津波対策から「復興パターン」は決まるか、岩手県山田町の復興計画を解剖する(6)、(震災1周年の東北地方を訪ねて、その13)

 山田町復興計画の心臓部である地区別復興計画の基本方向が決まった。それは「既存市街地・集落を基本にしたコンパクトなまちづくり」というもので、中心には「漁港は水産業の復興に不可欠な施設として現位置で再生する」という“職の復興原則”が据えられている。また隣接地には「防潮堤整備を前提として水産加工施設等の立地を誘導する」という方針も決まった。これらはいずれも、生活再建の基礎となる「なりわい再生」のための不可欠の復興原則だ。

 だが最大の問題は、もうひとつの生活再建の基礎である“住の復興原則”が十分練られておらず、たとえば「非居住地(区域)」の指定など、ある意味では住民の私権・財産権(憲法29条)や居住・移転・職業選択の自由に関する基本的人権憲法22条)を侵害する危険性が含まれていることだ。土地利用再編の基本方針は次のように提示されている。

(1)既存市街地・集落のなかでも被災しなかった土地は、従前どおりの土地利用とする。
(2)浸水した(程度の)土地は、盛土による地盤嵩上げを行い居住地として再生する。
(3)被災した土地は非居住地とし、移転用地として(近くの)後背地の丘陵地を造成(切土)して高台宅地を整備する。
(4)同じく、移転用地として(離れた)背後の比較的平坦な土地を宅地造成する。

 地区別復興計画で「行政素案」として提示された「復興パターン」は、地区ごとにこれらの土地利用再編方針を組み合わせたもので、その中から以下のような「復興パターン」を複数提示して住民に選択させるというものだ。つまり「高台移転」「背後地移転」が地区別復興計画の前提となっており、移転させる区域を「非居住区域」に指定する仕組みになっているのである。

(1)高台整備パターン:既存市街地・集落を「嵩上げ区域」と「非居住区域」に2分し、非居住区域の住民は高台に移転する。
(2)背後地移転パターン:既存市街地・集落を「非被災区域」と「非居住区域」に2分し、非居住区域の住民は背後地に移転する。
(3)高台整備+背後地移転パターン:既存市街地・集落を「非被災区域」「嵩上げ区域」「非居住区域」に3分し、非居住区域の住民は高台と背後地に移転する。

 この「復興パターン」は、おそらく政府復興構想会議の『復興への提言〜悲惨のなかの希望〜』(2011年6月)のなかの「地域の将来像を見据えた復興プラン」に沿ったものと考えられる。具体的には、「類型3、斜面が海岸にせまり、平地の少ない市街地および集落」のケースを若干修正して適用したものであろう。「類型3」では、次のような復興プランが示されている。

「斜面が海岸にせまり平地の少ない市街地や集落については、地域全体に甚大な被害が発生する可能性がある。そこでは、海岸部後背地の宅地造成を行うことなどにより住居などを高台に移転することを基本とする。平地においては、産業機能のみを立地させ、住居の建築を制限する土地利用規制を導入すべきである。また、産業関係者の避難のための施設を建設せねばならない。さらに高齢化にともない、集落維持が困難なケースについては、集落の再編が課題になり得る。また、地形により防災対策を実施することが容易と考えられる地域を重点的に再整備することも検討すべきである。」

津波対策を「フィジカル・プランニング」(物的計画=土木計画)の観点から(のみ)考えるのであれば、この復興プランは一定の合理性を持っている。従来の防波堤・防潮堤など「線」的な海岸保全土木施設で津波を防げるとしていた考え方を修正し、「多重防御」すなわち防波堤、防潮堤、二線堤、地盤嵩上げ、高台移転などの多様な対策を組み合わせ、さらに土地利用規制・建築規制など「面」的な対策を併用することによって、津波対策を総合的に講じようとするのである。

しかし、「多重防御」の概念が単なる土木施設整備の組み合わせに限定されるのであればまだしも、それが「住居の建築を制限する土地利用規制を導入すべきである」との方針のもとに「非居住区域」を指定するとなると、事は穏やかでない。なぜなら、土地利用や建築行為は津波対策だけで決められるものではなく、限られた土地をどのように利用するか、どこにどんな構造の住居を建築するかは、住民の暮らしをどう立て直すかということと深くかかわっているからだ。

宮城県の復興計画に見られるように、「非居住区域」を設定して高台や背後地への移転を誘導(強制)するという「復興パターン」は、考えようによっては“戒厳令“ともいえる強権的措置になりかねない危険性を有している。確かに建築基準法第39条には「災害危険区域」に関する条文があり、「1.地方公共団体は、条例で、津波、高潮、出水等による危険の著しい区域を災害危険区域として指定することができる」、「2.災害危険区域内における住居の用に供する建築物の禁止その他建築物の建築に関する制限で災害防止上必要なものは、前項の条例で定める」と規定されている。

だが災害危険区域の指定にあたって、今回のように大々的に「非居住区域」を導入した例は、私は寡聞にして知らない。最も有名なのは、伊勢湾台風(1959年9月)で多数の犠牲者を出した名古屋市の「名古屋市臨海防災区域建築条例」(1961年6月)であるが、同条例においては防災区域を4種類に分け、それぞれの区域ごとに建築物の1階の床高や構造、2階以上に居室設置などを規定しているにすぎない。「非居住区域」を指定して、そこから“住民を追い出す”といった防災計画は、到底住民には受け入れられないからだ。

 山田町では「非居住区域」の指定を前提に、地区ごとに「高台整備パターン」「背後地移転パターン」「高台整備+背後地移転パターン」の3種類を用意して、そのなかから住民に選択してもらう「復興計画行政素案及び今後の居住に関する住民アンケート調査」(2011年10月)が実施された。だが地区ごとに集計された結果をみると、「わからない」「無回答」がどの地区をとっても約半数に達しており、これでは地区別復興計画を策定(決定)するための合意が形成されたとは到底言えない状況だった。(つづく)