大阪ダブル選で自民推薦候補と戦ったはずの橋下市長の退任を慰労する首相官邸の異様さ、来夏の衆参同時選挙も視野に入れた改憲勢力の総結集が始まった、橋下引退後の「おおさか維新」はどうなる(その5)

2015年11月19日夜、安倍首相は大阪市長を18日に退任したばかりの橋下氏と都内のホテルで食事を共にしながら約3時間半会談した。名目は橋下氏の「慰労会」とのことだが、菅官房長官とおおさか維新代表の松井知事が同席したところを見ると、6月14日以来の政治会談であり、今後の改憲日程について話し合ったものとみられる。

それにしてもこの「慰労会」は、大阪ダブル選での自民党推薦候補の敵側総大将を慰労するのだから、自民党大阪府連はもとより自民党本部(谷垣幹事長)までが馬鹿にされたことになる。それでいて自民党内からは抗議一つさえ出てこないのだから、もはや党内民主主義などはどこかへ消えてしまい、「官邸1強=安倍独裁」が党内の隅々まで行きわたっているのだろう。不甲斐ない話だ。しかしこの安倍・菅・橋下・松井4者会談は、今後の政局を考えるうえですこぶる重大な内容を含んでいるので無視できない。各紙も大きく取り上げ、その内容を詳しく伝えている。

安倍晋三首相は19日夜、大阪市長を退任した橋下徹氏と都内のホテルで食事を共にしながら約3時間半会談した。橋下氏が政界引退後も影響力を持つ新党「おおさか維新の会」との協力に関して話し合い、憲法改正についても意見交換したとみられる。首相は橋下氏が結成した「おおさか維新の会」との連携を念頭に、憲法改正で協力していくことを確認した。首相は政界を引退した橋下氏の国政進出に期待を示した。首相官邸とおおさか維新の親密な関係を改めて印象づけた。首相と橋下氏の会談は6月14日以来。名目は「橋下氏の慰労会」で、菅義偉官房長官とおおさか維新代表の松井一郎大阪府知事が同席した。首相側には、来年1月4日召集の通常国会や来年夏の参院選を見据え、野党勢力を分断したい思惑がある。改憲の発議には衆参両院でそれぞれ総議員の3分の2以上の賛成が必要だ。関係者によると、橋下氏は参院選で自民、公明両党とおおさか維新で3分の2の議席を獲得し、憲法改正をめざすよう呼びかけた。首相は「国民的な議論の深まりが必要だ」と語り、ともに改憲をめざす姿勢を確認した。おおさか維新は綱領で統治機構改革や地方分権のための憲法改正の必要性を掲げる。首相もおおさか維新も改憲のテーマとしては緊急事態条項などから入ることを想定している(日経新聞2015年12月20日)。

 なぜかくも安倍首相は橋下氏と度々会って会談するのか。それは一にも二にも大阪ダブル選で見せた橋下氏の強力な発信力や突破力を国政選挙でも利用したいためだろう。大阪ダブル選で橋下氏は都構想住民投票で反対票が多数を占めた行政区に集中的に入り、持ち前の演説力で地域の雰囲気を大きく変えた。私も何度か街頭で彼の演説を聞いたが、集まった聴衆が見る見るうちに引き込まれていく様子に接して愕然(がくぜん)としたことがある。おおさか維新が全国的に候補を擁立し、候補者としての橋下氏が全国を応援演説に駆け回る様子を想像するだけでも空恐ろしい気がするではないか。

 官邸が期待するのは橋下氏の発信する強いエネルギー(ウイルス感染力)だ。橋下氏のキャリアや政治信条などについて基礎知識を持たない(大阪以外の)多くの国民は免疫力がないので、彼のウイルスには容易に感染する可能性が大きい。大阪でさえ反維新候補の応援にきた自民党大物の演説は、橋下氏にはまったく歯が立たなかった。自民党大物や中山府連会長の演説を聞けば聞くほど「これではあかんわ」とのつぶやきが広がり、終盤では却って「票が逃げる」との声さえ上がったほどだ。

 こんな現場の様子は逐一官邸に報告される。官邸には広報担当の世耕官房副長官がいて、「これはいける」と考えても何らおかしくない。世耕氏は和歌山選挙区出身の参院議員だから、大阪の実情には詳しい。加えて政治家になる前はNTTの広報宣伝部に在籍していたので、電通博報堂など橋下氏らの選挙戦術を企画してきた広報宣伝プロとのネットワークも広い。今の自民党には橋下氏に匹敵する強烈な個性が見当たらないので、世耕氏にとっては首相の応援団を自認する橋下氏は、安倍政権を側面支援する強力な応援団にもなり得るとみているのである。
 
 来夏の参院選あるいは衆参同時選は、これまで不可能とされてきた憲法改正が政治日程に上ったことを直視しなければならない。衆院では自民291議席と公明35議席を合計すると326議席となり、憲法改正の発議に必要な3分の2の多数、317議席をすでに上回っている。参院は自民113議席と公明20議席を足すと133議席となり、過半数122議席は超えるが3分の2の多数、162議席にはまだ届かない。ただ、野党のうち「日本を元気にする会」「維新の党(大阪系)」「日本のこころを大切にする党」「無所属クラブ」「新党改革」など全ての改憲勢力を掻き集めると合計157議席となり、あと5議席で目標に届くことになる。

 参院は3年おきに半数の議席を改選する仕組みなので、自民113議席のうち今回で任期満了を迎えるのは48議席、前回の参院選では68議席獲得したことを考えれば、来夏に5議席を上積みして53議席以上獲得するのはそれほど難しくないと言える。他の泡沫政党が吹っ飛んだとしても「おおさか維新の会」の議席でカバーすればいいだけのことだ。(つづく)