開発主義の誤りを新自由主義で拡大しようとする橋下大阪市政、いま大阪市で起っていることは堺市の“対岸の火事”ではない、ポスト堺市長選の政治分析(8)、『リベラル21』の再録(その9)

 神戸市長選に関するコメント諸氏との“ウェブ討論”はこれぐらいにして、話をふたたび堺市長選に戻そう。今回の堺市長選は二重の意味で戦後史に残る首長選挙だった。第1は、いうまでもなく堺市民および堺市政が戦後高度成長時代の「負の遺産」を総決算し、21世紀にふさわしい“自治都市・歴史都市・堺”のまちづくり理念とまちづくり体制を確立するスタート地点に立ったことだ。

 しかし、この課題はいうほど簡単なことではない。堺市民と堺市政のなかに染みついている成長志向の垢を洗い流し、“成熟したライフスタイル”を目指すにはそれ相応の覚悟が要る。大げさに言えば、“思想改造”ともいうべき試練に立ち向かわなければ実現できない課題であり、市長をはじめ市職員がどれだけその視点に立てるかが問われているのである。

 またこのことは、堺市だけでできるとも思われない。堺市大阪市の事実上の衛星都市であり、市民の多くが大阪市へ通勤・通学している以上、堺市の体質改善は大阪市とそれと密接に関連している。有体に言えば、大阪市政が現状のままでは堺市政の方向転換もままならず、いつ「元の木阿弥」に戻るかわからない可能性を秘めているからだ。

 ここから第2の課題が出てくる。それは次の大阪首長選挙で“逆ダブル選挙”に勝利しなければならないということだ。2015年4月の統一地方選挙および11月の大阪府知事大阪市長の同時選挙において橋下維新を一掃し、市民の立場から堺市と連携できる知事・市長を生み出さなければならない。もし堺市長選で維新候補に敗れていたなら、戦後高度成長時代の開発主義の犠牲になった堺市がふたたび新自由主義の犠牲になるという悲劇が生じたことであろう。それを一歩手前で食い止めたのが堺市長選だったのだから、今度はそれを大阪府大阪市首長選挙につなげていかなければ戦いは終わらないのである。

 だから堺市民や市職員の方々は、私の橋下市政分析を他人事と思わないで読んでほしい。いま大阪市で起っていることは「対岸の火事」ではなく、大和川を越えて堺市に氾濫して来る“逆流”なのだから。

【再録】黒字経営の大阪市営地下鉄をなぜ民間事業者に売り飛ばすのか、民間企業であれば“特別背任罪“に該当する行為が「市政改革」なのか、橋下市長に対する市当局幹部の造反が始まった(2)、ポスト堺市長選の政治分析(その4)〜関西から(119)〜

 年間8億人、1日231万人(2012年度)の乗客が利用する大阪市営地下鉄は、数々の栄光に包まれた日本最初の公営地下鉄だ。1933年、近代都市大阪を築いた卓抜な政治家であり都市計画家であった関一市長によって日本最初の地下鉄御堂筋線が開通した。以来、大阪市は公営地下鉄としては市内一円と衛星都市一帯にわたる日本最大の路線網を着々と整備し、市民サービスに寄与してきた。

 しかし、特筆されるのはそればかりではない。大阪市営地下鉄は全国9都市の公営地下鉄の中で唯一黒字経営を達成した公営地下鉄なのである。2003年度に数十年ぶりに黒字決算に転換して以来、毎年黒字経営を続け、2010年度にはこれまでの累積欠損金を一掃した。そして2011年度には赤字の市バスに30億円の支援をした上でなお167億円もの黒字を出すという偉業を達成し、全国でも“超優良公営企業”にランクされている。2012年度も198億円の黒字だ。

 これは堺市長選のときに交通政策をめぐって指摘したことだが、大都市交通には「線交通」(通勤・通学など短時間に発生する大量ピストン交通)と「面交通」(買物・通院・商談など一定のエリア内で常時発生する多目的ランダム交通)という質的に異なった2種類の交通がある。大阪市の場合を例に取れば、前者はJR・私鉄・地下鉄が担い、後者は市バス(赤バス)が受け持つというように、「線+面」の都市交通ネットワークが形成されてはじめて市民の交通ニーズに対応できるのである。

 これを経営面からみれば、大量の乗客を輸送する「線交通」は黒字にしやすく、分散した少量の乗客を輸送する「面交通」は赤字になりやすいという傾向がある。しかし、大都市交通網としては両者が一体的に必要である以上、前者の黒字で後者の赤字をカバーするという経営方針は極めて合理的なものといえる。その意味で、大阪市営地下鉄は交通ネットワークとしても経営事業体としても全国公営鉄道事業の金字塔なのであり、全国に誇るべき公営事業・公共財産なのである。

