北朝鮮(王朝)の3代世襲は可能か、(近くて遠い国、北朝鮮への訪問、番外編その1)

9月上旬に予定され、その後、何の説明もなく延期されていた北朝鮮労働党代表会が、明日9月28日にピョンヤンで開かれるのだという。しかし日本のマスメディアは、尖閣諸島問題をめぐる中国の強硬姿勢に関する報道に忙殺されて、北朝鮮関係のニュースはほとんど登場しない。

その一方、地政学的には遠く離れているはずのイギリス紙が最近相次いで北朝鮮労働党代表会を取り上げ、同会議が独裁国家(王朝体制)の今後の行方を決する重要な分岐点になると論じていることは興味深い。私は前回の日記を最終回にして、これ以上北朝鮮の問題にはふれないことにしようと思っていたが、最近の「フィナンシャルタイムズ」や「ガーディアン」の論評や解説記事に触発されて、少し追加的な感想を書いてみたい。

たとえば、9月22日付の「フィナンシャルタイムズ」(クリスチャン・オリバー記者)は、「たとえ金正日が党代表会で3男の金ジョンウンを後継者に指名することに成功したとしても、金ジョンウンが後継体制を固めるには指名が遅きに失したのではないか」との厳しい論評を展開している。理由は、金正日が1970年代半ばに金日成の後継者に指名されてからも権力を掌握するまでには20年近くの時間を要している。この間、金正日は数々の党や軍のポストをこなして後継体制を確立していったが、これに比較して、金ジョンウンは実務経験のない無名に近い存在であり、しかも金正日の余命が幾ばくもないことから、後継者としての地位を固めるためには、「金正日よりも遥かに険しい道を歩まなければならない」からである。

また、9月21日付の「ガーディアン」(電子版、ジャスティン・マッカリー記者)は、「来週の党代表会で、金ジョンウンが労働党幹部に就くことについては大方の支持が得られそうにもない。党や軍の幹部が心中ではいったい何を考えているのかわからない。今回の党代表会が延期された真の理由は、金ジョンウンを党と軍の指導者に選出することに対する不安がますます広がっているためだ」と、もっと厳しい見方をしている。

そういえば、私たちが訪朝した時点(8月上旬)においても、すでに金正日体制に対する民衆の不満が公然と表面化していた。不満の根源は、昨年來の大失策であるデノミ政策の影響によって米や食料品が暴騰し、しかも市場が閉鎖されてほとんどの国民が食料を調達できなくなったことに起因している。その後、デノミ政策は撤回され、市場は再開されたものの、これを契機に商人たちや新富裕層の金正日体制への評価は一気に下落したという。彼らの間では「金ジョンウンなんて誰だ!」といった空気が濃厚なのである。

こんな反体制的な雰囲気に輪をかけたのが、7月下旬から8月下旬にかけて全国を襲った集中豪雨と大河川の氾濫だった。すでに北朝鮮政府から全世界に対して災害救援要請が出されているように、この大洪水被害は北朝鮮の主だった水田・穀倉地帯を直撃して壊滅させた。なかでも中国との経済交流拠点である新義州一帯はほとんど水没して、飲み水の確保すら困難を極めていることが報道されている。しかしこんな緊急事態のなかでも、9月上旬(7日あたり)の開催をめざして党代表会の準備作業は進められ、地方の党組織や政府機関からの代表がピョンヤンに集められた。

ここからは私の推測だが、問題はこの直後に発生(爆発)したのではないか。被災地救援活動を放置して党代表会を開催することへの批判が国民の間に一挙に高まり、このままで代表会を強行すれば、金ジョンウンの後継問題が棚上げされかねない事態が党や軍幹部の間で生じたのであろう。そこで一旦は代表会を延期して救援活動を再開し、国民の批判を和らげてから開催日を決めることに方針転換したものと思われる。

ただし10月10日に迫った党創立記念日には、新しい党代表メンバーを公表する必要があるので、9月中には代表会を開催して指導層を選出しなければならない。だがここで再び問題になるのが、このような雰囲気のなかで金ジョンウンへの後継問題について果たして決着がつけられるかどうかということだ。もしそのことが党や軍の幹部のなかで合意形成できないとしたら、今度の代表会では金ジョンウンへの権力世襲ペンディングになる可能性も出てくる。

ここで思いだされるのは、8月末に人質救出のためにピョンヤンを訪問したカーター元米大統領の言葉だ。カーター元大統領は温家宝首相から聞いた話として、金正日温家宝首相に対して「金ジョンウンへの権力世襲は西側の間違った噂にすぎない」と語ったことを紹介している。このことを伝えたフィナンシャルタイムズは(9月22日)、「金正日は味方をも欺く世界の大嘘つき」だとしてその言葉を全く信用していないが、金正日が「まさかの事態」を予測して煙幕を張ったことも考えられる。

今日9月27日の衛星放送ニュース番組で韓国のKBSテレビは、アメリカの情報として、「金ジョンウンが後継者に指名されず、金正日の妹婿、張成沢国防委員会副委員長が暫定的な指導者に選出される可能性もあり得る」と伝えた。このことの正否を判断する情報を私は全く持たないが、しかし金正日体制への批判は、われわれが想像する以上に厳しいものであるかもしれない。(つづく)