維新が土俵際で踏み止まったことをどうみるか、それは「国政政党」としての維新の限界が明らかになり、「地域政党」としての大阪維新との溝が深まったことだ、2014年総選挙を分析する(その11)

 今回の総選挙で番狂わせがあったとすれば、「苦戦」との前評判が高かった維新が42議席から41議席へと1議席減にとどまったことだろう。国会では議席数が全てだから、維新は「苦戦」ではなく「善戦」したことは間違いない。だが、比例代表得票数・得票率からみるとまったく別の景色が見えてくる。

前回の2012年衆院選は選挙直前に大阪維新石原新党が合併し、「日本維新の会」が旗揚げした。そのとき獲得した比例代表得票数は1226万票、得票率は20.4%で、維新は自民294議席、民主57議席に次ぐ54議席を獲得して第3党に躍り出た。それが今回の総選挙では「次世代の党」(石原グループ)と分裂(分党)したことで得票数は838万票(15.7%)に激減し、前回の3分の1近い388万票もの大量票を失った(もっとも次世代の得票数141万票を除けば175万票減ということになる)。

その一方、維新は地元大阪府比例代表114万票(得票率32.3%)を獲得し、自民87万票(同24.7%)、公明59万票(同16.8%)、共産44万票(同12.7%)、民主29万票(同8.3%)を抜いて第1位になった。全国との比較で見れば得票率はちょうど倍になり、大阪では依然として維新の力が衰えていないことを示した。その結果、維新は小選挙区19区では5議席しか取れず、前回12議席から大きく後退したが、うち7人が比例復活で当選してトータルでは2議席減の12議席を確保した。

大阪維新は選挙戦の終盤まで劣勢が伝えられ、私もそう思っていた。投票日の前日には橋下氏自らが「完敗宣言」する有様で、誰もが維新の敗北を信じて疑わなかった。それがどうしたことか維新は踏み止まり、敗北を免れたのである。私もいろんな人の意見を聴いてみたが、目下のところ納得できる分析ができていない。「自民圧勝」「維新大敗」の選挙予想に天邪鬼の大阪人が反発したとか、「自公圧勝のデメリット」を強調する維新の宣伝が功を奏し、維新が自公の「勝ちすぎ」を懸念する人たちの受け皿になったとか、いろんな解釈が乱れ飛んでいるがまだ確証がない。

と言って、このままいつまでも「わからない」ではいられないので、私なりの解釈を示して読者諸賢のご批判を請いたいと思う。これはまだ早すぎる判断かもしれないが、私が思うに今回の総選挙で明らかになったことは、第1が「国政政党」としての維新の限界が明らかになったこと、第2が「地域政党」としての大阪維新の勢いがまだ衰えていないことの2点である。つまり、もはや「第3極=国政政党」としての維新は今後政界で生き残れる可能性は少ないが、「大阪維新地域政党」としての維新はかなり「しぶとい」ということである。

このことの判断材料になるのは、今回総選挙の比例代表得票数の都道府県別・ブロック別の維新の投票数・得票率の分布だろう。維新は比例得票率で大阪府第1位、近畿ブロック第2位を確保したが、東北・南関東・北陸信越・東海の4ブロックでは第3位にとどまり、北関東・東京・中国・四国・九州の5ブロックでは第4位、北海道ブロックでは第5位だった。つまり大阪府および近畿ブロックでの大量得票なくしては、維新が「国政政党」として通用することが必ずしも確かではないことが明らかになったのである。

時代の風はもはや「第3極」には向いていない。国民の前に曝された「みんな」の怒号入りの見るも無残な解党状況、「次世代」の化石化と博物館入り、そして「生活」の自滅状態などは、これまでの民主への失望感に加えて「第3極」への新たな不信感を掻き立てた。次回参院選及び衆院選における維新の発展可能性はもはやなく、その展望を打ち砕かれたといってよい。だからこそ、江田共同代表は「野党再編なくして維新なし」とのスローガンの下に野党再編に狂奔し、維新を「触媒政党」(野党間の再編・化合を促進するだけの存在)としか見ることができないのである。

このことは、大阪維新と結いが合流して出来たばかりの維新が、今後再び2つの潮流に分裂することを予測させる。江田氏を代表とする「野党再編」グループは生き残りを賭けて民主に接近する一方、大阪維新は地元大阪で生き残ることに専念しなければならない事情のために、両者の隔たりが避けられなくなるだろう。言い換えれば、維新と民主(あるいは民主の一部)との合流が本格化するときは、江田グループと大阪維新の間に分裂が起こり、その時に橋下氏の去就が試されるということだ。

橋下氏にはこのとき2つの道がある。ひとつは大阪維新を捨てて国政に進出する道、もうひとつは国政進出を断念して大阪維新に専念する道だ。すでに今回の総選挙でそのリハーサルが行われ、橋下氏は当面は後者の道を選択した。しかし来年の統一地方選大阪維新の盛衰が明らかになったとき、橋下氏はいったいどのような道を選ぶのか。その時が来るのを私は待っている。(つづく)