「能動的平和主義=集団自衛権行使→改憲」を打ち出した国家戦略会議フロンティア分科会報告、「原子力ムラ」「開発ムラ」「安全保障ムラ」を横断する政治人事(2)、福島原発周辺地域・自治体の行方をめぐって(その7)、震災1周年の東北地方を訪ねて(78)

国家戦略会議フロンティア分科会の「平和」部会長を務めた中西寛京大教授は、高坂門下の親米タカ派研究者であり、またマスメディアにも頻繁に登場する「安全保障ムラ」の名高い論客でもある。中西氏は自民党政権時代から安全保障問題に関する数々の政府諮問機関メンバーを歴任し、最近では首相私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会有識者委員、首相有識者会議「外交政策勉強会」委員、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、「新たな時代の安全保障と防衛力に関する懇談会」委員など、自民党民主党を横断する安全保障問題のブレインとして活躍している。

一方、フロンティア分科会全体の事務局長を任された永久寿夫氏は、2001年1月に衆参両院に憲法調査会が設置され、憲法改正が国会で議論されるようになったのを契機に、自民党民主党憲法改正草案に影響を与えるべくPHP総合研究所内にプロジェクトチームを立ち上げた中心人物だ。その成果は、『二十一世紀日本国憲法私案』(江口克彦・永久寿夫編、PHP研究所刊、2004年、以下『PHP改憲私案』という)としてまとめられ、永久氏はこれを契機に「安全保障ムラ」入りを果たした。そして、今回は破格の抜擢人事でフロンティア分科会事務局長に起用されたというわけだ。

永久氏が提唱する『PHP改憲私案』の3大特徴は、「地域主権を確立する=道州制の導入」、「首相公選制を導入する=大統領制による集権国家の確立」、「自衛隊を軍隊にする=憲法9条の破棄」(『Voice』2004年12月号)というもので、その後の民主党マニフェストにも多大の影響を与える存在になった。

本来なら、野田首相は中西氏を国家戦略会議フロンティア分科会の座長に据えるべきところであったが、それでは余りにも改憲の意図が明白になるので、大西氏を代役に起用して目くらましを図ったのであろう。また事務局長に永久氏を据えたのは、安全保障問題に疎い大西氏を補佐(リード)する上で彼が最適だったからだ。

前講釈はこれぐらいにして本論に入ろう。『平和のフロンティ部会報告書〜平和の包括的な創り手として〜』は「4つの基本原則」「5つのフロンティア」「7つの政策」に集約され、それぞれの第1項目が最重要課題に位置づけられている。すなわち「能動的な平和主義の実践」(基本原則)、「適切な安全保障能力の保持のための体制」(フロンティア)、「適切な防衛・警備能力の保持と安全保障ネットワークの形成」(政策)の流れがそれである。

基本原則第1項目の「能動的な平和主義の実践」とは、日本の平和と繁栄が世界と地域の平和、秩序の安定抜きには成り立たないことを認識し、「日本は秩序の受益者にとどまってはならず、自らの努力により「平和の創り手」として能動的にその増進に努めなければならない」との基本スタンスを示したものである。

フロンティア第1項目の「適切な安全保障能力の保持のための体制」とは、日本が太平洋とアジア大陸の間の戦略的に重要な位置にあることから、日本が一定の安全保障能力を保持することが重要であり、「同盟国アメリカや価値観を共有する諸国との協力を深めるため、集団自衛権の行使を含めた国際的な安全保障協力手段の拡充を実現すべきである」との主張である。

政策第1項目の「適切な防衛・警備能力の保持と安全保障ネットワークの形成」とは、(1)離島や海洋資源をめぐる侵犯活動に対する解決能力を高めるため装備や人員を強化する、(2)日本防衛のコミットメントを担当する在日米軍は地域安定の基礎であるので、協力体制を不断にアップデートする、(3)日米同盟を基幹的支柱としてアジア太平洋からインド洋にかけての安全保障協力ネットワークの構築をめざす、等々の諸課題に対応するため、「武器使用原則や国連平和維持活動五原則、集団的自衛権行使や海外での武力行使をめぐる憲法解釈など、全く異なる時代状況下で設けられた政治的・法的制約を見直すこと」、「秘密保全法制を制定すること」が必要かつ可能であるというものだ。

恐るべき主張ではないか。これではまるで『戦争のフロンティ部会報告書』と言ってもおかしくない内容だ。これは米日軍事同盟を絶対視する立場からの安全保障政策であり、憲法9条を破棄して“戦争への道”を突き進もうとするあからさまな改憲論だ。在日米軍基地の脅威に日々苦しんでいる沖縄の人たちがこの報告を読めばいったいどんな気持がするだろうか。

しかし野田首相は報告書提出を受け、「考え方を日本再生戦略の中に存分に反映させたい。社会全体で国づくりに向けた議論を喚起することにつながることを期待したい」と述べたという(東京新聞、2012年7月7日)。野田首相は就任前、著書で集団的自衛権の行使を主張していたが、今年2月の国会答弁では「政府としては行使できないという解釈をしてきた。現時点でその解釈を変えることは考えていない」と一応述べている。だが、この時点からいよいよ解釈改憲に方向転換したのだろうか。

『平和のフロンティ部会報告書』にも『フロンティア分科会報告〜あらゆる力を発露し、創造的結合で新たな価値を生み出す「共創の国」づくり〜』にも原発再稼働問題は一言も出てこない。しかし、日米同盟を基幹的支柱とする「能動的な平和主義」の主張からすると、米戦略国際問題研究所所長の「日本に原子力発電を放棄する選択肢はない」との言明は、アメリカの核支配(核抑止力)を維持するためには日本の「原発ゼロ」政策は許されないことになる。事実、「2030年代に原発ゼロ」を目指すとした野田政権の新たなエネルギー・環境戦略は、「日本経済と世界の安全保障にとって誤りだ」とする米国の強い懸念表明(圧力)によって閣議決定が土壇場で見送られた(朝日新聞、同上)。

いまや原発再稼働問題は「原子力ムラ」「開発ムラ」「安全保障ムラ」を横断する国家的・国際的戦略課題となった。この課題に立ち向かうための第1幕が「フロンティア分科会報告」であり、野田首相は「考え方を日本再生戦略の中に存分に反映させたい」とした。しかし「社会全体で国づくりに向けた議論」を喚起するためには、これだけでは不十分だった。それでは第2幕はどこで開けるのか。私は大西氏が日本学術会議議長に就任したことがその伏線になっていると考えている。(つづく)