〝サミット効果〟を台無しにした岸田翔太郎・首相長男秘書官更迭の波紋、「泣いて馬謖を斬る」か、「百日の説法屁一つ」か、岸田内閣と野党共闘(51)

 岸田首相は5月29日、長男の岸田翔太郎秘書官(32)を6月1日付で辞職させ、更迭する意向を表明した。昨年末の公邸内での忘年会の際、長男秘書官が親族らと「閣議ごっこ」や「記者会見まがい」の記念撮影をしたことが『週刊文春』に暴露されたのが事の始まりだ。当初、岸田首相は〝厳重注意〟で事態を切り抜けようとしていたが、世論の批判が収まらず、遂に〝更迭〟に追い込まれる破目になった。このままでは「サミット効果」で上昇した評判が台無しになる(事実、5月26~28日実施の日経新聞世論調査では内閣支持率が5ポイント下落し、不支持率が4ポイント上昇した)ので、「泣いて馬謖を斬る」覚悟で長男秘書官を更迭したのだろう。

 

岸田首相の「身内びいき」や「身内への甘さ」には定評がある。今年1月に長男秘書官が首相の外国訪問に同行した際、大使館の公用車を使って観光名所を巡り、高級百貨店で「ポケットマネー(私費)」で土産物を購入していた問題が発覚したときも、首相はこれを〝公務〟だと言い張り、長男秘書官をかばい続けた。その後(今年2月)、性的少数者らへの差別発言をした荒井首相秘書官を直ちに更迭したことに比べれば、「身内への甘さ」は隠しようもない。与党幹部からも「秘書官の荒井氏を切っておいて、息子はお咎めなしでは整合性が取れない。身内びいきと批判されるのは目に見えている」と批判されている(朝日新聞5月30日)。

 

「泣いて馬謖を斬る」とは、どんなに優秀な者であっても、法や規律を曲げて責任を不問にすることがあってはいけないという意味だ。岸田首相の長男秘書官は、いわゆる「いい大学」「いい会社」「いい家柄」の三拍子そろった人物だが、それにしても「泣いて馬謖を斬る」ほどの優秀な人材だったのだろうか。首相秘書官という要職(しかも32歳という立派な年齢)にありがら、社会の批判に応えて記者会見一つ開かず、父親の陰に隠れて事を過ごそうとする態度は、単なる「あほボン」「バカ息子」の域をはるかに超えている。「公私」の分別もつかず、政治的特権を世襲的身分によるものと錯覚している、自民党の宿痾ともいうべき〝世襲議員〟の血統を引く人物にふさわしい行動だというべきだろう。

 

 岸田首相は、長男秘書官の更迭を「先進7カ国首脳会議(G7広島サミット)後の地元との調整業務が一段落したことからこのタイミングとした」と述べたが、事の背景はそれほど単純なものではない。首相が「歴史的成果」だと誇るように、広島サミットは確かに多大な政治(宣伝)効果を挙げた。とりわけ、ゼレンスキー大統領の電撃訪日は世界から「サプライズ」を以て迎えられ、原爆ドームを背景にした記念写真は、被爆地・広島から世界に「核兵器のない世界」を発信する影響力の大きいメッセージとなった。サミット開催中の大手紙の論調も一様にその成果を謳いあげ、岸田首相はその立役者として眩しいほどの脚光を浴びた。それが各紙の世論調査に跳ね返ったことは言うまでもない。

 

 だが、サミット閉幕から1週間余り、被爆者団体がG7首脳の出した核軍縮に関する「広島ビジョン」の内容に揃って批判を強め、各国NGОもそれぞれの立場から激しい失望を表明するに及んで、大手紙の一部には論調の変化が見られるようになった。朝日新聞(5月30日)は、G7サミットで「核兵器のない世界」への道筋が見えたかを検証するとして、そのトップバッターにICAN事務局長、ダニエル・ホグスタ氏の見解を紹介している。

 (1)G7首脳が出した核軍縮に関する「広島ビジョン」は、核兵器による威嚇や使用についてしっかりと非難していない。

 (2)G7首脳が平和記念資料館を訪問し、被爆者に会ったのは適切だったが、資料館での滞在も被爆者との会話も十分なものではなかった(時間が足りなかった)。

 (3)非常に問題なのは、G7首脳が核兵器の防衛目的の役割に言及し、核兵器の使用を正当化していることだ。核兵器の使用は防衛目的であろうと「新たなヒロシマ」を生み出すことになり、広島ビジョンは「ビジョン(展望)」とは言えない。

 (4)ロシアのウクライナ侵略は避難されるべきだが、G7首脳は核兵器に関して指導力を発揮し、責任ある行動を取るなどの基準を自らに課すべきだ。

 (5)核使用を防ぐために有効なのは、核兵器廃絶国際キャンペーン(ICAN)が主導して成立した核兵器禁止条約が明確な基準になる。日本が、核保有国と非核保有国の橋渡し役を自認するのなら、核禁条約に関与するべきだ。

 

 ここには、世界の誰もが否定できない核兵器廃絶の原則が明確に表明されていると思うが、現状では国民の多くに浸透しているとは必ずしも言えない。日経新聞とほぼ同時期に行われた朝日新聞世論調査では、内閣支持率が9ポイント上昇して46%となり、不支持率42%を上回った。これは、広島サミットは「核兵器のない世界」の実現に向けて効果を挙げたかの質問に対して、回答は「上げた」49%、「上げなかった」47%と拮抗しているものの、ウクライナ問題では「成果を上げた」61%、「上げなかった」37%という結果になり、ゼレンスキー大統領の電撃訪日の強い影響を物語っている(朝日新聞5月29日)。

 

とは言え、岸田首相の長男秘書官が公邸で親族らと忘年会を開いていたことについては、「大いに問題」44%と「ある程度問題」32%を合わせて76%を占めたように、この問題はサミット効果を台無しにするほどの政治的ダメージを岸田政権に与えたことは間違いない。多少不謹慎な表現だが、「百日の説法屁一つ」という言葉がある。ありがたい説教も不用意にもらした屁一つで台無しになる、積み重ねてきた努力や評価が思いがけない小さな失態のためにすっかりだめになることのたとえだ。岸田政権は広島サミットの成功のために並々ならぬ努力を重ねてきた。とりわけゼレンスキー大統領の訪日には、ウクライナ訪問までして準備を重ねてきた。それが、長男秘書官の不祥事ですべてが「パー」になったのである。

 

岸田首相は、29日の長男秘書官の更迭に関して、「当然、任命責任は私自身にある。重く受け止める」と述べたものの、例によって「職責を果たす」と強調することで〝幕引き〟を図るつもりらしい。だが、事態はこれで収束するかどうか、解散総選挙の日程が迫っているだけにその行方は予断を許さない。これからも事態の推移に注目しなければならないと思う。(つづく)