堺市長選で橋下代表が「大阪都構想」の設計図を語れなかった背景には、府市統合法定協議会における都構想経済効果についての激しい攻防があった、ポスト堺市長選の政治分析(2)、『リベラル21』の再録(その7)

 堺市長選の最中に「選挙戦の勝利を誰よりも願っているのは大阪市職員だ」と書いたことがある。事実その通りで、大阪市職員たちは自分たちの市長選のように労働組合の活動家から幹部職員に至るまで(公然、非公然を問わず)堺市長選の勝利のために奮闘したのである。

 また最近では、中間管理職グループが“Xデ―”に備えて職種ごとに勉強会を開いている。近い将来の大阪市政奪還を見越して行政課題を整理し、破壊された職場組織を再建するためだ。先日もこの種の勉強会の講師に招かれた元市当局幹部は一連の展望を語ったうえで、最後に「互いに健康に気をつけて英気を養い、その日のために準備をしよう」と締めくくったという(本人の口から直接聞いた)。

 橋下維新はいま国民世論という激しい「外圧」に曝されているが、私はそれ以上に「内圧=内部崩壊」の方が厳しい状態にあると思う。それはもはや面従腹背の域を越えて“内部告発=ミニクーデター”のレベルに達しているといってよい。そのことは、なによりも「大阪都構想」法定協議会の直前に市財政部局(のある幹部)から経済効果試算の欺瞞性を暴露する秘密ペーパーがマスコミ関係者にリークされたことに象徴されている。


【再録】“百害あって一利なし”、内部告発で暴露された「大阪都構想」の経済効果、ポスト堺市長選の政治分析(その2)〜関西から(117)〜

 堺市長選で維新候補の劣勢が明らかになった選挙戦終盤、橋下代表は「大阪都構想の設計図作りへの賛否でなく、都構想の是非を争点にしたのは誤りだった。代表としてのミス。(都移行の是非の最終判断には)住民投票があることを訴えるよう指示を出したが、遅きに失した」(産経新聞、9月24日)と語った。選挙戦終盤になってこのような発言をすることは“事実上の敗北宣言”と受け取られるだけに、周辺にいた記者団はみな驚いたと言う。

 実は、橋下代表が堺市長選で「大阪都構想の設計図」には一言も触れず、「大阪都構想の是非」を最大の争点として打ち出したのは、そうせざるを得ない事情があったのである。都構想の設計図がマスメディから総スカンを食らい、それを堺市長選の争点にすることは不味いと判断したからだ。堺市長選前の8月9日、「大阪都構想」の具体的な制度設計を議論する法定協議会に府市統合にともなう経済効果の試算が事務局から公表された。大阪都構想に移行するにあたって大阪市を新たに5〜7区に区割りする4案が示され、それぞれの経費削減効果が年間736億円から976億円だとする試算が示されたのである。

 橋下代表としては、いつものように「大阪都構想」の経済効果をマスメディアが大々的に取り上げてくれるものと予測し、その余勢を駆って堺市長選に臨む算段だったのであろう。堺市が「大阪都構想」に参加すれば、これだけのメリットがあると大宣伝するつもりだったのである。ところが案に相違して、法定協議会翌日の各紙報道の内容は批判一色に塗りつぶされていた。たとえば、日経新聞(8月10日)は紙面の半分を使って経済効果試算の内容を詳報し、「都構想「効果」最大970億円、大阪府市が試算、当初目標4000億円と隔たり」、「構想実現に課題山積、「都」と無関係の項目も、区の財政力、格差大きく」との見出しで批判的に報じた。法定協議会の直前に経済効果試算の欺瞞性を暴露する内部告発文書がマスメディア関係者に出回り、各社とも事前に勉強して当局発表の内容を精査したからである。

 橋下代表にとって最も痛手だったのは、松井知事が府市の二重行政解消により府市予算合計の5%にあたる年間4000億円削減を目指す(できる)と豪語していたにもかかわらず、出されてきた試算額が目標額に遠く及ばなかったことだ。「なーんだ」と言う空気が一挙に広がり、次いで試算根拠の妥当性にも批判の目が向けられた。するとあるわあるわ、「大阪都構想」(府市統合)とは何ら関係のない経費削減額が706億円(地下鉄民営化275億円、ゴミ収集民営化109億円など)も含まれているではないか。これを差し引くと、府市統合の“真水効果”は端金(はしたがね)程度にしかならないことが判明したのである。

 くわえて、橋下代表が触れたがらない部分に府市統合にともなう“借金問題”がある。大阪都大阪市が抱える借金(市債)3兆3千億円をすべて引き継ぐので負債額は一挙に8兆2千億円に膨らみ、現行制度ではスタートすると同時に「財政再建団体」に転落することになる。また大阪市は年300〜400億円程度の収支不足を未利用地の売却などで穴埋めしているが、市有財産は偏在しているので(区人口1人当たり財産額は最大49倍の格差が生じる)、所有財産が少ない区では補填財源を確保できず、当面の予算編成ができなくなるというのである。

 起債で急場を凌げばいいではないかということになるが、大阪府はすでに橋下知事時代に赤字府債を乱発して「起債許可団体」に転落しているため、新たな起債は厳しく制限されている。それどころか、減債基金の積立不足解消のため、来年から3年間で840億円も積み増ししなければならない事態が控えている。そんな“財政火車”状態のなかで、大阪都へ移行するには「設置コスト」(最大)が初期投資640億円、ランニングコスト年130億円もの新たな財源を捻出しなければならないのだから、起債(借金)どころの話ではないのである。

 堺市長選がスタートする前日、朝日新聞は「大阪都構想、「魔法の杖」がない中で」(9月14日)と題する次のような異例の社説を掲載した。
 「自治体の仕組みを大胆に変えて低迷する大阪を再生する。そう訴えてきた日本維新の会の「大阪都構想」が岐路に立っている」
 「だが試算の結果、集権によるコスト減の一方で、分割、分権に伴うコストがかかり、人件費削減にも壁があることが浮き彫りになった。仕組みを変えれば巨額の財源が生まれるという「魔法の杖」はなかった」
 「大阪の苦悩は多くの都市が抱える共通の課題でもある。維新はまず堺市長選の論戦で、今後の構想とその実行計画をできるだけ具体的に語るべきだ」

 当然の指摘だと思うが、しかし橋下代表も松井幹事長もそして維新候補も「実行計画」を具体的に語ることができなかった。「大阪都構想」の具体的な設計図を堺市民に示せば、都構想がすでに破綻している代物であることを自ら暴露する破目に陥るからだ。そこで橋下代表は「大阪都構想の是非」に的を絞って争点化し、都構想を「魔法の杖」(打ち出の小槌)に仕立て上げて選挙戦に臨まざるを得なくなった。このままでは堺市は衰退する、それを防ぐためには「大阪都構想」に参加する他はない、大阪市がオリンピック誘致に失敗したのは「大阪都」でなかったからだーーー。こんな絶叫調の演説を繰り返す他はなかったのである。

 竹山陣営からは、都構想は“百害あって一利なし”との反論が集中砲火のように浴びせかけられた。だが、「実行計画」を語ることができない橋下代表と維新候補は、設計図を示さないまま「大阪都構想住民投票で決める」という手続き論に後退するしかなかった。(つづく)