御名御璽閣下、麻生首相のジレンマ、(福田辞任解散劇、その7)

 日本人のノーベル物理学賞3人受賞という久方ぶりのおめでたいニュースが昨日今日は流れた。だが、それ以外は「ブラックマンデー」など世界恐慌ばりの暗いニュース一色の毎日だ。昨日から証券市場ではアメリカは1万ドル割れ、日本は1万円割れの「底割れ状態」が連鎖的に起こるなど、世界金融市場はいまや混乱に混乱を重ねている。この事態を一体どう見るのか。マスメディアは小泉元首相や竹中元金融経済相にコメントを求めてみてはどうか。いやインタビューをして大々的に報道すべきだ。

 それにしても困っているのは、首相就任演説で「御名御璽」を戴いて総理大臣に就任したと時代錯誤の迷文を披露した麻生首相だろう。福田前首相は「背水の陣内閣」だと自ら命名したが、麻生首相は自分の内閣をいったい何と名付けるつもりなのか。さしずめ「四面楚歌内閣」といったところかもしれない。安倍内閣福田内閣は、政策の手詰まりで政権を投げ出したが、麻生内閣の当面する情勢はそれどころの比ではあるまい。まさに「火事場」の緊急事態なのだ。

 アメリカの金融安定化法案が可決された頃は、日本の財界ではまだ楽観論が支配的だった。これで不良債権の買い取りが進めば、アメリカの金融危機も何とか凌げるとの観測が日経新聞などでも流れていたのである。ところが75兆円の公的資金供給が決まっても、アメリカの株価はいっこうに回復しない。住宅価格の値下がりなど実態経済の悪化が日に日に加速されつつあるからである。

 フランスではサルコジ大統領ですら国際的な投機資本を非難し、国内経営者の「過剰所得」を規制しようとしている。フランスの経団連は、経営に失敗した経営者のボーナスはすべて没収すべきだと自ら提案している。またアメリカの病理を告発する映画を数多く作ってきたマイケル・ムーア監督は、「ウオール街の危機を救う方法 ー マイケル・ムーアの手紙」を公開した。インターネットのメールマガジンで読んだのだが、その内容は全く共感できるもので、これを読めば、なぜ共和党の下院議員たちが選挙民の反発を恐れて金融安定化法案をいったん否決したかがわかるというものである。

 それによると、たった400人のアメリカの最裕福層が底辺の1億5千万人を全部合わせた以上の財産を持っていて、総資産額は正味1兆6千億ドル(170兆円)に上るのだという。しかもブッシュ政権の相次ぐ減税によって、彼らの富は8年間に今回の公金注入と同額の7千億ドルも増加したというのだから驚く。「そもそも我々国民は、なぜこんな少数の盗人貴族に追い銭を与えねばならないのか」とムーア監督は告発するのである。

 彼の「救済プラン」の主な内容は以下のようなものだ。
(1)ウオール街で今回の危機到来に加担した者を犯罪者として起訴するため特別検察官を任命する。
(2)救済経費は富裕者に負担させる。具体的には、①年収100万ドル以上の全夫婦と年収50万ドル以上の独身納税者は、5年間10%の追加所得税を支払う、②全て株取引に0.25%を課税する、③株主は四半期分の配当を辞退して寄付する、④企業の連邦所得税を1950年代の5%水準に戻す、⑤以上を組み合わせれば1兆ドル以上の救済資金が調達できる。
(3)現在抵当として取り上げられている130万軒の住宅所有者が時価に基づいてローン返済交渉を銀行とできるように、1人10万ドルを融資して生活の安定を図る。
(4)いかなる経営者も従業員の平均賃金の40倍(現在は400倍!)を超える報酬を受け取ってはならず、「落下傘」といわれる巨額の退職金も受け取ってはならない。
(5)フレディーとファニー(2大政府系住宅金融会社)が国有化された今こそ国民の銀行を作るべきだ。また米国最大の保険会社AIGも国有化されたのだから、全ての人に公的医療保険を提供しよう。

 こんな画期的な提案が日本で話題にもならないのは寂しい限りだが、しかし金融安定化法が必ずしも住宅価格の下げ止まりなどの解決につながらず、企業経営者や富裕層の利益を守るだけのものでしかないことが、アメリカ経済全体の先行き不透明さを助長していることは皮肉なことだ。なにしろ政府当事者のポールソン財務長官の前歴がアメリカ最大の証券会社ゴールドマンサックスの会長であり、その年間ボーナスは5億ドル(550億円)、退職金が12億ドル(1400億円)に上っていたというのだから、国民から信頼されるはずもないのである。

 話を麻生首相の方に戻そう。架空の「国民的人気」とやらを当てにして、福田前首相よろしく次の「解散劇」を演出するつもりだったのが、まず総裁選の盛り上げに失敗して内閣支持率が上がらず、次に中山暴言で出端を挫かれ、挙げ句の果てはアメリカ発の世界金融危機に直面して打つ手を知らず、ただ呆然として立ちすくんでいるのみ(表向きは強気を装っているが)というのが本当のところだろう。すでに過日の朝日新聞内閣支持率調査では、不支持率42%が支持率41%を上回ったし、これから実施される各社の世論調査でも不支持率が支持率を上回ることは確実だろう。

 そうなるとますます解散することが難しくなり、当初想定されていたような11月中旬までの総選挙はもはや不可能になったといっても間違いではないだろう。正確にいえば、麻生首相にはもはや解散を計画的に実施するだけの条件も能力もなく、その時々の政治情勢や世論動向をみながら「その場まかせ」の判断をする以外に動きがとれないほどの状況に追い詰められているのである。だから状況はいつ解散があってもおかしくないし、またこのままずるずると引き延ばされていってもおかしくはない。

 こんな情勢の下で民主党は早期解散にやっきとなり、補正予算にも賛成してとにもかくも解散のための環境をつくろうとしている。だが現下のシビアな経済情勢に本格的に取り組むことなく(諸悪の根源を「官僚支配」の所為にして財界の責任を免罪する政治手法)、ただ「政権交代」をムード的に旗印にして選挙戦を戦うことには大きな無理がある。このままの国会戦術で推移すれば、自民党に解散を引き延ばされて国民世論の「疲れ」と「嫌気」を招き、その矛先は却って民主党に向かうといった事態も予測される。

 さて、小沢代表はこの期に及んでどのような戦略を描くのであろうか。(続く)