岩手県はオーソドックスな「現状復旧復興計画」、宮城県は財界直轄の「日本版ショックドクトリン計画」、福島県は自治体の存亡をかけた「脱原発復興計画」、(震災1周年の東北地方を訪ねて、その2、東北3県の震災復興計画の特徴)

 今回の私の調査目的は、被災者や被災地の実態調査ではない。大げさに言えば、震災復興計画に関する幾つかの理論的テーマを設定して、それらをめぐる関係者とのやり取りの中から問題意識を具体的に掘り下げようというものだ。したがって、訪問先は県レベルの復興計画を包括的に把握できる組織やキーパーソンが中心になる。

 まずお礼を述べなければならないのは、このような「難しいヒアリング調査」に対して、各県関係者の方々が多忙な日程の合間を縫って快く応じてくださったことだ。岩手県では、「東日本大震災津波救援・復興岩手県民会議」(以下、岩手県民会議という)の事務局メンバー(NPО法人岩手地域総合研究所、岩手自治労連、いわて労連など)が数人集まっていただき、岩手県震災津波復興計画(基本計画・実施計画)について忌憚のない意見を交換することができた。

 宮城県では、「東日本大震災復旧・復興支援みやぎ県民センター」(以下、みやぎ県民センターという)の代表世話人や事務局長をはじめ組織を代表する方々が一堂に会され、宮城県震災復興計画の狙いや性格について突っ込んだ批判や分析視点の教示を受けた。またこれとは別に、東北工業大学建築学科の復興支援室が開催した「東北建築フォーラム」にも参加し、同大学の若手研究者の精力的な支援活動の経験を聞いた。それと対比して、行政側シンポジストである宮城県土木部復興まちづくり推進室やUR都市機構震災復興支援室からの発表も大いに参考になった。

 福島県では、「東日本大震災原発事故被害の救援・復興をめざす福島県共同センター」(以下、福島共同センターという)の事務局から原発被害の全体状況について話を聞いた後、福島県南相馬市伊達市などにおいて復興ビジョン・復興計画の策定やコーディネートにかかわり、行政側と住民側の双方の事情に詳しい山川充夫福島大学教授(学長特別補佐、うつくしまふくしま未来支援センター長)から長時間にわたって豊富な学識経験を学んだ。

 これらのヒアリング調査を通して明らかになった東北3県の震災復興計画の特徴を一言で言えば、岩手県は早期災害復旧をめざすオーソドックスな「現状復旧復興計画」、宮城県は財界直轄の典型的な「日本版ショックドクトリン計画」(新自由主義的災害便乗型地域再編計画)、そして福島県自治体の存亡をかけた「脱原発復興計画」ということになる。それぞれの県域における被災状況と政治構造を掛け合わせた結果が、各県特有の復興計画としてあらわれたといってよいだろう。

私の経験からいえば、この種の計画の性格は、(1)被災状況の内容や規模・程度、(2)住民運動など世論の動向、(3)首長の政治姿勢と議会の勢力分布、(4)事務局を構成する官僚機構の体質、(5)計画策定メンバーの構成、などの諸要因によって左右される。しかし、これら全ての要因が等しく影響を及ぼすわけではなく、ひとつの突出した要因が計画の基本を決めてしまうこともある。

東北3県の復興計画に関して言えば、岩手県の場合は、何にも増して三陸海岸沿岸部の漁村と市街地の大半が巨大津波で壊滅したという空前の被害状況が、地域の存亡をかけた「オール岩手」の復旧復興体制を生み出し、それが被災地の早期復旧復興を掲げる「現状復旧復興計画」になったということであろう。事実、日本政策投資銀行の推計によれば、岩手県沿岸部5市4町3村の推定資本ストック(生活や生産に必要な基盤施設や設備など)被害額は3兆5千億円、被害率47%という空前の規模に達し、早急な災害復旧を図らなければ財政基盤が脆弱な被災市町村は統治能力を失い、消滅する恐れすらあった。ちなみに宮城県沿岸部の被害率は21%、福島県は12%(原発被害を除く)である。

岩手県東日本大震災津波復興計画」(2011年8月策定)の骨子は、東日本大震災復興構想会議に提出された達増知事の意見書(2011年5月)のなかで“緊急提言”として提案された「まちづくり」「水産業の再生」「津波被害に係る二重債務の解消」の3点に集約されている。いずれもが被災地の再生にとって緊急不可欠な復旧復興施策であり、岩手県はもとより被災状況を同じくする宮城県にとっても等しく共有できる内容だといえる。

