれば、中国は国境を接してさらなる政治的・社会的緊張にさらされることになる。「経済は資本主義」、「政治は社会主義」といった便宜的な使い分けが成立しなくなり、中国国内の政治社会体制は一挙に流動化せざるを得ないというのである。(つづく)