北朝鮮訪問を通して感じたこと、思ったこと(3)、(近くて遠い国、北朝鮮への訪問、最終回)

ここ2、3日のテレビニュースは、ピョンヤン労働党代表会のための準備が盛んに進められていると伝えている。だが、新義州一帯(シニジュ地区)の洪水被害と復旧状況についてはニュースらしいニュースがない。中国からの報道では、シニジュ地区の被害は極めて深刻で、1万戸近い住宅が倒壊したにもかかわらず救援対策が思うように進んでいないらしいのである。しかし洪水発生当時、将軍様の命令で人民軍の「英雄的」な救出活動を報じた朝鮮中央通信は、その後、現地状況をいっこうに明らかにしない。昨日偶然に見た民放のテレビニュースでは、シニジュ地区の救援対策が全く進んでおらず、被災者がバケツの水を自分の金で買っている状況が映し出されていた。政府や党組織が労働党代表会の準備のために忙殺され、被災地の救援には手が回らないからだとのコメントだった。

8月の中朝会談後、中国側は「金総書記は、(北朝鮮の核問題をめぐる)6カ国協議の早期再開を推し進め、朝鮮半島の緊張を緩和させることを希望している」ことを強調し、北朝鮮側は「胡錦濤主席は、伝統的な中朝親善は高貴な財産であり、中朝親善を代を継いで伝えていくことは双方の責任と指摘した」と伝えた。中朝会談の結果を双方がそれぞれ都合のよいようにコメントしたのであろうが、私は、それに続いて「胡錦濤主席が近く開かれる朝鮮労働党代表者会の成功を祈ると述べた」という中国側の発表を重視したい。なぜならこのコメントのなかにこそ、今回の中朝会談の結論が凝縮されていると思うからだ。

胡錦濤発言は、金正日が切望する後継者問題については一切触れていない。ただ直近の「朝鮮労働党代表者会の成功を祈る」と儀礼的にいっただけだ。その意味するところは、「中国の提案する改革開放政策を北朝鮮が実施するのであれば、後継者は誰であってもかまわないよ」ということだろう。北朝鮮の国家的危機はもはや個人的指導者(それが金ジョンウンであれ、他の誰であれ)の手に負えるようなレベルではなく、中国の後見(指導)のもとに北朝鮮指導部が集団的に取り組む他はないことを知悉しているからだ。

おそらく北朝鮮労働者代表会は、(公表するかしないかは別にして)筋書通り3男の金ジョンウンを指導部の一員として選出することになるだろう。だがその実態は、金正日の一族(妹や妹婿)やその他メンバーが加わる集団指導体制の形成であって、これまでの世襲独裁政治とは「似て非なるもの」になることは間違いない。過日のNHKニュースは、金ジョンウンが3年ほど前から金正日の「現地指導」に付き従い、後継指導者としての研鑽を積んでいると伝えているが、この種の「現地指導」がすでに時代錯誤の代物になっていることを知らない報道だ。

今年のアリラン祭りのマスゲームのなかでも、「2012年強盛大国実現」を掲げる最後のステージになって、「CNC」という壁文字が大写しされた。これは、金ジョンウンをコンピューター数値制御に詳しい新しい時代の後継指導者として登場させる前触れなのだろう。だが、一介のコンピューター技術者らしき若者が政治経済のすべての分野で「指導」できるなど、誰もが信じていない。北朝鮮国営テレビではお馴染みの光景である、金正日が手振り身振りで「現地指導」して、現場の幹部が恭しくメモをとるシーンなどがすべて「パフォーマンス」であり、「やらせ」にすぎないことは、一定の知識水準にある者にとっては誰でも知っていることだ。まして、中国がこれから経済支援や技術指導に本格的に乗り出すようになると、将軍様や青年大将の出番はなくなることはほぼ確実だ。

最大の問題は軍部の動向だろう。だが軍部がクーデターを起こして権力を掌握しようにも、それを長期的に維持できるだけの物的基盤が現在の北朝鮮にはないのである。燃料がなければ戦車やトラックは走れない。食糧がなければ兵隊は動けない。胸一杯に勲章を飾りつけた将軍たちがいくら叱咤激励しても、「飢えた軍隊」ではクーデターは難しいのだ。食糧飢饉はすでに軍隊にも広がっている。北朝鮮の軍隊は農耕にも従事し、工場も経営して一定の「自活能力」を備えているが、それも中国の経済援助や軍事援助があってのことだ。北朝鮮の政治経済的・軍事的安定を最重視する中国が、軍部のクーデタ―を許すはずがないのである。

長々と手前勝手な北朝鮮訪問記を15回も書いてきて、読者諸氏はさぞかし素人談義の長口舌に呆れられたことであろう。しかし私にとっての「近くて遠い国」は、ひょっとすると多くの方にも共通するものではないかと思い、また自分の見方を客観化するためにも、現地での印象を各紙の報道やにわか勉強で得た知識をもとに分析的に書いてみた。事実関係の誤りや思い違いは数多くあることを承知で書いたブログなので、適切なコメントをいただければ幸いである。これから数日も経たないうちに、「金ジョンウン」ブームが起こるかもしれない。その渦中に巻き込まれないうちにペンを置くのが賢明だと思い、中途半端な形で終わることにしたい。(おわり)