衆参両院本会議での質疑応答が終わった。野党各党代表はそれぞれ鋭い質問を浴びせたが、菅首相の答弁はほぼ「ゼロ回答」に近かった。既定方針を柔軟に修正するだけの余裕がないのか、それとも絶対多数の与党勢力に胡坐(あぐら)をかいているのか、とにかく強行姿勢だけが突出した答弁だった。菅首相には想定問答集にない(臨機応変の)答弁をする能力がないことはもはや周知の事実だが、原稿を棒読みするだけでは国民にアピールすることは到底できない。官房長官時代の記者会見と同様に、菅氏には目前の相手しか眼中になく、その背後に国民の目や耳があることに考えが及ばないのだろう。
その中で異彩を放ったのが、二階自民党幹事長の代表質問だった。政党代表として討論会(例えば、NHK日曜討論)などには滅多に姿を見せない二階幹事長が1月20日の衆院本会議の代表質問に立ち、使い古された「庶民政治家」「地方の代表」の言葉を駆使して、てらいもなく菅首相を(天まで)持ち上げたのだ。もはや「自助・共助・公助、そして絆」といった持論を語れなくなった菅首相に対して、二階氏は「地方の実情を理解している政治家の代表。地方に対する哲学、思いを」と促し、わざわざ〝政治哲学〟という言葉まで使って、「哲学」を語る宰相のイメージを演出しようとしたのである。
しかし、対する首相答弁は、「現場の声に幅広く耳を傾け、国民目線で政策を進めてきました。まずは(コロナ)感染を収束させ、にぎわいのあるまちを取り戻すべく全力を尽くします」という決意表明程度のものだった。問う方も答える方も凡そ〝政治哲学〟には程遠い人物だから、「哲学問答」などできるはずがない。なのに、無理な演出をしようとするので、こんなお粗末な茶番劇が繰り返されることになる。安倍長期政権以降、日本の保守政治家の資質が劣化に劣化を重ねていることを象徴するような最低のやりとりだった。
私がもうひとつ注目したのは、第3次補正予算に関するやり取りだ。菅政権は、緊急事態宣言再発例の前に補正予算案を決定しており、その中には感染拡大防止対策の予算が十分に計上されていない。その代り、感染収束後の景気対策として「GoToトラベル事業」の延長に約1兆円、「国土強靭化計画」などに約3兆円の(不要不急とも言える)巨額の予算が盛り込まれているのである。両事業は、菅首相と二階幹事長の〝刎頸の交わり〟を象徴する肝いりの事業だ。二階幹事長は両事業を予算化することの見返りに菅首相の実現に注力し、菅氏はそれに応えることで権力の座を得たからである。
野党の枝野氏や小池氏は、両事業の予算を感染拡大防止対策に振り替えるよう要求したが、菅首相は頑として応じなかった。菅・二階両氏の権力基盤(利権同盟)の要である両事業の予算を削ることは、菅政権の不安定化につながるおそれがあり、首相は何としても両事業予算を死守するしかなかったからだろう。権力(利権)掌握のためには変幻自在の行動をとる二階氏にとって、両事業の予算削減に易々と応じるような菅首相は「御用済み」となりかねないからである。
巷間、二階幹事長は「利権政治の手練れ」として名を馳せてきた。これまで自民党内の政権抗争の隙間を縫って幹事長ポストを確保し、「水面下のキングメーカー」として暗躍してきたからだ。だから、今回も「別れたら次の人」といった噂が広まるのだろうが、新型コロナウイルスの感染拡大は並大抵の惨事ではない。100年に1度と言われるような究極の危機であり、国内政治はおろか国際政治の枠組みまでが根元から変革を迫られるような大惨事なのだ。利権政治の手練れ如きが対処できる局面ではないのである。
コロナ対策よりも利権政治を優先する菅首相と二階幹事長は、国民不在の政策の重大な誤りによって政権の座をともに去らなければならない。〝刎頸の交わり〟の刎頸とは、文字通り「ともに首を刎ねられる」ことを意味する。二階氏は、菅首相を引きずり降ろして自分だけが生き残ろうとすることなど到底許されない政治情勢だと知るべきだ。すでに、世論は菅政権を完全に見放している。最近の世論調査の中から、1月8~11日実施の時事通信調査の結果を見よう。
