「甘利口利き収賄疑惑」は本当に安倍政権への打撃になるか、野党分断と国民世論の劣化で安倍政権は危機を(十分に)乗り切れると踏んでいる、2016年参院選(衆参ダブル選)を迎えて(その5)

 2016年1月28日夕方、甘利経済再生相は内閣府で記者会見を開き、『週刊文春』が報じたUR(都市再生機構)に対する「口利き収賄疑惑」に関する一連の説明(釈明)を行った後、突如辞任を表明した。翌29日、各紙は数頁に亘る特集記事を組み、会見内容とともに甘利辞任が安倍政権に及ぼす影響を各方面から論じた。紙面構成と見出しを比較すると、各紙とも最大級の特集を組んでいるのがよくわかる。以下、その概要を紹介しよう。

朝日新聞
 紙面構成:1面/内幕と今後、2面/残る疑惑、3面/経済政策は、4面/会見詳報、7面/社説、12面/政治とカネ 再び、30面/会見で自ら疑惑を説明
見出し:「甘利経済再生相 辞任、現金授受疑惑で引責、後任に石原元幹事長、自身の受領分 違法性否定、看板閣僚 政権に打撃」、「甘利氏 残る疑惑、秘書、300万円を私的流用、規制法違反の可能性、建設会社側からの接待認める、秘書、URと12回面談」、「甘利氏辞任、TPT・成長戦略 首相の盟友、アベノミクス主軸失う、後任・石原氏 問われる手腕、国会審議へ影響必至」など

毎日新聞
 紙面構成:1面/甘利氏辞任、2面/疑惑の解明 半ば、3面/政権 屋台失う、5面/秘書2人 接待何度も、6面/アベノミクス打撃、8面/TPP参加国、影響注視、26面/市民「納得できない」、27面/言葉詰まらせ 目潤ませ
 見出し(略)

【読売新聞】
 紙面構成:1面/甘利氏辞任、2面/疑惑「調査中」、3面/退場に衝撃、4面/石原氏の横顔、7面/会見の詳報、10面/市場への影響、11面/TPP影響懸念、13面/有識者に聞く、30面/脇の甘さ露呈、31面/秘書任せ 痛恨
 見出し(略)

日経新聞
見出し:「甘利経財相が辞任、金銭授受 秘書流用で引責、自身も100万円受領、建設会社から、安倍政権に打撃、後任に石原元幹事長」、「続投一転、突然の退場、首相遺留『支持率下がっても』、甘利氏『もう足引っ張れない』、秘書受領の300万円 記載なし、業者との関係 未解明」、「アベノミクスに試練、司令塔失う、TPP・成長戦略に影」など

これら各紙の紙面構成や見出しを見ると、(1)経済政策の中枢閣僚である甘利氏の辞任は安倍政権への深刻な打撃であること、(2)アベノミクスやTPPへの影響が懸念されること、(3)現金授受の背景や業者との関係が未解明であること、などが共通して指摘されている。要するに、甘利氏は「口利き収賄疑惑」の解明を残して(幕引きするため)、政権運営への打撃を最小限に抑えるべく早々に「辞任カード」を切ったものと思われる。

読売の「緊急 論点スペッシャル」(1月29日)は、その背景について有識者にインタビューしたものだが、牧原東大教授(政治学行政学)は甘利氏の辞任を次のように分析している。
「甘利氏の現金授受の疑惑は政権に打撃であることは間違いなく、ダメージが深刻になる前に、甘利氏は自ら身を引く判断をしたのだろう。(略)安倍政権は5割前後の高い内閣支持率に支えられてきた。政権は、国民の『こうしてほしい』というニーズから外れずここまで来たが、閣僚の金銭にかかる疑惑が次々と続けば、世論から『やるべきことを前に進める資格がない』との烙印を押される可能性もあった。一方、今年夏には参院選がある。参院選と次期衆院選を同日に行う同日選(ダブル選)という選択肢も、甘利氏が続投していれば余地はより狭まっていただろう。あまりの辞任を受け入れた背景には、潜在的なリスクは早めに取り除くという冷徹な判断が働いたのではないか」

牧原氏のコメントは安倍政権寄りの「大甘」のもので、私など「政権は、国民の『こうしてほしい』というニーズから外れずここまで来た」という彼のコメントがいったい何を指しているのか全くわからない(国民が「してほしくない」ことばかりやってきたのが安倍政権ではなかったか)。だがその部分を除けば、甘利氏がなぜ早々に辞任せざるを得なかったという政治的思惑(牧原氏はそれを「冷徹な判断」と表現している)はよくわかる。

一方、本来ならば学者が担うべき鋭い批判を展開しているのが、日経新聞の1月29日社説「疑惑晴らせぬ経財相の辞任は当然だ」だろう。社説は次のように言う。
「記者会見した甘利氏は週刊文春が報じた建設会社からの資金提供などを大筋で認めた。ただ、あくまでも政治資金といて受け取り、口利き依頼があったことは知らなかったと強調した。(略)重要なのは内ポケットかどうかではない。口利き依頼を本当に知らなかったのか。資金提供の狙いは何か。それらが知りたい。甘利氏は衆院議員として政治活動は続行する意向だ。とすれば、閣僚辞任で一件落着ではない。さらなる調査を急ぎ、全容を明らかにしなければ政治家として説明責任を果たしたことにならない。(略)甘利氏によれば、安倍首相はぎりぎりまで遺留したそうだ。記者団には甘利氏の会見を『丁寧に説明していた』と語った。政治とカネの問題を甘く見過ぎていないか。首相は自身の任命責任をよく認識すべきだ」

ここでは、安倍首相らが甘利氏と練りに練って臨んだ記者会見の構図が鋭く分析されている。(1)甘利氏は大臣室で現金を受け取ったことは事実として認めるが、政治資金として適正に処理したことにする、(2)建設会社からの口利きがあったかどうか、その意図は何か、については知らなかったことにする、(3)自らの「口利き疑惑」を「秘書監督責任」にすり替えて閣僚を早々に辞任する、(4)閣僚辞任で一連の事件を幕引きし、これ以上の政権への波及を防ぐ、(5)甘利氏は議員活動を続けながら次の復活を目指す、などである。

今後、事態がどう展開するかはわからない。国会での野党の追及がどれだけ真相に迫れるか、国民世論が事態の進展に従ってどのように変化するか、全てはこれからのことだからだ。しかし安倍政権は、野党の追及はかわせる、内閣支持率は大して下がらないと高をくくっているような気がする。マスメディアがこれ以上深入りすることはなく、国民世論が劣化していることを見通してのうえだ。各紙に登場する有識者も「大甘」のコメントを流し続けるだろう(そういう人物でないと論壇には残れない)。そして参院選あるいは衆参ダブル選に流れ込み、とにかく数の力で甘利辞任問題を「御破算=リシャッフル」して長期安倍政権の道を敷くーーー、多分こんなシナリオが書かれているのだろう。(つづく)