大阪都構想住民投票へ市民の関心が飛躍的に高まってきている、テレビ討論が橋下市長の素顔を暴きはじめた、大阪府議選・市議選から都構想住民投票へ(6)、橋下維新の策略と手法を考える(その24)

 このところ、大阪都構想に関するマスメディアの報道姿勢に少し変化を感じる。典型的なのはテレビ討論の形式が変わったことで、かっては橋下氏の言いたい放題だったのが、最近では発言時間を決めて賛成・反対の意見を公平に聞くようになった。このことは報道倫理としては当然のことだが、これまでマスメディアに無視されてきたことを思えば、遅まきながら歓迎すべき変化だと言える。マスメディアの寵児として活躍してきた橋下氏が、漸くにして一人の政治家として客観的に評価されるようになったのだ。

 ところが、この形式が橋下氏にはお気に召さないらしい。大阪弁護士会が4月30日に開催予定の「『大阪都』を考える市民集会」に関しては、大阪維新の会から「公平性が担保されていない」との理由で出席を見合わせるとの連絡があり、突然中止になった(産経新聞、2015年4月29日)。また、別の民放番組でも同様の理由で中止になったケースがあると聞く。しかし情勢が変わったのか、その後4月29日の読売テレビ討論番組と5月1日のNHK『かんさい熱視線』には橋下氏が登場し、例によって熱弁をふるった。

 残念ながら、私は読売テレビの方は見逃したが(拙ブログのコメントには感想が寄せられている)、NHKの方は一部始終見た。タイトルは「生討論“大阪都構想”を問う」というもので、趣旨は「いまの大阪市を廃止して5つの特別区を設ける、いわゆる「大阪都構想」の賛否を問う住民投票が今週告示された。5月17日の投票日に向けて賛成派と反対派の運動が本格的に始まっている。大阪の未来はどうなるのか? 私たちの暮らしは? 「大阪都構想」推進の立場から大阪維新の会代表、橋下徹大阪市長。反対の立場から自民党・市民クラブ大阪市議団、柳本顕幹事長を招き徹底討論する」というものだ。

 両者の意見の中身は従来からの繰り返しでそれほど新味はなかったが、興味深かったのは討論形式とそのときの橋下氏の反応だ。まず発言時間はアナウンサーの質問に答える形式で1人1分、目の前に赤ランプを置いて制限時間が来ると点滅する。相手の発言を遮ることもできなければ、発言の途中で攻撃したり論点をすりかえることも出来ない。つまり一問一答方式の発言を積み重ねて、両者の意見の相違点や対立点を浮かび上がらせると言う趣向である。討論番組に造詣の深いNHKならではの考え抜いた番組編成だ。

 時間は全体で僅か30分、それほど多くのことは言えない。大阪市主催の都構想説明会のときは終始、橋下市長の独演会となり、彼は2時間のうち70分を独占して思う存分喋ることができた。「橋下劇場」とも言うべき舞台で誰に遮られることもなく心ゆくまで喋ることができるのだから、これほど気分のよいことはないだろう。緩急自在の話術で聴衆を酔わせ、彼自身も陶酔状態になるほどの芸達者振りを発揮した。しかし、今度の番組はそうは行かない。

 全体の印象としては、橋下氏には最初から余裕がなかった。1分間でいろんなことを喋ろうとすると勢い早口になる。早口になると説明がぞんざいになり、説得力が薄くなる。橋下氏の得意技はパンチ力のある(きらびやかな)キーワードを羅列して畳みかけることだが、1分間ではそれができないのでどうしても焦りが前面に出てしまい、それが余裕のない印象を与えるのである。それに対して柳本氏の方は余計なことは言わない。言いたいことを絞って淡々と語る。短い時間なのでこちらの方に説得力がある。次第に橋下氏が劣勢に追い込まれていく展開となった。

 特に印象的だったのは、橋下氏が後半になって苦笑いを浮かべるシーンが多くなったことだ。本人はおそらく余裕のあるところを見せたくて笑いの表情をとったのだろう。しかしテレビを見ている方は「苦笑い」と感じたのではないか。ちなみに「苦笑い」を国語辞典で引いてみると、「心では苦々しく、具合の悪いことに思いながら、(おこりもできず)それを紛らすため笑い顔をすること」とある。まさにその通りの表情だった。

 橋下氏が大阪弁護士会の設けた最初の討論会をドタキャンした言い分は、「公平性が担保されていない」というものだった。しかし、大阪弁護士会は賛成・反対の両意見の発言を公平に扱い、細心の注意を払って討論会を準備していたのだから、こんな言い分が通るはずがない。実は、高度なプロフェッショナル集団である弁護士会の前では、自分の詭弁など通用しないことを彼自身が一番よく知っていてドタキャンしたというのが本当のところだろう。

 それに比べてテレビ討論は、橋下氏が慣れ親しんだ舞台だ。いかなる討論形式であっても負けることはないーー、こんな自信を持って臨んだはずの機会だった。ところが一問一答方式の発言を1分以内で繰り返すと言う(橋下氏の予想を超えた)討論形式が、彼の発言の空虚さを露わに見せる場面となった。今頃はきっと、「NHKは怪しからん!」と怒っているに違いない。

 住民投票が始まってから1週間、やっと市民の間に「本当のことを知りたい」という空気が出てきた。民放もNHKももはや今までのような番組では視聴者を惹きつけることができない。真面目で本当のことを語る番組が求められている。さあ、橋下さん、これからテレビ番組とどう付き合いますか。「公平性が担保されない」と言って断りますか、それとも再武装して討論に臨みますか。(つづく)