橋下府市政の7年半を総括する本格的な「橋下政治を総浚え(そうざらえ)するシンポジウム」の開催が必要だ、大阪都構想住民投票結果に関する浅薄な論評は「橋下復活」の舞台を用意するだけだ、大阪都構想住民投票の意義と課題について(5)、橋下維新の策略と手法を考える(その33)

 朝日新聞の論壇子が言う如く、大阪都構想住民投票に関する本格的な論評はこれから始まるのだろう。だが忘れてならないことは、「橋下政治とはいったい何だったのか」という点をしっかり押さえないと、都構想住民投票の評価はよくて「どっちもどっち」、悪くすると「橋下市長が政治家生命をかけて臨んだ都構想が変革を望まない(高齢)市民によって阻止された」といった論調に流れ兼ねない。すでにその序曲は始まっている。

 第1弾は、5月23日、24日の2日間にわたって実施された産経新聞毎日新聞世論調査である(毎日は5月25日、産経は26日に発表)。これまで大阪都構想に関する世論調査大阪市内の有権者に対して行われてきたが、今回は調査対象を全国に広げたというのでいったいどんな質問をするかを注目していた。都構想住民投票は、肝心の大阪市民さえが「その中身がよくわからない」と最後の最後まで悩んだ「いわく付き」の住民投票である。その評価を全国の有権者に問うのであれば、調査される側に都構想に関する一定の予備知識があることが前提になる。

 しかし、全国はもとより情報が集中する東京でも大阪都構想に関する報道が盛んになったのは住民投票の告知日以降のことであり、それも極めて限られた範囲での情報に過ぎなかった。まして北海道や東北、九州や四国の人びとが大阪都構想に関心を持ち、住民投票の結果について的確な回答ができるなど全く考えられない。「場違い」「見当外れ」もいいところで、それは大阪市民に対して遠くはなれた地方の住民投票について聞くようなものだ。ところが驚くべきことに、こんな「世論調査のイロハ」もわきまえない世論調査が行われたのである。

 産経紙の質問は、調査の前提となる大阪都構想なるものについて一切説明することなく、いきなり「『大阪都構想』は、賛否を問う住民投票で反対が賛成を上回り廃案となった。この結果についてどう評価するか」を聞いている。回答は「評価する」40%、「評価しない」46%となったが、「よく知らない」ことを突然電話で聞かれて答えた結果がどれだけ「世論」としての信憑性を持つのか、そんなことは子どもでも分かることだ。

また「大阪市の橋下市長は、大阪都構想が廃案になったことを受け、政界から引退する考えを表明した。橋下氏の判断についてどう評価するか」という質問も行われ、結果は「評価する」58%、「評価しない」36%だった。こちらの方は投票後の記者会見の様子が全国ニュースとして流された後なので、それなりの情報をもとに判断されたのであろうが、所詮はテレビでの印象にもとづく感覚的な反応に過ぎない(それも国民の判断とされるだろうが)。

要するに産経紙は、都構想は大阪では否決されたが全国的には賛成が多く、また橋下市長の引退表明は好感を持って受け止められた――と言いたいのだろう。そのためわざわざこんなナンセンスな質問をつくって全国調査をやり、「橋下復活」の下地をつくろうとしたのである。これなど世論操作を目的とする典型的な調査であり、私が現役教授なら早速講義か演習の素材として取り上げて学生と議論するところだ。

毎日新聞も似たり寄ったりだろう。都構想の結果や橋下市長の引退表明に関しては社説や論説で鋭い論陣を張っているのに、その一方でこんな(間の抜けた)世論調査をするのだから、内情は「玉石混合」なのだろう。質問は産経に比べて若干丁寧だが、本質は余り変わらない。質問は「大阪市を五つの特別区に再編する『大阪都構想』を問う住民投票で反対が賛成を上回り、大阪市が存続することになりました。あなたはこの結果が良かったと思いますか、思いませんか」というもので、結果は「良かったと思う」36%、「良かったと思わない」42%だった。

 また「大阪都構想が否決されたため、大阪市橋下徹市長は今年12月の任期満了で政治家を辞める考えを表明しました。あなたはこのことについてどう思いますか」との質問に対しては、回答は「妥当だ」37%、「すぐに辞めるべきだ」8%、「続けるべきだ」40%だった。見出しが「橋下氏引退 賛否二分」「都構想否決 42%が残念」とあるように、調査結果の解説記事は支持政党別の分析をもとに、「都構想に否定的な層でも橋下氏が政治家を続けることを期待する意見は根強い」と結んでいる。

 今後に展開される都構想住民投票に関する評価は、おそらくこのような世論調査結果が下敷になるのではないか。研究者の間では表立った「都構想賛成派」は少数だったが、「隠れ賛成派」は数多くいる。それも各紙の論壇に登場する政治学者の中に多い。毎日紙「都構想 住民投票を終えて」と題するオピニオン欄(5月29日)には、大阪大学京都大学政治学者が早くも頭角を現し始めた。次回はそれら論評を論評したい。(つづく)