「井戸川町長メッセージ」に込められたもの、中間貯蔵施設の現地調査受け入れが復興計画に与える影響(2)、福島原発周辺地域・自治体の行方をめぐって(その27)、震災1周年の東北地方を訪ねて(97)

 井戸川町長の辞任ニュースを聞いて、私が真っ先に思い浮かべたのが双葉町のホームページに連載されてきた「町長メッセージ」の行方のことだった。井戸川氏は次の町長選挙には出ないと言っているので、新しい町長は別の人物に代わることになる。とすれば、「町長メッセージ」は間もなくホームページから消されて、この間の貴重な証言が失われてしまうわけだ。

 「井戸川町長メッセージ」は2011年4月18日(第1回)から始まり、以来、2013年1月23日(第29回)に至るまで29回にわたって書き継がれてきた。当初は月1回程度だったが、佐藤知事と双葉郡7町村長が中間貯蔵施設候補地の調査受け入れに同意した昨年11月末以降は、僅か1ヶ月足らずの間に7回と矢継ぎ早に掲載された。井戸川批判の高まりと包囲網が狭められるなかで、事態を打開するために町民への訴えの必要性(緊急性)が増したからであろう。

 私がみるところ、東日本大震災被災自治体の数ある首長メッセージのなかでも「井戸川町長メッセージ」はその論理性や訴求性において出色のレベルのものだったと思う。とりわけ原発立地自治体の首長としての政府・東電に対する毅然たる態度と歯に衣を着せない発言は、物言わぬ東北地方の政治風土とは異色のものであり、全国的にも注目の的だった。しかしそのことが、世論を背景にしながらも政府や東電との折衝(取り引き)によって「落としどころ」を探ろうとする県・市町村関係者(当局、議員など)にとっては、「眼の上のたんこぶ」だったことは想像に難くない。

 本来なら、関係自治体が一致して政府や東電に事後対策と賠償責任の追及を迫るべきところ、様々な政治的利害と思惑が錯綜するなかで、井戸川町長の原則的姿勢が必ずしも双葉郡町村長会や議会の理解を得ることができなかったのはなぜか。また双葉町議会の町長不信任にみられるように、町会議員や町民の間に民意の亀裂があったのはなぜか。私はその背景に、原発事故後の県外避難問題が大きな尾を引いているように思える。

 周知のごとく双葉町は、原発事故後1200人の住民とともに町からおよそ250キロ離れた埼玉県加須市の旧騎西高校に避難した。原発周辺自治体のなかで役場機能を県外に移したのは双葉町だけだった。この決断は、原発事故直後から政府や東電から放射能汚染状態(分布)についての正確な情報提供がなく、多くの町民が避難先を逃げ惑うなかで被曝を重ねた悲痛な体験にもとづいている。つまり、政府と東電に対する井戸川町長の強烈な不信感が、町民にこれ以上の被曝をさせてはならないという固い決意となり、(個人的な繋がりもあったのか)県外それも関東地方の埼玉県に役場機能を移すという大胆な決定に結び付いたのである。

 しかし避難問題への対応は、首長によって大きく方向が分かれた。事故直後に福島第1原発から半径20キロ圏内が「警戒区域」に指定されて、20キロ圏内の浪江町双葉町大熊町富岡町楢葉町の5町民が避難を余儀なくされ、その後「計画的避難区域」の飯舘村も同じく全村避難となった。このとき避難指示に対する首長の姿勢は、双葉町など「積極的避難派」と飯舘村など「消極的避難派」に分かれ、前者では県外避難が、後者では避難指示の遅れがそれぞれ批判の的になったのである。

 20キロ圏内5町と飯舘村の避難状況の推移を調べてみると、県内・県外避難の比率が首長の姿勢を反映していることがよくわかる。以下は各自治体のホームページに公表されたデータであるが、時系列的にデータを残しているところもあれば、その都度更新しているところもあって一様に揃っていない。また避難状況が混乱を極めたこともあって、データが公表される時期が著しく異なり、最近になってようやく公表された自治体も少なくない。ここでは『東日本大震災・避難情報&支援情報サイト・バックアップブログ』を参考にして、関係自治体の県内・県外避難状況を比較してみたい。

         最初のデータ      最新のデータ
浪江町   2012年10月31日現在  2012年12月31日現在
 県内避難者 14554人(68.7%)   14563人(68.8%)
 県外避難者  6618人(31.3%)    6600人(31.2%)
 計     21172人(100%)    21163人(100%)

         最初のデータ      最新のデータ
双葉町   2011年5月29日現在  2013年1月8日現在
 県内避難者 2527人(35.6%)    3704人(53.3%)
 県外避難者 4513人(63.5%)    3250人(46.7%)
 不明     67人
 計     7107人(100%)     6954人(100%)

         最初のデータ      最新のデータ
大熊町   2011年6月1日現在   2012年11月30日現在
 県内避難者 6800人(59.1%)    8235人(72.5%)
 県外避難者 4700人(40.9%)    3131人(27.5%)
 計     11505人(100%)    11366人(100%)

         最初のデータ      最新のデータ
富岡町   2012年9月5日現在   2013年1月1日現在
 県内避難者 10939人(68.7%)    11032人(70.9%)
 県外避難者  4674人(31.3%)     4536人(29.1%)
 計     15613人(100%)     15568人(100%)

         最初のデータ       
楢葉町   2012年5月31日現在   
 県内避難者 6319人(82.6%)   
 県外避難者 1328人(17.4%)   
 計     7647人(100%)   

         最初のデータ      最新のデータ
飯舘村   2012年6月1日現在   2013年1月1日現在
 県内避難者 6105人(91.9%)    6162人(92.5%)
 県外避難者  536人( 8.1%)     502人( 7.5%)
 計     6642人(100%)     6664人(100%)

 このデータを見れば一目瞭然だが、双葉町以外の町村は県内避難率が7割前後(飯舘村は9割)であるのに対して、双葉町は事故直後2/3が県外避難であり、現在においても半数近くが県外避難であるという状態が続いている。このことが井戸川町長の不信任や辞任にどう関係しているのだろうか。(つづく)