獰猛な〝思想統制〟の牙を剝いたたたき上げ菅政権、日本学術会議への乱暴な人事介入は学問の自由(憲法第23条)を否定する、菅内閣と野党共闘の行方(2)、改憲派「3分の2」時代を迎えて(その227)

 

 計算し尽くされたイメージ戦略で「地方出身、たたき上げの苦労人」「庶民の気持ちがわかる政治家」との評判を打ち立てたかに見える菅首相が、最初に剝いた獰猛な牙が日本学術会議への〝蛮行〟とも言える乱暴な人事介入だった。この1件で「国家観がない」などと言われていた菅首相が、その実は思想信条の自由、学問研究の自由を真正面から踏みにじる「思想統制国家=憲法を否定するファッショ的独裁国家」を目指していることが白日の下に明らかになった。

 

 菅首相による日本学術会議への人事介入が明らかになったのは10月1日、次期会長を決める総会の席上だった。山極前会長(前京大総長)から同会議が推薦した新会員105人のうち6人が、菅首相によって任命を拒否されたことが報告され、異例の事態に会場は騒然となったという。日本学術会議の会員は210人で任期は6年、3年ごとに半数が改選されることになっている。今回の改選では8月31日に推薦候補者名簿が学術会議から内閣府に提出され、それに基づき内閣府が9月24日に推薦候補者リストを起案し、9月28日に首相官邸が決裁したとされる。内閣府は目下のところ、6人の名前が削除された時期や理由は明らかにしていないが、菅首相の意向が強く反映されたことは間違いない(毎日10月4日)。

 

朝日新聞(10月2日)は、「学術会議推薦の会員任命 首相、6氏を除外」と1面で伝え、除外された理由を6氏が「安保法制・普天間・秘密法・共謀罪に批判・反対」したことに求めている。また、次のような元会長の広渡東大名誉教授(法社会学)の談話を掲載している。

 「日本学術会議法では、会員は学術会議の『推薦に基づいて』総理大臣が任命するとあり、これまでは推薦したとおりに任命されてきた。今回は法の趣旨を曲げており、違法の疑いが大きく、かつ不当だ。問題は人文社会系の学者に限定して任命を拒否したこと。現代社会を批判的に分析しないと成り立たない学問が狙い撃ちされている。萎縮効果を考えているとしか思えない」

 

 毎日新聞(10月4日)は、10月2日の野党合同ヒアリングで明らかになった内閣法制局の答弁を踏まえ、今回の人事介入に至ったこれまでの経過を伝えている。第2次安倍政権発足後の2016年、3人の欠員を補充するため学術会議選考委員会が候補者を選んだところ、政府が差し替えを要求してきたことがあったという。だが、選考委員会がこれに応じなかった結果、3ポストは結局17年秋まで欠員のままとなった。また2018年には、内閣府が内閣法制局に対して「学術会議から推薦された候補を全員任命しなければならないわけではなく、拒否もできるということでよいか」という趣旨の照会をしており、すでにこの時点から政府の意に沿わない学術会議会員の排除を検討していたものと思われる。

 

 そして、今回の事件である。菅内閣発足直前の9月2日、内閣府から口頭で内閣法制局に対して再び照会があり、8月31日提出の学術会議候補者推薦リストについての検討が始まった。内閣法制局は「2018年の時の資料を踏まえて変更はない」と回答したというが、肝心の2018年当時の資料は公開されていない。菅首相が内閣法制局の資料に基づいて判断したのか、それとも独自に解釈を変更して特定会員の排除に踏み切ったのか今のところは分からない。しかし、2004年に現行の推薦制度が始まって以来の異例の出来事であり、菅首相が明確な理由を語ることが求められていることには変わりない。

 

 この出来事は、学者の端くれである私にとっても決して無関係のことではない。学術会議会員がまだ投票で選ばれていた頃、私は第5部(工学部)会員に立候補した恩師・西山夘三(京大建築学科教授)の選挙運動を手伝っていた。第5部では歴代の学会ボスがトコロテン方式で会員に選ばれており、それに風穴を開けるための思い切った立候補だった。幸い建築学会はもとよりそれ以外の多くの工学部系学会から心ある支持票を得て、西山は5期連続して学術会議会員に選ばれ、学問思想の自由委員会や国土問題委員会などで活躍することができた。その後、ほどなくして会員は推薦方式で選ばれることになったが、人文系ではまだ民主的なプロセスを経て優れた学者が選ばれる慣行が続いていた。

 

 加えて、今回の事件は私にとって他人ごととは思えない事情がある。菅首相によって任命拒否された学術会議会員候補推薦者6人の中に、「旧満洲第731部隊軍医将校の学位授与の検証を京大に求める会」で、この間行動を共にしてきた松宮孝明立命館大学(刑法学)が含まれているのである。松宮教授は衆目が一致する刑法学の権威であり、人格識見ともに我が国を代表する優れた学者であって、学術会議会員に相応しい候補者であることは論を俟たない。このような学者が1内閣の政治的思惑によって学術会議会員から排除されることになれば、学術会議の存在意義は根本から失われてしまう。

 

菅首相は、発足当初の高支持率で「してやったり!」とほくそ笑んだのではないか。官僚を人事管理を通して統制した成功体験を学界にも拡げるため、拙速にも学術会議会員の人事介入に踏み切ったのであろう。だが、学界は官僚機構とは違う。思想信条を守るためには命を懸ける学者・研究者は数知れない。遠からずして菅政権は、国民の思想統制を企むファッショ的な政治権力として厳しい批判に曝されるだろう。携帯料金の値下げぐらいで国民が騙されると思ったら大間違いだ。内閣支持率が急落してから態度を変えてももう遅い。菅政権は発足直後から大きく躓いたのである。(つづく)