「大阪都構想」住民投票とはいささか違う様子を見せ始めた大阪ダブル選、選挙争点は「都構想=空中戦」から「個別政策=地上戦」にシフトした、大阪ダブル選挙の行方を考える(その7)

 前回ブログで、「知事選告示翌日の各紙が伝えるように、選挙前は最大争点と目されていた『大阪都構想』が前面に出てこなかった」と書いた。毎日新聞11月6日の記事によれば、松井氏は大阪市南部や地元の八尾市で街頭演説をしたが最優先の政策としてきた都構想には触れず、その大半を費やして橋下氏と進めてきた公務員制度改革などの行財政改革や府市連携の実績をアピールしたのだという。そして後半は、自民推薦の栗原氏が共産党民主党の支援を受けていることへの非難に重点を移した。

 同じようなことは、11月8日告示の大阪市長選第一声でも起こった。翌日の毎日新聞は「都構想論争再び」との大見出しを掲げ、リードでは「『大阪都構想』は是か非か――。市民の意見が真っ二つに割れたあの住民投票から半年。大阪市の未来を占う政治決戦が幕を開け、再び都構想が論点に浮上した。頓挫したプランが息を吹き返すのか、それともピリオドが打たれるのか。投票日の22日に向け、有権者215万人の熟考の14日間が始まった」と全体構図を描いた。だが、それに続く本文記事は必ずしもその線では展開されていない。以下はその部分だ。

 ―「自民、民主、共産連合の市長を誕生させたら大阪は終わりだ」。8日昼前、雨が降りしきるJR大阪駅前。白いダウンジャケットに身を包んだ吉村洋文氏(40)=大阪維新の会公認=が第一声を上げた。多くを4年間の改革実績に割き、「都構想」のフレーズは一度も使わなかった。代弁したのは大阪維新の会代表の橋下徹市長。吉村氏からマイクを受け取ると、いつもの橋下節が飛び出した。「究極の改革が都構想。大阪会議じゃ1000年たっても無理」。話し続ける橋下氏を尻目に、吉村氏は足早に次の会場へと向かった―

 また、同じ記事の中にはこんな興味深い分析もある。前回2011年大阪市長選第一声の橋下氏の演説は、「ダブル選の意義」28%、「都構想」54%でその大半が都構想およびそれを実現するためのダブル選関係で占められていたが、今回の吉村氏第一声は「維新の改革実績」36%、「敬老パス」23%で過半を占め、都構想に代わる「成長戦略」は僅か17%に過ぎない。これは吉村氏と橋下氏が役割分担をし、橋下氏がもっぱら「都構想」の宣伝役を担う戦術とも見えるが、候補者は吉村氏なのだからやはり「都構想」は後景に退いているとみるべきだろう。

 朝日新聞(11月9日)も同じ書き方をしている。見出しは「都構想の対決構図再び」というものだが、それが記事になると次のように変化する。
 ―大阪維新の会の吉村洋文氏(40)の第一声は8日午前、JR大阪駅前で。橋下徹大阪市長を横に、強調したのは高齢者施策だった。「本当に行政がやるべきことは真に支援が必要な高齢者を見捨てるのではなく、サポートすることだ」。5月に大阪市内で行われた住民投票大阪維新は、市営地下鉄・バスの「敬老パス」の一部負担化など高齢者に厳しい橋下市政のイメージ返上に苦心した―

 大阪ダブル選が「大阪都構想」をめぐる維新と反維新の対決であることはその通りだ。大阪維新のダブル選を戦う旗印が「大阪都構想」以外になく、住民投票で否決された都構想を再び持ち出す他なかったからだ。そこで「大阪の副首都化=バージョンアップされた大阪都構想」に化粧直しして新たな旗印としたが、(私の懸念とは逆に)住民投票のときのようにマスメディアが持てはやしてくれない。それを象徴するのが11月1日の読売社説、「大阪ダブル選 橋下市長は何を問いたいのか」だった。

 ―理解に苦しむのは、「大阪都」構想への再挑戦をダブル選の争点に据えようとしていることだ。大阪市民が住民投票で構想を否定したのは、わずか半年前だ。本来なら、敗北を総括して修正した構想を示すか、「二重行政の解消」という目的に向けて別の方策を模索するのが筋ではないか。構想の見直しを後回しにして選挙に臨む橋下氏は、市民に何を問うつもりなのだろうか―

 この読売社説が大阪維新への痛撃となり(橋下氏はその後、ツイッターで読売紙に盛んに毒づいている)、各紙も住民投票のときのように「大阪都構想」を持ち上げなくなった。都構想のメッキがはがれ、都構想に反対するのなら「対案を出せ」という論調がアピールしなくなったのだ。また各紙の編集方針の変化を反映してか、都構想を持ち上げてきた学者の出番がめっきり減った。マスメディアが都構想に関心を失うにつれて、大阪維新は戦略変更に迫られようになったのである。

 だが、個別政策で大阪維新が「改革実績」を強調するのは苦しい。松井・吉村両氏が強調する「改革実績」は都構想が背景にあってこそ「それらしく」見えていたのだが、都構想が霞んでスポットライトが当たらなくなると「クズ」にしか見えない。吉村氏が「敬老パス」の言い訳を言いはじめ、「橋下市長を乗り越えて一歩前に進める」と言い出したのは、これまでの口先だけの戦法が通用しなくなったあらわれだろう。

 この点、栗原・柳本両氏が「咲州庁舎の撤退」や「敬老パスの無料化」など個別政策で堂々と論戦を展開しているのは的を射ている。意味のない「目くらまし」空中戦から中身のある議論の地上戦に選挙争点が移るとき、選挙情勢は大きく変わる可能性を秘めている。(つづく)