「スピード辞任」は「スロー復興」、野田政権論(4)、(私たちは東日本大震災にいかに向き合うか、その36)

 最近の政局の動きは恐ろしく早い。野田内閣の発足から僅か9日目の9月10日、早くも重要閣僚の1人、鉢呂経済産業相が辞任した。表向きは本人の申し出による辞任だそうだが、本当のところは事態の紛糾を恐れた野田首相の更迭によるものだろう。「適材適所」を麗々しく謳ったはずの閣僚人事が発足直後から綻びを見せるのだから、野田首相任命責任政治責任は限りなく重い。「手堅い実行内閣」、「泥の中で汗をかく内閣」といったマスメディア挙げての蜜月報道はこれですべて吹っ飛んだことになる。

 野田政権のなすべき最優先課題は、いうまでもなく東日本大震災の速やかな復旧復興と原発事故の収束だ。通常の組閣人事であれば、財務、外務、内閣官房などといったポストが重要閣僚だとみなされているが、現在のような非常事態の場合は、原発・エネルギー・復興といった内閣の最優先課題にかかわる人事が、それにも増して重視されなければならないはずだ。

 それが菅前政権の松本復興担当相や海江田経産相といい、野田新政権の鉢呂経産相といい、どうしてこれだけ無定見でお粗末な閣僚が相も変わらず起用されるのか、不思議でならない。こんな調子では、平野国対委員長がいみじくも語ったように「野田不完全内閣」の姿があらわになり、これからも「不完全閣僚群」のなかから「スピード辞任」が相次ぐのではないか。そしてその代償はいまでも遅れに遅れている「スロー復興」の常態化であり、被災者に対する事実上の棄民政策の継続だろう。

 財界やアメリカから野田政権に託されている課題は、とてつもなく大きくて重い。それらは財界首脳の言葉を借りるまでもなく、税と社会保障の一体改革(大衆増税)、沖縄米軍基地の存続強化と日米同盟の深化、TPP(環太平洋戦略的経済協定)参加による農産物の市場完全開放等々、グローバルな構造改革推進のための懸案事項が目白押しに並んでいる。そしてそれら課題の前に立ちはだかっているのが、東日本大震災の復旧復興問題と原発事故の収束問題なのだ。

 歴史に「イフ」を語ることは許されないが、もし大震災と原発事故が発生していなければ、いまごろは支配層が政界再編も含めて大連立政権を作り出し、マスメディアを総動員して小泉構造改革以来の懸案解決に向かっていたことであろう。「2009年マニフェスト」を投げ捨てた民主党自民党と間にはもはや政策の垣根は何ひとつなく、誰が権力を掌握するかという「政局問題」さえ調整がつけば、財界とアメリカの期待に応える政権をつくることも不可能でなかったからだ。

 そんな時代状況のなかで図らずも東日本大震災が発生した。しかも「想定外」の福島第1原発事故までが起こった。これは構造改革推進と政界再編のグランドデザインを描いていた支配層にとっては「大想定外」「大誤算」の事態だった。しかし、財界やその下僕の財務省には懲りない面々が揃っている。東日本大震災福島原発事故という国民にとっては未曾有の危機(国難)を逆手にとって、支配層のグランドデザインを一挙に強行しようと企んだのだ。それが経団連経済同友会の緊急政策提言であり、東日本大震災復興構想会議提言だった。「国民のピンチ」は「支配層のチャンス」だというわけだ。

 だが財界のシナリオ実現のためには、「国民のピンチ」を「支配層のチャンス」に変えられるだけの演技力をもった役者(政治家)が要る。そこで「菅降ろし」が始まり、野田内閣が登場したのだろう。しかし独裁政権でもない限り、内閣は「全員野球」でやらなければならない。この点、松下政経塾で特訓を受け、財界に忠実な「増税ボーイ」の野田首相なら、支配層の振り付け通りに踊れるかもしれないが、その他の閣僚が一糸乱れず足を揃えることは容易でない。政治家としての資質と言動を磨いてこなかった大根役者群には、とうてい無理な課題なのだ。
 
 結論的に言って、野田内閣は「支配層のチャンス」を実現することができないだろう。理由は2つある。第1は、それを担えるだけの人材が支配層に決定的に不足していること、すなわち政治家の劣化と非力さが際立っているためだ。いくら「強いリーダー」と叫んでみても、世襲議員はもとより松下政経塾程度ではそれだけの役者を揃えることができない。血も涙もない「増税ボーイズ」や「防衛ボーイズ」には、国民を惹きつけるだけの魅力もなければ演技力も備わっていない。

 しかし、2つ目の理由はもっと大きい。それは、東日本大震災福島原発事故の巨大さと深刻さが支配層の認識や思惑をはるかに超えていることだ。経団連経済同友会の緊急政策提言を読んでみると、支配層が事態の深刻さと問題の広がりをいかに理解していないか、その能天気さに驚く。この期に及んでも、まるで自分たちの思い通りに世の中を動かせると思っているかのようだ。「国民のピンチ」を「支配層のチャンス」とみなす厚顔無恥な態度や大誤算はここから生まれてくる。

エジプトのムバラク大統領やリビヤのカダフィ大佐が高まる民衆の声を無視していたのと同じように、日本の支配層の危機意識は大震災や原発事故以前からも恐ろしく低い。政府の手足を縛って政策の選択肢を与えず、財界の許容する範囲でしか政策を認めようとしない。これでは未曾有の国難に立ち向かうことはできないし、政府が有効な手を打つこともできない。結果として政権を安定的に維持することができなくなり、自民党政権末期から民主党政権への移行期に任期1年程度の「超短命内閣」が相次いだのはこのためだ。

 現在当面している「国民のピンチ」は、実は「支配層のピンチ」なのだ。この危機意識を持てない支配層は事態を打開することができない。野田内閣は鉢呂経産相の「スピード辞任」によって不完全内閣の応急修理を施すようだが、震災対策を復興増税にすり替え、原発事故原因の究明をなおざりにして原発再稼働を急ぐようでは、内閣そのものの「スピード辞任」は避けられない。(つづく)