自民党総裁再選後の安倍首相の記者会見は何を物語るか、国民の声を無視して成立させた安保法には一言も触れず、オリンピック誘致の口実にした東日本大震災の復興についても何一つ語らない、能弁を振るったのは「1億総活躍社会」という空虚なコピーだけだった、憲法破壊の安保法案「成立」後の政治情勢について(3)

先週末の2、3日間、東京で行われた災害復興学会に参加していろんな報告を聞いた。災害復興学会は阪神・淡路大震災後に結成された新しい学会だ。土木学会や建築学会のような工学系一色の学会ではなく、文系・理系の研究者を問わず、またNPО関係者やジャーナリストなど多彩なメンバーが参加している学際的学会である。そこでの報告は、復興ままならぬ被災地の現状をそのまま映し出すもので、世上流布されている土木工事の進捗度とは全く異なるものだった。しかしそのことを書くのが今日の本題ではないので、別の機会に譲るとして話しを進めよう。

書きたいのは、報告会場や懇親会で交わした安倍首相の記者会見(9月24日)についての話のことだ。学会は9月26日から始まったので、雑談の端々にどうしてもそのことが出てくる。「安倍さんが震災復興のことを一言も喋らなかったのには驚いた」、「そう言えば、東京オリンピックでは震災から復興した日本の姿を世界に見せたいなどと言っていたのに、オリンピックの話しも出なかったよね」、「1億総活躍社会っていったい何なの、何だか冴えないコピー、笑っちゃうよ」などなど、とにかく話は大いに盛り上がったのである。

そんな雑談のなかで私が強く感じたのは、東日本大震災の復興に懸命の努力を続けてきた研究者やNPО関係者たちが政治に激しい不信感を抱き、安倍首相がその標的になっていることだった。彼らにとっては被災者・被災地の生活再建すなわち「人間復興」が蔑ろにされ、土木事業だけの「物的復興」が唸りを立てて進んでいる事態に我慢がならないのだ。また、これ見よがしに被災地の視察に訪れていた首相がここ数ヶ月はさっぱり姿も見せないことも、「政府が復興から手を引き始めたのではないか」との疑惑と不信感を深めている。今回の記者会見で首相の口から震災復興の「ふ」の字も出ないのが何よりもその証拠だと言うわけだ。

福島原発事故の汚染水は完全にコントロールされている」と大見得を切って招致した東京オリンピックについても、安倍首相は記者会見で何一つ語らなかった。新国立競技場建設のデザインコンペで味噌をつけ、オリンピック・エンブレム(紋章)も当選作が「パクリ」の疑い濃厚だということで、語るに語れないというのが実情だったのかもしれない。公共事業の落ち込みをオリンピック招致でカバーし、アベノミクスの成長戦略である「東京大改造」(東京特区プロジェクト)をオリンピックを「錦の御旗」にして一挙にやろうというのがオリンピック招致の舞台裏(真相)だから、その不純な動機が暴露されたので語るに語れなかったのだろう。

新国立競技場建設コンペは元々、森元首相を頂点とする「トップヘビー」の一存によって決まる仕掛けになっていた。そのためにデザインコンペはできるだけ曖昧にして建設費が幾らでも膨らむように仕組まれ、森元首相が「3千億円や4千億円ぐらい何だ」とうそぶいたように、巨額の建設費を政治力で調達できるように当初から「制度設計」されていたのである。もちろん「土建ムラ・開発マフィア=利益共同体」がその背後にあって、膨張した建設費に伴う巨額利益が、これら利益共同体(政治家を含む)の内部で山分けされることになっていたのだろう。

しかし「それを言ってはお終いよ」だから、オリンピック招致では「復興日本」が東京五輪のシンボルに仕立てられた。これまでは「環境」だとか「コンパクト」といったキーワードが肥大化した「商業オリンピック」のアンティテーゼとされていたが、東京では「震災復興」がキーワードになったのである。「おもてなし=お・も・て・な・し」は単なる(観光)サービスの代名詞ではなく、被災者・被災地への連帯の想いを込めた言葉であるからこそ、多くの人たちの心を捉えたのだ。

東京五輪のキーワードが「震災復興」と「おもてなし」だとすれば、その準備はすべて東北復興とリンクするものでなければならない。オリンピックは開催都市の責任で行われるにしても、会場の分散化や会場間のネットワークの整備、関連するイベントは東北で開催するなど幾らでもその方便はあるはずだ。ところがどうだろう。オリンピック招致が決まってからというものは、舞台裏が一挙に舞台表に出てきて「東京大改造」一色となった。その中核事業のひとつが新国立競技場建設であり、関連する膨大な施設建設だった。それが巨額の建設費を食うものでなければ、「土建ムラ」や「開発マフィア」にとってはうまみがない。良心的な建築家や環境保護運動家がいうような既存の国立競技場を改造して建設費を抑え、周辺環境との調和を図るといったプロジェクトは、彼らにとっては「話にならない」のである。

東京大改造のための五輪事業は、いまや三菱地所三井不動産・森ビルなどの大手デベロッパーや鹿島・清水・大成・大林・竹中などの超大手ゼネコン(スーパーゼネコン)によって一瀉千里の勢いで進行中だ。日本中の建設資源が東京に集められ、そのあおりを食って東北の被災地では復興工事の受注や落札がままならなくなっている。工事費が高騰して予算が追いつかず、被災者・被災地の復興に必要な工事が進まなくなっているのである。「震災復興」を掲げたはずの東京五輪が被災地の復興を妨げる――、こんな皮肉な事態が現実化しているのであり、そのことが安倍首相が復興を語らない最大の原因になっているのである。

安倍首相が「1億総活躍社会」といった語呂の悪いコピーしか打ち出せなかった背景には、アベノミクスの「3本の矢」がもはや誰の目にも失敗作だと映っていることがある。第1の矢である「大胆な金融政策」、第2の矢の「機動的な財政政策」はすでに失効し、消費停滞で物価上昇(デフレ)や経済成長はままならない。日銀の異次元金融緩和でも株価上昇は維持できず、株価は9月29日終値で1万6千円台にまで急落した。また、第3の矢の「民間投資を喚起する成長戦略」は東京一極集中を強めるだけで、「地方創生」はもはや空文句と化しつつある。このままでは、安保法の後は「経済政策」だとする安倍内閣政権運営のシナリオが描けない。そこで表紙だけでも「アベノミクス第2ステージ=新3本の矢」に張り替えて、それを「1億総活躍社会」というコピーで粉飾しようと思い立ったのだ。(つづく)