政権復帰後の安倍首相は橋下維新を「改憲パートナー」に見定めた、だが橋下氏は従軍慰安婦問題発言と沖縄米軍風俗活用発言で窮地に陥った、救ったのは首相官邸だった、橋下引退後の「おおさか維新」はどうなる(その2)

 2012年12月総選挙での日本維新の躍進によって、改憲勢力である自公維3党の議席数は改憲発議に必要な3分の2をはるかに超え、残るは2013年夏の参院選衆院と同じく3分の2議席を獲得することが自民党の至上命題になった。政権復帰した安倍首相は就任直後から矢継ぎ早に橋下・松井両氏に接近し、維新取り込み工作を開始した。

―2013年1月11日、安倍首相は日本維新の会代表代行の橋下大阪市長、幹事長の松井大阪府知事大阪市内のホテルで会談し、首相は「今日も記者会見で言ったが、東京と大阪は成長のエンジンです。エンジンたる松井知事さんと橋下市長とお目にかかって現状を伺い、要望も伺いたい」と、松井知事と橋下市長を「大阪のエンジン」と持ち上げ、大阪と東京のツインエンジンで日本経済を牽引したいとの考えを示した(産経ニュース関西、2013年1月11日)。会談後、橋下代表代行は「僕は安倍首相のもとでできると思う。本当にいい意見交換になった」と満足気に語り、「野党で『反対!反対!』はやりません」と述べている。また、松井幹事長も「(補正予算の)国会審議はきちっとやらせてもらう」としつつ、「従来の野党的発想で審議を延ばすとか、後ろ向きの議論とかはやらない」と同調した(時事通信、1月12日)。

―2013年2月17日、菅義偉官房長官日本維新の会幹事長の松井一郎大阪府知事が17日夜、都内のホテルで会談したことが18日分かった。関係者によると、菅氏は政権運営や国会審議への協力を要請した。松井氏は安倍晋三首相や菅氏と親密な関係を築いており、日本維新共同代表の橋下徹大阪市長も首相の手腕を繰り返し評価している。会談では安倍政権と日本維新との今後の連携についても話し合った可能性がある(共同通信、2月18日)。

 こうして首相官邸と橋下・松井両氏の間には(石原共同代表の頭越しに)太いパイプが作られ、維新取り込み工作が順調に進むかに見えた。また、自民党の党是である道州制導入に向けて維新が「関西州」の実現を掲げ、その第一歩としての「大阪都構想」の制度設計を話し合う法定協議会も発足した。ここまでは順風満帆だった。

だが2013年7月参院選を直前にした5月、橋下氏が記者団に語った不用意(率直)な発言を切っ掛けにして激しい橋下批判が沸き起こった。戦時中の慰安婦制度について「戦時下では世界各国の軍が必要だった」、沖縄米兵の性犯罪防止のため「司令官にもっと風俗業を活用してほしいと言った」との橋下発言がそれだ。早くから大阪・神戸の高級風俗店の常連客だった橋下氏にとっては「ごく当たり前のことを言ったにすぎない」といった感覚だったのだろうが、さすがにこれは世間では通用しなかった。

それからの1年間は、橋下氏にとってはイバラの道だった。自ら招いた慰安婦・風俗発言の影響で支持率が急落し、参院選では立候補44人(選挙区14人、比例区30人)のうち8人(選挙区2人、比例区6人)しか当選できず、維新は一時失速した。続く9月の堺市長選でも都構想反対を掲げた竹山氏が維新候補を破り、都構想設計案は法定協議会で否決された。また「民意を問う」と称して実施した2014年3月の出直し市長選も橋下氏の「独り芝居」に終わり、5月には石原氏らと分党する破目に陥った。大阪でも国政でも橋下維新は四面楚歌になり、結いの党と合併して維新の党を作ったものの、もはや「第3極」のイメージは手垢に汚れた古雑巾と化していた。そして2014年10月には都構想協定議案書が府市両議会で(公明党を含む)野党の反対多数で否決されるに及んで、橋下維新の政治生命は終わったと誰もが思った(私もそう確信していた)。

ところが、橋下氏は2014年総選挙を前に賭けに出た。真偽のほどは詳しくわからないが、2012年総選挙で維新が公明と競合する選挙区で候補を立てない代わりに、公明が都構想に賛成するとの密約が交わされていたらしい。その密約が破棄された橋下氏が報復のため、公明現職がいる大阪3区に立候補するとぶち上げたところ、改憲勢力の仲間割れを案じた官邸が仲裁に乗り出し、2015年5月に行われる予定の都構想の住民投票公明党を賛成に回らせること、官邸が都構想を全面的に支援していくことを条件に橋下氏の出馬を見送らせたという。この時から橋下維新の原点である都構想実現に向けて、首相官邸による救済策すなわち府市両議会で否決された都構想復活のための画策が始まったのである。

一方、維新の側では総選挙に敗退すれば、橋下氏が引退するとの捨て身の宣伝が功を奏して、2014年総選挙でも維新が大阪府内比例得票数で第1党になった。ある政治学者の分析によれば、維新支持層のコアは大胆な市政改革を求めるホワイトカラー中間層で固められ、その周辺には現状に激しい不満を抱く非正規若年労働者が取り巻くという二重構造になっているのだそうだ。両者を合わせて30%前後の固定票があり、そのうえ時々の浮動票が加算される仕組みになっているので、なかなか票が減らないのだという。長年にわたる大阪市政への不信感と閉塞感が「橋下人気」の土壌を形成し、大胆な市政リストラを喧伝する橋下氏の突破力(破壊力)への期待が「橋下人気」を支えている。

首相官邸による橋下維新の救済策は、2014年暮れの読売新聞スクープ記事で明らかになった。「公明潰しをライフワークにする」「公明にやられたまま人生を終わらせるわけにはいかない」と口を極めて公明党を罵ってきた橋下市長の「大阪都構想」に対して、こともあろうに公明党が都構想の制度設計を行う法定協議会の再開を条件に、都構想の是非を問う住民投票の実施に賛成する方針を固めたというのである。(つづく)