「政治とカネ」に対する国民世論の劣化が著しい。「甘利口利き収賄疑惑」なんてどこにもあることだ、政治家なら誰もがやっていることだ―――、こんな「モラルハザード」が国民を覆っているのではないか、2016年参院選(衆参ダブル選)を迎えて(その6)

2016年2月2日の日経新聞は、「甘利氏金銭問題でも内閣支持率なぜか堅調」「電撃辞任奏功? 強い野党不在」と報じた。そんな背景には、甘利氏が「金銭授受疑惑(口利き収賄疑惑)」の幕引きを図るため経済財政再生相を辞任した後も、各紙世論調査内閣支持率は低下するどころか逆に上昇に転じるという驚くべき現象が生じているからだ。それも誤差レベルの話ではない。昨年12月調査に比べて、1月30〜31日実施の共同通信調査は49%から54%へ5ポイント、読売新聞は49%から56%へ7ポイント、毎日新聞は43%から51%へ8ポイントとそれぞれ大幅に上昇しているのである。国民はいったい何を考えているのか、私には全く理解できない。

「政治とカネ」の問題なんてたいしたことはない。政治家なら誰でもやっていることだ。甘利氏も性質の悪い業者の罠にはめられたのであって、むしろ同情に値する。重要閣僚を辞任することで甘利氏は責任を果たしたのだから、もう済んだことでこれ以上追求しても始まらない。それに安倍首相の任命責任もそれほど重いとは言えない――、まあざっと言って、こんないい加減な空気が国中を覆っているような気がする。

共同通信の調査結果を見ると、その辺の空気がよくわかる。以下は関連する質問とその回答である(神戸新聞、2016年2月1日)。
【問5】甘利経済再生担当相は建設会社からの金銭授受問題の責任を取って閣僚を辞任しました。あなたは、甘利氏の閣僚辞任をどう思いますか。
「辞任は当然だ」67%、「辞任する必要はなかった」29%、
【問6】甘利氏は衆院議員を辞職するべきだと思いますか。
 「辞職するべきだ」40%、「辞職する必要はない」56%
【問7】あなたは、甘利氏を閣僚に任命した安倍晋三首相に任命責任があると思いますか。
 「責任はある」47%、「責任はない」50%

 つまり、甘利氏の閣僚辞任は当然だが、それで「一件落着」したのでこれ以上議員辞職する必要はなく、また安倍首相の任命責任についても問う必要があるかどうかはわからない、というものだ。2014年10月に小渕元経済産業相と松島元法相が辞任した後の世論調査では、2カ月前の内閣改造時に60%だった支持率から12ポイントも下落したことを思えば、今回は「トカゲの尻尾切り」が見事功を奏したと言えるのだろう。国民を騙すなんて「わけない」と高い笑いをしている関係者の顔が見えるようだ。

 上記の日経紙は、甘利氏の閣僚辞任にもかかわらず内閣支持率が上昇した背景をこの他にもいろいろな要因を挙げている。(1)週刊文春が疑惑の告発者を独占取材していて続報が少なかった、(2)甘利氏辞任の翌日に日銀が「マイナス金利」を導入し円安・株高が進んだ、(3)従軍慰安婦問題を巡る日韓合意への評価が消えていない、(4)SMAPの解散問題など話題性の高いニュースのなかで甘利問題が埋没した、などなどである。だが、私にはどれもこれも枝葉末節の分析だと思えて仕方がない。最大の原因は、安倍政権に対する国民世論の劣化すなわち政治意識の摩耗なのだ。

 安保法制の反対運動を通して国民世論は覚醒した、と誰もが思っていた。事実、安倍政権が国会審議で強行採決を繰り返して安保法制を制定したときは、内閣支持率は軒並み30%台に低下し、国会前デモなど街頭行動も国民各層が参加して空前の規模で盛り上がった。しかし「喉元過ぎれば熱さ忘れる」というか、その後の世論は一部の意識層をのぞいて一気に沈静化してきている。臨時国会を開かず安保法制反対の熱気を封じ込めようとした安倍政権の策略が当たり、安保法制などもはや過去のことのような雰囲気さえ漂っているのである。その証拠に、国民総がかり委員会が提起した「2千万人署名」もあまり進んでいない。京都近郊で聞いた話によると、10軒訪問して1軒が応じてくれるかどうかといった有様だという。

 いわば安保法制反対運動の高揚期の後の「空白期」に甘利問題が突如浮上したのであり、反応が鈍くなった国民の政治意識ではその問題の政治的背景や重要性が把握し切れなかったというわけだ。かえって安倍首相が甘利氏を切って早期に問題の解決を図ったことが評価されるという「逆効果現象」が生じ、それが内閣支持率の上昇に結び付いたとも言える。まったく政治というものは「一筋縄ではいかない」ものなのだ。

 おそらく安倍政権はこのような世論状況を「絶好のチャンス」とみているに違いない。いかなる不祥事も安倍政権の「逆風」にはならない。むしろ「逆風」を利用して前進する帆走術をわれわれは習熟したとの自信を深めている。夏の参院選比例代表区)で自民・公明・おおさか維新の改憲勢力に投票する意向がどの世論調査でも半数近くに達している現在、「衆参ダブル選」に打って出て一挙に両院で3分の2以上議席を確保する選挙シナリオはすでに出来上がっている。残るはいつ「解散カード」を切るだけだ。

 こんな緊迫した情勢の中で野党選挙協力は一向に進まない。本来ならば、安倍政権に対する批判になるはずの風が逆に野党に撥ね返り、安倍内閣支持率の低下を食い止め、高止まりを維持している。この情勢を如何に打ち破るか、新しい戦略が求められている。(つづく)