復興3原則のなかで、岩手県民の願いは「暮らし再建」と「なりわい再生」で一致している、しかし「安全確保」では意見が分かれている、(震災1周年の東北地方を訪ねて、その5、地元紙「岩手日報」の記事から見えてくるもの(1))

今回の東北地方調査で、地方紙・地元紙の存在がこれほど大切であり重要だと思ったことはない。現地でのヒアリング調査を進めるなかで問題意識が研ぎ澄まされてくると、それを裏付ける現場に行って当事者に会いたくなる。でもそれが出来るような時間的余裕や人脈がない以上、最後は新聞情報に頼らざるを得ない。

震災1周年の特集記事に関しては、全国紙も積極的に取り組んだことは特筆される。1週間から2週間にわたってテーマごとに特集記事が連載され、記憶を新たにしなければならない被災者・被災地の冷厳な事態が系統的に報道された。これらの特集記事は、現状を鳥瞰図的に理解するうえで欠かせない基本情報であり、かつ後世にも残る貴重な歴史資料だ。だが地元での調査を始めてみると、地元紙を見ないことには何も分からないことに改めて気付いた。

恥ずかしいことだが、私が在住する京都市の図書館は各行政区ともそれほど充実しているとはいえない。おそらく指定都市のなかではあらゆる面で最下位にランクされるのではないか、とさえ思うほどだ。京都市のなかでも人口30万人を超える最大の行政区でありながら、伏見区中央図書館は蔵書数も建物スペースもきわめて不十分で不満足なことこの上もない。閲覧席はいつも満員で窮屈そのもの、調べ物をするどころの雰囲気ではないのである。東京三多摩地方の自治体図書館の充実ぶりなどに比べれば、思わず「市民税を返してほしい!」と叫びたくなる。

ところが伏見中央図書館の新聞コーナーには、不思議なことに「岩手日報」、「河北新報」、「福島民報」の東北3紙が置かれているのである。聞けば、昨年8月あたりから取り寄せているのだそうだ。京都市民が被災地に対する関心を持ち続けることが出来るよう、きっと気の利いた市職員や司書が定期購読することにしたのだろう。とにかく嬉しい限りだ。以前から時々通って目を通していたが、調査後は本格的に(分析的に)各紙の記事を読むようになった。

膨大な震災関係の記事を年間通して読むことなど、生半可な気持ちで出来ることではない。幾つかの基本視点を設定して読まなければ、「情報の渦」に呑みこまれてそこから脱出できなくなる。私が今回の岩手県調査から得た最大の収穫は、岩手県民会議の方々から「安全確保が必ずしも最高の復興原則ではない」という震災復興計画に関する基本視点を教えていただいたことだろう。この発言を聞いたときは、正直言って思わずわが耳を疑ったほどの衝撃を受けた。

私が阪神淡路大震災における兵庫県や神戸市の復興計画を検証したときは、「創造的復興」という名の“焼け太り計画”を批判することは比較的簡単だった。被災地の安全確保や被災者の生活復興に直接関係のないハコモノ計画が復興事業としてズラリと並び、「災害便乗型復興計画」の臭いがプンプンしていたからだ。兵庫県や神戸市を批判していたのは研究者ばかりでなく、財政支出を抑えようとする当時の大蔵省も同様だった。「焼け太り計画は駄目」というセリフは大蔵官僚の口から出てきたもので、案外いいことを言うなと思ったものだ。

しかし岩手県の場合は津波災害がメインなので、「安全確保」は復興計画の至上命題として疑われることがなかった。そこでの問題点はすでに述べたのでここでは繰り返さない。でも「岩手日報」の震災関連記事を精査すると、被災者や被災地の世論は、岩手県の復興3原則のなかの「暮らし再建」と「なりわい再生」に関しては完全に一致しているが、「安全確保」の方法については激しく対立していることが分かる。

具体的にいえば、津波被災浸水地域で復旧するか、高台移転するかについて被災者の意見が激しく対立しているのである。ひとつの集落や市街地ではもとより、家族の間でも意見が分かれている場合が少なくない。最初は一堂に会して議論を始めたのだが、そのうち意見の収拾がつかなくなって決裂するか、賛成派と反対派に分かれて議論をするといった地域まで出てきている。

災害復旧復興計画の要諦は、被災者が合意し易い方策や解決策を速やかに見出すことであって、対立が予測される計画案を当局が被災者や住民に押し付け、深刻な事態を長引かせることではないはずだ。とすれば、岩手県や被災市町村は、まず「暮らし再建」と「なりわい再生」の課題から議論を始めて、とりあえず暫定計画を策定し、それが軌道に乗った段階で「安全確保」に関する課題の議論を始めてもよいのではないか。いま流行の「スピードある解決」を目指すのであれば、なおさらのことだ。

ということで、次回は岩手日報の記事の中から問題に直面している幾つかの地域事例を取り出し、復旧復興計画の方向を考えてみよう。なお伏見中央図書館には昨年7月以前の東北3紙が置かれていないので、それ以前の記事は電子版情報を利用したことを付記しておきたい。

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この東北訪問記は相当期間にわたって執筆する予定なので、大阪ダブル選挙以降の「ハシズム分析」や「橋下新党」の行方については、私が投稿している別のブログを参照してください。ブログ名は「リベラル21」、東京のジャーナリスト集団が同人形式で運営しているブログです。