 ところが、2006年に関西経済同友会(大阪財界)が「大阪市営地下鉄とバス事業の民営化」を提言して以来、大阪市政は愚かにも大阪財界の要求に屈して民営化路線に傾くようになり、2011年に当選した橋下市長の手によって2015年度までに地下鉄と市バスを完全民営化する方針が打ち出された。市バスは赤字路線を廃止し、路線を縮小整理したうえで民間事業者に譲渡する。地下鉄は黒字経営のままで民間事業者に売り渡すというのである。

 民間企業でも黒字部門をわざわざ手放すような馬鹿な経営者はいないだろう。
やれば間違いなく会社法上の“特別背任罪”に該当し、同時に株主損害訴訟の対象になるからだ。会社法第960条には、「次に掲げる者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は株式会社に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、当該株式会社に財産上の損害を加えたときは、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する」という“特別背任罪”の規定があるのである。

 特別背任罪とは、会社の取締役など会社経営に重要な役割を果たす者が、自己若しくは第三者の利益を図り又は株式会社に損害を加える目的で、その任務に背く行為をし、当該株式会社に財産上の損害を加えたときに成立する犯罪であり、商法における一般の背任罪よりも重罪とされている。会社経営に重要な役割を果たしている者が背任を行った場合、通常の背任より責任が重いと考えられることから、商法の(一般)背任罪とは別に会社法にわざわざ特別背任罪が規定されているのである。

 私は商法・会社法はもとより行政法の専門家でもないので、公営企業においても民間企業と同じような特別背任罪に相当する刑事罰があるかどうか詳しくは知らない。しかし友人の弁護士から聞くところによれば、公営企業法にはそのような規定はなく、刑事罰に問われるとすれば、刑法上の一般的な背任行為に当たるとされている。しかしその場合でも、それは公営企業の経営破綻に関する管理者責任を問うものであって、黒字部門を売り渡すといった事態は想定されておらず、こんな前代未聞の事例は聞いたことがないという。

 大阪市営地下鉄がもし民間企業であれば、橋下市長の行為は間違いなく特別背任罪に該当し、株主損害訴訟の対象になるだろう。まして市民・国民の税金で建設されてきた公共財産であり、市民の足を保障する(黒字の)公共交通機関を「第三者=民間事業者」に売り飛ばすというのであれば、これはまさしく行政財産の破壊行為そのものであって、刑事告訴・告発や行政訴訟の対象にならないはずがない。

 また市民社会の一般的常識から言っても、橋下市長の地下鉄・バス民営化方針は市民の足を守るべき為政者の責任放棄であって、とても「市政改革の目玉」などといえるような代物ではない。だからこそ、さすがの大阪市議会もこればかりは容認するわけにはいかず、維新を除いて全ての会派が慎重姿勢(反対)を表明し、以降、地下鉄民営化条例は「継続審議」として見送られてきたのである。

 だが、小手先の「騙しのテクニック」に長けた橋下市長のこと、地下鉄民営化と運賃値下げを絡めて提案したところに彼一流の「セコイ工夫」があった。昨年12月、市交通局は「民営化基本方針」を発表し、初乗り運賃を2014年4月に10円、2015年10月にさらに10円値下げする方針を示して、今年2月に民営化基本条例案を市議会に提出した。僅か10円、20円の運賃値下げを餌にして地下鉄民営化を釣ろうというのである。

 市民・市議会を小馬鹿にしたようなこんな提案など通るはずがないと思うが、当然のこととして市議会では「継続審議」という名の宙づり状態になった。そこで市交通局は民営化の目途が立たないため、来年4月からの運賃値下げを断念し見送る方針を9月27日(堺市長選投開票日直前)に決定した。ところが10月15日、橋下市長が突如来年4月の20円値下げを市議会に打診し、さらに17日には「来年10月までに民営化条例を通さなければ、公営では値下げを維持できないので運賃をもとに戻す」と表明したのである。

 当然のことながら、市議会では運賃値下げを政治的取引材料にして地下鉄民営化の賛成を求める橋下市長の言動に対して野党各派(公明も含めて)から批判が集中した。しかしそれに増して18日の市議会交通政策特別委員会で、市交通局の藤本局長が「交通事業者の常識から今回の20円値下げは考えられない話だ」(毎日新聞、2013年10月19日)と橋下市長の発言を否定したことが大きな波紋を呼んだ。なぜなら、藤本交通局長は橋下市長が「地下鉄民営化の切り札」として登用した初の民間人局長だったからである。(つづく)