オール与党体制・地方大連立崩壊後は、「河村チルドレン減税日本」の登場か、(名古屋トリプル選挙の衝撃、その4)

愛知県はもともと強固な保守地盤を誇る地域だ。名古屋市も大都市のなかでは「偉大なる田舎」といわれるほど保守的風土が濃厚な地域である。地域の隅々まで町内会組織が隙間なく張り巡らされ、町内会連合会を牛耳る地域ボス連が自分たちの「縄張り」(票田)をしっかりと守っている。自民党保守系無所属そして民主党議員たちも町内会をバックにして活動し、地元代表として地域の陳情を市当局にこまめに取り次いできた。それがどうして、今回は一挙に「河村票」に転じたのか。

まず考えられるのは、長年、市議会の慣習となっていたオール与党体制すなわち「地方大連立」に対して、河村市長の「議員報酬半減」という一撃が極めて効果的だったことが挙げられよう。革新勢力の弱い名古屋市では、少数会派の共産党さえ封じ込めれば、あとは市議会を思うように操ることができる。そこで市長、市当局、議会多数派が結託してオール与党体制(地方大連立)を構築し、それぞれが「三方一両得ルール」で議会を運営してきた。

オール与党体制(地方大連立)は、多数派議員にとって大変居心地のよい慣れ合いの政治世界だ。市長とも仲良くやれるし、「先生」「先生」と持ち上げてくれる市当局には「いい顔」もできる。また地元町内会幹部や後援会に対しては、市当局が用意してくれた「お土産」を適当にばら撒き、地元イベントや冠婚葬祭にこまめに顔を出していれば、4年に1度の選挙はそれほどの苦労もなく乗り切れる。こんなオール与党体制が「毒にも薬にもならない市会議員」を長年にわたって量産し続け、それが市民にとっても「議員先生とはこういうものだ」というイメージをかたちづくってきた。 

日本の戦後体制は、保守合同による自民党の結成と左右社会党の統一によって形成されたといわれるが、実質的には自社慣れ合いの政治が続き、地方政界では早くからオール与党体制が形成されて「地方大連立」が成立していた。しかし新自由主義体制になったいま、財界が要求する公共セクターの大幅リストラのためには、維持コストのかかる「地方大連立」の解体が不可避となった。平成大合併により首長・議員・地方公務員の大幅削減が強行され、大都市で議員定数・議員報酬の大幅削減が主張されるのはこのためだ。

ところが名古屋市議会多数派は、不覚にも河村氏の意図を見抜くことができなかった。市会議員報酬と定数の大幅削減によって名古屋市を解体し、「中京都」へ移行するというのが河村市長の「時局テーマ」であり、それに応じない市議会を解散して「トリプル選挙」に持ち込み、自らの地域政党減税日本」を組織して構想を実現することが、河村市長の「政治イベント」であることに気付かなかったのである。 

 河村氏はさらに市職員の削減を掲げ、公共サービスの一部を「市民委員会」と称する地域住民組織に移管して、「小さな市役所」を実現するという公約も掲げている。そうすれば市役所の経費が節約され、市民税を減税しても大丈夫だというわけだ。でもこれは、財界指令のもとで自公政権が強行した「小泉構造改革の地方版」そのものであり、現在の菅民主党政権が受け継いでいる「新しい公共」という名の公共サービス丸投げの新自由主義路線と寸分も違わない。しかし有権者にとっては、それがオール与党体制(地方大連立)という「利益共同体」を崩す勇気ある発言と受け取られ、「市政改革」の一環として支持されている。
 
問題は、なぜこの種の人物が「リーダーシップのある首長」としてマスメディアや市民の拍手喝采を博し、既成政党の強固な政治基盤を覆して選挙に圧勝できるかということだろう。私は、名古屋市民が議員定数と議員報酬の大幅削減を掲げる河村氏の公約に大きな関心を示し、その手段として市議会解散という直接行動を支持した点に注目する。そしてこうした一連の現象は、1970年代にアメリカ全土の地方自治体で発生した「納税者の反乱」を想起させる。

財政危機に直面したアメリカの地方自治体では、下層階級(アンダークラス)の福祉行政や教育行政のために、自分たちの税金が使われるのは真っ平だとばかり、中産階級(ミドルクラス)を中心とする「納税者の反乱」が起こった。地域社会に大きな影響力を持つ有力な住民層が地方税軽減を掲げて住民投票に持ち込み、「小さな地方政府」を実現しようとした。住民投票によって地方税減税は実現したが、しかしその結果は、教員・市職員・看護師・消防士など地方公務員の首切りと賃金カットであり、事実上の公共サービスネットワークの崩壊だった。

現在財政危機は一段と深刻化し、州レベルでも拡大している。カルフォルニア州の恒常的な財政危機は有名だが、最近のABCニュースによると、アメリカ中西部ウインスコンシン州においても、2万数千人の教員や州職員が公務員の年金・医療保険料負担の増額に反対して、州議会棟を占拠するという大規模な抗議行動に立ちあがっている。もしこの「財政再建予算」が可決されなければ、1割近い教員や看護師、市職員や消防士などが解雇されるというのだから、只事ではない。ニュースキャスターは、「ここはエジプトではなくてアメリカだ。しかしデモ参加者の怒りはエジプトと変わらない」と叫んでいた。

減税日本」すなわち「河村チルドレン」が出直し市議選でどれほど当選するか、私には全く予測がつかない。でもオール与党体制(地方大連立)は崩壊し、その次に「河村チルドレン減税日本」が登場してくることは確実だろう。そして議席過半数とまではいかなくても相当数を占めるようなことがあれば、事態は疑いもなく議員定数と議員報酬の削減を「呼び水」にして、「地域委員会への委譲」という名目で公務員削減と公共サービス縮小が俎上に上るだろう。

そのとき「アマの市会議員」(減税日本)が「プロ中のプロ」である河村市長の「チルドレン」として意のままになるのか、それとも「名古屋らしい地域政党」としての片鱗を見せるのか、いずれにしても出直し市議選の行方は見逃せない。(つづく)