時事通信調査は、大手メディアでは珍しく全国18歳以上の男女を「個別面接方式」で実施している。今回調査の対象者数は1953人、有効回収率は62.0%だった。コンピューターが無差別で発生させた番号に電話をかける「RRD方式」が一般的になった現在、個別面接方式調査は貴重な存在であり、とりわけ政党支持率に大きな違いが出ることが特徴となっている。例えば、1月9、10両日にRRD方式で行われた共同通信調査では、自民党支持率が41.2%(前回41.5%)となっているのに対して、その前後の時事通信調査では23.7%(前回24.7%)と倍近い差が出ている。私は自分の調査経験からも、個別面接調査の方がより本音に近い意見が聞けると思っているので、かねがね時事通信調査に注目してきた。結果は以下の通りだ。
〇菅内閣を「支持する」34.2%(前回43.1%、以下同じ)、「支持しない」39.7%(26.6%)
〇内閣を支持する理由(複数回答)、「他に適当な人がいない」16.4%、「首相を信頼する」8.0%、「印象が良い」6.4%
〇支持しない理由(同)、「期待が持てない」23.5%、「リーダーシップがない」22.6%、「首相を信頼できない」15.4%
〇新型コロナウイルス感染拡大をめぐる政府対応について、「評価する」18.5%、「評価しない」61.4%
〇全国で一時停止している政府の観光支援策「GoToトラベル」について、「継続すべきだ」29.1%、「中止すべきだ」54.9%
〇政党支持、自民党23.7%(24.7%)、公明党3.9%(3.3%)、立憲民主党3.1%(4.1%)、共産党1.7%(1.5%)、日本維新の会1.6%(1.8%)、社民党0.8%(0.4%)、国民民主党0.5%(0.9%)、れいわ新選組0.2%(0.6%)、NHKから自国民を守る党0.1%(0.2%)、「支持政党なし」62.8%(60.3%)
時事通信調査結果の特徴は、(1)内閣支持率と不支持率が大きく逆転したこと、(2)内閣を支持する理由が「他に適当な人がいない」いった消極的理由が最大なのに対して、支持しない理由には「期待が持てない」「リーダーシップがない」「首相を信頼できない」などの明確な理由が並んでいること、(3)菅政権のコロナ対策とGoTo事業に対して明確な「No」が突き付けられていること、(4)「保守岩盤層」といわれる自民党支持層がそれほど多くないこと――などである。
それからもうひとつ付け加えるとすれば、志位共産党委員長が半年後に迫った東京五輪開催の中止を迫ったのに対して、菅首相はコロナワクチンの接種を前提としない万全の感染拡大防止対策を講じており、中止や延期の意向は全くないと断言したことだ。だがその後、事態は急展開している。共同通信は1月16日、米有力紙ニューヨーク・タイムズ(1月15日電子版)が、新型コロナウイルスの影響で今夏の東京五輪の開催見通しが日々厳しさを増しており、第2次大戦後、初の五輪開催中止に追い込まれる可能性があると伝えた。同紙は日本と米国、欧州主要国で感染拡大が続き、国際オリンピック委員会(IOC)らの間で安全な五輪開催は不可能との声が出始めたと指摘。ディック・パウンドIOC委員(カナダ)が開催に「確信が持てない」と述べたことなどを挙げた。
衝撃だったのは、1月22日のロイター通信で、英タイムズ紙が与党幹部の話として、日本政府は新型コロナウイルス感染症流行のため東京五輪を中止せざるを得ないと非公式に結論付けた――との報道が明らかになったことだ。日本は他の先進国ほど新型コロナの打撃が深刻ではなかったが、このところの感染者急増を受け、政府は外国人の入国を原則禁止し、東京など主要都市に緊急事態宣言を再び発令している。また、最近の世論調査では、選手団の入国による感染拡大への懸念などから国民の約8割が今夏の五輪開催を望んでいないとの結果が示された。タイムズ紙は、こうした世論を背景に日本政府は将来的な東京五輪開催の可能性を残した上で、今夏の五輪中止を発表することで面目を保つ道を模索していると伝えたのである。
この報道に対して1月22日、日本政府は「東京大会に係る本日の報道について」と題したコメントを発表し、東京五輪の開催について「本日、日本政府が東京大会の中止を非公式に結論付けたとの旨の報道がございましたが、そのような事実は全くございません」と真っ向から否定した。いずれが本当か知らないが、事態は間もなく明らかになる。泣いても笑ってもこの3月には東京五輪開催あるいは中止の判断に迫られるからである。だが、情勢は限りなく暗くて絶望的だ。菅首相と二階幹事長の〝刎頸の交わり〟は遠からず終止符を打たれるに違いない。(つづく)