北朝鮮訪問を通して感じたこと、思ったこと(2)、(近くて遠い国、北朝鮮への訪問、その14)

これは私の個人的観測にすぎないが、今年5月の中朝会談において、胡錦濤中国国家主席は、金正日総書記に対して「経済の改革開放政策を実行すること」(金日成のチュチエ思想を放棄して中国の経済援助を受け入れ、合弁企業化すること)、「集団指導体制を構築すること」(金正日世襲独裁政治を排して集団指導体制に移行すること)の2点を強く迫ったと思われる。

中国の改革開放政策に対して、金正日がこれまで「修正主義」だといって強く批判してきたことはよく知られている。北朝鮮は、外国資本の導入を排して「チュチエ思想」にもとづく主体性を維持し、独自の社会主義を建設するという態度に終始してきた。ソ連からの「友好援助」は北朝鮮の主体性を侵さないが、資本主義国からの経済投資は世襲独裁体制を脅かす危険性があるので、「貧しくても頑張る!」ということだろう。だがその結末は、見るも無残な経済危機の激化と国民生活の窮乏であり、北朝鮮の「主体的」経済政策は、国家体制を崩壊の危機に導く他はなかったのである。

北朝鮮が存亡の危機にあることを、(言葉に出したかどうかは別にして)、金正日自身が認めたらしいことが今回の8月会談の最大の特徴だ。金正日の最大関心事はあくまでも金独裁体制の維持にあるのであって、国民生活の窮乏を救うことにあるわけではない。国民生活がたとえ貧窮のどん底にあったとしても、それが金体制の危機に結びつかなければ平然としているのが金正日の本質だ。それは、日本軍国主義があくまでも「国体の護持」にこだわり、終戦を引き延ばして広島・長崎の原爆投下を招き、東京・大阪大空襲の大惨事を引き起こし、ソ連の参戦を招いた構図と何ら変わらない。

だが今回の北朝鮮の危機は、国民生活の危機と金体制の政治的危機が連動しているところに従来にはみられなかった大きな特徴がある。そしてその背景には、厳重な規制網をかいくぐって次第に浸透しつつある携帯電話やDVDの普及、そして無数の「ヤミ市場」を通しての情報(口コミ)ネットワークの広がりがある。金体制のもとでの配給制度の崩壊が中国への買い出しや「ヤミ市場」を生み出し、そのことが国民の情報封鎖の綻びのきっかけとなり、国民生活の窮乏と金体制との因果関係が国民各層の目に次第に明らかになってきているのである。

中国側が今回の異例の会談に応じたのは、このような新たな政治社会情勢の下では、もはや金体制の維持継続は不可能であり、中国式の改革開放政策を北朝鮮に受け入れさせることが、北朝鮮を存続させる唯一の方策であることをはっきりと認識したからであろう。北朝鮮への改革開放政策の導入は、中国が韓国・アメリカ・日本との「緩衝地帯」を今後とも維持していくための政治的、経済的基盤となり、また「東部大開発」の拠点である東北経済圏のなかに北朝鮮を組み込む絶好の機会ともなる。金正日が今回訪問した吉林長春ハルビンなどの主要都市は、東北3省(吉林省黒龍江省遼寧省、人口約1100万人)を物流・工業基地として開発し、2020年までに現在のGDP38兆円を4倍に増やそうとする「東部大開発計画」の拠点都市であることが、何よりもそのことを物語っている。

すでにその準備は早くから始まっている。中国は現在の中朝交流の大動脈である鴨緑江の「中朝友誼橋」(1943年建設)がネックになっている状態を解消するため、1キロほど下流に「新鴨緑江大橋」(丹東―新義州、総工費約150億円)の建設を提案して、数年前から交渉を開始している。そして「国家の主権にかかわる」と難色を示していた金正日を説き伏せて2009年秋に建設協定を締結し、2010年10月に着工して3年後に完成させる予定だ。またこれと並行して、2009年秋には早くから経済特区の協定を結んでいる北朝鮮北東部の港、羅津港の10年間の使用権も確保した。これで中国は、東北部の主要都市から図們江(豆満江)を経由し、北朝鮮咸鏡北道を通じて羅津港日本海)への物流ルートを確保することで、新たな「日本海レーン」を獲得することになる。(産経、9月4日)

だが最大の問題点は、このような北朝鮮の改革開放政策を「先軍体制」の要である軍部が果たして受け入れるかどうかだ。そのことはまた、金正日独裁体制を支えてきた「先軍体制」を今後どのように「構造改革」するかという政治的課題とも直結している。そこには単なる「世襲政治」の踏襲でもなければ、金体制の継続でもない「集団指導体制」の問題が浮かび上がってくるのである。(つづく)