緊急提言の趣旨を要約すると、第1の「まちづくり」に関しては、沿岸部の主な市街地や漁業で生計を立てる小規模な集落の多くが被災したという状況にかんがみ、①被災市街地における安全の確保と早急な復旧、②漁業集落における安全な居住地と就業の場の確保の2点が課題となるというものだ。
このため、①権利確定に時間がかかる区画整理事業に代わって、速やかに被災市街地の再編を可能にする新制度創設と補助率アップ、②防災集団移転促進事業を推進するために必要な適切価格による被災土地の買い上げ、及び小規模漁業集落が安全な居住地に集団移転出来るよう事業要件緩和と補助率アップ、③被災者が安全な住宅地に低廉な家賃で居住するために災害公営住宅への財政支援強化、④低地での避難ビル配置・避難路確保のための財政支援強化、⑤漁業集落の共同作業所を海辺に整備できる制度の創設などを国に要望するものとなっている。

第2の「水産業の再生」については、岩手県漁業者は沿岸漁業や養殖業を主体とする小規模経営体が多く、所管漁協が漁場を管理し、漁業者を指導することにより生産活動が行われているという特徴にかんがみ、①早期に漁協機能を回復させ、②漁協を核とした漁業・養殖業を構築し、③地域ごとに主体性をもった水産業の再生を図ることが課題となるというものだ。
このため、漁船・加工施設など生産基盤の全てを失った漁業者、漁協、加工業者に対して、①国による全面的な財政支援、②漁業と流通・加工業が車の両輪となった水産業の再生、③水産業を通じて形成されてきた沿岸集落の地域コミュニティ再生が求められている。具体的には、漁協が核となり、漁船等を一括整備し、組合員に貸し出しして共同利用するシステムの構築が不可欠であることが強調されている。

第3の「津波被害に係る二重債務の解消」については、沿岸地区の中小企業の約7割が被災して、小売・卸売業などの商業施設、水産加工などの製造業施設、ホテル・旅館・民宿などの宿泊施設が津波災害で壊滅的状態となり、商工業関係の被害額は1700億円近くに達している状況が訴えられている。
このため、従来の負債やローン返済に加えて施設再建のための新たな借り入れや返済が不可能な中小企業に対して、二重債務を解消するために国、県、金融機関等が出資するファンドを立ち上げ、①既存債務の買い取り、②再建に向けた資金融資、③企業再生までの一貫支援などの施策を実施することが求められている。
また、被災者個人に対しては、生活支援法等の拡充により個人への生活再建支援を強化し、①被災者生活再建支援金の200万円から500万円への大幅増額、②被災者向け公営賃貸住宅の整備、③住宅ローン買い取り制度の導入などが提起されている。

このような経緯を経て、「安全の確保」「暮らしの再建」「なりわいの再生」を3原則とする岩手県復興基本計画がまとめられた。計画策定メンバーが全員岩手県関係者であり、「オール岩手」による復興計画になったこともあって、計画の役割も地方自治の本旨にもとづき次のように規定された。

(1)被災者に寄り添い、一人ひとりの安全を保証し、その暮らしとなりわいの再建を支援する計画である。
(2)被災市町村が策定する復興計画等の指針となり、その自主的な復興を支援する計画である。
(3)復興に当たって、県民、関係団体、企業、NPО、高等教育機関など、地域社会を構成するあらゆる主体が一体となって取り組むための指針となる計画であるとともに、県としての施策の方向や具体的な取組内容を示す計画である。
(4)岩手県としての復興の方向性と取組を明らかにし、国に対して必要な復興事業の支援を提案・要望する計画である。
(5)国民や国際社会の積極的な支援と参画を通じた「開かれた復興」を促す計画である。

 この復興計画は後に述べるように、宮城県復興計画とはあらゆる点で対照的な性格をもった計画であり、岩手県県民会議からも「評価に値する計画」と位置づけられている。だが復興構想会議の議論においても岩手県の提言は重視されず、各種報道においても専ら宮城県の提言がクローズアップされた。その理由と背景については次回に分析する。(つづく)